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魔法少女は唐突に舞い降りる 作者:あずさ
※※※忠告※※※・女体化注意・苦手な方、意味の分からない方はUターンプリーズ・ギャグ?です※※※※※※※※OK?↓↓↓ 日向大樹、十一歳の小学六年生、男。 動植物の声が聞こえるという不思議な能力の所持者である。 生まれも住まいも霧生ヶ谷市とは異なるが、友人の一ノ瀬杏里が霧生ヶ谷市へ転校したことを機に度々遊びに来るようになった。 不思議や怪異という類の噂・伝承が絶えない霧生ヶ谷市にて、幾度かの不思議との遭遇経験あり。 しかし元々彼自身が不思議な力を持っているせいか、はたまた性格によるものなのか――その不可解な出来事も彼なりに理解、納得し、むしろ一般の霧生ヶ谷市民よりもよほど馴染んでいる節がある。 ――もう一度確認する。 日向大樹、十一歳の小学六年生、男。 そう、れっきとしたXY染色体の持ち主である。 生まれてからこの十一年間、一度として「女」になったことはない。あるはずがない。 だというのに。「……ない……」 その呟きはあまりにも感情が込められていなかった。普段感情豊かな――豊かすぎると言ってもいい――大樹には珍しく、側にいた猫は優雅に首を傾げてみせる。「どうした、大樹」 流暢に人語を操る猫がただの猫なはずもなく、つやつやとした毛並みが美しいこの白猫は俗に言う「猫又」だ。普段はただの一匹の猫として放浪しているので正体を知っている者は決して多くない。その数少ない者の一人である大樹の異変に、白猫――シロはのんびりとながらも気を配ってくれたようだった。 シロは二本の尾を緩やかに揺らし、ことさら不思議そうに大樹を見上げる。「性別が変わったくらいで何を驚いているのだ?」「ああぁぁああやっぱり変わってんのこれ!? うぇええ!」「だから何を驚く必要が……」「驚くに決まってんだろバカぁー!」 思い切り叫んだせいで酸素が足りなくなり、大樹は荒々しく息をついた。森の中だったため驚いたらしい何羽かの鳥が木々から飛び去っていく。しまった、興奮しすぎた。 大樹は改めて自身の体を見やった。鏡がないので顔は分からないが、頭をかきむしると普段より髪の毛が多い気がする。というより明らかに長くなっている。夜中に伸びる日本人形じゃあるまいしいつの間に伸びたというのか。しかも何よりまず、男として大事なものがない。ついでに胸もそんなにあるようには思えないが正直そこはどうでもいい。あれ、これ、トイレどうするんだろう。「何でだよ……意味わかんねぇし……」 クラクラとする頭を押さえながら何とか記憶を振り返ろうと試みる。元々のメモリー量がさほど多くないので気を抜くと色々なものが抜け落ちそうではあるが――まあ、今日が始まってからそうたくさんの時間は経っていない。許容範囲だ。 まず、朝。 不思議をたくさん見つけた方が勝ちだという遊びを杏里の提案により行うことになった。参加者は杏里と大樹、そして兄の春樹という代わり映えのないメンバーだ。 開始するなり意気揚々と家を飛び出し、北区のうどんロードで日向ぼっこ中だったシロと遭遇。 しばし雑談に花を咲かせた後、何の予定もないというシロを連れて散策再開。 しかし地元ではないので街に詳しくない大樹は、自分の能力の関係もあって自然の多い森で情報収集を試みることにしたのだ。 そうしてシロとそこまで深くないはずの森――どちらかというと大きな自然公園に近い――をウロウロすること数十分。 なんか人の少ないところに来たなぁ、などと思いながらお昼ご飯の心配をし始めた頃…… シロがピクリと耳を立て、どうしたのかと尋ねようとした瞬間、真後ろで奇妙な物音がした。 ――そして今に至る。「……うん、何で?」 振り返ってみたもののさっぱり分からずに首を傾げる。するとシロは退屈そうに欠伸をした。ちょっとひどい。もう少し心配してくれたっていいのに。「だから、そう驚くことでもなかろう」「驚くって!」「そういう種類の怨鬼なのだ。性別が変わるだけで大した害悪はない、むしろその程度の奴で良かったと喜んでおくといい」「……オンキ?」 シロの言葉に大樹は数度瞬いた。聞き慣れない単語である。しかし、どこかで聞いたことがあったような。「……オレ、どうすりゃいいんだ?」「放っておけば一日程度で戻ると思うぞ」「一日……」 一日、ずっとこのままなのか。 確かに怪我をしたわけでもないし怖い思いをしたわけでもない。する暇もなかった。マシだ、と言われてしまえば大樹には反論できない。それでも納得できるかと問われればそんなに簡単なことでもないわけで。「ううう、もうお嫁に行けない……」「むしろ行けるようになったのではないか」「……シロ、細かいことは気にしちゃダメだぜ!」「人間にとって結婚とは一大イベントだと耳にしたが」「え、うー、まあ。そうかもだけど」 よく分からない会話を続けているとふいに木々をかき分ける音がした。女になるという不可解な出来事が起きたばかりだったので大樹は反射的に肩を跳ねさせる。また何かあるのか? あっちゃうのか?「あれ~?」 しかし聞こえたのは、大樹の緊張とは真逆なほどの間延びした声だった。 大樹はやや拍子抜けしてその影を見つめる。 背の高い、緑色の髪をした少年だった。最近では物珍しく着物のような――しかし特殊なのか、今まで大樹が見たことのあるふつうの着物とはどこか変わった形をしている――身なりをして、表情には緩んだ笑みが貼り付けられている。「……かーら?」 ぽつり、と大樹は呟いた。 加阿羅。大樹が以前、森で迷子になったときに出会った友人だった。そのときは彼が森を抜けるまでの道のりを案内してくれたのだ。 ヘラリ、と少年は笑う。「うん、そうだけど~? 君は~?」「え……おれ、オレ大樹だぜ! 前に会ったの覚えてないかっ? えと、そりゃ夜遅かったし暗かったけどっ……」「大樹くん? 大樹くんのことは知ってるけど、おれが知っている大樹くんは男の子なんだよね~」「う……っ」 そうだ、今の自分は女の姿なのだった。 分かってもらえないことにショックを受け、大樹はどう説明していいか分からなかった。おろおろと視線をさまよわせたがそれで言葉が出てくるはずもなく、しまいには俯いてしまう。――あ、やばいちょっと泣きそう。「あー……ごめんね。冗談だよ~」「え」「悲しませるつもりじゃなかったんだ。ただ、怨鬼なんてくっつけてるからちょっとからかってみようと思って~」 理由になっていない気がするが。 しかしカーラが自分のことを覚えてくれていたのは素直に嬉しく、大樹はどこかホッとした。そして気づく。オンキという言葉に聞き覚えがあったのは、紛れもなく目の前の相手から聞いたことがあったのだと。「……何者だ」 今まで黙ってやりとりを見ていたシロが警戒気味に問う。そういえば初対面か、と大樹は遅れて思い出した。 唸り声を上げそうなシロを見てもカーラは変わらず、むしろ一層笑みを深くする。「おれ? おれは加阿羅だよ~。ゲコカッパの、って言えば分かるかなぁ?」「……なるほど、あそこの者であったか」「え? なに? カーラって有名なのか?」「うーん、まあ、一部ではね」 ここまでさらりと流されてしまえば、大樹としては「ふーん?」と納得するしかない。「で、そっちは~?」「私はただの猫又だ」「まあ、それは見て分かったけど。何で猫又が大樹くんと一緒にいるのかなぁ」「それは……」「友達だからだぜ!」 どう言おうか迷ったらしいシロに割り込む。むしろ大樹としてはあまり迷わないでほしかった。堂々と宣言してくれればいいのに。 意外だったのだろう、カーラはぱちぱちと瞬いた。小首を傾げる。「友達?」「おう、シロも友達。あのなー不思議探しをしてたら途中でシロに会って、そんで用はないっていうから手伝ってもらってたんだぜ」「……」 二、三度カーラは大樹とシロを交互に見やった。それから少しの間を置き――結局相変わらずの笑顔で「へぇ~」などと感心したようなのんびりした声を上げる。「仲いいんだね~」「おう!」「……で、大樹くんは何で怨鬼にくっつかれてるわけ?」「うっ」 痛いところをつかれた。正直忘れかけていたというのに。 しかも以前、大樹はカーラに助けてもらっている。そのときも怨鬼に追われていたので、今こうして怨鬼に――大樹にはよく分からないがカーラの言葉を借りるなら「くっつかれている」というのはどうにも決まりが悪かった。 しかし誤魔化したところで事実が変わるわけでもない。「えっと、これには深い事情ってやつがあってだな」「うん」「朝から色々あってだな」「うん」「……気づいたらこうなってました?」「まあ、そんなことだろうと思ったけどね~」「うぅ……。……あ! そーだ! な、カーラはこれ、どうにかできないか!?」「え?」「だってそーゆうの詳しそうじゃん!」 なにせ彼には前回も怨鬼から助けてくれたという実績があるので、大樹の期待は当然ながら膨らんでいく。 しかし意気込む大樹に対し、カーラは困ったように頬をかいた。「うーん、でもそういうのはどちらかというと加濡洲の方が得意なんだけどなぁ~……。まあ、でもレベル低い奴だし。うん、どうしてもやってほしいならやってもいいよ~」 「ホントかっ?」 希望が見えて思わず表情が輝く。助かった、これで解放される!「じゃあ、少し離れてー?」「おう!」<……て……> ふと何かが聞こえ、大樹は動きを止めた。きょろりと首を巡らせるがそれらしきものは見当たらない。「……シロ、何か言ったか?」「いや」 シロは怪訝そうに瞳を細めた。嘘をついている風ではない。気のせいだったのだろうか。 大樹は釈然としないままカーラの指示した場所へ足を踏み出し、<やめてぇええええええええええ!!!> 耳元でものすごい悲鳴を放たれ、思わずすっ転んだ。「なっ、誰だよ!? つーか何!?」 あまりの声量にクラクラする。耳はもちろん頭も痛い。<やめてぇええ! せっかく憑けたのよ! せっかくの身体なのよ! 消さないでぇええ!>「ちょ、うるさっ……響く……っ」<……あら?> ふいに声のトーンが落ちた。 ――が、決して止まったわけではなく今度は畳みかけるように言葉が降り注いでくる。<あら? あらあららら? もしかしてあたいの言葉が聞こえる? ねえ、もしかして聞こえちゃってるの?>「はぁ……? あんなに大声で聞こえないわけねーだろ! まだ頭の中がキンキンしてるし! ……ん?」 素直に文句を言った大樹はふいに疑問を感じた。声は聞こえる。うるさいほどに話しかけられているのだからそれは確かだ。――が、自分は一体「何」と会話をしているのか。 周りを見ても姿は見えない。人間でもなければそこらにいる鳥の声でもない、木々たちの声でもない。 途方に暮れてきょろきょろと見回していると、ポカンとした表情のカーラ、シロと目が合った。「……大樹くん、一つ確認したいんだけど~」「へ?」「大樹、怨鬼と話せるのか」「……へ?」 何? 何??「え、オンキって……」<そうよあたいよ! あんたが話せる奴で良かったわ! あたい奇跡に感謝しちゃう!>「だぁ! だからうるさいって!」「……間違いないみたいだね」 カーラが笑みを苦笑じみたものへと変える。シロはふむ、と低く唸った。「大樹は変わったものと話せるからな。怨鬼と話せてもさして驚く必要はないかもしれん。歌いながら近づいてきたこいつには気づかなかったようだが……」「憑かれて初めて聞こえるようになったのかも~?」「なるほど、ありそうだ」「なあ! だから二人して何なんだよ!」 勝手に納得し勝手に話が進んでいく。大樹一人だけが置いてけぼりだ。しかもその間は常に浮かれた歌声が耳元で鳴り響いているというオプション付き。もはや訳が分からなくて泣きたくなる。 大樹が不安に駆られて声を上げると、一度互いに顔を見合わせた二人――一人と一匹――は、小さくため息をついた。「う~ん、分からないかなあ。今大樹くんが聞いている調子外れの歌声はさ……」<あたいの美声が調子外れって何よ、失礼しちゃうっ>「うるさいな、もう。……それ、大樹くんに憑いてる怨鬼なんだよ~」「……え」「だからお前は怨鬼と話しているんだ。分からないか?」「え、その、あれだろ。オンキって妖怪? みたいなやつ……」「ああ」「うぇい!?」 奇妙な驚きの声を上げて大樹は周りを見渡した。「え、だって、ど、どこ!? どこだよ!?」「そっか、姿は見えないんだねぇ~。肩に足組んで乗っかってるよー?」「みぎゃあああ!?」 何それ怖い! ほぼ反射的に肩を手で払う。しかし当然そこに手応えらしきものはない。<んま、人を虫みたいに払うなんて失礼な坊やだこと> 囁かれて鳥肌が立つ。かなりのタイムラグはあったもののようやく実感してきた。自分は何かに憑かれているのだ。女になったということを抜きにしてもその事実だけで寒気がする。「うわあん!? カーラ、カーラ! 何とかしてくれ!」「落ち着いて~。まあ、すぐに……」<いやあああ! だからちょっと待ってってば! あたいの話を聞いてぇえ!>「……はなし?」 叫ばれ、大樹は気休め程度に耳を押さえながら問い返した。大樹としては今すぐにでも解放されたいのだが、ここまで必死になられるとやはり気になる。何より平和に済むのであればそれに越したことはない。「何だよ、話って……」<うふ、人の話を聞ける子はあたい好きよ>「お、おう。で?」<あのね、あたいには夢があったのよ>「……ゆめ」 ゆめ。ユメ。夢?<その夢を叶えたくてあたいはこうして人に憑いてるの。あたいの仲間にも無念を晴らしたくて彷徨っているのがたくさんいるわ。まあ、大抵憑いたところであたいたちのことが分かる人はいないから好き勝手に遊ぶだけで終わ……げふんごふん、残念な結果に終わることばかりなんだけど。だけどあんたはあたいの声を聞いてくれた。これは奇跡かもしれないわ。ねえ坊や、あたいの夢を叶えてくれないかしら> 「えっと……叶えたら戻してくれんのか?」<ええ、約束するわ>「……」 初めこそテンションがいやに高かったものの、こうして改めて話してみれば、相手の声音は思ったよりも落ち着いている。これがもし脅してきたのであれば大樹は不信感しか抱けなかった。迷いなくカーラに何とかしてくれることを頼んだだろう。 しかし、大樹は「お願い」には弱いのだ。できることなら叶えてやりたいと思ってしまう。「大樹くん、あまりそいつを信用しない方がいいと思うけど~?」「わたしもカーラに同感だな」「う、でも……」 先ほど、相手は「消さないで」と叫んだ。 大樹にはカーラの対処方法がどのようなものなのか分からない。しかし霊的なものであるならば、それはいわゆる「除霊」などと呼ばれるものに近いのだろう。実際に相手は消されるのかもしれない。そして消されたりしたら確かに嫌だよなぁ、と大樹は思うのだ。「……んとさ。お前の夢って何なんだ?」<叶えてくれるの!?>「え、あの、お、おう」 聞いてからにしようと思ったのだが勢い込まれて思わずうなずく。 すると姿は見えないが、見えたとしたら表情が思い切り明るくなったのであろう弾んだ声が耳に響いた。<あんた素敵だわ! 男の中の男ね! 今は女の子だけど!>「おまえのせいだろ!?」<いいじゃない可愛いんだから!>「良くねぇよ!?」<それであたいの夢はね……> え、無視!? ショックを受ける大樹をよそに相手は声高々と宣言する。<魔法少女になることなのよ!>
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<魔法少女になることなのよ!> ――思わず「何じゃそりゃあ!!」とツッコみたくなることを堂々と叫んだ怨鬼。 実際、大樹は何度も叫んでやろうかと悩んだ。しかしその後で「それもただの魔法少女じゃないのよ、悪い奴らをぶっ倒す正義の味方なのよ」と続けてきたので思い直した。ただいたずらに魔法少女とやらになるのはいただけないが、悪いことをするのでないのなら――むしろいいことをするのなら――まだ、許せるかもしれない。 そんなわけであれよあれよと話は進められ、なぜかうどんロードまで戻ることになった。シロとカーラもついてきてくれることになったのは頼もしい限りである。ちなみにカーラは途中で着替えたらしい。ラフな服装だ。 人でごった返している道を歩きながら大樹は首を傾げてみせる。「うどん食べんのか?」<バカね、魔法少女がうどんを食べてどうすんのよ>「じゃあ何すんだよ」 頬を膨らませながら周りを見渡すと、ショーウィンドウに自身が映されているのが見えた。思わず「げ」と声を漏らす。 ――見る限り、本当に女だった。面影は当然あるので、知り合いに見られればバレてもおかしくはない。しかし知らない人が見ればほぼ間違いなく少女と断定されるに違いなかった。実のところ具体的に何がどう変わっているのか大樹には上手く説明できないのだが、ともかく、どうしようもなく一つ一つが、そして全体が女なのだ。鏡を見たときに見慣れた顔がないというのはこうも奇妙なことなのか。<なぁに、気に入った?>「ねーよ」「まあ、慣れないよねー」 げんなり答えた大樹を見て、「あはは」とカーラがあっさり笑い飛ばしてくる。他人事だと思って、と大樹は恨みがましくカーラを見上げた。<あ、あそこを見て!>「ん?」 あそこってどこだよと思いながらも声につられて周りを見回すと――「ねえボクぅ、こんなところで一人?」「危ないからお兄さんたちがついてってあげるよ? ボディーガード料は安くていいからさ」「あ、あの……」「さあさあ、一緒に行こうか」「危ないから手を繋いであげるよぅ?」 うげへへへ。「……」「……」「……」 なんかやたら気持ち悪いのがいた。<男の子のピンチよ!>「お、おうっ……! 確かにすっげーピンチだな……!」 大樹の分析によると、相手は二人。でっかいのと細いのだ。でっかいのは分かりやすくモヒカンである。細いのはサングラスをかけて、ガムを食べているのか妙にくちゃくちゃしている。いつの時代の人たちだろうか。どこの漫画の世界の人たちだろうか。 男の子は自分よりもさらに年下のようだった。気持ち悪い二人に囲まれて泣きそうになっている。それはそうだろう、大樹もあそこに立つのは勘弁してほしいと切に願う。周りは気づいているのかいないのか、助けが入る気配はない。<さあ助けに行きましょう!>「ぅえ!? わ、分かった!」 確かに放ってはおけない! 大樹は声に急かされるままに三人の間に割り込んだ。「ちょっと待ったー!」「!? な、何だ!?」<バカ! あたいの打ち合わせと違うでしょうがっ!!>「ひぃ!? 耳元で叫ぶなよ!」「な、何だぁ一人で叫んで……?」 細いのが不気味そうに一歩後退る。――怨鬼の声はふつうの人には聞こえない。確かに相手にとっては、大樹が一人で勝手に割り込み勝手に叫び出したことになる。かなり変な人だ。<あんたが間違えるからよ>「そんなこと言われたってさ……」 ブツブツ呟きながら仕方なく大樹は顔を上げる。男の子をかばうように立ち、キッと二人を睨みつけた。「こ、こんなかよわい少年を二人がかりでいじめるなんてげんごどうだん!」「……言語道断、のことか?」「ぁうっ……そ、それだ!」 げんごって読むじゃん。ふつう読むじゃん。何だよごんごって。こらそこ、ニヤニヤすんなよ、バカにすんな!「とにかく! 霧生ヶ谷で悪事を働く奴はオレが許さないんだからな!」 びしりと指を差し。(よい子は真似しちゃダメだ)「悪いことする奴は、霧の月にかわっておしおきだぞ! ……。……なぁ、霧の月ってお菓子じゃなかったっけ」<仕方ないでしょう著作権とか厳しいんだし>「ふーん……?」 ちなみに中には黄色い餡が入っている。大樹もお土産に買っていったことがあるがなかなか美味しかった。そうだ今回も買っていこう、などと場違いながらも大樹らしい考えが頭の片隅に浮かんでくる。「あ、あの、あの」「あ、怖かったよな! もうダイジョーブ!」 少年の方を振り向いて笑いかけてやるが少年の表情は晴れない。不安そうに曇るばかりだ。どうすれば安心させられるだろうかと大樹は思考を巡らせる。名札が目に入ったのでとりあえず名前を呼んでやろうとし――『佐々木芳也』? ささき……何? 何て読むんだこれ? ポン、と肩に手を置かれた。「何だよ、今考え中……ひ!?」 でっかいのの顔が近い!「その子一人じゃ余っちゃうもんね、だから君も来てくれたんだね」「はぁ!? な、何でそーなるんだよっ、オレは……!」「俺こっちでいいっすかぁ? えーと……佐々木芳也くん?」「お前ショタコンだもんな」「あなたはロリコンじゃないっすかぁ」 あはははは。 ――って笑ってんじゃねー! 怖ぇー! 超怖ぇええーっ!!「おい怨鬼、どうすんだよ……!」<任せて!> 喜々として答えた怨鬼が軽やかに歌い出す。<ピーリカピリ辛ピリカララ 甘口にな~れ♪> ……。 何も起こった気配はない。「おい……?」<自分を見てみなさいな>「? ――ってぅおい!?」 いつの間にか服が変わっている。先ほどは何の変哲もないパーカーにハーフパンツだったのだが、今は襟が特徴的な服にその下を通るリボン、そしてスカート――いわゆるセーラー服になっていた。とりあえずスカートに泣きたくなる。そこは越えたくない境界線だった。もういいけど。もういいけどさ別に。どうせ女だし。今は女だし。「俺のために着替えてくれたんだね!?」「変な勘違いされてるしぃいいい!? 何でこんなことしたんだよアホー!」<美少女戦士といえばセーラー服なのよ!>「知らねぇし! てか魔法少女って言ってなかったか!?」<細かいことはいいの、それよりとっとと目の前のロリショタコン共を倒しちゃいなさい!>「どうやって!?」<……努力?>「ふざけんなぁあ!」 思わず怨鬼の声が他の人に聞こえないことなど忘れて全力で叫ぶ。肝心なところがぼろぼろすぎる。そこを魔法で倒すのが王道というものではないのだろうか、そこに意味があるのではないだろうか。<だってあたいができるの、性転換と髪型や服装を変えることだけだもの> あたい悪くないもーん、と口笛を吹きかねない勢いでさらりと怨鬼は言った。言ってのけた。よくそれで魔法少女になりたいなどと言ったものだ。 もはや怨鬼を当てにすることはできないと心の底から悟り、大樹は低く呻いた。どうしたものか。大樹はそもそもとりたてて喧嘩が強いわけでもない。元から腕力に自信があるわけではないし、女になっている今、その自信はさらに地に堕ちている。「ぅええ……」 せめて武器、武器があれば。<うふ……安心して。あんたは変身、あと二回は残っているわ>「強くならないんだったらいらねーよ!?」 ただの着せかえ人形では意味がない。安心できる要素が一つも見当たらない。「さあお兄さんと遊ぼうね」「いいことしようねぇ」「ちょ、待っ、手ぇ放せ……!」 振りほどこうと全身の力を込めた、その瞬間。 ボスン、と妙な音がした。それは思いの外近くで聞こえ、でっかいのと細いのも思わず足を止める。 見るとなぜか道路が一部焦げていた。焦げ臭さが奇妙に鼻をつく。「何だぁ、花火か……?」 でっかいのが怪訝そうに辺りを見渡した瞬間、「――そこまでだ」 凜とした声が響く。するとどこか高そうなところからいきなり男が降りてきた。銀色に近い艶やかな髪を風になびかせ、タキシードを身にまとった――仮面がジェイソンの男だった。「怖!?」 不気味にも程がある。 その仮面男はすたすたとこちらへ歩いてきた。でっかいのと細いのが怖じ気付いたように後退る。しかし大樹も怖いし、少年――芳也といったか――はもはや泣きそうだ。いや、それは元からだったか。「その手を放せ」「な、何言ってんだよ。こいつらはこれからお兄さんたちと遊ぶんだから……」 ボゥッと激しい音をたてて男の手から飛び出す炎。 それはあまりにも速くでっかいのの真横を通り過ぎ水路で消火される。ちり、とでっかいののモヒカンの側面が一部焦げた。 何が起こったのか理解するのは難しかったのだろう。怯えるでもなく逆上するでもなく、ただその場がしん、と緊張感を持って静まり返る。「聞こえなかったか」 男の顔は仮面に邪魔されて見えないが、淡々とした声のトーンには何らためらいは窺えない。本気だ、と誰もが分かる調子だった。 その異様な気配に二人の男たちはじりじりと距離を空けていく。しかしいまだにこちらの手を放していないのはよい根性というべきか、ちゃっかり者というべきか。「に……逃げろ!」「おお!」 男たちが踵を返し――「日本語、分からないのかなー?」 突然出てきた男に足をかけられ、二人は思い切り転倒した。厳密に述べるのであれば、まずでっかいのが突然出された足につまずいたことでよろけ、勢いの止まらなかった細いのが背後からでっかいのに体当たりする形でそのまま二人揃って前方へ転がった。その拍子に手が離れ、大樹と少年はとっさに二人から距離を取る。「いってぇな! 何だてめっ……、ぅおお!?」「こいつもタキシード!?」 こちらは仮面をしていないが、黒を基調とした服装は紛れもなくタキシードだ。大樹には違いが分からないだけかもしれないが先ほどの男とお揃いのようである。あえて違いを述べるのであれば、仮面の方はきっちり着こなしているのに対し、こちらはやや着崩している。しかしどちらにせよ、周りにはうどん屋などがひしめき合っているこの通りでは異様な光景であることに変わりはない。(てか、カーラじゃん!?) 何でタキシード。いつの間にタキシード。 呆然としていると、カーラと仮面男が徐々に這いつくばってる男たちへ歩み寄る。一人はジェイソンの仮面と炎を纏い、もう一人はにこやかな笑顔とただならぬ威圧感を纏い。 共通して感じられるのは、そこには慈悲も容赦も躊躇いも存在していないということ。「よほど焦げるのがお望みか」「もしかして君たち、マゾ?」「「ひぃいい!? すいませんでした!」」 もう男たちにプライドなど欠片も残されていない。焦げてはたまらないとばかりに一目散に逃げ出していく。 ……、……。<ふふ、他愛もない>「や、オレ何もしてねーんだけど……」 勝ち誇った様子の怨鬼に呆然と返す。正直何のために出ていったのか分からない。変身と称して怨鬼に遊ばれただけな気がする。 釈然としない気持ちを抱きながらも大樹は二人の男を見上げた。一人はニコニコとした表情のカーラだ。ということはこの仮面男は、「もしかしてシロ?」「ああ」「ほえー……」 静かに仮面を外したそこにあるのは、想像通りに淡々とした表情。 シロは雌であるため、普段は女性の姿に化けることが多い。しかし猫又は老若男女に化けることが可能なため、こうして男の姿になることもできるようだった。仮面を外してみせた顔には確かに面影がある。何よりも美しい銀髪は女性の姿のものと酷似していた。「とりあえず、シロもカーラも助けてくれてありがとな!」「いや」「いえいえ~」「でも何でタキシード?」「カーラが、これが定番だと」 お前か。 思わず疑わしげに見てしまう。しかしカーラの表情は決して揺らがない。「俺はジジが持ってた漫画を見てー」「漫画!?」「うん、それで助けるにはタキシードと仮面がお決まりなのかなって思ったんだよね」「そ、そうなんだ……?」<よく分かってるじゃない、あたい見直しちゃったわ。ジェイソンなのも独特のセンスで評価しちゃう>「どうも~」「あのなぁ……!」「あ、あの」「へっ?」 怒気をはらんだ声を上げたとたんに遮られ、声は間の抜けたものになる。 見ると、少年が大樹に向かって頭を下げていた。「えっと、その、ありがとう」「え? え、や、オレ何もしてねーし!」「うん……でも、助けに入ってくれたし」「そ、そっか……? まあ、何もなくて良かったよな! 今度からああいう奴らには捕まるんじゃねーぞ?」 笑って諭せば、相手はやや複雑そうな表情をしながらも素直にうなずいた。いい子だ。あまり周りにはいないタイプで、大樹は何となく和んでしまう。 大樹が一方的に和んでいると少年はふいに小首を傾げた。「もしかして君……カエル小の子?」「え!?」 突然の質問に大樹は思い切り戸惑った。 カエル小とは蛙軽井小学校のことだ。北区にある小学校なので、北区のうどんロードをうろうろしている子供であれば確かにその可能性が高い。実際、友人の杏里はそこに通っている。「あ、いや、違うけど……」「そっか。あ、ぼくは佐々木芳也っていうんだけど……」「芳也な! オレは……」 言いかけ、ハッとする。名前!? 日向大樹、などと馬鹿正直に答えるわけにはいかない。女と認識されるのも大樹自身引っかかるし、「大樹」ではおよそ女の名前とは思われないだろう。「怨鬼、何かいい案ないのか?」 小声で問いかければ、<そもそも怨鬼ってのは名前じゃないわよ>「え? そーなの?」<あんたが人間、って呼ばれてるようなものだもの>「そ、そーなのか。んじゃお前の名前は?」<さあ……忘れちゃったわねぇ……。あぁ、でも芸名を考えたんだけどそれでいいかしら!> 本当に何がしたいんだお前は。芸名って。正義の味方じゃなかったのか。<正義の味方にも仮の名前は必要でしょう?>「心を読むな!」<だってあんた、顔に出るんだもの。で、名前だけどね>「――舞!」「舞?」「お……おうっ」 「可憐に軽やかに素敵に無敵に舞い踊るような感じがいいと思わない!?」――というのが怨鬼の主張だ。ある意味そのまますぎて、「いいのか?」と思わないでもない。しかし怨鬼自身が良しと言うのだからいいのだろう。大樹自身は舞うというよりも引きずり回されている気がするのだが、あくまでも怨鬼の気持ちだから構わないのだろう。何より、思った以上にふつうの名前だったので怨鬼の気が変わる前に決めてしまいたかった。(「●●ピンク」とか「セーラー●●」とか言われたらどうしようかと思った。)「ちなみにこっちがシロで、こっちがカーラな」 背後に立っていた二人を紹介すると、シロは無言で軽く頭を下げ、カーラは人懐っこそうな笑みで手を振った。芳也が慌てて頭を下げ、「ありがとうございました」とお礼を述べる。「別にいいよー。ところでー」「? 何だよカーラ?」「おれら、かなり目立ってるよー?」「え」 反射的に顔を上げると、まさしく人々の視線がこちらに集まっていた。しかしそれも仕方ないだろう。タキシード二人組というのも奇妙であるし、一人は火の玉騒動まで起こした。あの男たちもかなりうるさく騒ぎ立てていたので人々の気を引かない方が不自然である。<こんなに注目されるなんて……。こうなったら可愛くドレスアップね!>「やめぇええ!? これ以上目立ってどうすんだよ!」<芸能人になりましょう!>「正義の味方は!?」 どんどん目的がおかしくなっている。初めからおかしかったというツッコミはなしだ。 こうなれば、もう、とりあえず。「た……退散、たいさーんっ!」 そんなわけで大樹とシロ、カーラは出会った森まで戻ってきた。芳也とは中途半端な別れ方になってしまったがこの際仕方ないだろう。しかしここまでシロに抱えられてきたので体力的には問題はないはずなのだが、なぜこんなにも疲れているのか。謎が多い。しかも気づけば空がオレンジ色に染まりつつあり、一日の大半を過ごしてしまっていた。 あー結局不思議見つからなかったなー、などと明らかに的外れなことを思いながら夕日をぼんやり眺めていると、怨鬼が静かに、そして楽しげに囁いてきた。<ふふ……ここまであたいに付き合ってくれたのはあんたが初めてよ。あたい、嬉しくて涙が出ちゃう>「満足、したのか?」<ええ、楽しかったわ> その言葉には確かに満ち足りた響きがあった。大樹はホッと息をつく。「じゃあ戻してくれるんだな?」<もちろん、約束は守るわ> 次第に怨鬼の声が小さくなってくる。それで離れていこうとしているのが分かった。ロクなことがなかったが、いざ別れるとなると何となく物寂しさを感じるもので大樹もしんみりとしてしまう。しかし満足したというのなら、それはきっとこの怨鬼――“舞”にも嬉しいことで。<それにね、あたい思ったんだけど……>「ん?」<あたいとあんた、相性ばっちりね。またよろしくね相棒!>「え?」 ……え? 声が聞こえなくなった。 それと同時にほぼ違和感もなく姿が元に戻っていた。服装も初めに着ていた何の変哲もないパーカーにハーフパンツだ。そっと頭に触れてみたが髪の長さも戻っている。 戻った。――戻った! けれど。「ちょっと待てぇえ!? また!? またって何だよ!?」「大樹、落ち着け」「だってあいつ……!」「……後ろでまた歌ってるよ。訳してあげようかー?」 苦笑混じりにカーラに言われ、大樹は思い切りうなずいた。勢いをつけすぎて若干首が痛い。 コホン、とカーラは小さく咳払いをし。「『あたい、これきりだなんて言ってないもーん』――だって」 調子外れに歌いながら言っている様子をありありと思い描け、大樹は肩を震わせた。言いたいことは色々ある。色々あるが、まとめてしまえばそれはたった一言。ただそれだけだ。 大樹は思い切り息を吸い込んだ。「ふざけんなぁあああ!!」 こうして魔法少女が誕生したとか、しないとか。 真相は深い霧の中である。
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