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落ち葉掃除 作者:弥月未知夜 本田はくさくさとした気持ちで、朝からずっとほうきを相棒にしていた。 空には鰯雲。朝から少々肌寒かったが、日が昇るにつれて暖かくなってきている。だからといって気分が上向くかと問われれば否だった。 なんでここに敦子ちゃんがいないかなー。 それを口にしないだけの分別くらい、さすがの本田も持っている。心の中では何度も何度も呟いたが。 場所は市役所も近い、中央公園の一角である。ちょうど諸諸城の金モロが斜めに見える位置だが、少し遠めだ。一日、つまり始業時間から就業時間まで、みっちり落ち葉を掃き続けるのが今日の本田の仕事なのだった。中央公園は緑が多く、秋となると落ち葉が多い。一日掃除したところで翌日には元に戻っているのは間違いないのに、秋の一日そこを掃除するのはいつから続くのか知らないが観光部の恒例行事だとのことだった。 誰が考え実行に移したのか知らないが、先人も無駄なことを考えると思う。上の人はちっとも現場のことをわかっちゃいないのだ。掃いても掃いても落ちてくる葉っぱに本田はうんざりし続けていた。それでも手を止めないのはお目付役とばかりにいる上司の存在だ。 蓮川は先ほどから黙々と手を動かしている。常から冷静沈着な上司は通常業務では頼りになる存在だが、一日中落ち葉掃除の相方としては不適である。なにしろ、軽い冗談の一つも飛ばせない。単調な作業な上に相方がこうでは何一つとして救いがなかった。 今日の噂を初めて聞いた時から本田は春林と一緒になれないかと密かに期待していたので、余計に強面の上司が一緒である事実に救いを見いだせない。分担表によると春林は近くにいるはずなのだが、足をのばすことさえできない。そんなことをした日には蓮川の檄が飛ぶだろう。お怒りを受けるのは遠慮被りたい。そう遠くないうちにボーナスの時期だ。こんなことで評価が下がるのはさすがの本田も嫌だった。クリスマス前くらいに欲しいゲームが出るので余計に。 それにしても永久に終わらない仕事だった。次から次に鮮やかに色を染めた葉っぱが散ってくる。子供の頃から乾燥した落ち葉を踏みしめて音鳴らせることが好きな本田だったが、掃除するとなるとそんなことはできない。踏んでしまえば粉々になるし、そうすると手間が倍増する。 だから気をつけていても動くたびに足下でかさりと音が鳴るので、うんざりだった。「絶対終わらないと思うんですけどー。なんで延々と掃除し続けないとならんのですかー」 蓮川の手前、ずっと真面目に掃除していた本田だが二時間もすると愚痴の一つも言いたくなる。間延びしたその声に蓮川は眉間にしわ寄せた。「市内の美化作業の一つだ」「その辺は――えーと、生活環境部の役目じゃないかと思うんですけども」「観光シーズンの到来前に観光部の人間が観光スポットの状況を知っておくべきだろう。たとえ一日だけでもな」「あー、それはそう――なのかな」 何となく言い含められて、本田は沈黙した。「でも課長。掃いても掃いても掃除が終わらない事実を知ったところでどうにもならない気がするんですけど」 しばらく手を動かし続けて、本田はふと気付いた。言われた蓮川はうんざりと顔をしかめて手を止めた。「普段は他の人がきれいにしてくれているんだ。その事実をかみしめることに意味はあるだろう」「でも」「くどい」 一言の元に切り捨てられ、本田は再び沈黙した。 それにしても実りの季節だと言うのに何一つ収穫のない単調な作業だった。割り当てられたのはそう広くないエリアだというのに、一カ所がきれいになったと思いきや別のところを掃いているうちにしばらくすると掃除したのだかどうだかわからないほど葉が落ちてくる。 多少はきれいになっている――と思いたい――のだがそう見えない。もう少しはっきり掃除の成果が見えれば本田だってもうちょっとやる気になるのだが、相方が上司の上、成果が見えないとなれば集中力は下がって行くばかりだ。 敦子ちゃん、ここに来ないかなー。 手だけは動かしながら近くにいる春林を夢想する。劇的な早さで掃除を終えた春林が手伝いにやってくる……悪くないと思える筋書きだったが、彼女がいるエリアが本田の担当箇所と同じように成果の見えないことは間違いないだろう。考えれば考えるだけ現実が虚しくなった。 「そういえばー」「まだ何かあるのか?」「こういう筋書きの話がありましたよ」「は?」 呆れが混じる蓮川に向けて、本田は気にせずに話し続ける。「諸諸城の何代めかの殿様に仕えていた使用人の一人が――っつってもお侍じゃなくって小間使いだかなんだかの。えーと、女中さん?」「聞かれてもしらんが」「まあその女中さんがですね、殿様の大事にしてる何か――いろいろ説はあるんだけど、ツボだか皿だかを落として割ったかなんかしたんですよ。そしたら殿様がえらい剣幕で怒って」 「見てきたように語るな、お前」「うわははは」「いやまあいいが、それで?」 蓮川も多少は掃除に飽いていたのか、呆れ顔であるものの本田の話に乗ってくる。これ幸いと本田は勢いづいた。「罰として庭掃除を命じたらしいです。女中さんはほうきを手に延々と庭を掃除したそうですけど、ちょうど秋頃だったらしくて、一人の手じゃ掃除が終わらないわけですよ。来る日も来る日も一人庭を掃き続ける女中さんはそのうち疲れ果てて病気かなんかになって死んでしまったそうです。それからというもの秋に殿様が庭を愛でようとするたびにその女中の亡霊が現れて……って、課長、最後まで聞いて下さいよー」 「秋が終わって冬になれば掃除も落ち着くだろ。そんな話ありえん」「課長は不思議に対する萌えが足りないと思います!」「しかもその話は不思議じゃなく怪談のたぐいだろうが」「っく。ここからがいい展開なのに! 女中の恋仲だった侍が彼女の亡霊の前で切腹して二人で天に召されそこから――」「おまえの語りじゃ仮に美談も冗談になる」「うわひど! 課長ひどい!」「黙って手を動かせ」「あーい」 命じられた本田は仕方なく掃除に集中することにする。 その日の本田の収穫は、鮮やかに散る落ち葉を見ながら昼の弁当を春林と共に――もちろん二人きりでなく、他の部のメンバーも一緒に――食べることが出来たことただ一つきりだった。感想BBSへ
落ち葉掃除 作者:弥月未知夜
本田はくさくさとした気持ちで、朝からずっとほうきを相棒にしていた。 空には鰯雲。朝から少々肌寒かったが、日が昇るにつれて暖かくなってきている。だからといって気分が上向くかと問われれば否だった。 なんでここに敦子ちゃんがいないかなー。 それを口にしないだけの分別くらい、さすがの本田も持っている。心の中では何度も何度も呟いたが。 場所は市役所も近い、中央公園の一角である。ちょうど諸諸城の金モロが斜めに見える位置だが、少し遠めだ。一日、つまり始業時間から就業時間まで、みっちり落ち葉を掃き続けるのが今日の本田の仕事なのだった。中央公園は緑が多く、秋となると落ち葉が多い。一日掃除したところで翌日には元に戻っているのは間違いないのに、秋の一日そこを掃除するのはいつから続くのか知らないが観光部の恒例行事だとのことだった。 誰が考え実行に移したのか知らないが、先人も無駄なことを考えると思う。上の人はちっとも現場のことをわかっちゃいないのだ。掃いても掃いても落ちてくる葉っぱに本田はうんざりし続けていた。それでも手を止めないのはお目付役とばかりにいる上司の存在だ。 蓮川は先ほどから黙々と手を動かしている。常から冷静沈着な上司は通常業務では頼りになる存在だが、一日中落ち葉掃除の相方としては不適である。なにしろ、軽い冗談の一つも飛ばせない。単調な作業な上に相方がこうでは何一つとして救いがなかった。 今日の噂を初めて聞いた時から本田は春林と一緒になれないかと密かに期待していたので、余計に強面の上司が一緒である事実に救いを見いだせない。分担表によると春林は近くにいるはずなのだが、足をのばすことさえできない。そんなことをした日には蓮川の檄が飛ぶだろう。お怒りを受けるのは遠慮被りたい。そう遠くないうちにボーナスの時期だ。こんなことで評価が下がるのはさすがの本田も嫌だった。クリスマス前くらいに欲しいゲームが出るので余計に。 それにしても永久に終わらない仕事だった。次から次に鮮やかに色を染めた葉っぱが散ってくる。子供の頃から乾燥した落ち葉を踏みしめて音鳴らせることが好きな本田だったが、掃除するとなるとそんなことはできない。踏んでしまえば粉々になるし、そうすると手間が倍増する。 だから気をつけていても動くたびに足下でかさりと音が鳴るので、うんざりだった。「絶対終わらないと思うんですけどー。なんで延々と掃除し続けないとならんのですかー」 蓮川の手前、ずっと真面目に掃除していた本田だが二時間もすると愚痴の一つも言いたくなる。間延びしたその声に蓮川は眉間にしわ寄せた。「市内の美化作業の一つだ」「その辺は――えーと、生活環境部の役目じゃないかと思うんですけども」「観光シーズンの到来前に観光部の人間が観光スポットの状況を知っておくべきだろう。たとえ一日だけでもな」「あー、それはそう――なのかな」 何となく言い含められて、本田は沈黙した。「でも課長。掃いても掃いても掃除が終わらない事実を知ったところでどうにもならない気がするんですけど」 しばらく手を動かし続けて、本田はふと気付いた。言われた蓮川はうんざりと顔をしかめて手を止めた。「普段は他の人がきれいにしてくれているんだ。その事実をかみしめることに意味はあるだろう」「でも」「くどい」 一言の元に切り捨てられ、本田は再び沈黙した。 それにしても実りの季節だと言うのに何一つ収穫のない単調な作業だった。割り当てられたのはそう広くないエリアだというのに、一カ所がきれいになったと思いきや別のところを掃いているうちにしばらくすると掃除したのだかどうだかわからないほど葉が落ちてくる。 多少はきれいになっている――と思いたい――のだがそう見えない。もう少しはっきり掃除の成果が見えれば本田だってもうちょっとやる気になるのだが、相方が上司の上、成果が見えないとなれば集中力は下がって行くばかりだ。 敦子ちゃん、ここに来ないかなー。 手だけは動かしながら近くにいる春林を夢想する。劇的な早さで掃除を終えた春林が手伝いにやってくる……悪くないと思える筋書きだったが、彼女がいるエリアが本田の担当箇所と同じように成果の見えないことは間違いないだろう。考えれば考えるだけ現実が虚しくなった。 「そういえばー」「まだ何かあるのか?」「こういう筋書きの話がありましたよ」「は?」 呆れが混じる蓮川に向けて、本田は気にせずに話し続ける。「諸諸城の何代めかの殿様に仕えていた使用人の一人が――っつってもお侍じゃなくって小間使いだかなんだかの。えーと、女中さん?」「聞かれてもしらんが」「まあその女中さんがですね、殿様の大事にしてる何か――いろいろ説はあるんだけど、ツボだか皿だかを落として割ったかなんかしたんですよ。そしたら殿様がえらい剣幕で怒って」 「見てきたように語るな、お前」「うわははは」「いやまあいいが、それで?」 蓮川も多少は掃除に飽いていたのか、呆れ顔であるものの本田の話に乗ってくる。これ幸いと本田は勢いづいた。「罰として庭掃除を命じたらしいです。女中さんはほうきを手に延々と庭を掃除したそうですけど、ちょうど秋頃だったらしくて、一人の手じゃ掃除が終わらないわけですよ。来る日も来る日も一人庭を掃き続ける女中さんはそのうち疲れ果てて病気かなんかになって死んでしまったそうです。それからというもの秋に殿様が庭を愛でようとするたびにその女中の亡霊が現れて……って、課長、最後まで聞いて下さいよー」 「秋が終わって冬になれば掃除も落ち着くだろ。そんな話ありえん」「課長は不思議に対する萌えが足りないと思います!」「しかもその話は不思議じゃなく怪談のたぐいだろうが」「っく。ここからがいい展開なのに! 女中の恋仲だった侍が彼女の亡霊の前で切腹して二人で天に召されそこから――」「おまえの語りじゃ仮に美談も冗談になる」「うわひど! 課長ひどい!」「黙って手を動かせ」「あーい」 命じられた本田は仕方なく掃除に集中することにする。 その日の本田の収穫は、鮮やかに散る落ち葉を見ながら昼の弁当を春林と共に――もちろん二人きりでなく、他の部のメンバーも一緒に――食べることが出来たことただ一つきりだった。
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