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空気の読めない乱入者 - (2008/07/26 (土) 16:18:52) のソース

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<p><font size="middle"><u>空気の読めない乱入者</u> 作者:弥月未知夜</font></p>
<p><font size="middle"> その日、霧生ヶ谷市役所市民局保健管理室に、場違いな大声が響いた。<br />
「たのもー!」<br />
 しかも場違いである上に命知らずな内容だ。<br />
 誰だ、一体誰だこれは。扉に背を向けて湯飲みを手にしていた名取新人は、それがどうも知った声である気がしてたまらなかった。<br />
 具体的に言うと、同じ寮に住まう友人である。常々アホだアホだと思っていたが、ホケカンに喧嘩を売り込むほどバカだとは思っていなかった。<br />
 目の前に座るホケカンの主こと真霧間キリコが面白そうに口の端を上げたのが見えたので、名取は脳裏に浮かんだ友人の顔に心の中で合掌しつつ振り返る。<br />
「お、ナットー。どうしたんだこんなところで。サボリか?」<br />
 振り返ると、そこには案の定バカ面をひっさげたバカが居た。止めろ止めろと言っているのに人のことを妙なあだ名で呼ぶ野郎をバカと呼んで何が悪い。<br />
「ちゃうわ。課長のお使い」<br />
「ホントかー?」<br />
 ひらひらと手を振って冷たく否定をする名取に、バカ改め本田真介は疑わしそうな眼差しを向けてきた。<br />
「そういうお前は何だ?」<br />
 探られると微妙に痛い腹を隠して名取は切り返す。<br />
「病気――じゃ、ないよな?」<br />
 仕事ではまったく関わりがないが、寮の隣人であるから交流はある。見ている限り、本田が調子を崩している様子は見受けられなかった。<br />
「いや、夏風邪か?」<br />
 バカがひくという噂の夏風邪なら、バカがひいてもおかしくない。大方、暑いからといってエアコンをガンガン効かせて夜通しゲームでもしていたのだろう。非常にあり得る話だった。<br />
 見た目が元気いっぱいなのは自分で気付いていないからに違いない。それでもっていつも以上のテンションに誰かに異常を指摘されてここまで来たのだろう。<br />
「キリコさん、こいつ風邪で自分が何言ってるかわからないんだと思います」<br />
 名取は風邪を引いたバカの発言を水に流してやることにして、フォローをしてやった。<br />
 後ろ手で本田を指差しながら名取が見たキリコは、先ほどと同じ笑顔のままだった。<br />
「そうなの?」<br />
「俺は健康体ですよ?」<br />
 入ってきた時に上げた声が嘘のように丁寧に本田はキリコの問いに答える。ふうんとキリコは一つうなずいた。<br />
「じゃあなんでここに来たのかしら。サボリ?」<br />
「いや、ナットーじゃあるまいし。仕事ですよ」<br />
「僕も仕事や! というかその忌まわしい名で何度も呼ぶんやない!」<br />
 鋭い声を上げる名取に笑みを深めつつ、キリコは首を傾げる。<br />
「観光部の観光企画課が何のご用かしら。新しい企画の噂なんて聞かないけど、何かイベントでもするの? きちんと要請があれば救護所の手伝いはするけど」<br />
「や、違うんす」<br />
 本田はパタパタと手を振って、それから不思議そうな顔になった。<br />
「あれ、俺どこの所属か言ってないような」<br />
「細かいことは気にしない。アラト君のお友達の本田君でしょ。色々噂は聞いてるわよー」<br />
 キリコはニコニコというよりはニヤニヤと笑う。<br />
「噂って。おい名取、お前このおねーさんにろくでもないこと吹き込んでないだろうなッ」<br />
 その笑顔に嫌な予感を感じたのか、本田が名取を後ろから締め上げる。<br />
「ゲホ……お前は人を殺す気か。心配しなくてもホントのことしか言ってない」<br />
 本田の腹に一撃加えて名取は難を逃れる。後ろで身もだえる男について、名取は本当に本当のことしか言っていない。<br />
 人が不思議で苦労しているのを知らずに不思議不思議とわめくバカ野郎の愚痴を、酒に飲まれた勢いで数度漏らしたことがあっただろうか。酔っぱらいの愚痴は大抵一晩寝たら忘れるような内容だろうが、キリコならば覚えていても不思議はない。<br />
「ほんとーにそーかああああぁ?」<br />
「あっはっは。元気ねー、本田君。まあとりあえず座りなさいな」<br />
 名取の一撃から復活した本田が疑わしげに彼を睨む。視線を合わせる二人の間と明るいキリコの声が通り抜けた。<br />
 名取の見る限り、キリコは非常にご機嫌だった。主に名取の愚痴で本田のこと聞き知っているのだから、どうしようもないアホウで暴走しがちの本田が勢いでこの部屋に飛び込んで来たことを根に持っている訳じゃない――と思いたい。<br />
 名取が内心首を傾げているうちに遠慮を知らない本田が勧めに応じて椅子に座り込む。キリコが立ち上がり新たな湯飲みを取って急須から長時間抽出されて苦くなった上に温くなったお茶を注いでやったのを見ると、笑顔の裏側で多少は根に持っているのかもしれないが。<br />
「それで、何の用なのかしら」<br />
 だけどキリコは表面上は笑顔で問いかけた。苦み走った茶に口を付けた本田が顔をしかめるのを見てもまったく気にした素振りもなく、表面上は首を傾げる。<br />
 本田は、名取が知る限りの彼らしくもなく少し言い淀んだ。キリコの笑みに何かを感じ取ったのかもしれない。<br />
「えーと……俺、霧生ヶ谷の不思議についての地図を今作ろうとしてるんですけど」<br />
「らしいわねー」<br />
「あ、ご存じですか」<br />
「知ってるわ。面白い企画よね。個人的にどこまで情報を収集できるのか興味を持ってるわ」<br />
 キリコの反応に本田は勢いづいて机に身を乗り出した。<br />
「知ってるんだったら話は早い! それで俺、何か俺の知らない不思議はないかと色々調べたら、保健管理室の主がそういうのに異常に詳しいという情報が!」<br />
「が?」<br />
「そりゃもーいろんな所からボロボロと出てきたのでこうしてお話を伺いに来たんです!」<br />
「なるほどねー」<br />
 ふんふんとキリコはうなずいた。<br />
「話はよくわかったけど、私じゃ君の期待するような話は出来ないなー」<br />
 子供をあしらうようにキリコは言った。本田には理解できないような言葉で彼を煙に巻くんじゃないかと思っていた名取は驚いて、思わず彼女をまじまじと見つめた。<br />
 キリコは実に楽しそうに一瞬名取に流し目をくれる。ウィンクをもらっても残念ながらちっともうれしくない。妙に嫌な予感がした。<br />
「それならアラト君に聞いたらどうかしら」<br />
「名取に、ですか?」<br />
 続く言葉で嫌な予感が確信に近くなる。本田の前で不思議に興味がないふりを散々しておいたおかげで彼が本気に取らなかったようであることだけが救いだった。<br />
「あなた口が堅い?」<br />
「――正直あんまり」<br />
「こういう時は嘘でもうなずいておくものよ」<br />
「じゃあ口が堅いっていう設定で」<br />
 キリコはよしとうなずいて、内緒話の体勢を作る。<br />
「実はね……」<br />
「ちょ、キリコさんっ?」<br />
 名取は慌てて声を張り上げた。楽しそうなキリコは名取にとって面白くないことを本田に言いそうな気がしてたまらない。<br />
 実は名取が不思議現象対処係なるものに所属していると本田が知ったら――!<br />
 想像しかけて、名取は慌ててぶるぶると頭を振った。マッドサイエンティストのキリコと不思議萌え本田が手を組んだらろくでもないことが巻き起こるに違いない。<br />
「何を言おうとしてるんですかー!」<br />
「何慌ててんの、アラト君」<br />
「だって、だってですよ。だって」<br />
「慌てると余計怪しいわよねー、本田君」<br />
 キリコの問いかけにうなずく本田の顔には「何が怪しいのかさっぱりわからないが何か怪しい」と書いてある。<br />
 キリコの口を塞ぐべきか、本田をこの部屋から放り出すか。名取は究極の二択の選択に迫られた。前者を選ぶと後でろくでもない何かが待っているだろうし、後者を選んだら選んだで不思議に対して巨大な興味を抱く本田が夜通し何を俺に隠しているんだと騒いでウザイだろう。<br />
 そのどちらを選ぶにも抵抗があった名取が選びきれない間にキリコはあっさりと言葉を続けた。<br />
「君、アラト君の仕事内容って知ってる?」<br />
「一人暮らしのおじーさんおばーさんの家を回って話し相手になりながら山ほどお菓子をもらう夢のような仕事ですよね? しかも不思議話……って、そうか! 名取にひっついていけばあれこれ聞ける訳か」<br />
「ちょっと待ったー!」<br />
 思わず脳内に浮かんだ羊羹の山を振り払い、その次に浮かんだハルさんと愉快な仲間達with本田の姿に名取は絶望感を覚える。<br />
 不思議を話したいばあさん達に不思議を聞きたい野郎のセット――おそらくその間に挟まれる名取が唯一の被害者になるに違いない。<br />
「人の仕事に首を突っ込んでる暇はあるんか? あの強面の課長さんに大目玉食らうぞ」<br />
「ぐ……」<br />
「一度行ったら数時間は帰ってこれないんやからな」<br />
「うぬう」<br />
 危機感を覚えた名取が言いつのると本田は見る間にしぼんだ。<br />
「あら、それなら許可を取ればいいんじゃない?」<br />
「ソレダ!」<br />
「ちょッ、ちょい待ち本田ーッ」<br />
 一声叫んだ本田が恐ろしいスピードで部屋を出て行った。名取は立ち上がったもののあまりのスピードにすぐに追うのを諦める。<br />
「キリコさんッッッ。何で余計なアドバイスするんですかー」<br />
 そしてガクリと肩を落として弱々しく抗議の声を上げた。<br />
「アラト君がハルさん達の相手を一人でするのは大変だって言っていたから協力してあげたのに」<br />
「本田が来たら苦労が倍になるだけです。あああ。僕はもうどうしたら……本田に不思議現象対処係の存在が知られたら寮にいる間中まとわりつかれるに違いない……」<br />
 大きなため息を吐いて名取は力なく椅子に崩れ落ちた。<br />
「そんなに心配することないと思うけど」<br />
「キリコさんは本田とほとんど面識がないからそう思うだけですよ」<br />
 心配症ねえとキリコは苦笑する。<br />
「本田君は不思議萌えかもしれないけど、何も見えないでしょ」<br />
「見たいのに見えないところがヤツの暴走に拍車をかけるんです!」<br />
「見たいのに見えないからこそ、不思議を信じたいのに信じ切れないところがあるはずよ。霧生ヶ谷市役所内に不思議現象対処係があるなんて聞いても、与太話として処理するわよ」<br />
「本気で言ってますか?」<br />
 キリコはあっさりとうなずき、名取をさらなる絶望の淵に突き落とす。<br />
「生粋の霧生ヶ谷市民ならアンテナの影響があまりない小さい頃に一度や二度不思議を目撃しててもおかしくないはずなのに、それもないんでしょ?」<br />
「本人はそう言ってましたけど」<br />
「だったら間違いなく本気にしないわよ」<br />
 納得がいかない名取に、きっぱり言い切ってキリコは話を終わりにする。<br />
 背もたれにぐっと身を押しつけて伸びながら「小さい頃からってことは先天的に見えない体質なのか、霊子アンテナの影響が強い地域にでも住んでいたのかどっちかしら」などとブツブツ呟きはじめたキリコは、生まれてこの方不思議を目撃したことが一度もないという本田にいくらか興味がわいたらしい。<br />
「アラト君はどう思う?」<br />
「知りませんよ。どっちにしろ僕にはうらやましいことですけど」<br />
 理由はどうあれ不思議が見えなくて、その対処のためにキリコに振り回されつつあれこれしなくて済むことが名取にはうらやましい。<br />
 代われるものなら代わって欲しいし、自他共に認める不思議スキー本田なら喜んで代わってくれそうだと思ったが、そこで名取は大きく頭を振って益体もない考えを振り払った。</font></p>
<p> </p>
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