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デーモンの憂鬱 - (2007/07/13 (金) 02:11:43) のソース

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<p> <u>デーモンの憂鬱</u><font color="#666699" size="3"> 作者:甲斐ミサキ</font></p>
<p><font color="#666699" size=
"3"> 我輩は悪魔である。名前はあるものの、真名を知られた悪魔に待つ運命は死よりも汚辱なる運命のみ。なので我輩は我輩と呼称するものなり。<br>
 我輩はいにしえのアッカドで崇め奉られておられる風と熱風の魔王、パズスさまの一騎士を勤めていた。誇り高き軍団にして、我が命の燃え盛るを存分に発揮し燃焼させられる場を与えてくださる慈悲深きお方、それが我が主だ。<br>
 とある戦さのおり、我輩は不覚にも対立する(どの世にも派閥争いはある)軍団の奇襲を受け、無様な石像に身をやつされティグリス河の泥深くに沈められてしまった。我が主は味方の屍を踏み越えてでも覇業を達するお方だ。我輩は本望であった。<br>
 そして時は経ち、我が体表にはフジツボが根を張り、耳目には奇怪なる海棲生物が住処を求めて穴を穿ち卵を産みつけ、ねぐらとしていた。石灰やら大理石やら鉄やら銅やらの塊にしか過ぎない我輩はいっかな痛痒を感じることすらなかったが、いささか不愉快である。我輩は殻を脱ぎ捨てた。<br>
 殻を脱ぎさったといっても石化の呪いから解放されるわけではない。表面を研磨した程度のものだ。それでもずいぶんすっきりする。こうして身体の自由は利かぬものの海流に乗り気ままな旅をした。満月の日に珊瑚が解き放つスノウホワイト。マッコウクジラと大王イカとの死に物狂いの決闘。海底火山から吹き出る硫化水素に引き起こされる突き上げる海流。さままざまものを見聞した。なかでもミクロネシアのカロリン諸島の海底で見たものは壮大なものであった。幾本もの石柱が林立し、バビロニアの神殿をそのままに沈めたと言っても信じられようものだ。そこでは古代ペリシテ人がダゴンと崇める半魚半人のものどもが神殿の前にかしずいていた。大いなるものが眠りについておられるのだと、親切にも彼らは教えてくれた。仕えぬかと在りがたい仰せもあったが、腰掛の浪人暮らしは性に合わぬ。それよりもとより、我が主はパズスさまだけなのだと。<br>
 そうしてまた、幾年月。<br>
 風の頼りに聞いた。とある都市があらゆる不思議を引き寄せていると。<br>
 そうして、我輩は海流に乗り、その都市に侵入した。生存するために身体の肉を削り、最低限の様相で我輩はそのときを待った。<br>
 引き寄せられたもののその地は水路が無数に走っており、しかも流れもある。我輩は翻弄されつつも意識の紐をつなぎ止めた。宿主さえ見つければ、甘言を弄せば人間の欲望を喰らい幾らでも黄泉還ることが可能なのだから。<br>
 *<br>
 その者は白衣の上から胴長靴を装着して水路を闊歩していた。鼻歌なんぞを歌いながら手元の羅針盤らしきものを一心に見つめ、そして我輩を見つけ、無造作に鷲掴んだ。<br>
「この陰霊子のゆがみは君だな」<br>
 *<br>
 ウォーターカッター。ベクトル探査。レントゲン検査,MRI検査。ハンマー。<br>
 正気じゃない。この白衣の女はのほほんと楚々な外見だが、中身は外道にも劣る性質の悪い娘だ。<br>
 「霧の竜殺し」なんて酒をおちょこでちびりちびり飲みながらおからを摘まみつつ、我輩の身をいとも容易く切断しようとする。「うう、マッドサイエンティストの血が騒ぐわ」なんて言っている。そんな血など覚醒して欲しいものか。<br>
「名前は?」<br>
 娘の目が据わっている。<br>
「ふーん」ぺちり。ハンマーを振り下ろす。本気ではないが、冷や汗がでる。<br>
「好きに呼べばよかろう」<br>
 この娘は妙に詳しかった。手馴れすぎている。人語を話せるのも三秒でバレた。<br>
「あたしは、ヒエロニムスのおむつを交換したことだってあるし、バビロンでとんまな脱出作戦で一柱の悪魔が犠牲になったことも知っている」<br>
 ごくり。この娘取引しようというのか。<br>
「うっそ」きゃらきゃら笑っている。目の前の酒瓶が空になっている。  <br>
「この市は特別な作りでね。時折あんたみたいなのがくる」漆塗りの塗り箸が正眼で我輩を狙う。「あらゆる不思議を一手に引き受けちゃってるから仕方ないとはいえ、異分子を放置することは隠陽のバランスを崩しかねない」<br>
「我輩はまだ死ぬわけにはいかん」<br>
「地獄の宰相の真名でも教えてくれるの?」無理難題だ。それを分かって遊んでいる。性質が悪すぎる。悪魔顔負けだ。<br>
「殺しはしない。研究に付き合ってくれるだけでいいの」<br>
「身柄を保証してくれるのか」<br>
「どーんとあたしに任せなさいって」新しい酒瓶を持ってる。信じるべきか……。 <br>
 *<br>
「ふむふむ。これが、異常陰霊子?の成れの果てですか」<br>
 青年の目の前に小さなフィギュアがある。卵状の透明な殻の中にソレが膝を抱えて入っている。凍りついたままだ。心底情けなさそうな呆然とした表情で。<br>
 娘は青年が土産にと持ち寄った銘酒「河童の溺れ水」を早速手酌でやっている。<br>
「陰霊子と陽霊子、同じ波長のものをぶつけると対衝突で大爆発する可能性があってね。そこで、波長の相反する霊子をDHMO、ジハイドロジェン・モノオキサイドをいじってカプセルを作ったのだ」<br>
「それに紐を通してストラップにしたんですか。なんとゆーか」<br>
「エレガントに根付と言って欲しいところね」<br>
「そもそもこういう事項は不思議現象対処係の役目なんじゃないですか」<br>
「おねーさんは水路歩きが趣味なのよ、新人君」<br>
「アラトです!」<br>
「今夜のおねーさんの生体研究材料になってくれるんなら、ソレあげるけど?」<br>
「結構です!」甘言に身を任せて不幸な目にあった人物を量り売りするほど知っている身としてはごめん被りたいとこである。始末書が増えるな、名取はため息をついた。<br>
 *<br>
 我輩の力はこれまでだ。酔いつぶれた娘の腕を支配して自動書記している。もうこれよりの歩みを進めることができない。卑小なるものよ、願わくば呪われたこの地に近づくことなかれ。安易なる興味は己を滅ぼすのみ。もし力あり心あるものよ、星辰を揺り動かし、大地より炎の飛沫を上げさせ、大海嘯を呼ぶものよ。地獄の最下層より滅びの火を放てるものよ。願わくばこの都市を滅ぼしたまえ。<br>
 この都市の名前はKRYUGAYA。霧生ヶ谷……。<br>
 *<br>
「中々文才あるわよね」<br>
「この時起きてたんですか」<br>
「もちろん、「付喪神百年午睡」級の酒でもないと酔わない体質だから。あっはっは」<br>
「じゃあなぜこんなこと」<br>
「悪質なウィルスコードは除去したし、一見只の手記。今時の都市伝説はインターネットを通じて広がるって言うけど、こいつの模倣子、ミームを残してやりたかったのかな」<br>
「もし、本当に力あるものがきたらどうします?」<br>
「世は並べて平々凡々なり。研究材料になるなら金星蟹とだって会話するわよ」<br>
 その会話を聞いた悪魔がカナダライで頭を殴られたかのように撃沈したかどうかは定かではない。 <br>
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