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荒廃迷夢。あるいは、冷静皮肉な傍観者」(2007/07/29 (日) 22:20:48) の最新版変更点

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<div style="line-height: 2em" align="left"> <p><u>荒廃迷夢。あるいは、冷静皮肉な傍観者</u> 作者:しょう </p> <p> </p> <p>  視界が開けた。砂漠だ。冷やかに砂漠に相応しい蒼白い月が空に浮かび、足元には砂が敷き詰められていた。嗚呼、これは、骨だ。砕けて、削れて、磨かれて、粉微塵になった人の骨。スニーカーの裏で、人骨が細かく悲鳴を上げた。<br> <br>  仄かに白い光の下、男が一人立っている。その体に絡みつくように纏わりついているのはロングドレスの女。長い漆黒の髪、対照的に病的なまでに白い肌、眼差しは月の輝きに勝るとも劣らない冷たく硬い氷の様。その体は、細い細いチェーンで編まれた鋼鉄の綱で男と繋がっていた。<br> <br>  厄介な悪夢の中に入り込んだな、と俺は思った訳だ。<br> *<br>  そもそも夢は個人の意識が具現化したものだ。だから、共有する事など基本的に出来はしない。半夢魔である俺にしたところで同じ訳だ。俺自身が良く知っている相手ならばともかく、一面識もない相手の夢など、少々乱暴な手段に訴えない限り俺の主観によって脚色され、翻訳されて本当の姿など分かる訳がない。<br> <br>  それがこうまでハッキリと俺自身の感覚を踏み越えて心象風景に取り込んで来るなんて、壊れているとしか言いようがない。この夢は、池田屋の階段落ちなど真っ青なくらいに、グルグル回る螺旋階段を転がり落ち続けていて、どうしようもなく救いがたい。<br> <br>  言ってしまえば、椰子の樹の周りを回る虎の集団。あるいは、何があろうと直進を続けるレミングス。行き着くところ、待っているのは破滅だけ。<br> <br>  だから、こんな所などとっとと出て行きたいと思うのだけれども、そうも出来ない事情がある。今の俺はある意味この悪夢に取り込まれているようなもので。無論、少々無茶をすれば今すぐ即刻抜け出す事は可能だが、それをするとこの夢の主と経験を共有する破目になる。それは、夢の主と魂を同意にするという事。悪夢を取り込み、己が一部として操るという事。<br> <br>  それは守谷夢人という魂を歪ませる。<br> <br>  だから、選択肢にさえ入らない。<br> <br>  だから、取るべきはこの悪夢に付き合う事。いずれ途切れる夢の境を見つけ出しそこから『外』へ抜け出す。ただそれだけの事。<br> *<br>  男が叫んでいる。『来るな』と。『忘れてくれ』と。<br> <br>  女が拒否する。『嫌よ』と。『忘れられない』と。<br> <br>  白い白い、荒涼とした人骨広がる砂漠の上で、月の明かりをスッポトライトに男と女が輪舞を踊る。何度も幾度も繰り返し、答えの解かりきった問答を一から十までなぞり続ける。<br> <br>  唐突に黒い壁が迫り出し空を切り取り、月は雲に隠される。路地裏めいた回廊で、変わらず存在するのは白い砂。ただただ、男は逃げ続ける。<br> <br>  一体何から逃げているつもりなのだろう……。さっきから同じ場所をグルグルと巡っているだけだというのに。巡れば巡るほど鎖の呪縛に囚われていくというのに。見えていないのだろうか、一歩踏み出す毎に絡みつく細い鎖が。叫ぶ度に生まれてくるサラサラと流れる砂が。<br> <br>  砂漠に、回廊に。目まぐるしく、男の心情を謡うように景色は変わる。<br> <br>  砂漠の中で、男が立ち止まった。女が正面に立つ。<br> <br>  夢が終わりに近づく。ハッキリとそれが分かる。<br> <br>  景色が変貌する。<br> <br>  陽炎揺らめく、真昼の街並みへ。突如人だかりが顕れる。身動きもままならぬ状況の中、交差点の真ん中で男が女に手を伸ばす。でも届かない、人波が二人を引き離す。揉まれ、弄ばれながら離れていく。<br> <br>  あるいは、俺が手を出していたら、二人は抱き合う事ができたのかもしれない。<br> <br>  だけど、信号がメロディーを奏でていた。<br> <br>  かごめかごめ<br>  籠の中の鳥は<br>  いついつ出やる<br>  夜明けの晩に<br>  鶴と亀が滑った<br>  後ろの正面だあれ?<br> <br>  だから俺は何もしなかった。ただ、悪夢が途切れる瞬間を待っていた。<br> <br>  赤信号を無視して突っ込んできた大型ダンプに女の体がめり込む。有り得ない方向に手足を捻じ曲げながら、ボキボキと全身の骨を砕かれ内蔵を潰されながら、女の表情は笑みだった。だから、真紅の糸を引きながら車道に転がる女の顔は当然白く美しいままだった訳だ。<br> <br>  男が駆け寄る。女の姿は霞に消え、雑踏が遠のき、砂漠に狂声が響き渡る。夢が途切れる。夢と夢の僅かな隙間を通り抜け、俺は『外』へ出た。追いかけてくるように聞こえた『また、夢で遭いましょう』という囁きに「じょーだん」と呟いた。<br> *<br>  多分、大型ダンプの突進を止める事は出来ただろう。だけど、それが何になったというのか。ただの一度悪夢をすり替えただけでどうにか為るほど脆弱な代物じゃなかった。そんな事をしても焼け石に水、単なる自己満足に過ぎやしない。<br> <br>  何よりも、あの男女を縛り付けていた鋼鉄の綱は女から伸びていたんじゃない。男の方から伸びていた。男が自ら女を招き、取り込み縛り付け、望んで輪舞を繰り返していた。<br> <br>  救いようがない。<br> <br>  自ら救われようと足掻かないものには、どんな救いの手も届きはしない。当たり前だ。はじめっから何も見えていないのだから。<br> *<br>  だから、俺は何もしなかった。ただ束の間の観客となっていただけだ。ただ、それだけの事な訳だ……。</p> </div>
<div style="line-height: 2em" align="left"> <p><u>荒廃迷夢。あるいは、冷静皮肉な傍観者</u> 作者:しょう </p> <p> </p> <p>  視界が開けた。砂漠だ。冷やかに砂漠に相応しい蒼白い月が空に浮かび、足元には砂が敷き詰められていた。嗚呼、これは、骨だ。砕けて、削れて、磨かれて、粉微塵になった人の骨。スニーカーの裏で、人骨が細かく悲鳴を上げた。<br> <br>  仄かに白い光の下、男が一人立っている。その体に絡みつくように纏わりついているのはロングドレスの女。長い漆黒の髪、対照的に病的なまでに白い肌、眼差しは月の輝きに勝るとも劣らない冷たく硬い氷の様。その体は、細い細いチェーンで編まれた鋼鉄の綱で男と繋がっていた。<br> <br>  厄介な悪夢の中に入り込んだな、と俺は思った訳だ。<br> *<br>  そもそも夢は個人の意識が具現化したものだ。だから、共有する事など基本的に出来はしない。半夢魔である俺にしたところで同じ訳だ。俺自身が良く知っている相手ならばともかく、一面識もない相手の夢など、少々乱暴な手段に訴えない限り俺の主観によって脚色され、翻訳されて本当の姿など分かる訳がない。<br> <br>  それがこうまでハッキリと俺自身の感覚を踏み越えて心象風景に取り込んで来るなんて、壊れているとしか言いようがない。この夢は、池田屋の階段落ちなど真っ青なくらいに、グルグル回る螺旋階段を転がり落ち続けていて、どうしようもなく救いがたい。<br> <br>  言ってしまえば、椰子の樹の周りを回る虎の集団。あるいは、何があろうと直進を続けるレミングス。行き着くところ、待っているのは破滅だけ。<br> <br>  だから、こんな所などとっとと出て行きたいと思うのだけれども、そうも出来ない事情がある。今の俺はある意味この悪夢に取り込まれているようなもので。無論、少々無茶をすれば今すぐ即刻抜け出す事は可能だが、それをするとこの夢の主と経験を共有する破目になる。それは、夢の主と魂を同意にするという事。悪夢を取り込み、己が一部として操るという事。<br> <br>  それは守谷夢人という魂を歪ませる。<br> <br>  だから、選択肢にさえ入らない。<br> <br>  だから、取るべきはこの悪夢に付き合う事。いずれ途切れる夢の境を見つけ出しそこから『外』へ抜け出す。ただそれだけの事。<br> *<br>  男が叫んでいる。『来るな』と。『忘れてくれ』と。<br> <br>  女が拒否する。『嫌よ』と。『忘れられない』と。<br> <br>  白い白い、荒涼とした人骨広がる砂漠の上で、月の明かりをスッポトライトに男と女が輪舞を踊る。何度も幾度も繰り返し、答えの解かりきった問答を一から十までなぞり続ける。<br> <br>  唐突に黒い壁が迫り出し空を切り取り、月は雲に隠される。路地裏めいた回廊で、変わらず存在するのは白い砂。ただただ、男は逃げ続ける。<br> <br>  一体何から逃げているつもりなのだろう……。さっきから同じ場所をグルグルと巡っているだけだというのに。巡れば巡るほど鎖の呪縛に囚われていくというのに。見えていないのだろうか、一歩踏み出す毎に絡みつく細い鎖が。叫ぶ度に生まれてくるサラサラと流れる砂が。<br> <br>  砂漠に、回廊に。目まぐるしく、男の心情を謡うように景色は変わる。<br> <br>  砂漠の中で、男が立ち止まった。女が正面に立つ。<br> <br>  夢が終わりに近づく。ハッキリとそれが分かる。<br> <br>  景色が変貌する。<br> <br>  陽炎揺らめく、真昼の街並みへ。突如人だかりが顕れる。身動きもままならぬ状況の中、交差点の真ん中で男が女に手を伸ばす。でも届かない、人波が二人を引き離す。揉まれ、弄ばれながら離れていく。<br> <br>  あるいは、俺が手を出していたら、二人は抱き合う事ができたのかもしれない。<br> <br>  だけど、信号がメロディーを奏でていた。<br> <br>  かごめかごめ<br>  籠の中の鳥は<br>  いついつ出やる<br>  夜明けの晩に<br>  鶴と亀が滑った<br>  後ろの正面だあれ?<br> <br>  だから俺は何もしなかった。ただ、悪夢が途切れる瞬間を待っていた。<br> <br>  赤信号を無視して突っ込んできた大型ダンプに女の体がめり込む。有り得ない方向に手足を捻じ曲げながら、ボキボキと全身の骨を砕かれ内蔵を潰されながら、女の表情は笑みだった。だから、真紅の糸を引きながら車道に転がる女の顔は当然白く美しいままだった訳だ。<br> <br>  男が駆け寄る。女の姿は霞に消え、雑踏が遠のき、砂漠に狂声が響き渡る。夢が途切れる。夢と夢の僅かな隙間を通り抜け、俺は『外』へ出た。追いかけてくるように聞こえた『また、夢で遭いましょう』という囁きに「じょーだん」と呟いた。<br> *<br>  多分、大型ダンプの突進を止める事は出来ただろう。だけど、それが何になったというのか。ただの一度悪夢をすり替えただけでどうにか為るほど脆弱な代物じゃなかった。そんな事をしても焼け石に水、単なる自己満足に過ぎやしない。<br> <br>  何よりも、あの男女を縛り付けていた鋼鉄の綱は女から伸びていたんじゃない。男の方から伸びていた。男が自ら女を招き、取り込み縛り付け、望んで輪舞を繰り返していた。<br> <br>  救いようがない。<br> <br>  自ら救われようと足掻かないものには、どんな救いの手も届きはしない。当たり前だ。はじめっから何も見えていないのだから。<br> *<br>  だから、俺は何もしなかった。ただ束の間の観客となっていただけだ。ただ、それだけの事な訳だ……。</p> <p><a href= "http://bbs15.aimix-z.com/mtpt.cgi?room=kansou&amp;mode=view&amp;no=64">感想BBSへ</a></p> </div>

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