越前藩国 Wiki

灯萌入国SS

最終更新:

author

- view
だれでも歓迎! 編集
【絵:朱居 まりあ】

『越前藩国。
 この藩国の見所といえば、何と言っても桜である。
 藩国民で、四季のうち春を好むものが多いのも、桜の存在がひとつの要因ではないだろうか。色は白から、ほとんど赤に近いものまで様々で、この越前ではそれらが入り乱れて咲く。
 空を覆うように咲き乱れる枝も、視界を埋め尽くすように舞い散る花びらも、私たちを魅了してやまない——』

「……ふう」
 私はペンを置いて、一息ついた。ちょうど、優しそうな顔のおばあさんがお盆を持ってきたところだった。
「どうぞ、召し上がれ」
「はい、ありがとうございます」
 お盆の上には湯のみが一つとお皿が一つ。湯のみの中には熱いお茶、お皿の上には紅、白、蓬の三色団子が二本。と、小さな白い花びら。
 思わず口元が緩む。
 見上げれば、白の舞。正午の日光もあらかたさえぎられ、程よく暖かい。時折強めに肌を撫でる風も、やわらかな花吹雪を演出してくれている。
 なんだか幸せだな、なんて思ってみたりする。
 お茶とお菓子と綺麗な桜。丸太の椅子に手彫りのテーブルというのも、風情があっていい。こんなところに茶屋を作った人はえらい。
 とはいえ。私も花ばかりに興味を向けていられるほどロマンチストでもない。花と団子なら、甲乙つけがたいぐらいには団子も好きであるわけで、迷わず団子の串に手を伸ばす。
 と。
 いつの間にか横に人がいた。そんなに自分はぼーっとしていただろうか。
 人は二人。近いほうにいるのが奥にサイボーグ化された男性。男性は顔の下半分を鉄のマスクで覆っている。その向こう側にいるのが、犬耳を揺らす可愛らしい少年。なんとも奇妙な組み合わせだけど、そんな二人も桜の下の茶屋に座っていると思うと、なんだか絵にならなくもない気がして、おかしかった。
 程なくして、おばあさんがまたお盆を持ってやってきた。二人の前に置かれたのも、私と同じメニュー。少年はマスクの男性の様子をうかがっていたけど、首肯で促され、嬉しそうに串を手に取った。
 何とはなしに横目で見ながら、私もひとつ口に運ぶ。おいしい。
 桜を見ながら赤い団子を食べると、なんだか桜が身体の中に広がるようで不思議な感じだった。
「——風流よのう」
 声に顔を向けると、男性もこちらを見た。気分がいいまま、まんざら愛想でもない笑顔を返す。マスクで表情はよくわからないが、男性も会釈のように首を縦に動かし、返してくれた。
「旅の者かね?」
 私の旅装と、今は控えめだが、大きめの荷物を見たのだろう。男性が尋ねてきた。
「ええ。国々を渡り歩いています」
「そうか」
 会話に気づいて、少年がこちらを見た。笑顔と、小さくあげた手で挨拶をすると、少し驚いたような顔をして、お辞儀を返してくれた。すっごく可愛い。
 しかしよく見ると、二人とも上質な衣服をまとっているようだ。ひょっとするとどこかの名家の人かもしれない。
「何か書いているのかね?」
「あ、これですか?」
 私は一瞬迷った後、素直に答えた。相手が有力者なら、知り合いになっておいて損はないという、旅人としての判断も手伝った。
「見聞録です」
「見聞録?」
「はい」
 眉をひそめて聞き返す男性に、私はちょっとはにかんでみせる。
「旅先の、いろんなことを書き留めているんです。荷物の中身も、半分近くは紙だったり。ある程度まとまったら自分で簡単に製本したりして」
「ほう」
 感心した様子がちょっと嬉しかった。それに陽気と、おいしいお菓子で舞い上がっていたのだろう。思った以上に口が滑った。
「こう、生きているうちに見たものとかを、残しておきたくって」
 言ってしまってから、変なことを言ったと気づいたが、男性はそれには触れず、桜を見上げていた。
「そうだな、これほどまで美しいものであるしな」
「ええ、そうですね。書くことは他にも、もちろんいろいろありますが——この桜という樹は、格別です」
 つられて桜を見上げる。
 見ていたのはほんの何秒か。視線を横に戻したとき。男性の前の団子が一本なくなっていた。
(……いつの間に?! どうやって!?)
 もちろん、マスクはそのままだ。外した様子も、汚れもない。
 唾を飲み込んで、男性を注視するが、団子には手をつけない。
「この国は、」
 不意に声をかけられ、びく、と身体が動く。反応の大きさにいぶかしげな視線を向け、男性は言い直した。
「この国は、どうかね」
「……と、言いますと?」
 むぅ、と男性は顎、というかマスクに手を当てた。そしてまた、言葉を選んで言い直す。
「君には、この国はどう見えるのか、それを聞いてみたい」
「ああ、はい。そうですね」
 一呼吸ついて落ち着くと、少し考えてみた。
「一言で言えば、変な国です」
「変か」
「ええ、変です」
 きっぱりと言った。
「すっごい機械化してるかと思えば、やたらとアナログなところもあるし、きらびやかかと思えば質素だし。病気がちなくせに元気だし。あげくの果てに、食料生産で武装するなんて、変にもほどがありますよ」
 からからと笑ってみせる。事実であって、望まれた主観であって、気を遣う必要はまったくない。
「そ、そうか……うむ、そうだな」
 さすがに男性は、(マスクで表情はよくわからないが)少し苦い声で答えた。それを見て笑った私は、きっと悪戯をする子供のような顔をしていただろう。
「でも」
 木漏れ日が射して、ほのかに頬があたたかくなる。男性の向こうでは少年が、大きな身体に隠れるようにして、こちらを伺っていた。
「この桜のように、変な中のそこかしこに、綺麗なものとか、素晴らしいものが、たくさんあるんですよね——お団子もおいしいし」
 結局一口しか食べていなかったお団子を、ひとつ口に運ぶ。
「だから私は、この国が好きです」
「——そうか」
 おそらく、彼は笑ったのだと思う。
「はい」
 だから、私ももう一度笑い返した。
「……どこか、次の行く予定はあるのかね?」
「あぁー」
 お茶を飲んでお互い一息ついたところで、男性に問われる。私はそうなんだよなあ、と考え込む。
「目ぼしいところはもう行っちゃったんですよねえ。もう一年もいるから、だいたいの地理もすっかり覚えちゃったし」
「一年も?」
「はい」
 あはは、と照れ笑い。
「春に来て、夏になっていくのを感じたら夏が見たくなって、秋も、冬も……で、今年の桜を見ずに出て行くのもいやだなあ、と思いまして。行きたいところで行けるところはほとんど行きました」
「と言うと、行けないところでも?」
「え、ああ、はい」
 なんだかやけに突っ込んでくるなあ、と思いつつ正直に返す。
「やっぱり旅人の身では行けないところ、というか。さすがに間違っても宮廷なんて入れませんし」
「なるほどな」
 男性はんー、と軽く考えると、傍らの少年になにやら耳打ちした。少年は弾かれたように動いて、荷物の中から何かを取り出す。どうやら紙と筆だ。
「さらさらさらっと」
 口で言いながら紙に何かを書き付けていく。最後にぽん、と判子を押すと、丸めて紐で縛って、
「どうぞ?」
 私に手渡した。
「あ、はい、どうも?」
 何だろう、と思って見ていると、二人はいつの間にか立ち上がっていた。皿も湯飲みもすでに空だ。
「あ……」
(しまった、また見逃した!)
「それをどう使うかは好きにしたまえ。さて、行くぞ」
「はい」
 声をかける間もなく、二人は去っていく。
「む、そうだ」
 と、思ったら立ち止まって振り返った。
「お主、名前は?」
「あ、はい。灯萌、です」
「灯萌、か。覚えた。……」
 今「多分」って言ったように思うのは気のせいだろうか。
「では灯萌、その紙、使い終わったら返しに来るように」
「は、はい……?」
「ではな」
 こうして、花びらの舞う道を、奇妙な二人は去っていった。いくつかの疑問を残して。
 残された一枚の紙。返すって、どこへ?
(そもそも何が書いてあるんだろう……?)
 紐解いて、開かれた紙に書かれていたのは。
「とくべつ、きょかしょお?」
『特別許可書
  この者、越前藩国内の移動を制限されることなし
          越前藩国藩王  セントラル越前』
「……ぷっ」
 へたくそな字と「承認」の判子。それからマヌケな犬のワンポイント。
 なるほど、返しに行く先も聞くまでもない。
「参ったなあ」
 またひとつ、越前の変なところを見つけてしまった。
 それも特大の。
 これは、ちょっと、みすみす逃すには面白すぎる気がする。
「……ああ」
 そういえばあの二人、お勘定を払っていない気がするのも、これで納得がいった。藩王ならば、そういうこともあるだろう。
 すこしぬるくなってしまったお茶を飲む。実際にこの許可書がどの程度の効果を持つのかは知らないけど、一応藩王の承認つきなのだから、行動範囲は増えるだろう。
「じゃあまあ、ひとつ、使わせてもらおうかな」
 せっかくもらったのだから、使わなければ損だ。いろいろ回らなくてはならない。桜の時期が終わる前に。
 書きかけの見聞録をまとめ、残ったお団子をたいらげる。
 そして立ち上がった私は、小さな影が勢いよく駆けてくるのに気づいた。
「すみませ〜〜〜〜〜〜ん!」
 さっきの犬耳少年だった。
「お勘定忘れてましたあ〜!」
 少年はおばあさんに紙幣を渡すと「お釣りはいりませんので!」とまた駆け戻っていった。
 ……まあ、そういうこともあるだろう。


——3日後

 今日も、藩王セントラル越前は、何か忙しい気がするのに何もしていないという、不思議な日常を過ごしていた。走り回るのはもっぱら臣民である。それはそれで正しいとも言えるし、一般的にもよくある話のようにも思える。
 しかし、ここに突発的なトラブルが舞い込むのも(藩王が引き起こすのも)よくある話であり、
「藩王様!」
 今日もまたそうなのだった。
「んー?」
「お客人が、来られているようなのですが……」
「客? いったい誰かね」
「それが……」
「お邪魔しますね」
 側近の人が説明する暇を与えるまでもなく、ずかずかと入り込んでくるのが、私こと灯萌。
「どうも、藩王様」
「む、そなたは……」
「灯萌です」
 三秒待っても答えがないので自分で言う。
「そう、灯萌。よくこんなところまで来れたな」
「これがありましたから」
 手に持つ紙を突きつける。藩王直筆、承認入りの許可書は想像以上に効果があった。いや、半ば以上強引に通ったわけだけども。
「して、何用かね。挨拶だけというならそれはそれで構わん。なんなら昼飯でも」
「いえ、これを返しに参りました」
 と、突きつけた紙をそのまま押し付ける。
「ふむ、もういいのかね?」
「ええ、だいたい回りましたので。ここにも無事入れましたし」
「そうか……」
 藩王は心なしかつまらなさそうに、紙を受け取る。
「それは残念だ」
「残念?」
「うむ」
 藩王は紙を適当に引き出しにしまうと、本当に残念そうに言った。
「つまりは、この越前にもう見るものがなくなったということであろう?」
「……そう、ですね。一通り見ることができました」
「そうか。では案内をつけよう。国境まで——」
「ですが」
 あえて言葉をさえぎり、私は懐から別の紙を取り出すと、藩王の机の上に差し出す。
「一度では見足りませんでしたので」
 紙には手書きでこう書いてある。
『国民登録許可書』
「正規の審査を受けると、時間がかかってしまうようなので。お願いできますか、藩王様?」
「……ふっ」
「藩王様!?」
 側近の裏返った声も意に介さず、藩王はさらさらと紙に筆で書きつけていく。そして、最後に判子をぺたん。
「これでいいかね」
「どうも」
「は、藩王……いくらなんでも審査もなしに旅人を国民になどと……」
「構わん」
 マスク越しにでもわかる、不敵な笑みを浮かべて、藩王は言い放った。
「桜を愛する者であれば、越前の民たる資格は充分だ」
「ありがとうございます」
 私は新しい即席の許可書を懐にしまうと、荷物を持ち直した。
「では、私はこれで。次はちゃんと手続きを踏んでお会いしに来ると思います」
「もう行くのかね」
「はい」
 窓から外を見る。春風に吹かれて、木々が静かに揺れていた。
「散り際もまた、桜の見ごろですから」

 ——こうして、越前にまた一人国民が増えた。
 新たな国民は、常に歩き回り、常に何枚もの紙の束を持ち歩いていると言う。
 まとめられた束のいちばん上には、こう記してある。
 『越前見聞録』と。
 そしてその量は、今も増え続けているのである。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー