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夏休みまで、あと二日。」(2007/07/20 (金) 23:03:35) の最新版変更点

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<div style="line-height: 2em" align="left"> <p> <u>夏休みまで、あと二日。</u> 作者:見越入道</p> <p> </p> <p>「きっりゅうがやぁー、えい!おー、えい!おー、えい!おー」<br>  七月十三日の放課後、古徳和子は職員室に来ていた。<br>  昼間の暑さは去り、開け放たれた職員室の窓からはグランドを渡った涼やかな風が野球部の声と共に流れ込んできている。たまに聞く話だが、この学校の中では職員室が一番涼しいのだそうだ。校舎の設計のせいかどうか知らないが、とにかくそうらしい。そして実際それは本当の事だと和子は思った。<br>  和子は職員室のほぼ中央にある、浅本先生の机の横に立ち、先生がプリントをまとめるのを待っていた。<br>  浅本先生は去年赴任したばかりの新人教師で、国語が担当だがそれ以外にも進路指導も行っているため、実に多忙な毎日を送っている。それゆえ和子は、先生が彼女の所属する近代科学部の顧問であるにもかかわらず、部の活動にほとんど顔を出さない事も理解していた。<br>  浅本先生は三枚のプリントを部員の数だけコピーしてホチキスで留め、小冊子を作ってそれを和子に渡した。渡してすぐに机の上にあるうちわを手に取り、左手でワイシャツの襟首を緩めながらぱたぱたと扇ぎ、和子に言う。<br> 「再来週の夏合宿の連絡事項だから部員全員に確実に届けてくれよ。いやぁしかし、古徳がしっかりもので助かるよ。男子ももっとしっかりしてくれるといいんだがなぁ。」そこで一呼吸置いて、さらに「ああ、それから・・・」と続けるのを遮って、<br> 「わかりました。それじゃ、部のほうに行きますので。失礼します」和子はわざと少し突き放すようにそっけなく挨拶をして職員室を後にしようとした。先生が忙しいのは分かるが、さすがに三ヶ月もの間、一度たりとも部に顔を出さない癖に男子を悪く言った事に事に少しへそを曲げているのだ。男子三人組は馬鹿ばっかりだけど、とりあえず毎日部活に出てくるのだから。<br>  その和子を先生の声が追いかけた。<br> 「それから!今日も早く帰れよ!今日は十三日の金曜日だ。ろくな事が無いに決まってる」<br>  その言葉に和子はくるりと振り返って言う。<br> 「七月十三日はナイスの日なんですよ!」<br> 「ないすのひぃ?」<br> 「じゃ、失礼しまぁす」<br>  和子は職員室を駆け出した。<br> <br>  彼女が副部長を務める近代科学部が放課後に活動している理科室につくと、教卓のすぐ目の前の席には一年生の女子二人が座り、二年生男子三人組は教室の一番後ろの席で何か喋っていた。和子は一年生女子の前まで行って冊子を渡しながら「男子ー、男子もプリント取りに来てー」と後ろに声をかけた。<br> 「先輩、今日、外谷さんは休んでます」と一年女子の片方、摩周清美が言う。外谷とは、近代科学部の一年女子三人組のうちの一人だ。<br> 「外谷さん、何かあったの?」<br> 「あの、外谷さん・・・」ともう一方の一年女子、織手加奈子が言いかけるのにかぶせる様に二年男子の阿藤浩二が言う。<br> 「杉山さんにやられたって話だぜ」<br> 「スギヤマサン?杉山さんって、あの、杉山さん?」思わず和子が聞き返した。<br> 「昨日の夜だったらしいんだ。昼休みに一年のやつらが話してるの聞いたから」ともう一人の二年男子、板倉陽一が言う。ここでカズコはいつもの二年男子三人組の内の一人がいない事に気がついた。<br> 「あれ?蓮田クンは?」<br> 「あいつはただの夏カゼだってよ。カゼ引くってことは、馬鹿じゃなかったんだな」と阿藤が言うと、板倉は「ただの馬鹿じゃなかったってことだよ」と、これまた酷い言い様だ。<br>  和子はそれを相手にせず、一年生に聞く。<br> 「それで、外谷さんは学校休んでるって、どんな具合なの?」<br> 「はい。先生の話だと、三箇所くらい殴られて、しばらく休むらしいです。プリントは私が預かっときますね」と摩周が言うが、和子は「う~ん・・・」と少し考えた後「外谷さんには、学校に出てこれるようになったら渡せばいいわ。もしかしたら、合宿は無理かもしれないし」<br>  ここで板倉が言う。<br> 「俊哉はどうする?俺の帰り道じゃ無いんだよなあ」続けて板倉「俺だって逆方向だよ。明日土曜日で学校休みだぜ」<br> 「ああ、蓮田クンなら私が帰りに届けるわ」と和子。男子二人はさも意外そうに「あれ?副部長って、あいつの家知ってるんだ?」<br> 「蓮田クン、小学校から一緒なのよ。家も近いし帰り道だから」<br> 「杉山さんに気をつけろよ。もっとも、副部長が相手じゃ杉山さんも逃げ出すかな」と阿藤。<br>  和子は阿藤の言葉を半分聞き流して切り返す「でも、杉山さんなんて、ほんとにいるの?誰かがまねしてるんじゃないの?」<br> 「さぁ~ね。どっちみち、これで霧南校だけで10人だもんな。そこらじゅうおまわりさんだらけだよ」<br> <br>  杉山さん。<br>  霧生ヶ谷に住む人間なら、誰一人として知らぬもののない都市伝説。<br>  杉山さんは、ただでさえ霧の深い霧生ヶ谷で、特に霧の濃い夜に現れる怪人だ。<br> <br> 「ねとつくように白く濃い霧の夜は、ひと気の無い路地では決して立ち止まってはいけない。<br>  たとえ、この世のものとは思えないような、奇妙な笑い声を聞いたとしても。<br>  足を止めたが最後。<br>  白い衣に身を包んだ、杉山さんがやってくるぞ」<br> <br>  ここ2ヶ月、和子の通う霧生ヶ谷市立南高等学校近辺には、夜霧にまぎれて白い服を着た怪しい人物が現れている。その人物は学生だけを襲撃し、バットのようなもので殴って怪我を負わせるというのだ。そんな事がすでに10件も起こっている。<br>  事件が起こり始めてから間もなく、生徒の間では「あれは杉山さんに違いない」と噂が流れ始めたのだ。<br>  都市伝説の杉山さんの話は、「笑い声を聞いたら全力で逃げれば助かるが、少しでもそこに止まっているとどこかへ連れ去られてしまう」と続くのだが、今霧生ヶ谷南校近辺を騒がす怪人は、笑いながらやってきてバットの様なもので数箇所殴って去っていくらしい。殴られた生徒は命に別状は無いものの、数箇所の打撲、酷い時は骨折に至る時もある。さらに精神的なショックも強く、今のところ被害者は誰も学校に復帰していないのが現状だ。<br>  当然のことながら、学校側としても非常事態宣言を出し、生徒には遅くまで部活で残らないように厳命を下し、かつ、例え昼間であっても必ず二人以上で行動する事を義務付けた。更に所轄の警察も総動員で警戒態勢に当たっており、今霧生ヶ谷南校近辺は実に物物しい空気に包まれていたのである。<br> <br> <br> 「次は、霧生ヶ谷総合病院前。霧生ヶ谷総合病院前。お降りの方はブザーを押してください。次は霧生ヶ谷病院前」<br>  和子と蓮田俊哉の自宅は霧南校からバスで15分ほどの平松町にあった。この辺りは南区でも少し西に位置している。<br>  和子はバスを降りると霧生ヶ谷総合病院の前を通り過ぎて商店街へと続く緩やかな坂道を下って行った。<br>  時刻は夕方六時。この辺り一帯は山の北西側斜面にあるため日暮れが早い。眼下に広がる町並みはすでに夕闇に包まれつつあった。<br>  今更だがもう少し早く学校を出れば良かったと思った。バスの運行時刻の関係で、午後四時発のバスに乗り遅れると次は午後五時四十五分発になってしまう。歩いて帰ってきても良かったが、例の「杉山さん事件」のせいで夕方以降の一人歩きは厳禁とされていたので、次のバスが来るまで待ちぼうけを食っていたというわけだ。<br>  坂道を中ほどまで来ると、涼しい風が坂道を駆け上ってきて和子のショートヘアを揺らし、吹き抜けて行く。体育の時間に日に焼けた肌の火照りを優しく取り去るその風に、和子は少しほっとした。<br> 「あなたと過ごした日々を、この胸に焼き付けよう。思い出さなくても大丈夫なように・・・」<br>  先日見てきた映画のテーマソングを口ずさみながら坂を下る。と、坂の中ほどに差し掛かったとき、右に分岐する狭い路地が現れた。このまままっすぐ通りを進めばやや左に曲がって商店街通りにぶつかる。今、目の前にある細い路地を抜けて行けば、右斜め方向へと進めるので、距離的に随分短縮できる。俊哉の家はこの路地と商店街通りが接する辺りにあり、和子の家もその商店街通りのすぐ先にあるのでこの路地は二人が通いなれた道だった。路地の左手は通りに面した家々の裏側に辺り、ブロック塀が続き、もう一方は昔からある平松神社の敷地で、こちらもどっしりとした石塀が積まれている。<br>  和子は、家々の明かりに照らされた左に下る通りと、夕闇に暗くなりつつある右に曲がる路地を見比べた。また風が吹き抜ける。和子はカバンから赤い携帯電話を取り出すと電話帳をすばやく呼び出し、登録してある、しかしもう随分とかけたこと無い名前を選んだ。<br> 「蓮田俊哉」<br> <br>  ピッ<br> <br>  呼び出し音が数回鳴り、続いて「はい?」と間の抜けた俊哉の声が聞こえてきた。和子は間髪いれずに言う。<br> 「蓮田クン、今からプリント届けに行くから。まさか家にいるわよね?」<br> 「え?プリント?」<br> 「部活の、夏合宿の連絡事項。」<br> 「今から来るの?って、今どこ?えぇ?」<br>  俊哉は風邪のせいか天然なのか、どうにも話がつかめないらしい。そんな俊哉のうすらぼけたリアクションを聞きながら、和子はすいっと路地のほうへ歩を進めた。<br>  路地を足早に歩きながら和子は話し続けた。<br> 「それで?具合はどうなの?月曜は学校出られそう?」<br> 「あ、おう!バカは風邪ひかねえからな!」<br> 「風邪ひいてるじゃない」<br> 「あ、そうか。月曜から学校かあ。あぁあ」<br> 「なに言ってんのよ。もうすぐ・・・」<br>  路地の中ほど、あと200メートルほどで商店街通りというところで、和子は立ち止まった。どろりとした白く濃い霧が立ち込めてきていたのだ。<br>  霧は、霧生ヶ谷っ子ならほとんど毎日見るものなので別にどうという事も無いのだが、この時和子の周りを湿めやかに取り囲んでいた霧はちょっと普通ではなかった。見る見るうちに視界がかき消され、和子が視認できるのは右手側の石塀と左側のブロック塀、そして自分が立っている簡易舗装された地面だけだ。<br> 「あれ?もしもし?副部長?」<br>  俊哉の声に気を取り直した和子は、再び歩き出す。<br> 「ちょっと、霧が凄くて。ここって昔からこんなだっけ?」<br> 「どこ歩いてんの?商店街?」<br> 「平松神社のとこの路地。あと3分くらいで・・・」<br>  また和子は立ち止まった。立ち止まるというよりは、その場に凍りついたというほうが正しいだろうか。<br>  すぐ目の前の、石塀側に立つ電柱の影に人が立っているのだ。<br> 「じゃあ、家の前で待ってるよぉ」<br>  和子はその人影をじっと見ている。<br> 「あれ?もしもし?もしもしもしもし?」<br>  和子はじりっと一歩進んでみた。人影の見える電柱までは4メートルくらいか。出来るだけ左端に寄るように、もう一歩。<br> 「もしもーし!おーい!あ、もう着いたの?」<br>  和子は押し黙ったまま足早やにその場を通過した。<br>  もちろん電柱の方など、ちらとも見ずに。人影は全く動く様子は無かった。<br>  全身から冷や汗が噴出す。まだ辺りを包む霧は晴れない。<br> 「今玄関出るから、ちょっと待ってて」<br>  まだ俊哉は電話越しに話しかけてきている。和子はわざと大きな声で言う。<br> 「もうすぐ着くわよ。そこで待っ」<br> <br>  ははっ!ははははっ!<br> <br>  和子は戦慄した。後ろから笑い声が聞こえてきたのだ。でも、近所の子供が笑ってるわけじゃ決して無い。あきらかに異質な笑い声。<br>  思わず振り返った和子の目の前に、白衣を着た男がバットを振り上げて走り寄ってきていた。<br>  和子は人生の中で一度たりとも出したことの無いような悲鳴を上げて走り出した。<br>  この声に一番驚いたのは当然俊哉だ。<br> 「な!なんだあ!?」<br> <br> <br> 「ははははは」<br>  後ろに迫る男があげる異様な笑い声が聞こえるが、和子は一切振り向かずに全力疾走する。しかし足がもつれてうまく走れない。と、よりによってあとほんの少しで商店街というところで石に躓き、勢いあまって前のめりに倒れてごろごろと二回転ほど転がり盛大に地面に倒れ込んでしまった。カバンの中身は散乱し、携帯もどっかにすっ飛んでしまう。<br> 「っつうう」<br>  すり剥いたひざの痛みに顔をしかめる和子だが、その前に立ちはだかったのは白衣をまとうあの男。手には黒いバット。顔は、白い目出し帽という出で立ちだ。<br> 「ははっ」またあの笑い声。和子は恐怖に震えながら両手を突き出して身を庇おうとした。男が黒いバットを振りかぶる。<br> その時。<br> 「うおおおお!」<br>  坂道を駆け上がってきた俊哉が、男のわき腹に、手にした金属バットを叩き込んだ。<br> 「うぎゃ」と叫んで吹っ飛ぶ白衣の男。<br> 「と、トシ君?」<br> 「かっちん、ダイジョブか!?」<br>  和子の目に急に涙があふれ出してきた。<br> 「やいやいやいやい!どこのどいつか知らねえが!うちの副部長に手ぇ出すたあいい度胸だ!」<br>  今日の俊哉は病み上がりだっていうのに決め台詞までびしっと決まっている。<br>  思わぬ不意打ちに片膝をついてうずくまっていた白衣の男は、しかし再び黒バットを手にして立ち上がった。「このクソ餓鬼が!テメエもぶちのめしてやる!」<br>  声の感じから、それがすでに40は過ぎているだろう大人の男であることが判る。さすがの俊哉でも大の大人相手に立ち回れる自信は無いく、なんとか隙を見て逃げ出そうと考えた。<br>  白衣の男がじりじりと二人に近づいてくる。和子はショックと体の痛みを堪えながらようやく立ち上がった。<br>  俊哉も和子を庇うようにじりじりと後退する。<br>  白衣の男が黒バットをすうっと上げる。<br>  その時。<br> 「うひひっひひひひっひぃ」<br>  笑い声。それも、目の前の白衣の男のものではない。俊哉、和子、そして事もあろうに白衣の男すら、そのこの世ならざる笑い声に戦慄を覚えた。<br>  そして、俊哉と和子はその場でぴたりと固まってしまった。白衣の男は目の前の二人の様子が明らかにおかしい事に気がついた。<br>  自分を見て逃げることすら出来なくなっている。男は一瞬二人が自分に恐怖しているのだと思ったが、すぐにそうでは無いと気がついた。二人の視線の先、それは自分の背後。そこに二人を硬直させた何かが居る。<br>  そう男が認識したとほぼ同時に、男の右脇から白い、恐ろしいほどに白い痩せこけた腕がするりと伸びてきて、男の顎の辺りをするりと掴む。全身から冷や汗が噴き出し、凍りつく男の今度は左側、顔の後ろから冷たい息を吐きながら白粉を塗ったように白い老人の顔がぬうっと現れた。横目でそれをちらりと見た男は、眼球の無い、黒い眼窩の中におぼろに光るものと目が合った。<br> 「だめじゃなぁい?」<br>  その白い老人がつぶやくように言う。男はもう、言葉も出ない。<br>  その一部始終を見ていた俊哉の頭の中を閃光が走り抜ける。「走れ!」それは俊哉の内なる声だったのか、本能なのか。<br>  俊哉はすぐに和子の手を掴むと、霧を掻き分けながら商店街に向かって一目散に走り出した。<br>  二人が立ち込める霧を突き破って、商店街通りに駆け出してきた時、辺りにいた人たちは皆驚いたように二人を見た。<br>  俊哉の家の斜め向かいにある八百屋「八百長」の女将さんが「あらあ、としくんに和子ちゃん、手なんかつないじゃって珍しいじゃない」と大声で笑いかけている。<br>  二人はさっと手を離し、恐る恐る今飛び出してきた路地を振り返った。<br> 「うわああああ」<br>  路地からすさまじい叫び声が響いてきて、続いてあの白衣の男が走り出して来たので、二人も慌てて「八百長」に向かって走り出した。<br>  いきなり二人が「八百長」の軒先に転がり込んできたので女将さんも目を丸くして言葉も出ないといった有様だったが、彼女が本当に驚くのはこの後だ。<br> <br>  キキキキーードンッ<br> <br>  激しいブレーキ音と何かがぶつかる音。<br>  路地から飛び出してきた白衣を着た男はそのまま道路に飛び出したため、商店街通りを走ってきた車に撥ね飛ばされたのだ。騒然となる商店街。<br>  俊哉と和子は恐る恐る白衣の男を見に行ったが、足を押さえてうんうん唸ってはいるがどうやら命に別状は無いようだ。二人があの路地を振り返ると、さきほどまで立ち込めていた白い霧はすっかり薄れ、いつもの霧生ヶ谷の霧になっていた。<br> <br> 『塀の落書きに腹立て、無差別暴行。<br>  13日夕方6時過ぎ、平松町商店街にて、近所に住む塗装工、立岩庄治容疑者(52歳)が連続暴行事件の実行犯として逮捕された。警察の調べによると立岩容疑者は、13日の夕方6時ごろ、平松町商店街近くの路地で、霧生ヶ谷市立南高等学校通う女子生徒に暴行を加えた疑い。<br>  その後立岩容疑者は、駈け付けた同じく霧生ヶ谷市立南高等学校の男子生徒に止められ、二人を追いかけるうちに車道に飛び出し、車にはねらたところを付近の住民によって取り押さえられた。立岩容疑者は「自分の家の壁に学生がスプレーで落書きをするのに腹を立てた。杉山さんに化けて学生たちを驚かそうと思ってやった」などと供述しており、ここ数ヶ月間に霧生ヶ谷市南区にて発生している他の暴行事件に関しても関与を認める供述を始めているということで、警察では容疑者の回復を待ってさらに詳しく追求して行く方針です。』<br> <br> <br> 「もしもーし。あ、蓮田だけど、今からプリント届けに行くから」<br>  夏休みまであと二日と迫った7月19日。俊哉は和子の家を訪れていた。<br>  あの事件から、和子はしばらく学校を休んでいた。<br>  玄関先に現れた和子は、ひじやら膝やらにガーゼやバンソウコウを貼りまくったなんとも情けない姿だったが、俊哉が何か言うより早く「この間は、ありがとう」と言った。<br>  プリントを引っ張り出しながら「お、おう。どうって事は」と俊哉が言いかけた言葉が終わるよりも早く、和子の顔が俊哉の顔にぐっと近づき、<br> 「本当に、ありがとう」と今度はゆっくりと言った。<br>  急に近づかれて俊哉の方が思わずどぎまぎしてしいる間に、ほほになにかやわらかいものが触れた。と、和子はプリントをひったくると玄関に駆け込み「じゃ、学校で!」とドアを閉めた。<br>  玄関先に取り残された俊哉は、しばしほうけたようにドアを眺めていたが、ちょっとほほのあたりをさすってみてから、にいっと笑って駆け出した。<br>  商店街を駆け抜けながら、俊哉は歓声を上げた。<br> 「ひゃっほい!」<br> <br>  夏休みまで、あと二日。</p> <p><a href= "http://bbs15.aimix-z.com/mtpt.cgi?room=kansou&amp;mode=view&amp;no=53">感想BBSへ</a></p> </div>
<div style="line-height: 2em" align="left"> <p> <u>夏休みまで、あと二日。</u> 作者:見越入道</p> <p> </p> <p>「きっりゅうがやぁー、えい!おー、えい!おー、えい!おー」<br>  七月十三日の放課後、古徳和子は職員室に来ていた。<br>  昼間の暑さは去り、開け放たれた職員室の窓からはグランドを渡った涼やかな風が野球部の声と共に流れ込んできている。たまに聞く話だが、この学校の中では職員室が一番涼しいのだそうだ。校舎の設計のせいかどうか知らないが、とにかくそうらしい。そして実際それは本当の事だと和子は思った。<br>  和子は職員室のほぼ中央にある、浅本先生の机の横に立ち、先生がプリントをまとめるのを待っていた。<br>  浅本先生は去年赴任したばかりの新人教師で、国語が担当だがそれ以外にも進路指導も行っているため、実に多忙な毎日を送っている。それゆえ和子は、先生が彼女の所属する近代科学部の顧問であるにもかかわらず、部の活動にほとんど顔を出さない事も理解していた。<br>  浅本先生は三枚のプリントを部員の数だけコピーしてホチキスで留め、小冊子を作ってそれを和子に渡した。渡してすぐに机の上にあるうちわを手に取り、左手でワイシャツの襟首を緩めながらぱたぱたと扇ぎ、和子に言う。<br> 「再来週の夏合宿の連絡事項だから部員全員に確実に届けてくれよ。いやぁしかし、古徳がしっかりもので助かるよ。男子ももっとしっかりしてくれるといいんだがなぁ。」そこで一呼吸置いて、さらに「ああ、それから・・・」と続けるのを遮って、<br> 「わかりました。それじゃ、部のほうに行きますので。失礼します」和子はわざと少し突き放すようにそっけなく挨拶をして職員室を後にしようとした。先生が忙しいのは分かるが、さすがに三ヶ月もの間、一度たりとも部に顔を出さない癖に男子を悪く言った事に事に少しへそを曲げているのだ。男子三人組は馬鹿ばっかりだけど、とりあえず毎日部活に出てくるのだから。<br>  その和子を先生の声が追いかけた。<br> 「それから!今日も早く帰れよ!今日は十三日の金曜日だ。ろくな事が無いに決まってる」<br>  その言葉に和子はくるりと振り返って言う。<br> 「七月十三日はナイスの日なんですよ!」<br> 「ないすのひぃ?」<br> 「じゃ、失礼しまぁす」<br>  和子は職員室を駆け出した。<br> <br>  彼女が副部長を務める近代科学部が放課後に活動している理科室につくと、教卓のすぐ目の前の席には一年生の女子二人が座り、二年生男子三人組は教室の一番後ろの席で何か喋っていた。和子は一年生女子の前まで行って冊子を渡しながら「男子ー、男子もプリント取りに来てー」と後ろに声をかけた。<br> 「先輩、今日、外谷さんは休んでます」と一年女子の片方、摩周清美が言う。外谷とは、近代科学部の一年女子三人組のうちの一人だ。<br> 「外谷さん、何かあったの?」<br> 「あの、外谷さん・・・」ともう一方の一年女子、織手加奈子が言いかけるのにかぶせる様に二年男子の阿藤浩二が言う。<br> 「杉山さんにやられたって話だぜ」<br> 「スギヤマサン?杉山さんって、あの、杉山さん?」思わず和子が聞き返した。<br> 「昨日の夜だったらしいんだ。昼休みに一年のやつらが話してるの聞いたから」ともう一人の二年男子、板倉陽一が言う。ここでカズコはいつもの二年男子三人組の内の一人がいない事に気がついた。<br> 「あれ?蓮田クンは?」<br> 「あいつはただの夏カゼだってよ。カゼ引くってことは、馬鹿じゃなかったんだな」と阿藤が言うと、板倉は「ただの馬鹿じゃなかったってことだよ」と、これまた酷い言い様だ。<br>  和子はそれを相手にせず、一年生に聞く。<br> 「それで、外谷さんは学校休んでるって、どんな具合なの?」<br> 「はい。先生の話だと、三箇所くらい殴られて、しばらく休むらしいです。プリントは私が預かっときますね」と摩周が言うが、和子は「う~ん・・・」と少し考えた後「外谷さんには、学校に出てこれるようになったら渡せばいいわ。もしかしたら、合宿は無理かもしれないし」<br>  ここで板倉が言う。<br> 「俊哉はどうする?俺の帰り道じゃ無いんだよなあ」続けて板倉「俺だって逆方向だよ。明日土曜日で学校休みだぜ」<br> 「ああ、蓮田クンなら私が帰りに届けるわ」と和子。男子二人はさも意外そうに「あれ?副部長って、あいつの家知ってるんだ?」<br> 「蓮田クン、小学校から一緒なのよ。家も近いし帰り道だから」<br> 「杉山さんに気をつけろよ。もっとも、副部長が相手じゃ杉山さんも逃げ出すかな」と阿藤。<br>  和子は阿藤の言葉を半分聞き流して切り返す「でも、杉山さんなんて、ほんとにいるの?誰かがまねしてるんじゃないの?」<br> 「さぁ~ね。どっちみち、これで霧南校だけで10人だもんな。そこらじゅうおまわりさんだらけだよ」<br> <br>  杉山さん。<br>  霧生ヶ谷に住む人間なら、誰一人として知らぬもののない都市伝説。<br>  杉山さんは、ただでさえ霧の深い霧生ヶ谷で、特に霧の濃い夜に現れる怪人だ。<br> <br> 「ねとつくように白く濃い霧の夜は、ひと気の無い路地では決して立ち止まってはいけない。<br>  たとえ、この世のものとは思えないような、奇妙な笑い声を聞いたとしても。<br>  足を止めたが最後。<br>  白い衣に身を包んだ、杉山さんがやってくるぞ」<br> <br>  ここ2ヶ月、和子の通う霧生ヶ谷市立南高等学校近辺には、夜霧にまぎれて白い服を着た怪しい人物が現れている。その人物は学生だけを襲撃し、バットのようなもので殴って怪我を負わせるというのだ。そんな事がすでに10件も起こっている。<br>  事件が起こり始めてから間もなく、生徒の間では「あれは杉山さんに違いない」と噂が流れ始めたのだ。<br>  都市伝説の杉山さんの話は、「笑い声を聞いたら全力で逃げれば助かるが、少しでもそこに止まっているとどこかへ連れ去られてしまう」と続くのだが、今霧生ヶ谷南校近辺を騒がす怪人は、笑いながらやってきてバットの様なもので数箇所殴って去っていくらしい。殴られた生徒は命に別状は無いものの、数箇所の打撲、酷い時は骨折に至る時もある。さらに精神的なショックも強く、今のところ被害者は誰も学校に復帰していないのが現状だ。<br>  当然のことながら、学校側としても非常事態宣言を出し、生徒には遅くまで部活で残らないように厳命を下し、かつ、例え昼間であっても必ず二人以上で行動する事を義務付けた。更に所轄の警察も総動員で警戒態勢に当たっており、今霧生ヶ谷南校近辺は実に物物しい空気に包まれていたのである。<br> <br> <br> 「次は、霧生ヶ谷総合病院前。霧生ヶ谷総合病院前。お降りの方はブザーを押してください。次は霧生ヶ谷病院前」<br>  和子と蓮田俊哉の自宅は霧南校からバスで15分ほどの平松町にあった。この辺りは南区でも少し西に位置している。<br>  和子はバスを降りると霧生ヶ谷総合病院の前を通り過ぎて商店街へと続く緩やかな坂道を下って行った。<br>  時刻は夕方六時。この辺り一帯は山の北西側斜面にあるため日暮れが早い。眼下に広がる町並みはすでに夕闇に包まれつつあった。<br>  今更だがもう少し早く学校を出れば良かったと思った。バスの運行時刻の関係で、午後四時発のバスに乗り遅れると次は午後五時四十五分発になってしまう。歩いて帰ってきても良かったが、例の「杉山さん事件」のせいで夕方以降の一人歩きは厳禁とされていたので、次のバスが来るまで待ちぼうけを食っていたというわけだ。<br>  坂道を中ほどまで来ると、涼しい風が坂道を駆け上ってきて和子のショートヘアを揺らし、吹き抜けて行く。体育の時間に日に焼けた肌の火照りを優しく取り去るその風に、和子は少しほっとした。<br> 「あなたと過ごした日々を、この胸に焼き付けよう。思い出さなくても大丈夫なように・・・」<br>  先日見てきた映画のテーマソングを口ずさみながら坂を下る。と、坂の中ほどに差し掛かったとき、右に分岐する狭い路地が現れた。このまままっすぐ通りを進めばやや左に曲がって商店街通りにぶつかる。今、目の前にある細い路地を抜けて行けば、右斜め方向へと進めるので、距離的に随分短縮できる。俊哉の家はこの路地と商店街通りが接する辺りにあり、和子の家もその商店街通りのすぐ先にあるのでこの路地は二人が通いなれた道だった。路地の左手は通りに面した家々の裏側に辺り、ブロック塀が続き、もう一方は昔からある平松神社の敷地で、こちらもどっしりとした石塀が積まれている。<br>  和子は、家々の明かりに照らされた左に下る通りと、夕闇に暗くなりつつある右に曲がる路地を見比べた。また風が吹き抜ける。和子はカバンから赤い携帯電話を取り出すと電話帳をすばやく呼び出し、登録してある、しかしもう随分とかけたこと無い名前を選んだ。<br> 「蓮田俊哉」<br> <br>  ピッ<br> <br>  呼び出し音が数回鳴り、続いて「はい?」と間の抜けた俊哉の声が聞こえてきた。和子は間髪いれずに言う。<br> 「蓮田クン、今からプリント届けに行くから。まさか家にいるわよね?」<br> 「え?プリント?」<br> 「部活の、夏合宿の連絡事項。」<br> 「今から来るの?って、今どこ?えぇ?」<br>  俊哉は風邪のせいか天然なのか、どうにも話がつかめないらしい。そんな俊哉のうすらぼけたリアクションを聞きながら、和子はすいっと路地のほうへ歩を進めた。<br>  路地を足早に歩きながら和子は話し続けた。<br> 「それで?具合はどうなの?月曜は学校出られそう?」<br> 「あ、おう!バカは風邪ひかねえからな!」<br> 「風邪ひいてるじゃない」<br> 「あ、そうか。月曜から学校かあ。あぁあ」<br> 「なに言ってんのよ。もうすぐ・・・」<br>  路地の中ほど、あと200メートルほどで商店街通りというところで、和子は立ち止まった。どろりとした白く濃い霧が立ち込めてきていたのだ。<br>  霧は、霧生ヶ谷っ子ならほとんど毎日見るものなので別にどうという事も無いのだが、この時和子の周りを湿めやかに取り囲んでいた霧はちょっと普通ではなかった。見る見るうちに視界がかき消され、和子が視認できるのは右手側の石塀と左側のブロック塀、そして自分が立っている簡易舗装された地面だけだ。<br> 「あれ?もしもし?副部長?」<br>  俊哉の声に気を取り直した和子は、再び歩き出す。<br> 「ちょっと、霧が凄くて。ここって昔からこんなだっけ?」<br> 「どこ歩いてんの?商店街?」<br> 「平松神社のとこの路地。あと3分くらいで・・・」<br>  また和子は立ち止まった。立ち止まるというよりは、その場に凍りついたというほうが正しいだろうか。<br>  すぐ目の前の、石塀側に立つ電柱の影に人が立っているのだ。<br> 「じゃあ、家の前で待ってるよぉ」<br>  和子はその人影をじっと見ている。<br> 「あれ?もしもし?もしもしもしもし?」<br>  和子はじりっと一歩進んでみた。人影の見える電柱までは4メートルくらいか。出来るだけ左端に寄るように、もう一歩。<br> 「もしもーし!おーい!あ、もう着いたの?」<br>  和子は押し黙ったまま足早やにその場を通過した。<br>  もちろん電柱の方など、ちらとも見ずに。人影は全く動く様子は無かった。<br>  全身から冷や汗が噴出す。まだ辺りを包む霧は晴れない。<br> 「今玄関出るから、ちょっと待ってて」<br>  まだ俊哉は電話越しに話しかけてきている。和子はわざと大きな声で言う。<br> 「もうすぐ着くわよ。そこで待っ」<br> <br>  ははっ!ははははっ!<br> <br>  和子は戦慄した。後ろから笑い声が聞こえてきたのだ。でも、近所の子供が笑ってるわけじゃ決して無い。あきらかに異質な笑い声。<br>  思わず振り返った和子の目の前に、白衣を着た男がバットを振り上げて走り寄ってきていた。<br>  和子は人生の中で一度たりとも出したことの無いような悲鳴を上げて走り出した。<br>  この声に一番驚いたのは当然俊哉だ。<br> 「な!なんだあ!?」<br> <br> <br> 「ははははは」<br>  後ろに迫る男があげる異様な笑い声が聞こえるが、和子は一切振り向かずに全力疾走する。しかし足がもつれてうまく走れない。と、よりによってあとほんの少しで商店街というところで石に躓き、勢いあまって前のめりに倒れてごろごろと二回転ほど転がり盛大に地面に倒れ込んでしまった。カバンの中身は散乱し、携帯もどっかにすっ飛んでしまう。<br> 「っつうう」<br>  すり剥いたひざの痛みに顔をしかめる和子だが、その前に立ちはだかったのは白衣をまとうあの男。手には黒いバット。顔は、白い目出し帽という出で立ちだ。<br> 「ははっ」またあの笑い声。和子は恐怖に震えながら両手を突き出して身を庇おうとした。男が黒いバットを振りかぶる。<br> その時。<br> 「うおおおお!」<br>  坂道を駆け上がってきた俊哉が、男のわき腹に、手にした金属バットを叩き込んだ。<br> 「うぎゃ」と叫んで吹っ飛ぶ白衣の男。<br> 「と、トシ君?」<br> 「かっちん、ダイジョブか!?」<br>  和子の目に急に涙があふれ出してきた。<br> 「やいやいやいやい!どこのどいつか知らねえが!うちの副部長に手ぇ出すたあいい度胸だ!」<br>  今日の俊哉は病み上がりだっていうのに決め台詞までびしっと決まっている。<br>  思わぬ不意打ちに片膝をついてうずくまっていた白衣の男は、しかし再び黒バットを手にして立ち上がった。「このクソ餓鬼が!テメエもぶちのめしてやる!」<br>  声の感じから、それがすでに40は過ぎているだろう大人の男であることが判る。さすがの俊哉でも大の大人相手に立ち回れる自信は無く、なんとか隙を見て逃げ出そうと考えた。<br>  白衣の男がじりじりと二人に近づいてくる。和子はショックと体の痛みを堪えながらようやく立ち上がった。<br>  俊哉も和子を庇うようにじりじりと後退する。<br>  白衣の男が黒バットをすうっと上げる。<br>  その時。<br> 「うひひっひひひひっひぃ」<br>  笑い声。それも、目の前の白衣の男のものではない。俊哉、和子、そして事もあろうに白衣の男すら、そのこの世ならざる笑い声に戦慄を覚えた。<br>  そして、俊哉と和子はその場でぴたりと固まってしまった。白衣の男は目の前の二人の様子が明らかにおかしい事に気がついた。<br>  自分を見て逃げることすら出来なくなっている。男は一瞬二人が自分に恐怖しているのだと思ったが、すぐにそうでは無いと気がついた。二人の視線の先、それは自分の背後。そこに二人を硬直させた何かが居る。<br>  そう男が認識したとほぼ同時に、男の右脇から白い、恐ろしいほどに白い痩せこけた腕がするりと伸びてきて、男の顎の辺りをするりと掴む。全身から冷や汗が噴き出し、凍りつく男の今度は左側、顔の後ろから冷たい息を吐きながら白粉を塗ったように白い老人の顔がぬうっと現れた。横目でそれをちらりと見た男は、眼球の無い、黒い眼窩の中におぼろに光るものと目が合った。<br> 「だめじゃなぁい?」<br>  その白い老人がつぶやくように言う。男はもう、言葉も出ない。<br>  その一部始終を見ていた俊哉の頭の中を閃光が走り抜ける。「走れ!」それは俊哉の内なる声だったのか、本能なのか。<br>  俊哉はすぐに和子の手を掴むと、霧を掻き分けながら商店街に向かって一目散に走り出した。<br>  二人が立ち込める霧を突き破って、商店街通りに駆け出してきた時、辺りにいた人たちは皆驚いたように二人を見た。<br>  俊哉の家の斜め向かいにある八百屋「八百長」の女将さんが「あらあ、としくんに和子ちゃん、手なんかつないじゃって珍しいじゃない」と大声で笑いかけている。<br>  二人はさっと手を離し、恐る恐る今飛び出してきた路地を振り返った。<br> 「うわああああ」<br>  路地からすさまじい叫び声が響いてきて、続いてあの白衣の男が走り出して来たので、二人も慌てて「八百長」に向かって走り出した。<br>  いきなり二人が「八百長」の軒先に転がり込んできたので女将さんも目を丸くして言葉も出ないといった有様だったが、彼女が本当に驚くのはこの後だ。<br> <br>  キキキキーードンッ<br> <br>  激しいブレーキ音と何かがぶつかる音。<br>  路地から飛び出してきた白衣を着た男はそのまま道路に飛び出したため、商店街通りを走ってきた車に撥ね飛ばされたのだ。騒然となる商店街。<br>  俊哉と和子は恐る恐る白衣の男を見に行ったが、足を押さえてうんうん唸ってはいるがどうやら命に別状は無いようだ。二人があの路地を振り返ると、さきほどまで立ち込めていた白い霧はすっかり薄れ、いつもの霧生ヶ谷の霧になっていた。<br> <br> 『塀の落書きに腹立て、無差別暴行。<br>  13日夕方6時過ぎ、平松町商店街にて、近所に住む塗装工、立岩庄治容疑者(52歳)が連続暴行事件の実行犯として逮捕された。警察の調べによると立岩容疑者は、13日の夕方6時ごろ、平松町商店街近くの路地で、霧生ヶ谷市立南高等学校通う女子生徒に暴行を加えた疑い。<br>  その後立岩容疑者は、駈け付けた同じく霧生ヶ谷市立南高等学校の男子生徒に止められ、二人を追いかけるうちに車道に飛び出し、車にはねらたところを付近の住民によって取り押さえられた。立岩容疑者は「自分の家の壁に学生がスプレーで落書きをするのに腹を立てた。杉山さんに化けて学生たちを驚かそうと思ってやった」などと供述しており、ここ数ヶ月間に霧生ヶ谷市南区にて発生している他の暴行事件に関しても関与を認める供述を始めているということで、警察では容疑者の回復を待ってさらに詳しく追求して行く方針です。』<br> <br> <br> 「もしもーし。あ、蓮田だけど、今からプリント届けに行くから」<br>  夏休みまであと二日と迫った7月19日。俊哉は和子の家を訪れていた。<br>  あの事件から、和子はしばらく学校を休んでいた。<br>  玄関先に現れた和子は、ひじやら膝やらにガーゼやバンソウコウを貼りまくったなんとも情けない姿だったが、俊哉が何か言うより早く「この間は、ありがとう」と言った。<br>  プリントを引っ張り出しながら「お、おう。どうって事は」と俊哉が言いかけた言葉が終わるよりも早く、和子の顔が俊哉の顔にぐっと近づき、<br> 「本当に、ありがとう」と今度はゆっくりと言った。<br>  急に近づかれて俊哉の方が思わずどぎまぎしてしいる間に、ほほになにかやわらかいものが触れた。と、和子はプリントをひったくると玄関に駆け込み「じゃ、学校で!」とドアを閉めた。<br>  玄関先に取り残された俊哉は、しばしほうけたようにドアを眺めていたが、ちょっとほほのあたりをさすってみてから、にいっと笑って駆け出した。<br>  商店街を駆け抜けながら、俊哉は歓声を上げた。<br> 「ひゃっほい!」<br> <br>  夏休みまで、あと二日。</p> <p><a href= "http://bbs15.aimix-z.com/mtpt.cgi?room=kansou&amp;mode=view&amp;no=53">感想BBSへ</a></p> </div>

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