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美女は怪物がお好き? - (2007/09/01 (土) 23:19:42) のソース

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<p> <u>美女は怪物がお好き?</u> 作者:見越入道</p>
<p>「てってーけてけてけてけりっりー♪てってーけてけてけてけりっりー♪」<br>
 八月も終わろうとしていたある日。板倉陽一の携帯から着信メロディが流れ出した。夏の暑い日ざしがようやく収まったものの、ねっとりと熱気を帯びた風が吹きはじめた夕方六時のことである。<br>
 陽一はその時自宅で宿題を広げ始めていたのだが、その着信音に少し「妙な?」と感じた。板倉陽一という人間は、その常にのほほんとした風体とは裏腹に几帳面な性格で、携帯電話の電話帳は「友人」とか「家族」とか細かく分類し、それぞれに別々の着信メロディを設定している。で、今流れてきたメロディはそれらに分類されていない人物、つまり彼の電話帳には登録されていない人物からの着信という事になる。<br>
 見れば発信者の番号は非通知設定。しかし電話はしつこく鳴り続ける。陽一は取り合えず出てみる事にした。<br>
「もしもし?」<br>
「あ、板倉?」<br>
「どちら様ですか?」<br>
「俺だ俺。阿部方輔だ」<br>
「あ、阿部・・さん」<br>
「おう。久しぶりだな。今暇か?」<br>
「今・・今は家にいますけど・・・」<br>
「そか。じゃちょっと顔貸せや。」<br>
「え?今からですか?」<br>
「おう。今すぐな。榎坂病院前で待ってるからよ」<br>
「えと、あの・・」<br>
「すぐ来いよ!」<br>
 阿部は一方的に電話を切る。陽一は薄暗くなりつつある自室で呆然と携帯を見つめ、唇を噛みしめた。<br>
 阿部方輔。彼は板倉陽一と同級生であり、陽一と同じ中学の出身で、世間一般で言うところの「不良学生」のボスであった。霧生ヶ谷北校に入学した当初から一年ながらに頭角を表しているとかいう噂が陽一が通う南校にも流れてきていた。しかし、陽一と阿部方輔の因縁は中学生時代に遡る。<br>
 阿部方輔は中学時代から腕っ節が強く、またそれ以上にその悪辣とさえ言える性格の持ち主で、逆らう相手には容赦なく制裁を加える男であった。ある時阿部はクラスでも地味な板倉陽一に目をつける。<br>
 小遣いが無くなると阿部は陽一を呼び出し、仲間とともに小突き回して金を巻き上げた。数回続けると阿部はすっかり味をしめるようになったいた。<br>
 ある時、陽一が阿部に対しこれ以上の金は出せないと断った事がある。阿部は逆上し、陽一を廃ビルにあるロッカーに一昼夜軟禁した。陽一は捜索していた警察によって救出され、阿部は中学卒業と共に陽一の前から姿を消したが、その一件で陽一は閉所恐怖症と対人恐怖症になった。<br>
 夕闇がせまる自室で、陽一はきつと目を閉じると深呼吸を一つすると、部屋を飛び出した。<br>
<br>
 榎坂病院。病院とは言うものの数年前から営業していない廃病院であり、南区の学生たちの間でも「お化け病院」などと噂される曰くつきの病院である。<br>
 陽一が着いたとき、すでに日は西に傾き、辺りを夕闇が包み始めていた。郊外にある榎坂病院は繁華街の灯りからも遠く、うっそうと生い茂る屋敷森に囲まれているせいで、どんよりと暗い影に覆われつつある。門をくぐるとガラスの無い窓が無数に並ぶ灰色がかったコンクリート製の建物がおどろおどろしく建ちはだかっているのが見える。<br>
 陽一が門の前でうろうろしていると、門のすぐ脇の茂みから安部方輔が歩み出てきた。中学時代こそリーゼントだったが高校に入った今は角刈りで、眉毛まで剃り落としているので強面に一層凄みを増している。<br>
「おう。久しぶりだな」<br>
「お久しぶりです」<br>
「ガッコじゃ元気にやってっかよ板倉」<br>
「ええ、まあ。」<br>
阿部は陽一を頭の先から足の先までじろじろと見ながら近づくと、にやりと笑いながら言う。<br>
「ところでよ、おめえ金持ってっか?悪いがちいと貸してくれねえかな」<br>
ここで陽一は握りこぶしを作ると、阿部に向き直る。<br>
「阿部さん。お金はありません。すみませんが」<br>
この様子に阿部の顔に怒りの表情が浮かび上がる。<br>
「なんだよ。そんなすぐ断る事ねえだろうが。なんだ、俺に貸す金はねえってのか?」<br>
 陽一は、握ったこぶしを更に強く握り、敢然と言う。<br>
「ありません!」<br>
 阿部はずいっと陽一ににじり寄ると下から睨みあげると声を荒げる「なんだ?あぁ?てめえ、いつからそんな偉くなったんだ?」<br>
 阿部が怒鳴ると同時に門の両脇の茂みからぞろぞろと四、五人ばかりの男たちが現れた。見れば阿部同様に一目でそれと分かるような不良学生だ。そのうちの数人は手に木刀をぶら下げている。陽一はすぐに門の方に向きを変えるが、すでに門の前にも数人の不良学生が立ちはだかっている。<br>
「まあ、聞けよ。俺も平和が一番だって思ってんだ。な。」<br>
 阿部は言葉とは裏腹に人をなめ腐ったニヤニヤ笑いで陽一の顔を覗き込む。陽一の意識は朦朧とし始めていた。パニックになっていたのかもしれない。<br>
「お金は、ないんです。本当です」<br>
「じゃあ、取ってきてもらうか。なあ」阿部が言うと周りの男たちもニヤニヤと笑い出す。<br>
 陽一の脳裏をいくつもの思考が駆け巡る。金を渡そうか?しかしここで渡せばまた昔のようにつけ回される。金を取りに行くと言って逃げるか?だが自宅は知られてる。浩二たちなら助けてくれるだろうか?それとも警察に逃げ込むか?しかし思考は結論の出ないままぐるぐると脳内を駆け巡るだけで解決になりはしない。<br>
 業を煮やした阿部は、突然陽一の襟首を掴むと病院の方に歩き出した。陽一が踏ん張って抵抗しようとするが、他の連中まで一緒になって腕やらシャツやらを掴んで引きずるように歩き出す。<br>
「どうやら、わからねえようだからよ。教えてやんのよ」阿部はドスの効いた声で言いながら病院のエントランスに陽一を引きずり込んだ。<br>
 病院のエントランスはすでに荒れ放題で窓ガラスも無く、ただがらんとした空間に待合室用に使われていたらしい長椅子がいくつも置いてある。辺りには瓦礫とともにタバコの吸殻などが散乱しているところを見ると、阿部をはじめとする不良学生の溜まり場になっているらしい。そしてそのがらんとしたエントランスの中央に、縦長のスチール製ロッカーが一つ立てられていた。それを見て陽一はぞくっとした。<br>
「懐かしいかぁ?前にお前を閉じ込めたのもあんなロッカーだったよな。」阿部はにやにやと笑いながら言う。<br>
「で、どうだ?金を出す気になったか?こんなところでロッカーに入りたかあねえだろお?」<br>
 すでに陽一の思考はパニックになっていた。<br>
「嫌だ。嫌だ・・・」<br>
「だからぁ金を持ってくりゃいいんだってのぉ」<br>
「うう・・」だが陽一はすでにまともに返事の出来る状態ではない。阿部にはそれが否定の意思表示に見えた。実際あたりはかなり薄暗くなっていたので、この場にいる誰もがお互いの顔をしかと見ることすら困難になっていたのだから。<br>
「分かったよ。だったら」阿部は陽一のポケットに手を突っ込んで携帯電話を引きずり出すと、周りにいた男たちに顎で指示を出す。陽一の両脇を二人の男が掴み、ロッカーへずるずると引きずって行く。ロッカーが開けられ、陽一が腕を伸ばして抵抗するのも意に介することなく男たちは陽一を捻じ込み、ドアを閉めた。暗闇に閉じ込められた陽一は何か叫んだようだが、阿部は容赦なくロッカーを太い針金でぐるぐると巻き、中から開かないように針金を縛った。<br>
「まあそこでゆっくり考えるんだな」暗いロッカーの中に阿部の声が響いた。<br>
 阿部たちはそのままロッカーから少し離れたところにある長椅子に座るとタバコに火をつけた。阿部の一番近くに座っていた男が小声で言う。「あいつ、いつまで入れとくんです?」阿部は自信満々に言う。「あいつはな、中学ん時に閉所恐怖症だったんだ。見てろ、すぐに泣いてわびを入れてくるぞ」<br>
 ロッカーの中で陽一は、阿部の予想通り閉所恐怖症を再発させていた。閉所恐怖症にも症状はたくさんある。大声でわめくもの、泣き出すもの、身をこわばらせて動けなくなるもの。その時の陽一は、まさに身をこわばらせ、身動きが取れなくなっていた。辺りを支配する闇と恐ろしく狭い空間にいる恐怖は、陽一の思考を硬直させる。そんな暗闇にいると、時間の感覚も完全に麻痺してしまう。どれほどの時間、そうしていただろうか。外からガラスが割れる音が聞こえてきた。この音が、不思議と陽一の意識を現実に引き戻す。<br>
 外では、阿部をはじめとする不良学生たちがとっぷりと暮れた夕闇の中で、静まり返っていた。先ほどのガラスの割れる音、これは阿部たちが立てたものではない。<br>
「おい、俺たち以外に誰かいるのか?」阿部はとなりにいる男に聞く。<br>
「いや、そんなはずはないんすけどね」男は懐から懐中電灯を取り出してつけた。気がつくと随分時間が経っている。時計は夜七時半。「阿部さん、あいつどうしちまったんでしょうね?やけに静かですけど」<br>
 他に二人ほどが懐中電灯を取り出して辺りを照らした。<br>
「おめえら、随分用意がいいじゃねえか」と阿部。<br>
「今日は夜回りの日っすからね。」<br>
「夜回りぃ?ったく、うちの総長も物好きただよな。わざわざ俺らが夜回りしなくたっていいだろうに」<br>
「そこが総長のいいところっすからね。うちらも九時になったら集合なんで、もう少ししたら失礼しやす」<br>
「けっ」<br>
 阿部は北校に入ってからというもの、面白くない日々が続いていた。現在霧生ヶ谷北高校の不良共を一手に束ね、総長として君臨しているのが橘である。橘は硬派で知られ、配下の者たちにも一般の人間に迷惑をかけない事を徹底させていた。同時に、最近通り魔事件などが頻発しているからと部下に夜回りをやらせるなど、およそ不良とは思えぬ気の配りようである。当然、中学時代から悪辣としたやり方で知られる阿部とは折り合いが悪い。阿部も形の上では橘の傘下に入った事になってはいるが、橘のやり方に不満を抱く連中と連絡を密に取り、徐々にその勢力を拡大させつつあった。<br>
 阿部がいらいらとタバコを踏みにじり、陽一が閉じ込められているロッカーの方に歩き出した時、再び妙な音が聞こえた。それは石を投げ込むような音。そして誰もいないはずの病院の暗い部屋から、石ころがてんてんと転がり出てきたのだ。<br>
 思わず他の男たちも立ち上がり、そちらへと懐中電灯の光を向ける。阿部は怒りに任せてロッカーを蹴り飛ばした。<br>
「おい!てめえいつまでそうしてやがる!金を出すのか出さねえのか、いい加減はっきりしやがれ!」<br>
 ロッカーの中の陽一は・・・突然ロッカーを蹴られて驚いたが、すでにパニックは収まっている。代わりにある映像が脳裏を駆け抜けていた。<br>
 それは、陽一が高校に入ったばかりの頃。中学時代から陽一が対人恐怖症であることを知る数人の不良学生が、面白半分で陽一を小突き回していた時。<br>
「随分つまらねえことで盛り上がってるなあ?」<br>
 不良共がそちらを見れば、クラスでも「バカ」の代表格などと言われる蓮田俊哉。<br>
「なんだこのバカ。てめえもやられてえんか?」との声に俊哉は「うへ!こりゃまた、安っぽい台詞だ」とこけにする。<br>
 不良たちが陽一から離れ、俊哉へと向かおうとした時、今度は後ろから声が。<br>
「ちょっとこれは、見苦しいねえ。」と、これは阿藤浩二。こちらはクラスでもトップクラスの成績を誇る優等生。俊哉あたりならどうにでもなるだろうが、浩二が出てくると話はややこしくなる。なんせ相手は成績優秀にして先生の覚えめでたい優等生だ。下手に手を出せばどんな始末が待っているか知れない。<br>
「おめえら、覚えとけよ」不良共はいかにも安っぽい捨て台詞を残してその場を後にした。<br>
「わりいな。物覚え悪くてよ」と俊哉。浩二は陽一を引き起こして言う。<br>
「板倉クン。たまにはガツンとやり返したほうがいいんじゃないかい?いつでも手伝うぜ」そしてにやりと笑う。<br>
 陽一の背中をばんと叩きながら俊哉が言う。<br>
「お前、結構頑丈そうな体してんじゃん。本気になったらあいつらかなわねえんじゃねーの?」<br>
「あ、ありがとう。助けてくれて・・・」<br>
 あの二人との初めての出会い。陽一は夕闇迫る自室で阿部からの電話を受けた時の決意を思い出した。拳を強く握る。そして<br>
「こっから出せぇ!」突然陽一が怒鳴り声を上げる。思わず阿部も驚いたが、逆にその声は怒りに油を注いだようだ。<br>
「なんだこの野郎!身動き取れねえくせに偉そうな口きいてんじゃねえ!」<br>
 陽一はロッカーの中からドアを両手で押し始めた。ぎちぎちと針金が音をたて、安部が適当に作った縛り目がぎりぎりとねじれはじめている。さらにロッカーの薄っぺらいドアは陽一の力に負けてべこべことゆがみ始めた。<br>
 安部はロッカーを蹴り、陽一を静かにさせようとするが、後ろから聞こえてきた悲鳴にあわてて振り返った。<br>
 安部の仲間である不良学生たちが、安部の方に及び腰で下がってくる。その先には、今まで見たことも無いものがいた。<br>
 放電現象なのか?それとも球電というやつなのか?ちりちりと電気的な火花を放ち、白く光り輝くナニかがそこにいる。姿は見えないが、それが出す電気的な火花が確実にそこに何かがいることを示している。大きさは人間くらい。しかもそれはじりじりと安部たちのほうに近づいてくるのだ。<br>
「安部さん!こりゃなんですか!?」男の一人が安部に言う。<br>
「幽霊だ!幽霊にちがいねえ!」もう一人が悲鳴みたいな声を上げる。<br>
「馬鹿野郎!幽霊なんているわけねえだろうが!」と阿部は言ってみたが、声が震えている。<br>
火花を散らしながら近づいてくるソレは、ぴたりと動きを止めた。阿部は隣の男の木刀を奪い取ると、皆の前に立ち、その光り輝く存在に向かって振り上げようとした。<br>
<br>
ゴルルルルル、ゴルウウルウルルル!<br>
 <br>
 獣のような声が廃病院を揺らし、辺りに居たものたち全員がその声に耳を押さえてしゃがみこむ。声は、あたかも直下型地震が起こったかのような凄まじい轟音となって鳴り響いた。もちろん安部も思わずへたり込んでいたのだが、その目の前で火花を散らす光り輝くナニかは「来た来た♪」と楽しげな声を上げる。<br>
 安部の後ろで悲鳴が上がり、ロッカーを取り囲むようにしていた不良たちが慌てふためいて蜘蛛の子を散らすようにロッカーから離れる。安部がロッカーの方を振り向いた時、ロッカーの中で陽一が「開けろ!開けやがれ!」と暴れているのだが、安部の目にそれは写らなかった。<br>
 陽一が入っているロッカーのすぐ後ろに、巨大な物体が浮かんでいた。それはまるで黒い毛が所々ぼつぼつと垂れ下がる赤黒い肉の塊。そしてその中央には巨大な、あまりにも巨大な口がぽっかりと開いている。歪に並ぶ牙、だらりと垂れ下がる蛇の尾のような舌はひゅるひゅるとしなっている。阿部は言葉を無くした。<br>
 それは再び凄まじい咆哮を上げる。<br>
<br>
ゴルルルルル、ゴルウウルウルルル!<br>
<br>
「ひやー!」阿部は我先にと病院を駆け出した。他の男たちもその様子を見て走り出す。<br>
「阿部さん!あいつ!あいついいんすか!」<br>
「知るか!あんなやつ!」<br>
 不良共が無様にもこけつまろびつ出て行くのを見送っていた火花を散らす光り輝く存在は、しかし以外にも人間の女性の声でその後ろに呼びかける。<br>
「おーい、一人忘れてるぞー」<br>
 もちろん誰一人立ち止まるものなど居ない。輝くそれは「飽きれたもんね」とつぶやくと再び巨大な口を持つ肉の塊へと向き直って言う。<br>
「さあて、狩りの始まりよ」<br>
 浮かび上がる巨大な肉塊の怪物が再び咆哮を上げた時、その体を白く輝く細い紐がするすると巻き取り始めた。怪物はその紐の出どころである光り輝くそれに向かって猛然と喰らいつこうと突進をしたが、瞬く間に白く輝く細い紐に絡め取られ、がんじ絡めになって身動きが取れなくなった。紐は病院の壁と言わず柱と言わず、四方八方に巻きつき、いわば蜘蛛の巣のようにその怪物を固定している。<br>
 光り輝く存在がパチリと何か操作すると、その体を包んでいた火花と白い輝きが消え去り、ぼうっと白く輝く人物が現れた。しかしその人物が光を放っているのではない。それが身につけている、全身にぴっちりとフィットするスーツとフルフェイス状のヘルメット、そして骨組みのように体の周りに取り付けられた滑らかな金属部が淡い光を放っているのだ。金属パーツはヘルメットから背骨をたどって腰のベルトに達し、さらに両腕両足の外部にも取り付けられている。その両手両足はひときわ大きな金属パーツで作られており、まるで巨大な手袋と長靴をつけているように見える。<br>
 全身スーツの人物はその大きすぎる手でヘルメットの顎の辺りを操作すると、ヘルメットは中央から縦割りに分割され、滑らかな動きで背後へと折りたたまれた。中から出てきたのは目にも麗しい美女。黒髪を頭の後ろできりっとまとめているが、汗をかいているせいかその黒髪がひとすじ、うなじに張り付いている。<br>
「獲物は狩れたけど、アウッシュボーンスーツの実験は失敗ね。せめてエアコンつければ良かった」<br>
女性の独り言かと見えたが、それにスーツの中から声が答える。<br>
「無色透明になるのは無理だったようだが、ひよっ子どもを驚かすくらいは出来たようだな」<br>
「お黙り!」<br>
 女性はスーツの胸に取り付けられた円盤状の機械を軽く操作し、つぶやくように言う。<br>
「転送フィールド展開」<br>
 すると女性の背中の部分に小さくまとめられていた骨組みが羽のように展開され、女性はあたかも六枚の羽を広げた織天使のような姿となった。羽の先端についているエメラルドグリーンのクリスタルから緑色のレーザーが照射され、先ほどから白い紐にがんじがらめにされてもがいていた巨大な空飛ぶ怪物の表面を縦横に走る。グリーンの光に包まれた怪物は、空間に溶け出すように消失した。<br>
<br>
 と、女性の目の前にはいまだにロッカーの中で暴れている陽一が、というかその陽一を閉じ込めているロッカーがあった。女性はぐいっとその巨大な手を上段に構えると一閃。縦裂きにロッカーの扉ごと針金を切り裂いた。扉が吹き飛び、目を丸くした陽一が出てきたときには女性の姿はなかった。<br>
<br>
 病院をよたよたと走り出してきた陽一を、門の後ろで様子を伺っていた安部が引き止めた。<br>
「おい、ありゃ一体なんだ?てめえどうやって逃げて来た?」<br>
 陽一は安部の腕を振り払い、歩き出す。阿部が慌てて「てめえ待ちやがれ!」とひき止めようとした時、二人を眩いヘッドライトが包み、けたたましい排気音と共に十数台の単車が走りこんできて二人を取り囲んだ。<br>
 陽一と安部が目をくらませているところに、張りのある女の声が響く。<br>
「安部ぇ!てめえこの橘祥子の顔に泥をぬりやがったな!」光を背に進み出た純白の特攻服に身を包んだ人物こそ霧生ヶ谷北校の女総長、橘祥子その人である。<br>
「そ、総長!これには、ワケが」阿部はしどろもどろで言い訳を口走るが時すでに遅し。彼女の背後には特攻服姿の屈強な男たちがぞろりと揃っている。そのうち数人は先ほどまで阿部と共にいた男たちだ。阿部の蛮行はその者たちによって橘祥子の耳に伝えられていたのだ。<br>
 橘は陽一の前まで来ると深々と頭を垂れ、<br>
「このたびの不始末!深くお詫びいたします!」と言う。そして顔を上げ、後ろでバイクにまたがっている男に声をかけた。<br>
「ご自宅までお送りしろ。丁重にな」<br>
ハンドルをしぼり、ロケットカウルを高々と取り付けた単車が陽一の前まで進み出る。<br>
「どうぞ、お乗りください!お送りします!」と、これも特攻服姿にリーゼントの男が言うものだから、陽一は「い、いえ!結構です!」と言うや否や走り出した。<br>
 それを見送って安部の方に向き直った時の橘祥子の顔を、安部はその後一生忘れる事は出来なくなったそうだ。<br>
<br>
 <br>
「それはまさに、般若のようだった。」<br>
 後に阿部はそう語る。<br>
<br>
 <br>
 廃病院にて怪物を捕獲したあのスーツ姿の女性、真霧間キリコはスーツを脱ぎ捨て今はラフな格好で暗い実験室にあった。地酒「霧の竜殺し」を、注いだ椀の中で転がしながら満足げに目の前の霊子体拘束ケージの中にいる見上げんばかりに巨大な、口だけの怪物を眺めていた。<br>
「あの廃屋は魔界との接点であったのだろうか?」机の上に転がっているストラップから声がする。<br>
「まあ、悪魔風に言えば、そうかもね。いろいろ変なものが出てくるから時々見回ってたんだけど、まさかこんな大物が狩れるとはねえ」とキリコ。<br>
「新しいコレクション・・というわけか?」<br>
「コレクション?ふふっ・・ペットよ。ペット。まずはそうね・・・」<br>
キリコは椀の中の酒をぐいっと一息に飲み干すと、言った。<br>
<br>
「お座り、からかな?」</p>
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"http://bbs15.aimix-z.com/mtpt.cgi?room=kansou&mode=view&no=82">感想BBSへ</a></p>
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