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大迷惑な夏の風物詩 @ 作者 : 望月 霞
「今年もやってきたな」 「きたわね。 忌々しい季節が」 「ほんとほんと~。 あー、嫌だなぁ」 「…………。 ?」 サシュサシュ。 暗がりの夜道に響き渡る声と足音。 しかし、ここには街灯はなく季節の風物詩たちが飛び交っているという、変わった道だ。 しかも、足元はコンクリートではないらしく、土がむき出しになっている。 まるで、昔の時代にきたような感じだ。 「だぁーっ!! ジジは相変わらず手伝ってくんねぇし、服は汚れるし……。 繁殖すんだったら人間界だけにしろってのっっ!!!」 「そうよそうよ! 何であたしたちが怨鬼 (おんき) や怨霊たちの力が増えるからって捕まえなきゃなんないのよっ!!」 「そんなこと言ってもさぁ、伽糸粋 (カシス) 。 元来それっておれたちの仕事じゃな」 「それはそれ、これはこれっ!! あいつらがあいつらを食べなきゃいいじゃないっ!!」 「そんな無茶苦茶なことを言われてもなぁ~。 奴等も一応は本能に従ってるんだし~」 「お前、食い物の味方かよっ!? あ゛ー、腹が立つっ!!」 「いや~、違うけどさぁ~」 怒らないでよ~、と、付け加えたのは、言葉どおりの人物。 気が立っている弟と妹には手を焼いているようだ。 「大体だな、加阿羅 (カーラ) ! いつもそうだがよ、お前がもっとジジを説得くれればよかったのに!」 「う~ん。 おれが何を口にしても、加具那 (カグナ) ―― じゃない、ジジは微動もしないと思うけど~?」 「あら、珍しい。 昔の癖が出るなんて」 「あははは、最近は色々とあったからねぇ~」 「そうか? 変わんねぇと思うんだけど」 と、頭に疑問符を浮かべる、次男の加濡洲 (カヌス) 。 といっても、妖怪である彼らに性別など存在しないのだが。 「そーかなぁ。 継承者のひとりに加悧琳 (カリン) が創られたのは大きいでしょ~」 「そりゃまーな。 これでバランスが取れるってもんだし」 「そうねぇ。 ようやく完成するのかしら ―― って、話がずれてるわよ。 今は忌々しいあいつらをとっ捕まえなきゃ! そうだ加悧琳、これから何しに行くかって説明したっけ?」 と、伽糸粋はそばにいる末弟に声をかけた。 彼は、ふるふる、と顔を動かす。 「あ、まだしてなかったっけか。 まあ、現場に行けばわかるって」 「そうだね~。 口で言うよりもわかりやすいかなぁ?」 と、意味ありげに空を見上げるふたりの兄。 これを見た加悧琳は、同じ動作をするがまったくわからない。 もう少しで満ちる、月が浮かんでいるだけだ。 考えても仕方がないと思った彼は、そのまま視線を下げずについていった。
やってきた先は、九頭身川を上り式玉子ヶ谷山地のふもと。 正確に表現するなら、霧生区のくざかいに存在しているところだ。 彼らが住まうこの次元では、山の足元に少し開けた広場がある。 広場、といっても、草の背丈はだいたい30cm ―― 小さな子供の足が埋まるぐらいの高さはあるが。 加悧琳は、ここに何があるのかと不思議に思い、辺りを見渡した。 しかし、めぼしいものは何もない。 「まだ来てないようだね~。 一生来なくていいけどさ~」 「同感。 まっ、その辺の物陰に隠れるとするか」 と、面倒くさそうにしている3兄妹たちは、最寄りにあった樹木の後ろへと身を潜める。 初体験の兄弟は、上に習ってその場へと駆け込んだ。
――― しばらくの間、沈黙が流れる。
―――― モロ。
―――― モロモロ。
モロモロモロモロ。 モロロロロ!
何と、始めの一匹が合図となったのか、川からたくさんのモロモロたちが現れたではないか! あれの種類はドジョウゆえ、 “ドジョウのぼり” と言おうか。 次から次へと存在数を上げていく。 「今年も焼き応え満点じゃないの。 あ~ぁ」 「こりゃけっこうな呪具が必要だな。 材料、今取って帰るか……」 「ん~、かまぼこ ・ すり身 ・ 団子、いっぱいできそうだね~」 「手伝いなさいよっ!?」 「もも、もちろんだよ~!」 「とか言って、去年か。 気持ちよさそーに寝てたよなぁっ?」 「あれはつまみ食いをしたら、ついウトウトとー」 「やっぱしあんたが犯人だったのね! まったくもう……」 「でも、作戦は従来どおりでよさそう。 今回は加悧琳も手伝ってくれるし、前より楽できるかもね~」 「そうね。 でもどうしよう? 今日はこれぐらいにしないと」 「後は時間だな。 ……ええっと、この様子だと数日後ぐらい、かな。 うん」 「それぐらいだろうーねぇ。 明日になったら、西の雲を見てくるよ~」 「決まりだな。 んじゃあ、伽糸粋と加悧琳は先に帰って支度しててくれよ。 オレたちがモノを集めてくる」 「わかったわ。 加悧琳、帰りましょ」 と、彼女は弟の手を引いてその場を去ろうとしたが、肝心の人物が動かない。 どうやら、生まれて初めて見た光景を、まだ収めていたいようだった。 そんな加悧琳に、長兄は頭に手を乗せながら、 「満月の夜に、もっとすごいものが見られるから。 そっちのほうがきれいで面白いよー?」 との言葉に、受け手だった彼は、まるで猫がエサを見つけたような表情をする。 その後は納得したように帰って行き、引きつれ人は複雑な表情を残して行動を共にした。 ……残ったふたりはと言うと、 「いいのかよ、あんなこと言って」 「嘘じゃないでしょー? 初めはおれたちも魅入っていたし~」 「そりゃそうだけどよ……。 幼い少年の心はきっと傷つくな、きっと」 はぁっ、というため息と、くすくす、という笑い声が、同時に夜空と大地に吸収されていったのだった。
いよいよ今日、待ち時間いっぱいのときを迎えた。 この数日の間、必要な呪具と道具をそろえ、当日には間食用の食事を用意する。 それとあとひとつ、出発前にそれらと同じぐらい大事な物をそろえて、ようやく下ごしらえが終わったところだ。 「それじゃあ、またあの場所に行こうか~。 ジジ、後はよろしくね~」 「ふぉふぉふぉ、任せておけ。 存分にストレス解消に務めるとよいぞ」 「おー、させてもらうわ。 思う存っ分に焼き上げてやる!」 「すごい意気込みね……」 「当たり前だろーが、終了したときの代償に比べりゃ当然のことだっ!!」 「それはそうなんだけど……」 「あ~、とりあえず行かない? 加悧琳が大分引いちゃってるんだけどー」 「ん? ―― いいか、オレがこういう態度になるわけ。 すぐにわかる。 心配すんな」 「何の心配してるのよ。 早く行って終わらせましょうよ!」 と、伽糸粋。 事情を知らないものにとっては、いったい何のことやらわかりはしない。 だが、あまりよいことではないのはわかる。 何故なら、今いる5人のうち、2人は笑ってごまかしているように見え、1人は燃え上がり、1人は呆れ果ててしまっているからだ。 ちなみに、残る1人は相変わらず首をかしげている。 とはいっても、彼女の言うとおり、この場にいたところでは解決にはならないしラチもあかない。 加阿羅たちは、一部を促しつつも加具那に留守番を頼み、現場へと向かった。
先日の、例の場所へとやってきた。 心なしか暖かく感じるのは、季節のせいではないだろう。 もちろん、満月から発する月明かりでもない。 そう、問題は目の前にいる “あいつら” のせいなのだ。 それで、こちらの怒りゲージが上がっているのである……。 まず、状況はというと、既にモロモロたちは川からはい上がっており、何やら始めそうな雰囲気だ。 はっきりとしない黄色のまだら模様を持つモロモロはオスで、彼らは広場に円を作ってピョンピョン跳ね回り、茶褐色の体を持つメスたちは、空中の下にある丸の直径よりも長い直線を描いている。 彼女たちの動きは、船底のようにゆっくりとしていて、行ったりきたりしていた。 背景には、夜の主役となる大きな月と満天に輝く星たちがあり、盆踊りには最高の舞台だろう。 「早く始めろってんだよ。 さっさと終わらせてぇのに」 「あ~、あいつらの動作、トロいからなぁ~」 「あんたが言うことじゃないでしょうが、それは」 「ひどい~」 などと言っている間に、どうやら待ちに待った動作をするようだ。
モロモロモロモロ、モロモロモロモロ。
モーロモーロモーロモーロ、モーロモーロモーロモーロ。
と、下と上でそれぞれ踊っている ―― ように思われる光景。 実際のことは、モロモロたちにしかわからないが。 これは、妖怪たちが住む世界でのみ行われる彼らの性殖行動である。 何故このようにして踊るのかは知られていないが、おそらく、互いの存在を認識し合って子孫を残しやすくするためとは聞く。 はっきりしていることは、メスが空を飛んでいるのは霊子の影響よって、ということだ。 ここは人間世界に比べて、それらの流れや量が多い。 彼らも生物であるので、どうしても影響してしまうのだろう。 多少体が大きいのは、自然に近い環境が原因だと思うが。 約半刻ぐらいたっただろうか。 ようやく踊り終えた彼らは、休む暇なく次の段階へと進む。 その後、掛け声的に、モローッ!! という感じで、オスがメスのほうへと飛びついて行く。 「っしゃあ! てめえら全員火あぶりにしてくれる!!」 「食料♪ 食料っ♪」 「はあ……。 加悧琳、あたしから離れないでね」 と、加濡洲は術で火を放ち、加阿羅は呪具でそれを生み出す。 加悧琳は姉のそばで長兄とは違う道具で彼らの補佐をし、伽糸粋はというと、弟に気を配りながら先人とは違う炎術 (えんじゅつ) で攻撃をする。 火はたまり場となった彼らに直撃をし、生臭いにおいが散漫した。 奴らの体から分泌している粘液を焼いたのだ。 せん滅組の行動は早く、炎が消え去る前に移した。 伽糸粋たちはそのままだが、やる気満々らしいふたりは自分たちの倍以上はあろうかという大きさの虫取り網を振り回す。 不思議なことに、飲み込まれていったモロモロたちは、落とし穴にはまったかのように消えていった。 これは、彼らの祖父である加具那が施した術であり、自動的に家へと送られるものなのだ。 しかし、奴等も黙ってやられるわけではなかった。 反撃とばかりに、かろうじて残った粘液と相手を威嚇 (いかく) する体液を放ちまくる。 受け側も、よけたり火で防いだりしているが、モロモロたちの数が数なのですべて無効にはできない。 物理的な傷はないが、精神攻撃にはもってこいのもので、異臭とネバネバを兼ねた厄介なものである。 「ああもう! まとわりつかないでってばーっ!!」 「ええい、大人しくかまぼこにでもなりやがれっ!!」 「もう汚い! 気持ち悪いっ!! いい加減にしてよっっ!!!」 と、ほかにも超絶的な悪口雑言を出す彼ら。 話すことのできない加悧琳に至っては、もう半泣き状態である。 そんなこんなの格闘は、毎度のことで妖怪たちに旗が上がった。 費やした時間は約4刻以上。 現代に直すと、約2時間は採集していたことになる。 「あらかた片付いたかなー」 「ゼィゼィ……。 た、多少は残しとかねぇと、いけないからな……。 壷もい、いっぱいなんじゃないのか?」 「もうイヤ。 さっさと水浴びしない?」 賛成! とばかりに、加悧琳も手を上げる。 相当勢いがよかったらしく、袖があっという間に下がってしまった。 「だね~。 じゃあ、荷物持って川に行こうか~」 と、呪具のかけらを集めながら提案をしあう加阿羅たち。 流れはいつもこうなるのだが、たまに問題が起こることもあるので、一応確認を取っているのだ。 ひと通りのごみ集めと確認を終えた彼らは、心躍らせながら川へと向かう。 この広場からは目と鼻の先なので、早く体を洗いたいのだろう。 目的地に着き、荷物を置いて、大事な着替えの荷をほどく。 しかし、その糸は頭の中でこんがらがってしまう。 「そう言えば、人間たちって男女別れて水浴びするんだっけ?」 「んーと。 水浴びは違うだろ。 風呂はそうだったと思うけどよ」 「そうだったっけ? まあいいわ。 あたしたちも習わないといけないから、あっちの曲がり角に行くね」 「わかった~。 じゃあ、上がったら広場にいてよ。 おれたちもそっちに行くから」 「わかったわ。 でも、人間って本当に面倒くさい生きものよねぇ」 「あははは、わかる~。 面倒くさいよね~」 「だな。 どっちでもいーじゃん、と思うんだけど」 彼らに続いて、こくこく、とうなずく加悧琳。 彼も、短いとはいえ人間とは触れ合っている。 おそらく、兄たちにも聞いていただろうが、本人も肌で感じたのだろう。 ある意味下手な怨霊たちよりも戦いにくい連中との戦に勝った彼らは、存分に体を癒した。
彼らに残ったのは、片付けである。 何事にも始めと終わりがあるように、モロモロを捕まえた後にも処分しなければならない。 とはいうが、彼らも人間と同様、 “やるなら楽しく” という考えがあるようだ。 「ごめん、加濡洲。 これ抑えててもらえるー?」 「はいはい。 これでいい? というか、私にもやることあんのよ」 「少しだけよー。 はーい、終わり~」 「ちょっとごめん! ふたりとも、身を丸めるの手伝ってくれるっ?」 「はいはーい」 と、ふたつに重なり響く少女の声。 しかし、よく聞くと、それは全部で3つ聞こえてくるようだ。 妖怪たちは、便利になった現代文明を否定しているわけではなく、ただ単に自然と共に生きる道を選んだ。 彼らが存在している意味も、それに含まれているからだ。 言いかたを変えると “昔の風習を重んじる” ということにもなる。 つまりは、こういうことだ。 「いやしかし、よく似合うのぅ。 さすがはワシの孫たちじゃな」 「ジジ! 男子厨房に入らずよ!?」 「まあそう言うな、伽糸粋。 近頃、その姿を見ることもなくなってしもうたからの」 「動きにくいから。 でも、私は女になっても髪サラサラだし美人だもの」 「性格はまんまだけどねー」 「だから、それはあんたが言うべきじゃないわよ。 口調も中身も全然変わらないじゃないの」 「え~、伽糸粋だって男の姿になったらそうじゃ~ん? あ、口調は少し変わるかなぁ」 「それ、どういう意味?」 「いえいえ~っ!! さ、さあ、早く作り上げないとねっ」 そんな話をしている途中、何かを混ぜていたらしい加悧琳が、モロモロ退治のときと同じ格好で現れた。 彼の場合は、まだ姿を変える術 ―― 変化の術が使えないので、そうしている。 彼が女の子になる日もあるのだろうか。
そんな特殊な環境になるのも、この時季独特の醍醐味なのかもしれない。
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