「CHAIN」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

CHAIN」(2009/04/02 (木) 21:25:22) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

<div style="line-height:2em;" align="left"> <p><u>CHAIN</u> 作者:見越入道</p> <p> </p> <p><br /><br /><br /> 辿<br /><br /><br /> きんと冷えた空気が張り詰める部屋で白衣姿の男が一人、本を読んでいる。<br /> 男が座っている椅子とテーブルが置かれた部屋の広さは小さな会議室ほどか。部屋の中にはこれと同じサイズのテーブルが四台ほど設えられ、四方の壁には一つだけある出入り口を除いてぐるりと本棚が並んでいる。本棚に詰め込まれた本のタイトルは「機能性精神病のための診断基準集」「一般診療医のための精神科の知識 第5版」等等。<br /> 部屋の中には男が時折さらりと本のページをめくる音が響き、それ以外には極々静かに響く空調機械の低く唸るような音だけが満ちている。本を読むその男、年の頃は三十代か。眼差しは鋭く、引き締まった口元は彼が内に秘める強い意志を現すかのようだ。男の白衣の胸には「精神科 石動」と書かれたバッチが着けられている。<br /> 男は、ここ霧生ヶ谷総合病院の精神科に勤務する医師だ。勤務態度は至ってまじめで、やや神経質な面もあるがひたむきな向上心と「全ての病は医師の手により駆逐されるべし」という強い意志を併せ持つ。その仕事振りから院内での評判はすこぶる良いものだった。<br /> この若く情熱にあふれる医師が、この霧生ヶ谷総合病院の一角に設けられた精神科専用の資料室において読みふけるのであるから、先に挙げたような医学書の類であって然るべしと思われるが、意外にもそれは「霊子論」と題される本であった。<br /> 「霊子論」<br /> 本のタイトルからしてなにやら如何わしい雰囲気のする本であるが、その中身と言うのが荒唐無稽。この霧生ヶ谷では知らぬもの無いと言われる科学者、真霧間博士が大正末期に著した本で、その内容が内容だけに当時あらゆる学会から相手にされず、奇書、怪書と陰口を叩かれた過去を持つ。当然の事ながら石動医師も「霊子論」の存在は知っていたものの、普段ならば眉に唾をつけても読むことなど無かっただろう。そもそもこんな本がこの資料室にあること自体がナンセンスなのだから。<br /><br /> 今を遡る事3時間前。<br /> いつものように慌しく患者を診て回っていた石動医師だが、急患が搬送されたという知らせを受け、急患受け入れ口へと向かった。本来ならば精神科の医師が救急救命に携わる事は無いはずなのだが、今回の患者は何か特別な理由があるらしい。<br /> 石動医師が急患受け入れ口についた時、その患者のわめき声が聞こえた。患者は、若い女性だったが、ショートヘアを振り乱し半狂乱の態であったため何人もの看護士が彼女を搬送用ベッドに押さえ込んでいるところであった。石動医師も精神科に勤務する立場上こうした状態の患者には慣れている。女性患者の腕をしっかりと押さえて拘束用のバンドで留めようとしたが、拘束用のバンドがずるりと滑って上手く巻き取れず、女性患者の腕が大きく跳ね上げられたため、慌てて彼女の腕を押さえつけ、再び拘束バンドでしっかりと縛り付けた。<br /> 女性患者は看護士が投与した鎮静剤が効いてきたらしく徐々に落ち着きを取り戻し、搬送用ベッドのまま病院内へと運び込まれていった。石動医師は他の看護士と共に院内へ戻りながら、何の気なしに自分の手を見た。妙にしっとりと濡れている。次に今しがた自らの手で暴れる女性患者の手首を縛り上げた拘束バンドを見た。こちらも濡れいてる。ふと立ち止まった石動医師をよそに女性患者を乗せたベッドは看護士たちによって院内へと押されていき、石動医師は一人廊下に取り残される形となった。<br /> 石動医師は今患者を搬入するべく開いた、外へと通じる両開きのドアを開けた。外は真っ白な霧に包まれている。この霧生ヶ谷は、その名の通り霧が多い。特に夕暮れから夜半にかけて濃い霧が発生する事で有名だ。石動医師が腕時計を見ると、アナログ時計の針は夕方3時30分を指していたのだが、その腕時計の表面にもうっすらと水滴が付いてた。<br /> 霧が出てくると湿度が高くなるのは当たり前だが、今日の湿り具合は異様に感じられた。<br /><br /> それから一時間後。<br /> 石動医師は隔離病棟に入れられた先ほどの女性患者の様子をガラス越しに眺めていた。<br /> 狂乱状態で付いた外傷以外には健康状態に異常なし。報告によれば、彼女は昨夜遅く、目の前で彼氏が搭乗する自動車の事故を目撃し、精神に強いショックを受けてその場で半狂乱となったらしい。彼氏は自分の運転する車に乗っていたわけだが、後ろから走ってきたトラックに追突され即死したらしい。事故後、彼女は救急隊によって近くの病院に収容されていたのだが、ショック状態があまりに酷いとのことで、こちらに移送されてきたらしい。<br /> と、そこへ院長がふらりとやって来た。院長が院内を歩くのは別に不思議なことではない。だがその時石動医師には院長が偶然ここを通りかかったわけでは無いような気がしていた。<br /> 「ご苦労さん。どうかね、難しい患者のようだが」<br /> 院長はガラス越しに患者を見ながら言う。<br /> 「いえ、特に問題はありません。現在鎮静剤を投与して容態を見ているところです。明朝には」<br /> 経過の説明をする石動医師を遮るように院長は一冊の本を差し出した。<br /> 「石動君。君もここに勤めて3年になる。良い機会だからこれを読んでおきたまえ」<br /> 石動医師は促されるままに受け取ったハードカバーの古めかしい本の表紙には「霊子論」と書かれていた。石動医師は院長が何かの冗談のつもりでこれを持ち出してきたのかと思い、<br /> 「いえ、こういった本には興味がありませんので」と突き返そうとした。だが院長は至って真剣な表情で石動を見つめて言う。<br /> 「これは冗談やいたずらではない。この霧生ヶ谷で医師として生きて行くためには、必要な知識なのだ」<br /> 「それこそ冗談でしょう。この本のどこにそれほど重要な要素があるというのです?これは狂人が書いた駄文に過ぎないと聞きましたよ」<br /> 「精神科の医師ともあろうものが、狂人などと口走るとは。」<br /> 「すみません。しかし、これはお返しします」<br /> 無理やり本を院長の手に渡そうとした時、院長は声を低くし、石動医師を睨みつけるようにして言った。<br /> 「読みたまえ。これは命令だ。今、すぐに」<br /><br /> このような経緯があり、石動医師は勤務時間であるにも関わらず、資料室で「霊子論」なる本を読まされる事になったのである。<br /> 時間はすでに夜7時。本当はあの時収容された患者の容態が気になるのだが、今のところ何の連絡も無いので、落ち着いているのだろう。さてこの「霊子論」だが、読み進むうちにそれが実に奇妙な論理である事が分かった。<br /><br /> 曰く、「我々が見、聞き、触れる事の出来るこの物質世界には、幽子という微粒子が存在する。この幽子は単体では特に何もしないのだが、霊子と言う微粒子と結合することで実体を持ち、一度結合した幽子と霊子は数万年単位で物質世界に存在し続ける。<br /> 霊子には陽霊子と陰霊子が存在し、幽子がそのどれと結合するかによって実体化するものに差異が生じる。陽霊子が幽子と結合したものをロミゾントと呼称し、陰霊子と結合したものをニルゾントと呼称する。どちらも極めて微細な粒子であるため、肉眼はおろか電子顕微鏡でも見ることは出来ないのだが、それらは常に一定量空中に浮遊している。例えるならばお湯の中に食塩を溶かし込んだ状態と言えるだろう。<br /> ロミゾントもニルゾントも一定の濃度になると互いに結合し、よりはっきりとした、あるいはより大きな物質へと姿を変える。<br /> 実際には幽子は我々が存在する物質世界とは別の世界に存在し、霊子によって物質世界に投影されるという説もある。いずれにせよこうしてロミゾントやニルゾントが結合を続けると、やがて物質世界に干渉しうる存在へと変貌する。先の食塩水の例で言うならば、食塩の溶けたお湯の温度が下がる事で食塩が再び結晶化するのに似ていると言えよう。<br /> 古来より、鬼、幽霊、妖怪といった人知を超えた存在、あるいは奇妙な現象、奇跡、怪異、それらは全てこのロミゾントとニルゾントの結合した結果であると言える。更に陽霊子と陰霊子は互いに反発しあう為、空間に含まれるそれらの量が均一であるとき、幽子との結合が起き難い」としている。<br /> 本の後半からは様々な現象におけるロミゾントとニルゾントの影響を数式において立証するという、これまた荒唐無稽な文章が続く。さすがに石動医師も苦笑いをするしか無く、その膨大な数式の羅列されたページはぱらぱらと飛ばし読みし、そのまま後書きへと入っていた。<br /> 後書きには短い文章でこう記されていた。<br /> 「結局のところ、霊子は幽子と結合し、物質世界に干渉しうる存在へと変化するため、陽霊子と陰霊子の量をコントロールすることでこの世界に現出しうる怪異を消滅しむると考えられる。同時に、ロミゾント、ニルゾントとなった幽子は一定量で急激な結合を始めると仮定される。その結合に際し、依り代(よりしろ)が存在する事で結合速度をさらに加速させうるようだ。言うなれば、水の中で食塩が再結晶する際、糸を垂らす事で再結晶を促すのと同じ事である。<br /> 私、真霧間が考えるに、その依り代とは人間である。」<br /><br /> 部屋を照らしていた蛍光灯の一本が不意に明滅を始めたので石動医師ははたと顔を上げた。<br /> 本の隣に置いてあった腕時計を手に取ると、腕時計も、そしてテーブルも、じっとりと湿気を帯びている事に気が付いた。<br /> 時計の針は9時を指している。知らぬ間に随分長い時間が経っていたようだ。ほうっと息を吐くと、恐ろしいほどに白いもやとなって空中に溶けていく。<br /> 空調が故障したのか、温度は適温ながら湿度だけがやたらと高い。石動医師は読み終えた「霊子論」を閉じて資料室の扉を開けてぞっとした。<br /> 外の廊下はどんよりと暗い闇に覆われ、人間のくるぶしから下辺りをどろどろと白い霧が流れているのだ。一瞬火事なのではないかと思ったが、焦げ臭さや煙の息苦しさは感じない。ただただ、恐ろしいほどに湿度が上がり、病院の廊下を白い霧がどろどろと低く流れているのだ。<br /> その時石動医師の携帯が鳴った。だが、それに出る間もなく、暗い廊下を響いてきた女性の叫び声に、石動医師は走り出していた。<br /><br /><br /><br /> 傷<br /><br /><br /> 「ったく。うっせえな・・・」<br /> ラジオから響くパーソナリティの陽気なトークにすら、彰夫は苛立っていた。<br /> 彰夫が先月の給料をほとんどつぎ込んで購入したバケットシートは、峠を攻めるには具合がいいのだが長距離のドライブとなると途端に融通の利かなさを露呈する。彰夫の尾てい骨はそろそろ限界に達していた。彰夫の運転するスプリンタートレノの助手席には良子が座り、先ほどからばさばさと地図を広げてそれを目の前で上にしたり下にしたりとぐるぐる動かしていた。<br /> 「アッキー、やっぱさっきの道、左じゃねー?」<br /> 「んだよ、おめーが真っ直ぐ行けって言ったんじゃねーか」<br /> これである。要するに二人は道に迷っていた。<br /> 元を正せば数日前、良子が突然この小旅行を提案してきた。小旅行といっても、若い男女が気楽にぶらつくのとは少し事情が違っている。目的地が良子の実家なのだ。その事を思い出し、彰夫はさらに重い気持ちになった。<br /> 元々良子とは大学のキャンパスでナンパして付き合い始めたのだが、そもそも彰夫に良子をどうこうするつもりなど無かった。それが何をどこで間違ったのか、出会ってから半年後、良子の口からとんでもない一言が飛び出した。<br /> 「あたしぃ。子供出来ちゃった」<br /> 彰夫にとっては青天の霹靂、寝耳に水。そもそも良子と「そういう関係」になったのも単なる偶然でしかないと思っていたし、ただの遊び友達としか思っていなかったのだから。それまでの良子は彰夫にベタ惚れで、なんでも彰夫の言う通りにしていた。彰夫もそんな良子を好いてはいたが、同級生たちには、<br /> 「都合のいい女っつーか」<br /> などと言っていたくらいだ。<br /> ところが、いざ妊娠が発覚するや恋愛の主導権は完全に良子の物となった。彰夫は躊躇無く子供をおろせと言ったが、良子にそんなつもりは無く、かえって、<br /> 「責任はとってくれんでしょうね」<br /> と強気の姿勢。挙げ句に今週末には両親に会いに行くと言い出す始末。のっぴきならぬ状況に追い込まれた時、男は決断した。<br /> 「結婚しよう」<br /> その一言がどんな結果を招くかも、ろくに考えずに。<br /><br /> そんなわけで、彰夫と良子は彰夫が中古で購入して自称「峠最速の86」にチューンナップしたと言うスプリンタートレノで良子の実家がある霧生ヶ谷市へと向かっていた。<br /> ところが、霧生ヶ谷という地方は霧の名所だとかで夕刻になるとやたらと霧が出る。今日もまた濃霧警報発令中だ。良子に言わせれば、<br /> 「濃霧警報がキリューガヤのデフォ?っつーかんじ」だそうな。しかも良子の実家は山間部にあるのだが、良子自身は免許も持っていないので近くまで行かないと道が判らないとかなんとか。<br /> 「そもそもこいつにナビを頼んだのが失敗だったのか」彰夫はついにそこに思い至った。<br /> 窓の外は夕焼けから薄暮、薄暮から夕闇へと移り、白い霧も次第に濃さを増してきている。彰夫は車のフォグランプを点け、ワイパーを動かしながら運転を続けた。<br /> 「なあ、もう諦めてよぉ、その辺の人に聞けよ」<br /> 「判ったわよ。じゃあその辺で停めて」<br /> そうは言うが車は山間部に差し掛かっていたため、道幅は広いが民家も人影も無い。しばらくは黙って運転するしか無さそうだった。<br /><br /> どれほど走っただろうか。あたりはすっかり闇に包まれ、霧の濃さもあって視界はかなり悪くなっていた。道は相変わらず続く。ラジオは天気予報に変わっていた。と、その時、霧の向うにぼんやりと民家が浮かび上がった。ありがたいことに窓に明かりも灯っている。<br /> 民家というか、それは農家という表現がぴったりだった。大きなわらぶき屋根の母屋が、道路から30メートルほど奥まったところに建っており、玄関先へと続く小道の両脇には枝ぶりも見事な松や梅が植えられている。彰夫はその小道の入口に車を止めた。<br /> 良子は先ほどまで弄り回していた地図をぱたぱたとたたんで車のドアを開け、薄い霧が煙る小道を登っていった。<br /> 彰夫はダッシュボードに置いてあるタバコを取り、ライターを取り出して火を点けた。<br /><br /> 暗い車内には、エンジンから漏れる低い唸りと、ラジオの陽気な笑い声だけが響く。彰夫は目を閉じ、ゆっくりとタバコを吸った。<br /> 良子の事を考えた。<br /> これからあいつはどんどん腹が大きくなって、苦しい思いをして子供を生んで、育てて行くんだな、と。そしてまた、自分の将来のことも考えてみた。俺、あいつと、その子供と一緒に暮らして、一生懸命働いて・・・なんかちょっと、かっこいいかもな、と。<br /> 不思議と、良子と子供を守って行くぞ、と言うような漠然としたながらも責任感のような物が、むくむくと彰夫の心に膨らんできていた。と、同時に別の感情も膨らんできた。<br /> 「このまま今夜は、あいつとどっかへしけこむかなあ」<br /> 男というのは不思議なもので、女を守りたいと思う一方で、そうした行為をしたいとも思う。それらが互いに作用しあい、やがてそれが愛に変わって行くものなのだ。もちろん、結婚後もそれが続くとは限らないのだが、そんな事など思いもしない今の彰夫だった。<br /> ラジオから流れる笑い声が再び車内に響いた時、霧に煙る小道を良子がすたすたと下りてくるのが見えた。<br /> 彰夫はタバコをもみ消し、ラジオを消そうと手を伸ばした時、ラジオから流れる笑い声が一際大きくなった。何のトークをしているのかと少し気にはなったが、すぐにスイッチを押した。<br /><br /> 笑い声は止まらなかった。<br /><br /> 彰夫はまたスイッチを押したが笑い声は止まらず、むしろさらに大きさを増して「うひひひひひ」とうような異様な響きとなった。彰夫は耳を塞ぎながらまたスイッチを押したが笑い声は止まらず、車の中はその異様な笑い声でいっぱいになった。彰夫が思わず叫び声を上げた時、バックミラーに眩い光が写った。<br /> ハッとして後部座席越しに後ろの窓を見た時、彰夫は凍りついた。<br /> 後部座席越しに見えるリアウインドウからは強烈なヘッドライトが差し込み車内を眩しく照らし、それを背後に背負うように、後部座席に見たことも無い老人が座っていた。老人は白い服に白粉を塗ったような白い顔、頭は前頭部が禿げ上がり後頭部に残った白髪はぼさぼさと伸ばし放題。ラジオから流れる異常な笑い声と、後ろから聞こえてきた凄まじいクラクションの音で彰夫の耳はとうに一杯だったのに、老人がもぞもぞと口を動かしてもらした言葉だけははっきりと聞こえた。<br /><br /> 「だめじゃない」<br /><br /> 次の瞬間、彰夫御自慢のスプリンターは後ろから猛スピードで突っ込んできた大型トラックに追突され、一瞬にしてぐしゃぐしゃと潰れながら路肩へと吹っ飛んだ。トラックはそのまま道路を逸れ、反対側の路肩に突っ込む。辺りは凄まじい轟音が響き、良子はただただ呆然とそれを見ているほか無かった。<br /> トラックが路肩に突っ込んで止まり、スプリンターがぐしゃぐしゃになって転がり、衝突の轟音が鳴り止んだ時、良子は金切り声を上げていた。多分、これまで出した事も無いような絶叫だった。ぐしゃぐしゃになった車の中で、彰夫はしかし生きていた。彰夫はその良子の叫び声で意識を取り戻し、薄目を開けてみた。体中が、何か異常な感覚に冒されている。痛みは無い。だが、これから世にも恐ろしい激痛が襲ってくるだろう前兆の、ぼんやりとした鈍痛が感じられた。実際彼には自分の体がどうなっているのかを確認することは出来なかった。彼の意識は事故の衝撃で混乱し、今日と昨日の記憶とがぐるぐると頭の中を廻っていた。その混濁した意識の中、彰夫は割れた窓ガラスとへしゃげたフレームの隙間から、道端にへたり込む良子を見た。良子の傍らには白い服を着た老人が立っていた。彰夫は遠のいて行く意識の中で思った。<br /> 「なんだ、あれ」<br /><br /><br /><br /> 血<br /><br /><br /> その日、秋山輝美は少し遅れて出勤してきた。<br /> 時刻は夕方4時。本来ならば昼勤の看護士との連絡業務などもあるため30分は早く病院に入り、ナースセンターに行かねばならない。<br /> ロッカールームで白衣に着替えながら輝美は今日何度目とも知らぬ溜息をついた。溜息の原因は・・・<br /> 「恋わずらい?」<br /> 同僚の西島月子が横合いから輝美の思考に割り込むように言葉を投げてきた。輝美ははっと顔を上げたが、月子はすかさず引継ぎ用のファイルを渡してよこす。輝美はそれを渡されるままに受け取ると、またうつむいてつぶやくように言った。<br /> 「恋わずらいって歳じゃないけど・・・なんだか、彼のこと良く判らなくなっちゃって」<br /> 月子は白衣を脱ぎながら諭すように言う。<br /> 「いい?男と女なんて、見た目も中身も違う生き物なのよ。考え方も違えば価値観も恋愛観も全然違うもんよ」<br /> 「判ってる・・・つもりなんだけど・・・」<br /> 「輝美は、わかってもらいたがってるだけよ。自覚しなさい?もう大人なんだから」<br /> 「うん」<br /> 輝美は子供のようにうなずきながら、手渡された引継ぎ用ファイルをめくった。輝美が出勤して来る少し前に急患が搬送されてきたらしい。突発性の精神性ショック症状の患者のようで、現在は鎮静剤で落ち着いているらしい。<br /> 輝美は月子に別れを告げてナースセンターを通り抜け、隔離病室へと向かった。<br /><br /> 5メートル四方ほどの広さの、いくつかの検査機器が置かれた隔離病室のベッドに、その女性患者は寝かされていた。先ほどまで暴れていたというが、今は静かに眠っている。両手足を拘束具で縛られているのが痛々しい。ショートカットを金髪に染めたその女性は、かわいらしく化粧していたようだが、それも乱れ、なんとも哀れな有様だ。輝美は患者の体温、血圧、脈拍などを記録したり、患者を押さえ込む際に散らかったらしい診察器具などを片付けていた。この隔離病室は一方の面が大きなガラス窓になっており、その奥には患者の容態を見るための部屋が設けられている。<br /> 輝美がふとそちらを見ると、石動という若い医師と、この病院の院長がなにやら話し込んでいる。<br /> 部屋の片付けが終わり、輝美はナースセンターに戻って他の仕事に取り掛かったが、月子に諭されていたにも関わらず彼女はまだ悩んでいた。<br /> 輝美には一年ほど前から付き合い始めた男がいる。合コンで知り合った、見た感じ真面目そうな男だったのだが、付き合いが進むにつれて輝美に金をせびるようになっていた。最初は千円や二千円といった小銭だったが、最近は一度に十万ほども要求される事がある。<br /> そんな話を月子にすると、<br /> 「さっさと別れちゃいなさい」と断じられたわけだが、それが中々別れられない。輝美は自分が自分で情けなくなってきていた。こんな精神状態なので、仕事は思った以上にはかどらない。そんな様子の輝美を婦長がぎりぎりと睨みつけるのだが、分かっていても駄目な時は駄目なものなのだ。<br /><br /> 輝美が青春の残り香と現実の狭間で悶々とするうちに時刻は夜八時四十五分。再び隔離病室の患者を見に行く時間となっていた。<br /> この病院は夜八時に消灯となるため、廊下の照明は落とされ、足元を照らす補助灯と非常口を現す緑色のランプだけになっていた。輝美は懐中電灯を携え、いまだ明かりの漏れる隔離病室の扉を開けた。隔離病室内は検査機器から流れる静かな作動音と、患者の心拍を現す「ピッ ピッ ピッ」という電子的な音だけが響いている。<br /> 輝美は患者の体温、血圧、脈拍をてきぱきと検査し、それを記録用紙に書き込んでいった。記録作業も一通り終わり、輝美が去り際に患者の顔を見ると、暴れた際に付いたのだろうか?頬に淡い紫のあざが浮いている。輝美は少し気になって、その頬のあざにそっと手をやってみた。<br /> 女性患者が、ぱっと目を開けた。<br /> 輝美は思わず伸ばした手を引っ込めたが、すぐ声をかけてみた。<br /> 「大丈夫ですか?気分はどうですか?」<br /> 女性患者は目だけを横に向けて輝美を見ると、いや、見るというよりそれは睨みつけるという感じだったのだが、口を開けた。<br /> 「あいつが」<br /> 輝美は反射的にその言葉を繰り返した。<br /> 「あいつ?」<br /> そうしながら、輝美は足元から這い上がってくる寒気に気が付いた。自分の足元に目を落とすと、くるぶしの辺りまで白い霧がどろどろと這っているのが見え、輝美は思わず小さな悲鳴を上げた。<br /> 部屋を見渡すといつの間にか部屋の床が見えないほどに白い霧が床全体を覆うように漂いはじめていた。輝美はすかさずナースコールのボタンを押した。一瞬、これが火事だと思ったからだ。輝美はすぐさま患者を移動させようかと考えた。ナースコールを押したことですぐ他の看護士たちも駆けつけてくるだろう。それよりもまず患者に害が及ばぬようにしなければならない。輝美は検査機器のコードを抜き、患者を車輪の付いたベッドごと移動する準備に取り掛かった。輝美はそうしながら、患者に声をかけ続ける。<br /> 「大丈夫ですからね。すぐに応援が来ますからね」<br /> 患者を慌てさせないようにしたつもりだが、どうやら輝美自身が一番慌てていたようだ。声をかけながら輝美は患者を見た。患者は大きく開いた両目で天井を見上げながら、うなり声をあげはじめていた。<br /> 彼女の声は「おおおおお」というような低いものだったが、それが徐々に大きくなり、耳障りなものになろうとしていたとき、隔離病室の扉を開けて当直の看護士が三人現れた。二人は輝美と同期生。もう一人は婦長。普段は怖いばかりの婦長も、こんなときは頼もしく見える。輝美は婦長の顔を見ただけで泣きたくなるのを唇をかみ締めて堪えた。<br /> 「すぐに患者を移動させます。みんな手を貸してあげて」婦長がてきぱきと指示を飛ばす。その間にも霧は増え、もう膝辺りまで上がってきてる。この霧がどこから入ってきているのかなど、考える余裕は無かった。そして患者のうなり声はいよいよ大きくなり、絶叫と呼べるほどになっていた。彼女にはすでに鎮静剤を投与してあるため、これ以上の投与は危険。暴れださない限りは耳を塞いで我慢するしかない。<br /> 隔離病室からベッドを出そうとした時、暗い廊下を当直の石動医師が駆けつけてきた。<br /> 婦長は他の病室の様子も見なければならないと石動医師に報告し、石動医師はこれが火事では無いことを告げていた。輝美はすでに混乱していた。患者は凄まじい絶叫をあげ、婦長も、石動医師も、何事か叫びながら指示を飛ばしている。あたりを駆け回る看護士、倒れる検査機器、飛び散るガラス片。霧はどんどん増え、部屋中に漂い始めていた。混乱は、混沌を生み、隔離病室はさながら戦場の如き喧騒に包まれていた。<br /><br /> 患者の叫びが止まった。<br /> 隔離病室内は最早一寸先も見えぬほどに霧に満たされていた。霧は渦を巻き、体に当たると服も髪もじっとりと濡れて行く。輝美はすぐに患者をかばうべくベッドに近づこうとしたが、あたりを包む白い霧のせいで広くも無い病室を手探りで進むという有様。と、突然病室内を気味の悪い笑い声が包んだ。<br /> 患者のものではない。それはむしろ男の笑い声。嘲るような、しかしどこか機械的なその笑い声は、場末の遊園地で聞いたピエロの人形が出す笑い声に似ていた。<br /> 輝美がベッドを探り当てて手を伸ばしたとき、ベッドの真上で爆竹のような爆発音が鳴り響き、輝美は思わず後ずさりしてそのまま尻餅をついてしまった。一回の爆発音の直後、信じられないことに部屋の中でざあっと雨のように何かが降り注いだ。それはすぐに止んだわけだが、それが止むと同時に部屋に充満していた霧も見る見るうちに引いて行った。<br /><br /> 輝美は、呆然と隔離病室を見回した。<br /> ベッドに横たわっていたはずの患者は跡形も無く消え、床といわずベッドといわず、あたり一面が真っ赤な血にまみれていたのだ。倒れた検査機器、散らばった記録用紙、白い壁も、看護士たちも、石動医師も、全てがべっとりと赤い血で濡れていた。あの時降り注いだのはこの血だったのだ。<br /> 今はもう赤く染まった白衣で、輝美は震えながら血まみれの手を拭くと、顔に付いた血をぬぐった。婦長や石動医師や他の看護士たちもゆっくりと起き上がってきたが、その惨状に誰一人として声を上げる者は無かった。<br /><br /> この惨状のただなかにあって石動医師はと言えば、がっくりと膝を落としてうつむいていた。その石動医師の肩にそっと手をやる人物がある。石動医師が顔を上げると、いつの間に現れたのか院長が立っており、これもまた沈痛な面持ちであったが、この朱に染まる部屋のなかにあって院長の汚れ無き白衣はどこか浮世離れした神々しさを感じさせた。<br /> 「院長、これはどういう事です」石動医師は搾り出すように言った。<br /> 「霊子論、読んでみたかね」院長は逆に質問を投げてきた。石動医師は再びうなだれ、<br /> 「読みました。読みましたが・・・これがその霊子の起こす現象だと言うのですか?」<br /> 「今の私には断言する事は出来ない。しかし、確かにこの霧生ヶ谷では、このような異様、異質、常識の枠に収まらぬ現象が起こりうるのだ」<br /> 「しかし、だとすれば、私は納得出来ません」石動医師は再び顔を上げた。彼の目からは涙が流れた。<br /> 「我々医者は、この世のあらゆる病を根絶するためにあると思っています。そしてそれは可能だと。こんな、こんな理不尽な現象があって良いのでしょうか。こんな現象が赦されるはずは無いでしょう」<br /> 院長はゆっくりと向きを変えると、血まみれの隔離病室の出口へと向かい、つぶやくように言った。<br /> 「我々にも、どうする事も出来ない事だって、あるんだ・・・」<br /> 院長が出て行った後も、石動医師は立ち上がることが出来なかった。悔しさと憤りが彼の心を満たし、涙が頬を流れた。<br /><br /> さてこの異常な事態に陥った隔離病室だが、病院のほかの部署は特に異常な事も無く、静かな夜を迎えていた。その静まり返った霧生ヶ谷総合病院の裏口に、ゆるゆると煙る夜霧を割って一人の来訪者があった。<br /> その人物は、黒のボーラーハット、黒のロングコート、黒の皮手袋に黒い革靴と全身黒尽くめの出で立ちで身の丈はゆうに2メートルはあるだろうか。その黒尽くめの男はゴツゴツという重い靴音を鳴らして病院へ入っていった。<br /><br /><br /><br /> 鬼<br /><br /><br /> 時刻は夜八時になったところだった。<br /> 西垣恭平は山間部を抜ける市道を走っていた。折から辺りには濃い霧が立ち込めてきていたので、運転している大型トラックの速度を落とし、ゆるゆるとうねる山道を進んでいた。<br /> 西垣は今年で40になる中年のトラック運転手だ。腕っ節も立つし持って生まれた親分肌な性格のためトラック乗り仲間からは「西垣の親分」などと呼ばれている。その親分さんは、弁当箱のような四角い顔に角刈り、いかにもごついトラック野郎という風体なわけだが、金曜夜の密かな楽しみと言うのが・・・<br /> 「皆さんこんばんわ。私、西山京子がお届けする、ハーフムーンで抱きしめて。今夜もゆっくりお楽しみください」<br /> 女性歌手がパーソナリティを務めるラジオ番組を聴くことだった。もちろん他のトラック乗り仲間には内緒である。<br /> 西垣はラジオのボリュームを上げた。<br /> 彼にとって西山京子は憧れの人だった。高校を卒業してからすぐに地元の工場で働きだした頃、きつい仕事に疲れた西垣の心を少しばかり癒してくれたのがその当時デヴューしたばかりだった西山京子だった。当時はアイドル歌手として人気絶頂だった彼女も、やがて結婚、離婚と人生の浮き沈みを経験し、今では大人の魅力を漂わせるいっぱしのシンガーソングライターだ。西垣はといえば、務めていた工場が倒産、東京に出てみたものの仕事はろくに見つからず。地元に戻ってトラック運転手としてどうにか生きながらえる日々。<br /> 西山京子の波乱に満ちた芸能生活を、己の人生にオーバーラップさせ、西垣はいつしか彼女を心の支えにしていたのかもしれない。<br /> ラジオは続く。<br /> 「ではここで、御便りを紹介します。ラジオネーム、コースケ部長さんからの御便りです。京子さんこんばんわ。私は学生時代から京子さんの大ファンです。京子さんがアイドル時代に、私の故郷、霧生ヶ谷市の夏祭りに来られたのを生で見てとても興奮したのを今でも覚えています。ところで京子さん、実は先日、私の後輩がとても怖い目に会ったと言うのです。その後輩に聞いた話では、夜中にトイレに起きたとき、トイレの鍵がかかっていたのでノックをしてみたら中からノックの音がしたので、家族が入っているのだと思い、しばらく待っていたのですが、いつになっても出てきません。せかすように再びノックをしてみたら、扉が開き、中には誰もいなかったというのです。後輩は結局そこでお漏らししてしまったらしいのですが、京子さんも何か怖い体験をしたこと、ありますか?という御便りです。」<br /><br /> 西垣は霧の濃さに舌打ちをしながらワイパーを回し始めた。<br /><br /> 「んー、私はお化けとか幽霊とかは見たこと無いんですけどぉ、私の出身地、霧生ヶ谷には昔から杉山さんというお化けの話が伝わってますねえ。霧生ヶ谷は霧が多いところなんですけどぉ、霧の深い夜に、後ろから気味の悪い笑い声が聞こえてきたら走って逃げなきゃ駄目っていうんです。全力でね。もしちょっとでも逃げ送れると、白い服を着た杉山さんが追いかけてきて、だめじゃなーいって言ってどこかへ連れて行かれちゃうんだそうです。私も小さな頃はその話を聞いて、怖くて外に出られなくなったことがありましたねえ。今でも霧生ヶ谷では杉山さんの話なんて、するんでしょうか?」<br /> 「するする」西垣は思わずラジオに相槌を打つ。<br /> 「それではここで一曲お届けします。えーっと、私のデヴュー曲、2007年のナンバーで、抱きしめてモロ☆モロ」<br /> 軽快な音楽が流れ、西垣はタバコに火を点けた。<br /> 先ほどから霧が濃くなり、視界は10メートルも無いのではないかと思うほどだ。確かに西垣は霧生ヶ谷出身だが、これほど濃い霧は中々お目にかからない。さらに速度を落とすべく、アクセルから足をおろそうとした。だが、西垣の右足は動かない。西垣は、足元に空き缶か何かが挟まって足が動かせなくなったのではないかと、慌ててルームライトを点けて自分の足元を見た。<br /> 西垣の右の足首を白い手ががっちりと掴んでいた。手は、自分が座っているシートの下から伸びている。西垣は思わず悲鳴を上げ、右足を動かそうとしたが、その白い手は恐ろしいほどの力で足首を掴んでおり、外れる気配すらない。今度は開いている左足でその白い腕を踏みつけたが、まるでゴムのようにぐにゃぐにゃと潰れるだけでいっこうに外れない。西垣はすぐさまクラッチを踏んでサイドブレーキを引こうとした。だが、彼の左足にはもう一本、シートの下から伸びてきた手が喰らい付き、ハンドルを握る彼の左手は、彼が座るシートの背もたれから伸びる白い腕によってがっちりとつかまれ、ハンドルから離せなくなっていた。<br /> 西垣の全身から冷や汗が噴き出し、空いている右手で左手を掴む白い腕を掴み、引き離そうともがいた。その時、右足首を掴んでいる手がぐいと前に押し出され、アクセルが大きく踏み込まれる。<br /> トラックは速度を上げ、霧の中を加速しはじめた。ラジオからは陽気なメロディーが流れ、西垣の意識を混沌の渦へと引きずり込む。<br /> ふと、西垣は自分の右手側、運転席側の窓、その外から、異様な気配を感じた。<br /> 西垣が窓の外を見ると、白い服に白い頭髪、そして不気味なほどに白い肌をした老人がいた。老人は、走行中のトラックのすぐ隣を悠然と漂っている。それよりなにより西垣を震え上がらせたのは老人の目だった。いや、正確にはそこには眼球は無く、暗い眼窩がぽっかりと空き、その奥に朧に光を宿しているのだ。<br /> 西垣はその老人から目が離せなくなっていたが、同時に、このあまりに非現実的、もっと言うならばまるで出来の悪いC級ホラー映画のような出来事に、我知らず引きつった笑みを浮かべてた。<br /><br /> 西垣は突然ラジオからあふれ出してきた笑い声に、瞬時に現実へと引き戻された。西垣は濃い霧の中を暴走するトラックの運転席で眠りこけていたのだ。目の前に普通自動車のハザードランプが見えた。西垣はブレーキを床まで一杯に踏み込み、クラクションを鳴らしたが、時すでに遅く西垣の運転する大型トラックは道路上に停車していた白いスポーツカーに猛スピードで追突した。スポーツカーはめちゃくちゃになって吹っ飛び、トラックも道路沿いの田んぼへと突っ込んで止まった。だが衝突を西垣はほとんど覚えてはいない。すべては瞬時に起こり、西垣はトラックのフロントガラスを突き破って路上に投げ出されて即死したのだから。<br /><br /> ぐしゃぐしゃに潰れたトラックの運転席。衝突の衝撃で鳴り続けていたクラクションが止むと、散らかった残骸や飛び散ったガラス片などを覆い隠すように霧がまた立ち込め始め、その中にあって場違いなほどに陽気なラジオの声だけがほそぼそと流れていた。</p> <p><a href="http://bbs15.aimix-z.com/mtpt.cgi?room=kansou&amp;mode=view&amp;no=171">感想BBSへ</a></p> <br /><br /><img src="chain-image-fin.jpeg" alt="chain-image-fin.jpeg" /></div>
<div style="line-height:2em;" align="left"> <p><u>CHAIN</u> 作者:見越入道</p> <p> </p> <p><br /><br /><br /> 辿<br /><br /><br /> きんと冷えた空気が張り詰める部屋で白衣姿の男が一人、本を読んでいる。<br /> 男が座っている椅子とテーブルが置かれた部屋の広さは小さな会議室ほどか。部屋の中にはこれと同じサイズのテーブルが四台ほど設えられ、四方の壁には一つだけある出入り口を除いてぐるりと本棚が並んでいる。本棚に詰め込まれた本のタイトルは「機能性精神病のための診断基準集」「一般診療医のための精神科の知識 第5版」等等。<br /> 部屋の中には男が時折さらりと本のページをめくる音が響き、それ以外には極々静かに響く空調機械の低く唸るような音だけが満ちている。本を読むその男、年の頃は三十代か。眼差しは鋭く、引き締まった口元は彼が内に秘める強い意志を現すかのようだ。男の白衣の胸には「精神科 石動」と書かれたバッチが着けられている。<br /> 男は、ここ霧生ヶ谷総合病院の精神科に勤務する医師だ。勤務態度は至ってまじめで、やや神経質な面もあるがひたむきな向上心と「全ての病は医師の手により駆逐されるべし」という強い意志を併せ持つ。その仕事振りから院内での評判はすこぶる良いものだった。<br /> この若く情熱にあふれる医師が、この霧生ヶ谷総合病院の一角に設けられた精神科専用の資料室において読みふけるのであるから、先に挙げたような医学書の類であって然るべしと思われるが、意外にもそれは「霊子論」と題される本であった。<br /> 「霊子論」<br /> 本のタイトルからしてなにやら如何わしい雰囲気のする本であるが、その中身と言うのが荒唐無稽。この霧生ヶ谷では知らぬもの無いと言われる科学者、真霧間博士が大正末期に著した本で、その内容が内容だけに当時あらゆる学会から相手にされず、奇書、怪書と陰口を叩かれた過去を持つ。当然の事ながら石動医師も「霊子論」の存在は知っていたものの、普段ならば眉に唾をつけても読むことなど無かっただろう。そもそもこんな本がこの資料室にあること自体がナンセンスなのだから。<br /><br /> 今を遡る事3時間前。<br /> いつものように慌しく患者を診て回っていた石動医師だが、急患が搬送されたという知らせを受け、急患受け入れ口へと向かった。本来ならば精神科の医師が救急救命に携わる事は無いはずなのだが、今回の患者は何か特別な理由があるらしい。<br /> 石動医師が急患受け入れ口についた時、その患者のわめき声が聞こえた。患者は、若い女性だったが、ショートヘアを振り乱し半狂乱の態であったため何人もの看護士が彼女を搬送用ベッドに押さえ込んでいるところであった。石動医師も精神科に勤務する立場上こうした状態の患者には慣れている。女性患者の腕をしっかりと押さえて拘束用のバンドで留めようとしたが、拘束用のバンドがずるりと滑って上手く巻き取れず、女性患者の腕が大きく跳ね上げられたため、慌てて彼女の腕を押さえつけ、再び拘束バンドでしっかりと縛り付けた。<br /> 女性患者は看護士が投与した鎮静剤が効いてきたらしく徐々に落ち着きを取り戻し、搬送用ベッドのまま病院内へと運び込まれていった。石動医師は他の看護士と共に院内へ戻りながら、何の気なしに自分の手を見た。妙にしっとりと濡れている。次に今しがた自らの手で暴れる女性患者の手首を縛り上げた拘束バンドを見た。こちらも濡れいてる。ふと立ち止まった石動医師をよそに女性患者を乗せたベッドは看護士たちによって院内へと押されていき、石動医師は一人廊下に取り残される形となった。<br /> 石動医師は今患者を搬入するべく開いた、外へと通じる両開きのドアを開けた。外は真っ白な霧に包まれている。この霧生ヶ谷は、その名の通り霧が多い。特に夕暮れから夜半にかけて濃い霧が発生する事で有名だ。石動医師が腕時計を見ると、アナログ時計の針は夕方3時30分を指していたのだが、その腕時計の表面にもうっすらと水滴が付いてた。<br /> 霧が出てくると湿度が高くなるのは当たり前だが、今日の湿り具合は異様に感じられた。<br /><br /> それから一時間後。<br /> 石動医師は隔離病棟に入れられた先ほどの女性患者の様子をガラス越しに眺めていた。<br /> 狂乱状態で付いた外傷以外には健康状態に異常なし。報告によれば、彼女は昨夜遅く、目の前で彼氏が搭乗する自動車の事故を目撃し、精神に強いショックを受けてその場で半狂乱となったらしい。彼氏は自分の運転する車に乗っていたわけだが、後ろから走ってきたトラックに追突され即死したらしい。事故後、彼女は救急隊によって近くの病院に収容されていたのだが、ショック状態があまりに酷いとのことで、こちらに移送されてきたらしい。<br /> と、そこへ院長がふらりとやって来た。院長が院内を歩くのは別に不思議なことではない。だがその時石動医師には院長が偶然ここを通りかかったわけでは無いような気がしていた。<br /> 「ご苦労さん。どうかね、難しい患者のようだが」<br /> 院長はガラス越しに患者を見ながら言う。<br /> 「いえ、特に問題はありません。現在鎮静剤を投与して容態を見ているところです。明朝には」<br /> 経過の説明をする石動医師を遮るように院長は一冊の本を差し出した。<br /> 「石動君。君もここに勤めて3年になる。良い機会だからこれを読んでおきたまえ」<br /> 石動医師は促されるままに受け取ったハードカバーの古めかしい本の表紙には「霊子論」と書かれていた。石動医師は院長が何かの冗談のつもりでこれを持ち出してきたのかと思い、<br /> 「いえ、こういった本には興味がありませんので」と突き返そうとした。だが院長は至って真剣な表情で石動を見つめて言う。<br /> 「これは冗談やいたずらではない。この霧生ヶ谷で医師として生きて行くためには、必要な知識なのだ」<br /> 「それこそ冗談でしょう。この本のどこにそれほど重要な要素があるというのです?これは狂人が書いた駄文に過ぎないと聞きましたよ」<br /> 「精神科の医師ともあろうものが、狂人などと口走るとは。」<br /> 「すみません。しかし、これはお返しします」<br /> 無理やり本を院長の手に渡そうとした時、院長は声を低くし、石動医師を睨みつけるようにして言った。<br /> 「読みたまえ。これは命令だ。今、すぐに」<br /><br /> このような経緯があり、石動医師は勤務時間であるにも関わらず、資料室で「霊子論」なる本を読まされる事になったのである。<br /> 時間はすでに夜7時。本当はあの時収容された患者の容態が気になるのだが、今のところ何の連絡も無いので、落ち着いているのだろう。さてこの「霊子論」だが、読み進むうちにそれが実に奇妙な論理である事が分かった。<br /><br /> 曰く、「我々が見、聞き、触れる事の出来るこの物質世界には、幽子という微粒子が存在する。この幽子は単体では特に何もしないのだが、霊子と言う微粒子と結合することで実体を持ち、一度結合した幽子と霊子は数万年単位で物質世界に存在し続ける。<br /> 霊子には陽霊子と陰霊子が存在し、幽子がそのどれと結合するかによって実体化するものに差異が生じる。陽霊子が幽子と結合したものをロミゾントと呼称し、陰霊子と結合したものをニルゾントと呼称する。どちらも極めて微細な粒子であるため、肉眼はおろか電子顕微鏡でも見ることは出来ないのだが、それらは常に一定量空中に浮遊している。例えるならばお湯の中に食塩を溶かし込んだ状態と言えるだろう。<br /> ロミゾントもニルゾントも一定の濃度になると互いに結合し、よりはっきりとした、あるいはより大きな物質へと姿を変える。<br /> 実際には幽子は我々が存在する物質世界とは別の世界に存在し、霊子によって物質世界に投影されるという説もある。いずれにせよこうしてロミゾントやニルゾントが結合を続けると、やがて物質世界に干渉しうる存在へと変貌する。先の食塩水の例で言うならば、食塩の溶けたお湯の温度が下がる事で食塩が再び結晶化するのに似ていると言えよう。<br /> 古来より、鬼、幽霊、妖怪といった人知を超えた存在、あるいは奇妙な現象、奇跡、怪異、それらは全てこのロミゾントとニルゾントの結合した結果であると言える。更に陽霊子と陰霊子は互いに反発しあう為、空間に含まれるそれらの量が均一であるとき、幽子との結合が起き難い」としている。<br /> 本の後半からは様々な現象におけるロミゾントとニルゾントの影響を数式において立証するという、これまた荒唐無稽な文章が続く。さすがに石動医師も苦笑いをするしか無く、その膨大な数式の羅列されたページはぱらぱらと飛ばし読みし、そのまま後書きへと入っていた。<br /> 後書きには短い文章でこう記されていた。<br /> 「結局のところ、霊子は幽子と結合し、物質世界に干渉しうる存在へと変化するため、陽霊子と陰霊子の量をコントロールすることでこの世界に現出しうる怪異を消滅しむると考えられる。同時に、ロミゾント、ニルゾントとなった幽子は一定量で急激な結合を始めると仮定される。その結合に際し、依り代(よりしろ)が存在する事で結合速度をさらに加速させうるようだ。言うなれば、水の中で食塩が再結晶する際、糸を垂らす事で再結晶を促すのと同じ事である。<br /> 私、真霧間が考えるに、その依り代とは人間である。」<br /><br /> 部屋を照らしていた蛍光灯の一本が不意に明滅を始めたので石動医師ははたと顔を上げた。<br /> 本の隣に置いてあった腕時計を手に取ると、腕時計も、そしてテーブルも、じっとりと湿気を帯びている事に気が付いた。<br /> 時計の針は9時を指している。知らぬ間に随分長い時間が経っていたようだ。ほうっと息を吐くと、恐ろしいほどに白いもやとなって空中に溶けていく。<br /> 空調が故障したのか、温度は適温ながら湿度だけがやたらと高い。石動医師は読み終えた「霊子論」を閉じて資料室の扉を開けてぞっとした。<br /> 外の廊下はどんよりと暗い闇に覆われ、人間のくるぶしから下辺りをどろどろと白い霧が流れているのだ。一瞬火事なのではないかと思ったが、焦げ臭さや煙の息苦しさは感じない。ただただ、恐ろしいほどに湿度が上がり、病院の廊下を白い霧がどろどろと低く流れているのだ。<br /> その時石動医師の携帯が鳴った。だが、それに出る間もなく、暗い廊下を響いてきた女性の叫び声に、石動医師は走り出していた。<br /><br /><br /><br /> 傷<br /><br /><br /> 「ったく。うっせえな・・・」<br /> ラジオから響くパーソナリティの陽気なトークにすら、彰夫は苛立っていた。<br /> 彰夫が先月の給料をほとんどつぎ込んで購入したバケットシートは、峠を攻めるには具合がいいのだが長距離のドライブとなると途端に融通の利かなさを露呈する。彰夫の尾てい骨はそろそろ限界に達していた。彰夫の運転するスプリンタートレノの助手席には良子が座り、先ほどからばさばさと地図を広げてそれを目の前で上にしたり下にしたりとぐるぐる動かしていた。<br /> 「アッキー、やっぱさっきの道、左じゃねー?」<br /> 「んだよ、おめーが真っ直ぐ行けって言ったんじゃねーか」<br /> これである。要するに二人は道に迷っていた。<br /> 元を正せば数日前、良子が突然この小旅行を提案してきた。小旅行といっても、若い男女が気楽にぶらつくのとは少し事情が違っている。目的地が良子の実家なのだ。その事を思い出し、彰夫はさらに重い気持ちになった。<br /> 元々良子とは大学のキャンパスでナンパして付き合い始めたのだが、そもそも彰夫に良子をどうこうするつもりなど無かった。それが何をどこで間違ったのか、出会ってから半年後、良子の口からとんでもない一言が飛び出した。<br /> 「あたしぃ。子供出来ちゃった」<br /> 彰夫にとっては青天の霹靂、寝耳に水。そもそも良子と「そういう関係」になったのも単なる偶然でしかないと思っていたし、ただの遊び友達としか思っていなかったのだから。それまでの良子は彰夫にベタ惚れで、なんでも彰夫の言う通りにしていた。彰夫もそんな良子を好いてはいたが、同級生たちには、<br /> 「都合のいい女っつーか」<br /> などと言っていたくらいだ。<br /> ところが、いざ妊娠が発覚するや恋愛の主導権は完全に良子の物となった。彰夫は躊躇無く子供をおろせと言ったが、良子にそんなつもりは無く、かえって、<br /> 「責任はとってくれんでしょうね」<br /> と強気の姿勢。挙げ句に今週末には両親に会いに行くと言い出す始末。のっぴきならぬ状況に追い込まれた時、男は決断した。<br /> 「結婚しよう」<br /> その一言がどんな結果を招くかも、ろくに考えずに。<br /><br /> そんなわけで、彰夫と良子は彰夫が中古で購入して自称「峠最速の86」にチューンナップしたと言うスプリンタートレノで良子の実家がある霧生ヶ谷市へと向かっていた。<br /> ところが、霧生ヶ谷という地方は霧の名所だとかで夕刻になるとやたらと霧が出る。今日もまた濃霧警報発令中だ。良子に言わせれば、<br /> 「濃霧警報がキリューガヤのデフォ?っつーかんじ」だそうな。しかも良子の実家は山間部にあるのだが、良子自身は免許も持っていないので近くまで行かないと道が判らないとかなんとか。<br /> 「そもそもこいつにナビを頼んだのが失敗だったのか」彰夫はついにそこに思い至った。<br /> 窓の外は夕焼けから薄暮、薄暮から夕闇へと移り、白い霧も次第に濃さを増してきている。彰夫は車のフォグランプを点け、ワイパーを動かしながら運転を続けた。<br /> 「なあ、もう諦めてよぉ、その辺の人に聞けよ」<br /> 「判ったわよ。じゃあその辺で停めて」<br /> そうは言うが車は山間部に差し掛かっていたため、道幅は広いが民家も人影も無い。しばらくは黙って運転するしか無さそうだった。<br /><br /> どれほど走っただろうか。あたりはすっかり闇に包まれ、霧の濃さもあって視界はかなり悪くなっていた。道は相変わらず続く。ラジオは天気予報に変わっていた。と、その時、霧の向うにぼんやりと民家が浮かび上がった。ありがたいことに窓に明かりも灯っている。<br /> 民家というか、それは農家という表現がぴったりだった。大きなわらぶき屋根の母屋が、道路から30メートルほど奥まったところに建っており、玄関先へと続く小道の両脇には枝ぶりも見事な松や梅が植えられている。彰夫はその小道の入口に車を止めた。<br /> 良子は先ほどまで弄り回していた地図をぱたぱたとたたんで車のドアを開け、薄い霧が煙る小道を登っていった。<br /> 彰夫はダッシュボードに置いてあるタバコを取り、ライターを取り出して火を点けた。<br /><br /> 暗い車内には、エンジンから漏れる低い唸りと、ラジオの陽気な笑い声だけが響く。彰夫は目を閉じ、ゆっくりとタバコを吸った。<br /> 良子の事を考えた。<br /> これからあいつはどんどん腹が大きくなって、苦しい思いをして子供を生んで、育てて行くんだな、と。そしてまた、自分の将来のことも考えてみた。俺、あいつと、その子供と一緒に暮らして、一生懸命働いて・・・なんかちょっと、かっこいいかもな、と。<br /> 不思議と、良子と子供を守って行くぞ、と言うような漠然としたながらも責任感のような物が、むくむくと彰夫の心に膨らんできていた。と、同時に別の感情も膨らんできた。<br /> 「このまま今夜は、あいつとどっかへしけこむかなあ」<br /> 男というのは不思議なもので、女を守りたいと思う一方で、そうした行為をしたいとも思う。それらが互いに作用しあい、やがてそれが愛に変わって行くものなのだ。もちろん、結婚後もそれが続くとは限らないのだが、そんな事など思いもしない今の彰夫だった。<br /> ラジオから流れる笑い声が再び車内に響いた時、霧に煙る小道を良子がすたすたと下りてくるのが見えた。<br /> 彰夫はタバコをもみ消し、ラジオを消そうと手を伸ばした時、ラジオから流れる笑い声が一際大きくなった。何のトークをしているのかと少し気にはなったが、すぐにスイッチを押した。<br /><br /> 笑い声は止まらなかった。<br /><br /> 彰夫はまたスイッチを押したが笑い声は止まらず、むしろさらに大きさを増して「うひひひひひ」とうような異様な響きとなった。彰夫は耳を塞ぎながらまたスイッチを押したが笑い声は止まらず、車の中はその異様な笑い声でいっぱいになった。彰夫が思わず叫び声を上げた時、バックミラーに眩い光が写った。<br /> ハッとして後部座席越しに後ろの窓を見た時、彰夫は凍りついた。<br /> 後部座席越しに見えるリアウインドウからは強烈なヘッドライトが差し込み車内を眩しく照らし、それを背後に背負うように、後部座席に見たことも無い老人が座っていた。老人は白い服に白粉を塗ったような白い顔、頭は前頭部が禿げ上がり後頭部に残った白髪はぼさぼさと伸ばし放題。ラジオから流れる異常な笑い声と、後ろから聞こえてきた凄まじいクラクションの音で彰夫の耳はとうに一杯だったのに、老人がもぞもぞと口を動かしてもらした言葉だけははっきりと聞こえた。<br /><br /> 「だめじゃない」<br /><br /> 次の瞬間、彰夫御自慢のスプリンターは後ろから猛スピードで突っ込んできた大型トラックに追突され、一瞬にしてぐしゃぐしゃと潰れながら路肩へと吹っ飛んだ。トラックはそのまま道路を逸れ、反対側の路肩に突っ込む。辺りは凄まじい轟音が響き、良子はただただ呆然とそれを見ているほか無かった。<br /> トラックが路肩に突っ込んで止まり、スプリンターがぐしゃぐしゃになって転がり、衝突の轟音が鳴り止んだ時、良子は金切り声を上げていた。多分、これまで出した事も無いような絶叫だった。ぐしゃぐしゃになった車の中で、彰夫はしかし生きていた。彰夫はその良子の叫び声で意識を取り戻し、薄目を開けてみた。体中が、何か異常な感覚に冒されている。痛みは無い。だが、これから世にも恐ろしい激痛が襲ってくるだろう前兆の、ぼんやりとした鈍痛が感じられた。実際彼には自分の体がどうなっているのかを確認することは出来なかった。彼の意識は事故の衝撃で混乱し、今日と昨日の記憶とがぐるぐると頭の中を廻っていた。その混濁した意識の中、彰夫は割れた窓ガラスとへしゃげたフレームの隙間から、道端にへたり込む良子を見た。良子の傍らには白い服を着た老人が立っていた。彰夫は遠のいて行く意識の中で思った。<br /> 「なんだ、あれ」<br /><br /><br /><br /> 血<br /><br /><br /> その日、秋山輝美は少し遅れて出勤してきた。<br /> 時刻は夕方4時。本来ならば昼勤の看護士との連絡業務などもあるため30分は早く病院に入り、ナースセンターに行かねばならない。<br /> ロッカールームで白衣に着替えながら輝美は今日何度目とも知らぬ溜息をついた。溜息の原因は・・・<br /> 「恋わずらい?」<br /> 同僚の西島月子が横合いから輝美の思考に割り込むように言葉を投げてきた。輝美ははっと顔を上げたが、月子はすかさず引継ぎ用のファイルを渡してよこす。輝美はそれを渡されるままに受け取ると、またうつむいてつぶやくように言った。<br /> 「恋わずらいって歳じゃないけど・・・なんだか、彼のこと良く判らなくなっちゃって」<br /> 月子は白衣を脱ぎながら諭すように言う。<br /> 「いい?男と女なんて、見た目も中身も違う生き物なのよ。考え方も違えば価値観も恋愛観も全然違うもんよ」<br /> 「判ってる・・・つもりなんだけど・・・」<br /> 「輝美は、わかってもらいたがってるだけよ。自覚しなさい?もう大人なんだから」<br /> 「うん」<br /> 輝美は子供のようにうなずきながら、手渡された引継ぎ用ファイルをめくった。輝美が出勤して来る少し前に急患が搬送されてきたらしい。突発性の精神性ショック症状の患者のようで、現在は鎮静剤で落ち着いているらしい。<br /> 輝美は月子に別れを告げてナースセンターを通り抜け、隔離病室へと向かった。<br /><br /> 5メートル四方ほどの広さの、いくつかの検査機器が置かれた隔離病室のベッドに、その女性患者は寝かされていた。先ほどまで暴れていたというが、今は静かに眠っている。両手足を拘束具で縛られているのが痛々しい。ショートカットを金髪に染めたその女性は、かわいらしく化粧していたようだが、それも乱れ、なんとも哀れな有様だ。輝美は患者の体温、血圧、脈拍などを記録したり、患者を押さえ込む際に散らかったらしい診察器具などを片付けていた。この隔離病室は一方の面が大きなガラス窓になっており、その奥には患者の容態を見るための部屋が設けられている。<br /> 輝美がふとそちらを見ると、石動という若い医師と、この病院の院長がなにやら話し込んでいる。<br /> 部屋の片付けが終わり、輝美はナースセンターに戻って他の仕事に取り掛かったが、月子に諭されていたにも関わらず彼女はまだ悩んでいた。<br /> 輝美には一年ほど前から付き合い始めた男がいる。合コンで知り合った、見た感じ真面目そうな男だったのだが、付き合いが進むにつれて輝美に金をせびるようになっていた。最初は千円や二千円といった小銭だったが、最近は一度に十万ほども要求される事がある。<br /> そんな話を月子にすると、<br /> 「さっさと別れちゃいなさい」と断じられたわけだが、それが中々別れられない。輝美は自分が自分で情けなくなってきていた。こんな精神状態なので、仕事は思った以上にはかどらない。そんな様子の輝美を婦長がぎりぎりと睨みつけるのだが、分かっていても駄目な時は駄目なものなのだ。<br /><br /> 輝美が青春の残り香と現実の狭間で悶々とするうちに時刻は夜八時四十五分。再び隔離病室の患者を見に行く時間となっていた。<br /> この病院は夜八時に消灯となるため、廊下の照明は落とされ、足元を照らす補助灯と非常口を現す緑色のランプだけになっていた。輝美は懐中電灯を携え、いまだ明かりの漏れる隔離病室の扉を開けた。隔離病室内は検査機器から流れる静かな作動音と、患者の心拍を現す「ピッ ピッ ピッ」という電子的な音だけが響いている。<br /> 輝美は患者の体温、血圧、脈拍をてきぱきと検査し、それを記録用紙に書き込んでいった。記録作業も一通り終わり、輝美が去り際に患者の顔を見ると、暴れた際に付いたのだろうか?頬に淡い紫のあざが浮いている。輝美は少し気になって、その頬のあざにそっと手をやってみた。<br /> 女性患者が、ぱっと目を開けた。<br /> 輝美は思わず伸ばした手を引っ込めたが、すぐ声をかけてみた。<br /> 「大丈夫ですか?気分はどうですか?」<br /> 女性患者は目だけを横に向けて輝美を見ると、いや、見るというよりそれは睨みつけるという感じだったのだが、口を開けた。<br /> 「あいつが」<br /> 輝美は反射的にその言葉を繰り返した。<br /> 「あいつ?」<br /> そうしながら、輝美は足元から這い上がってくる寒気に気が付いた。自分の足元に目を落とすと、くるぶしの辺りまで白い霧がどろどろと這っているのが見え、輝美は思わず小さな悲鳴を上げた。<br /> 部屋を見渡すといつの間にか部屋の床が見えないほどに白い霧が床全体を覆うように漂いはじめていた。輝美はすかさずナースコールのボタンを押した。一瞬、これが火事だと思ったからだ。輝美はすぐさま患者を移動させようかと考えた。ナースコールを押したことですぐ他の看護士たちも駆けつけてくるだろう。それよりもまず患者に害が及ばぬようにしなければならない。輝美は検査機器のコードを抜き、患者を車輪の付いたベッドごと移動する準備に取り掛かった。輝美はそうしながら、患者に声をかけ続ける。<br /> 「大丈夫ですからね。すぐに応援が来ますからね」<br /> 患者を慌てさせないようにしたつもりだが、どうやら輝美自身が一番慌てていたようだ。声をかけながら輝美は患者を見た。患者は大きく開いた両目で天井を見上げながら、うなり声をあげはじめていた。<br /> 彼女の声は「おおおおお」というような低いものだったが、それが徐々に大きくなり、耳障りなものになろうとしていたとき、隔離病室の扉を開けて当直の看護士が三人現れた。二人は輝美と同期生。もう一人は婦長。普段は怖いばかりの婦長も、こんなときは頼もしく見える。輝美は婦長の顔を見ただけで泣きたくなるのを唇をかみ締めて堪えた。<br /> 「すぐに患者を移動させます。みんな手を貸してあげて」婦長がてきぱきと指示を飛ばす。その間にも霧は増え、もう膝辺りまで上がってきてる。この霧がどこから入ってきているのかなど、考える余裕は無かった。そして患者のうなり声はいよいよ大きくなり、絶叫と呼べるほどになっていた。彼女にはすでに鎮静剤を投与してあるため、これ以上の投与は危険。暴れださない限りは耳を塞いで我慢するしかない。<br /> 隔離病室からベッドを出そうとした時、暗い廊下を当直の石動医師が駆けつけてきた。<br /> 婦長は他の病室の様子も見なければならないと石動医師に報告し、石動医師はこれが火事では無いことを告げていた。輝美はすでに混乱していた。患者は凄まじい絶叫をあげ、婦長も、石動医師も、何事か叫びながら指示を飛ばしている。あたりを駆け回る看護士、倒れる検査機器、飛び散るガラス片。霧はどんどん増え、部屋中に漂い始めていた。混乱は、混沌を生み、隔離病室はさながら戦場の如き喧騒に包まれていた。<br /><br /> 患者の叫びが止まった。<br /> 隔離病室内は最早一寸先も見えぬほどに霧に満たされていた。霧は渦を巻き、体に当たると服も髪もじっとりと濡れて行く。輝美はすぐに患者をかばうべくベッドに近づこうとしたが、あたりを包む白い霧のせいで広くも無い病室を手探りで進むという有様。と、突然病室内を気味の悪い笑い声が包んだ。<br /> 患者のものではない。それはむしろ男の笑い声。嘲るような、しかしどこか機械的なその笑い声は、場末の遊園地で聞いたピエロの人形が出す笑い声に似ていた。<br /> 輝美がベッドを探り当てて手を伸ばしたとき、ベッドの真上で爆竹のような爆発音が鳴り響き、輝美は思わず後ずさりしてそのまま尻餅をついてしまった。一回の爆発音の直後、信じられないことに部屋の中でざあっと雨のように何かが降り注いだ。それはすぐに止んだわけだが、それが止むと同時に部屋に充満していた霧も見る見るうちに引いて行った。<br /><br /> 輝美は、呆然と隔離病室を見回した。<br /> ベッドに横たわっていたはずの患者は跡形も無く消え、床といわずベッドといわず、あたり一面が真っ赤な血にまみれていたのだ。倒れた検査機器、散らばった記録用紙、白い壁も、看護士たちも、石動医師も、全てがべっとりと赤い血で濡れていた。あの時降り注いだのはこの血だったのだ。<br /> 今はもう赤く染まった白衣で、輝美は震えながら血まみれの手を拭くと、顔に付いた血をぬぐった。婦長や石動医師や他の看護士たちもゆっくりと起き上がってきたが、その惨状に誰一人として声を上げる者は無かった。<br /><br /> この惨状のただなかにあって石動医師はと言えば、がっくりと膝を落としてうつむいていた。その石動医師の肩にそっと手をやる人物がある。石動医師が顔を上げると、いつの間に現れたのか院長が立っており、これもまた沈痛な面持ちであったが、この朱に染まる部屋のなかにあって院長の汚れ無き白衣はどこか浮世離れした神々しさを感じさせた。<br /> 「院長、これはどういう事です」石動医師は搾り出すように言った。<br /> 「霊子論、読んでみたかね」院長は逆に質問を投げてきた。石動医師は再びうなだれ、<br /> 「読みました。読みましたが・・・これがその霊子の起こす現象だと言うのですか?」<br /> 「今の私には断言する事は出来ない。しかし、確かにこの霧生ヶ谷では、このような異様、異質、常識の枠に収まらぬ現象が起こりうるのだ」<br /> 「しかし、だとすれば、私は納得出来ません」石動医師は再び顔を上げた。彼の目からは涙が流れた。<br /> 「我々医者は、この世のあらゆる病を根絶するためにあると思っています。そしてそれは可能だと。こんな、こんな理不尽な現象があって良いのでしょうか。こんな現象が赦されるはずは無いでしょう」<br /> 院長はゆっくりと向きを変えると、血まみれの隔離病室の出口へと向かい、つぶやくように言った。<br /> 「我々にも、どうする事も出来ない事だって、あるんだ・・・」<br /> 院長が出て行った後も、石動医師は立ち上がることが出来なかった。悔しさと憤りが彼の心を満たし、涙が頬を流れた。<br /><br /> さてこの異常な事態に陥った隔離病室だが、病院のほかの部署は特に異常な事も無く、静かな夜を迎えていた。その静まり返った霧生ヶ谷総合病院の裏口に、ゆるゆると煙る夜霧を割って一人の来訪者があった。<br /> その人物は、黒のボーラーハット、黒のロングコート、黒の皮手袋に黒い革靴と全身黒尽くめの出で立ちで身の丈はゆうに2メートルはあるだろうか。その黒尽くめの男はゴツゴツという重い靴音を鳴らして病院へ入っていった。<br /><br /><br /><br /> 鬼<br /><br /><br /> 時刻は夜八時になったところだった。<br /> 西垣恭平は山間部を抜ける市道を走っていた。折から辺りには濃い霧が立ち込めてきていたので、運転している大型トラックの速度を落とし、ゆるゆるとうねる山道を進んでいた。<br /> 西垣は今年で40になる中年のトラック運転手だ。腕っ節も立つし持って生まれた親分肌な性格のためトラック乗り仲間からは「西垣の親分」などと呼ばれている。その親分さんは、弁当箱のような四角い顔に角刈り、いかにもごついトラック野郎という風体なわけだが、金曜夜の密かな楽しみと言うのが・・・<br /> 「皆さんこんばんわ。私、西山京子がお届けする、ハーフムーンで抱きしめて。今夜もゆっくりお楽しみください」<br /> 女性歌手がパーソナリティを務めるラジオ番組を聴くことだった。もちろん他のトラック乗り仲間には内緒である。<br /> 西垣はラジオのボリュームを上げた。<br /> 彼にとって西山京子は憧れの人だった。高校を卒業してからすぐに地元の工場で働きだした頃、きつい仕事に疲れた西垣の心を少しばかり癒してくれたのがその当時デヴューしたばかりだった西山京子だった。当時はアイドル歌手として人気絶頂だった彼女も、やがて結婚、離婚と人生の浮き沈みを経験し、今では大人の魅力を漂わせるいっぱしのシンガーソングライターだ。西垣はといえば、務めていた工場が倒産、東京に出てみたものの仕事はろくに見つからず。地元に戻ってトラック運転手としてどうにか生きながらえる日々。<br /> 西山京子の波乱に満ちた芸能生活を、己の人生にオーバーラップさせ、西垣はいつしか彼女を心の支えにしていたのかもしれない。<br /> ラジオは続く。<br /> 「ではここで、御便りを紹介します。ラジオネーム、コースケ部長さんからの御便りです。京子さんこんばんわ。私は学生時代から京子さんの大ファンです。京子さんがアイドル時代に、私の故郷、霧生ヶ谷市の夏祭りに来られたのを生で見てとても興奮したのを今でも覚えています。ところで京子さん、実は先日、私の後輩がとても怖い目に会ったと言うのです。その後輩に聞いた話では、夜中にトイレに起きたとき、トイレの鍵がかかっていたのでノックをしてみたら中からノックの音がしたので、家族が入っているのだと思い、しばらく待っていたのですが、いつになっても出てきません。せかすように再びノックをしてみたら、扉が開き、中には誰もいなかったというのです。後輩は結局そこでお漏らししてしまったらしいのですが、京子さんも何か怖い体験をしたこと、ありますか?という御便りです。」<br /><br /> 西垣は霧の濃さに舌打ちをしながらワイパーを回し始めた。<br /><br /> 「んー、私はお化けとか幽霊とかは見たこと無いんですけどぉ、私の出身地、霧生ヶ谷には昔から杉山さんというお化けの話が伝わってますねえ。霧生ヶ谷は霧が多いところなんですけどぉ、霧の深い夜に、後ろから気味の悪い笑い声が聞こえてきたら走って逃げなきゃ駄目っていうんです。全力でね。もしちょっとでも逃げ送れると、白い服を着た杉山さんが追いかけてきて、だめじゃなーいって言ってどこかへ連れて行かれちゃうんだそうです。私も小さな頃はその話を聞いて、怖くて外に出られなくなったことがありましたねえ。今でも霧生ヶ谷では杉山さんの話なんて、するんでしょうか?」<br /> 「するする」西垣は思わずラジオに相槌を打つ。<br /> 「それではここで一曲お届けします。えーっと、私のデヴュー曲、2007年のナンバーで、抱きしめてモロ☆モロ」<br /> 軽快な音楽が流れ、西垣はタバコに火を点けた。<br /> 先ほどから霧が濃くなり、視界は10メートルも無いのではないかと思うほどだ。確かに西垣は霧生ヶ谷出身だが、これほど濃い霧は中々お目にかからない。さらに速度を落とすべく、アクセルから足をおろそうとした。だが、西垣の右足は動かない。西垣は、足元に空き缶か何かが挟まって足が動かせなくなったのではないかと、慌ててルームライトを点けて自分の足元を見た。<br /> 西垣の右の足首を白い手ががっちりと掴んでいた。手は、自分が座っているシートの下から伸びている。西垣は思わず悲鳴を上げ、右足を動かそうとしたが、その白い手は恐ろしいほどの力で足首を掴んでおり、外れる気配すらない。今度は開いている左足でその白い腕を踏みつけたが、まるでゴムのようにぐにゃぐにゃと潰れるだけでいっこうに外れない。西垣はすぐさまクラッチを踏んでサイドブレーキを引こうとした。だが、彼の左足にはもう一本、シートの下から伸びてきた手が喰らい付き、ハンドルを握る彼の左手は、彼が座るシートの背もたれから伸びる白い腕によってがっちりとつかまれ、ハンドルから離せなくなっていた。<br /> 西垣の全身から冷や汗が噴き出し、空いている右手で左手を掴む白い腕を掴み、引き離そうともがいた。その時、右足首を掴んでいる手がぐいと前に押し出され、アクセルが大きく踏み込まれる。<br /> トラックは速度を上げ、霧の中を加速しはじめた。ラジオからは陽気なメロディーが流れ、西垣の意識を混沌の渦へと引きずり込む。<br /> ふと、西垣は自分の右手側、運転席側の窓、その外から、異様な気配を感じた。<br /> 西垣が窓の外を見ると、白い服に白い頭髪、そして不気味なほどに白い肌をした老人がいた。老人は、走行中のトラックのすぐ隣を悠然と漂っている。それよりなにより西垣を震え上がらせたのは老人の目だった。いや、正確にはそこには眼球は無く、暗い眼窩がぽっかりと空き、その奥に朧に光を宿しているのだ。<br /> 西垣はその老人から目が離せなくなっていたが、同時に、このあまりに非現実的、もっと言うならばまるで出来の悪いC級ホラー映画のような出来事に、我知らず引きつった笑みを浮かべてた。<br /><br /> 西垣は突然ラジオからあふれ出してきた笑い声に、瞬時に現実へと引き戻された。西垣は濃い霧の中を暴走するトラックの運転席で眠りこけていたのだ。目の前に普通自動車のハザードランプが見えた。西垣はブレーキを床まで一杯に踏み込み、クラクションを鳴らしたが、時すでに遅く西垣の運転する大型トラックは道路上に停車していた白いスポーツカーに猛スピードで追突した。スポーツカーはめちゃくちゃになって吹っ飛び、トラックも道路沿いの田んぼへと突っ込んで止まった。だが衝突を西垣はほとんど覚えてはいない。すべては瞬時に起こり、西垣はトラックのフロントガラスを突き破って路上に投げ出されて即死したのだから。<br /><br /> ぐしゃぐしゃに潰れたトラックの運転席。衝突の衝撃で鳴り続けていたクラクションが止むと、散らかった残骸や飛び散ったガラス片などを覆い隠すように霧がまた立ち込め始め、その中にあって場違いなほどに陽気なラジオの声だけがほそぼそと流れていた。</p> <p><a href="http://bbs15.aimix-z.com/mtpt.cgi?room=kansou&amp;mode=view&amp;no=171">感想BBSへ</a></p> <br /><br /><img src="http://www27.atwiki.jp/kiryugaya?cmd=upload&amp;act=open&amp;pageid=1048&amp;file=chain-image-fin.jpeg" alt="kiryugaya?cmd=upload&amp;act=open&amp;pageid=1048&amp;file=chain-image-fin.jpeg" /></div>

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示:
記事メニュー
目安箱バナー