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七人の乗り手

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匿名ユーザー

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さて、江戸より日光街道を北に進むと東照宮がございますが、さらに北へと進みますと、それはもう見渡す限りの山々が広がっております。
昔々、といっても私のじいさまの髭がまだ黒かった頃になりますが、その山々には山賊が巣くっていたそうな。
谷間を挟んで西と東に、それぞれ東の兄弟、西の兄弟と呼びあっては村々を荒らし回っていた、そんな山賊がまだ居た頃のお話。

ある日、西のお山の山賊のねぐらにぼろっちい服を着て泥まみれになった男が転がり込んできた。

「おい、誰だおまえは」
「俺だ、俺だよ西の兄弟。東のお山の兄弟だよ」
「なんでぇ、東の兄弟か。そんな身なりだからわからなかったよ。しかし何だってそんな格好をしてるんだ」
「いやそれが大変なんだよ西の兄弟。この前一緒になって身なりのいい格好をしたボンクラを締めあげて、身ぐるみを剥いだことがあったじゃあないか」
「ああ、あんときは随分良い思いをさせてもらったぜ。で、それがどうかしたってのかい」
「それもそれよ。あのボンクラ、実はどこぞの殿様のお忍びだったとかで、こっちのねぐらに侍を差し向けて来やがった」
「何だってぇ?」
「腕っ節がめっぽう強い奴で、10人がかりで襲いかかっても手も足もでねぇ。俺たち東の兄弟も散々な目に遭わされて、こうして散り散りに逃げてきたってわけさ」
「そいつはとんでもねぇことだな。東の大将はどうした?」
「それが俺にもわからねぇんだ。ただとにかくえらいのに目を付けられたんで、無事だった奴は北の山の麓で落ち合って、もっと遠いところに逃げようってことになったんだ」
「おいおい東の兄弟よ。俺たちが居るってのにもう逃げの算段かい?そいつはちょっと肝っ玉が小さいんじゃないか?」
「いやいや西の兄弟、あれは俺たちの手にゃ追えないよ。じゃ、悪いが東の兄弟が後から来たら、北の山の麓で落ち合おうってことを伝えてやってはくれないか」
「あ、ああ。そりゃ構わんが」
「そいつぁ助かる。それじゃ」

そういい残し、泥だらけの男は谷の向こうに下っていった。

「しかしえらいこっちゃ、東の兄弟の一大事だ、はやくカシラに伝えないと」

西の山賊がねぐらの奥に引っ込もうとしたそのとき、またも一人の男が坂を転がるように降りてきた。

「ああ、ああ、西の兄弟、そっちは息災か」
「何だお前は」
「俺だよ、東の兄弟だよ。それよりえらいことになったんだよ」
「おお、西の兄弟。たった今別の西の兄弟がやってきて、その話を聞いたところだよ」
「なんなら話は早い。西の兄弟、こいつはまずいことになったぞ」
「なんだ手前も臆病風に吹かれたのか。10人いっぺんに伸されたくらいがなんだ、こちとら西の兄弟だ、10人どころか20人で袋叩きにしてやらぁ」
「袋叩き?とんでもねぇよ西の兄弟」
「そいつぁどういうこった」
「10人居ても20人居てもあいつにゃ何の意味もねぇ。聞いて驚け、やっこさん、東のねぐらの物見櫓に、一息も立てずに飛び上がりやがったんだ」
「何だってぇ?」
「おお、俺は驚いて転げ落ちたからあちこち打っただけで済んだがよ、隣にいた
兄弟は頭をかち割られて死んじまった」
「何てぇ奴だ」
「おおう、10人かそこいらで囲んだところで、ちょっと飛び上がるだけで抜けられちまう。おお、おっかねぇ」
「そいで、東の兄弟よ。そっちの大将はどうした?」
「知るもんか、こっちは命辛々逃げ出したってもんだ、他人のことなんか気にしてたら、命がいくつあってもたりねぇところだよ。ああ、ああ。にしても他の兄弟は無事なんだろうか」
「それならさっき逃げて来た東の兄弟が、北の麓に集まるって言ってたぜ」
「そいつぁありがてぇ!あんなんに付け狙われるなら、俺ぁ山賊なんざやめてまじめに畑を耕すよ!」

そういうと二人目の男も坂を下って北の麓へと向かっていった。

「あぁ、なんてぇこった。東の兄弟に死人が出ちまったら、こちとらおさまりがつかねぇぞ。早くカシラに伝えねぇと」

西の山賊がねぐらの奥に引っ込もうとしたそのとき、今度は切れた鎖を振り回しながら、一人の男が飛び込んできた。

「ああ、ああっ、西の兄弟、助けてくれ、一巻の終わりだ」
「おい、落ち着けよ東の兄弟」
「これが落ち着いていられるかってんだ。変な野郎がねぐらに押し込んできて、さんざ暴れ回ってこのザマだ」
「そういう割にお前さんは五体満足じゃねぇか」
「五体満足?馬鹿言っちゃなんねぇよ、とんでもない目にあったもんだ。こいつをみろよ」
「切れた鎖じゃねぇか」
「おいおいこいつをただの鎖と思ってもらっちゃ困る。山のお城の門の閂を止めていた、何十人がぶつかっても切れやしない曰く付きの鎖よ」
「ああ、で、その鎖がどうしたんだ」
「わからねぇ奴だな西の兄弟。ねぐらに踏み込んできた野郎にこの鎖をお見舞いしてやったのよ。右腕をからめとってやったと思ったら、あの野郎、左手でこの鎖をぐっと握ったかと思うと、一息に引っ張って引きちぎりやがったんだ」
「へぇえ!こんなぶっとい鎖をか?」
「おうよ、鬼や天狗でもないと切れねぇこの鎖よ。それを軽々引きちぎるような奴が来ちゃあ、俺たちもおしまいよ」
「おいおい滅多なことは言うもんじゃないぜ東の兄弟」
「西の兄弟よ、悪いことはいわねぇ、お前さんもそろそろ潮時だぜ。俺は山を降りるぜ」

そう言い残すと、鎖をぶらぶら振り回しながら三人目の男は坂をかけ降りていった。

「あんなどえらい鎖をぶっちぎるたぁ、こいつはいよいよとんでもねぇこったな。東の兄弟の一大事だ、早くカシラに伝えねぇと」

西の山賊がねぐらの奥に引っ込もうとしたそのとき、今にも倒れそうな老人が這々の体で坂道を降りてきた。

「おお、お前さんは西の兄弟かね」
「なんだじじい。いやお前も東の兄弟か」
「おうともよ。その様子だと他にも東の兄弟がこっちに来たようじゃな」
「おうよ、しかしえらい目にあったそうじゃないか」
「ああ、今まで生きてきて、あんな奴をみたのは初めてじゃ」
「おいおい東の兄弟よ、確かに櫓まで飛び上がって鎖を引きちぎるような野郎って話だが、こちとら泣く子も黙る西の兄弟よ。この鉄砲でズドンとやりゃあ、一瞬でお陀仏だぜ」
「鉄砲!西の兄弟、悪いことは言わん、そいつはやめとけ」
「何だ東の兄弟、ははあ、お前さん鉄砲ってのをしらねぇな?」
「物を知らないのはお前さんのほうじゃよ西の兄弟。やっこさんに鉄砲なんざ当たるものか」
「言ってくれるじゃねぇか。こちとら子供の頃は鉄砲を飴代わりに育った筋金入りよ、鷹やトンビにだって当てて見せらぁ」
「はあ、言わんとわからんようだな西の兄弟。東のねぐらに押し込んできたやっこさんの早いこと早いこと!風より早いってのはまさにやっこさんのためにあるような言葉よ。鉄砲なんざ、構えたときにはもう目の前には居ないよ」
「おいおい、東の兄弟。あんま法螺ばっか吹いてると承知しねぇぞ」
「信じるも信じないもお前さん次第じゃよ西の兄弟。さて、わしはそろそろ行くぞ。いつ追いかけてくるか分からんでな」

そういうと四人目の男もよたよたとしながら坂道を下っていった。

「風より早い?そんなことあるもんか。……いやしかしまさかってこともあるな。カシラに伝えねぇと」

西の山賊がねぐらの奥に引っ込もうとしたそのとき、今度は血塗れになった男がおぼつかない足下で坂を降りてきた。

「お。おい、お前さんも東の兄弟か!」
「そういうお前は西の兄弟か、た、助かった。西の兄弟よお、俺の首はまだくっついてるかい」
「馬鹿言っちゃいけねぇ、首どころか足だってしっかりくっついてるじゃねぇか。しっかりしろ」
「ああ、ああ。大丈夫だ。俺ぁ見た目ほどひどい目にはあってねぇ」
「ってぇ、何だ、確かにこいつぁ返り血じゃねぇか」
「ああ、あああ。終わりだ、東の兄弟は終わりだ」
「落ち着け、一体何が起きたってんだ」
「とんでもねぇ侍がねぐらに攻めてきやがったんだ」
「ああ、さっき来た別の東の兄弟もそんなことを言ってたな」
「生き残りが居たのか、いい事を聞いた。いいか西の兄弟、命が惜しけりゃ東のねぐらには近寄っちゃなんねぇぞ。奴ぁ鬼だ」
「穏やかじゃねぇな」
「穏やかなもんか。今まで見た中で一番おっかねぇ奴だよ。東のかしらよりおっかねぇ。腰に刀を差したまま近寄ってきて、気が付いたら斬られてるんだ。それでいて抜いたそぶりなんざまるで無い。鎧袖一触とはこのことか」
「それが本当ならとんでもねぇ達人だなおい」
「本当なら、ってお前さんは見てないからそんなことが言えるんだ。東のねぐらはもう血まみれの地獄絵図よ、生きた心地がまるでしなかった。こんなことになるなら山賊になんからなずに真面目に畑を耕すんだった。で、東の兄弟の生き残りはどこに?」
「そいつらなら北の山のふもとで落ち合うって言ってたな」
「そうかい。じゃ、西の兄弟、お前さんも達者でな。悪いことはいわねぇからお前さんも早く逃げた方がいい」

そういい残すと、5人目の男は足取りのおぼつかないまま谷の向こうに向かって歩いていった。

「おいおい西の兄弟、こいつはひょっとして本当にまずいんじゃないか?かしらに相談しねぇと」

西の山賊がねぐらの奥に引っ込もうとしたそのとき、頭ひとつほど抜きん出た大男がのっしのっしと坂を下りてきた。

「まさかお前も東の兄弟か?」
「おうよ、そういうおぬしは西の兄弟か。いやはやとんでもないことになった。東の兄弟ももう終わりかも知れんで」
「さっきからそういって逃げてくる東の兄弟が何人も居たよ。北の山のふもとで落ち合って逃げるとさ」
「本当かい?じゃあ俺もそっちに向かうとするか……はあ、まさかあんな男に出会うとは」
「さっきから話を聞いてるととんでもない奴が来たそうじゃないか」
「そうなんだよ!一目見て肝が縮んだね。あんな大男なんて滅多にいやしないよ」
「大男?東の兄弟よ、お前さんも随分な大男じゃないか」
「よしてくれよ、あの男の前じゃ俺なんて小太りの関取崩れもいいとこさ。身の丈ほどは六尺六寸、山か鬼かと見まごうほどの体躯に、丸太みてぇな腕と足が生えてやがる。横綱にだってあんな奴はいないよ」
「横綱よりも大男だって!?」
「はあ、こんなことになるなら部屋から逃げずに関取を続けてるんだった」

そう言うと、6人目の男は大きい体をちぢこませながら坂道を下っていった。

「おい、さっきから騒がしいぞ。何をやっている」
「あっ、かしら!それが西の兄弟がとんでもないことになってるようでして」
「なぁに、とんでもないこと?」

西の山賊がねぐらの奥から出てきたかしらと話をし始めたとき、すごい速さで男が一人駆け込んできた。
「おい、西の兄弟!まだこんなところに居たのか」
「騒がしいな、何だお前は」
「かしら、こいつもきっと東の兄弟ですぜ」
「悠長に話しなんかしてる場合じゃないぞ、逃げるんだよ早く!」
「まぁ待て東の兄弟。一体何があったってんだ」
「へい、何でも東の兄弟のねぐらに侍が一人押し込んだとかで」
「ほう」
「そいつがまためっぽう強いの何の、さっきから東の兄弟がひっきりなしに逃げてくる有様でさぁ」
「ふん。で、どんな奴なんだ」
「へい。何でも……ひとっとびで物見櫓まで飛び上がり、山城の閂止めの鎖を片手で千切り、風より早く走りながら、目にも留まらぬ早業で居合いを抜く、10人がかりで挑んでもびくともしない、六尺六寸の大男って話でさぁ」



「……へっ、ぬかせよ。西の兄弟が総出で出れば、そんな侍の一人や二人、どおってことねぇよ」
「さすがかしら!」
「馬鹿野郎!一人や二人って誰が言った!」
「へぇっ?」
「ねぐらに押し込んできたのは七人だ。七人居るんだよ!」

これには流石の西の大将も肝を冷やし、慌てて手下を纏め上げると取る物も取りあえずねぐらを逃げ出していったとな。
それからというもの、西の山賊の噂を聞いたものは誰もおりません。

さて一方、ねぐらから逃げ出してきた7人の東の山賊はというと、北のふもとで無事落ち合うと、他に誰も居ないことを確認して、にんまり。
そう、この東の山賊というのは真っ赤な嘘。狼藉を働く山賊退治を買って出た旅人たちが、知恵を絞って山賊たちを追い出してしまったのです。
旅人達は東の山賊にも同じことをして追い出すと、山賊たちが溜め込んだ財宝を村に返し、自分達はつながれていた馬一頭ずつに乗って静かに去って行ったそうな。

これが、後に七人の乗り手と呼ばれる切れ者たちのお話。

どっとはらい。
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