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地底人は山芋の夢を見るか?
春も間近に迫った二月二十四日。南からの暖かな風が吹き込み、爽やかに晴れ上がったその日、南区の中でもさらに南にある塩沢山の麓、民家もまばらな山道を登る人影が三つあった。 「ねえ、本当なんでしょうねえ?その話。えっと、チテージン?だっけ?」 先頭を行くのは織手加奈子。ジーパンにセーター、そしてナップザックという、どこからどう見てもハイキングに来た女子高生という出で立ちだ。「もちろん!確かな情報よ!なんたって、アトランチスに載ってたんだから!」 それに声を弾ませながら答えたのは摩周清美。彼女はと言えばジーパンにダウンのベスト、背中にバッグを背負い、手には先端に巨大な網の付いた長柄の棒。「その情報源のアトランチスってのが、信用ならないんじゃなくて?ねえ、加奈子」 一番後ろを歩くのは外谷亜紀。他の二人よりもおっとりとした口調だが・・・「ねえ、亜紀ぃ。そう言う割にはあんたもかなり本格的な格好してるんだけど。それってどうなの?」 亜紀はゴム長靴にゴム手袋、そして白衣を着流すと言う、およそ女子高生とは思えぬ出で立ちだ。「あら、これが科学者たるものの正装よ。あのキリコ様も愛用してるんだから」「まーたキリコ様ね。あんた本当に好きよねえ。あのマッドサイエンティスト」「科学を志す者の、憧れよ!」 なんだか亜紀の目がキラキラ輝いているが、清美も加奈子も見て見ぬふり。 この三人、同じ霧生ヶ谷市立南高校に通う一年生で、しかも同じ近代科学部という部に所属している仲良し三人組だ。その三人組が今日、ここへやって来た理由と言うのが・・・ 「で、どこらへんにいるわけ?そのぉ、チテージン?」「地底人よ。待って、今、アトランチスを出すね」 清美は手にした大きな網を加奈子に渡すとバッグを下ろして雑誌を引っ張り出した。アトランチスとはUMAやら宇宙人やらオカルト関係の情報を専門に扱う月刊誌で、オカルトマニアの大切な情報源となっている。もちろん、清美は年間購読契約をするほどの熱の入れようだ。 「えーと、あったわ。この記事よ。霧の郷に地底人現る!」 すかさず加奈子がそれを取り返して読み始める。「霧の郷に地底人現る。霧生ヶ谷市に住む安里昭三さん(仮名)は、先月の終わり頃、地元の塩沢山の麓の山道で、全身毛むくじゃらの人型の生き物を目撃した。その生き物は安里さん(仮名)に気がつくと慌てた様子で地面に開いた穴の中に飛び込み、姿を消した。この霧生ヶ谷一帯では戦前からたびたび地底人が目撃されており、今回の発見が地底人研究の一助となることは間違いない。と・・・」 「あれ?この目撃者の名前って・・・」「そんな事より!これってかなり信憑性があると思わない!?第一、UMAの目撃情報ってネス湖とか、ヒマラヤとか、遠いところばっかりじゃない。せっかく地元で目撃されたんだから、ただ続報を待ってるなんて出来ないわよ!」清美が一気に捲くし立てるので、亜紀も加奈子もあっけに取られてしまった。 「わかったわかった。探しますよぉ地底人。おーい、地底人どこだー?」 加奈子がなんだかわざとらしく辺りを探し始めた。亜紀も「はいはい」と溜息混じりに藪の中へと歩を進める。清美も網を握り締めながら藪の中へと進みだした。 と、山道からすこし藪に分け入ったところで亜紀が声を上げた。「見て見て!二人とも!発見!発見よ!」「うそ!地底人!?」「やったじゃん!」 すぐさま他の二人も亜紀の下へと走り寄るが、彼女が得意げに見せたモノを見て首をかしげた。「それ何?」 亜紀が持っていたのは茶色に萎びた植物の細い蔓のようだった。「これはね、山芋の蔓よ。間違いなく、この下には山芋が埋まっているわ」「はあ。山芋ね。あたしらが探してるのは芋じゃなくて地底人なんだけどね」 あきれる加奈子だが、清美は目を光らせる。「もしかして、地底人も山芋を食べるのかしら?だとしたら、この辺りで山芋を掘っていたのかも!?」「大いにありうる話ね。ところで・・・この山芋、掘ってもいいかしら?」「は!?ここまで来て芋堀り?第一スコップも無いじゃない」「安心して、加奈子。準備万端よ」 亜紀は白衣の中から縦三十センチ、幅五センチほどの鉄板をするりと取り出すと、続けて三十センチほどの棒を次々と五本ほど引っ張り出し、それを次々にねじ込み、一メートルほどの棒に組み上げた。その先端に先ほどの鉄板を取り付けると・・・ 「じゃーん。携帯型芋掘り棒よ」「・・・・あんた本当に高校生?」「まあいいわ。加奈子、芋掘り清美はほっといてもっと何か無いか探すのよ」「え、まだやるの?」「当たり前でしょ!まだ何も物的証拠が見つかってないのよ!」「はいぃはい。やりゃいいんでしょうが」 加奈子は再び藪を払いながら辺りを伺った。が、肝心の清美は山道で網を握り締めてあっちへうろうろこっちへうろうろ。藪の中に入ろうとしない。「ちょっと、あんたが言い出したんだから、あんたもちゃんと探しなさいよ!」「ご、ごめん。でも、そのあたり、毛虫がいない?」「けむしい?こんな寒い時期に毛虫なんているわけないじゃない」「そ、そう。ならいいんだけど、私、イモムシとか毛虫が苦手で・・・」「ふーん。それでUMA探しなんてつとまらなそうだけどねえ」「それを言わないでよぉ」「ところであんた、阿藤先輩とはどうなったのよ?」「え!?」 突然そんなことを聞かれて清美は驚きを隠せなかった。実のところ清美は去年の初秋の頃、ある事件をきっかけに同じ部の先輩である阿藤浩二とメルアドを交換する仲になっていた。 「ちゃんと、バレンタインにはチョコレート渡したんでしょ?反応はどうだったわけ?」「それがねぇ。先輩ってあんまりそういうの興味無いみたいで」「え、それって、ガチホモってこと!?」「阿藤先輩はぁ、どっかこう、上を見てるっていうか・・・」「なるほどぉ。阿藤先輩は年上が好みか・・・」 加奈子がまったく見当違いなところで結論を出した時、急に清美が声を上げた。「みんな!すぐに来て!穴よ!穴があるわ!」「うそ!?ほんと!?」 すぐに他の二人も駆けつける。清美が指し示す藪の影に、たしかにぽっかりと穴が開いている。穴の口は直径30センチから50センチというところだろうか。「ねえねえ、あれってやっぱり地底人の穴かな?」「近づいて調べるわよ!」 三人は藪を押し分けて穴の入り口まで近づいてみた。穴は深さ80センチほどのところで埋まっていたので、地底の世界に繋がっているかどうかは分からない。「どうしよう。掘ってみる?」「うーん・・・地底の世界がどーんと広かったら、ここで少し掘ったくらいじゃどうにもならないわね。やっぱり地底人が出てきたところを捕まえるのがいいと思うの」 「本当はミミズが怖いんじゃないの?」 図星をつかれて清美は黙り込んでしまった。と、亜紀が穴の入り口付近を指差して小声で言う。「ねえ、見て。何かの毛よ」 見れば確かに茶色の毛が一つまみほど落ちている。「もしかして、地底人の毛!?凄い!大発見よ!」「すぐに採取するわね」 亜紀は白衣の内ポケットに手を突っ込むとシャーレとピンセットを引っ張り出した。「その白衣、一体どれだけの装備が入ってるわけ?」 加奈子が呆れるのも構わず、亜紀はその茶色の毛を慎重にピンセットでシャーレに移して蓋を閉めた。それを確認した清美は山道に戻ると「じゃ、二人とも、しばらくここを見張るわよ!」と声を挙げた。 「えー。まだやんのお?」「当たり前でしょ!」「じゃ・・・まずはお昼ご飯!」「しょうがないわね。じゃ、張り込みながらご飯食べよっか」「さんせーい!」 こうして三人は藪の中の穴をじろじろと睨みながら昼食を取り、午後も夕方近くまであたりを探索したが、結局それっきり何も発見できなかった。「あーぁ。今回はこの毛だけかぁ」と清美。「何か見つかっただけでも良かったんじゃないの?」加奈子は口に手を当ててあくびをしている。「それに、山芋も掘れたし♪」亜紀は当初の目的と全然違うところで満足しているらしい。夕日に照らされながら山道を下って行く三人。そのはるか後方の藪の中で、がさごそと何か毛むくじゃらのモノが動き、木々の間から三人を見つめてつぶやいた。 「ふう。やっと帰ったか。しばらく芋掘りはお預けだなぁ。こりゃ」 謎の存在がそうつぶやいたとたん、清美が突然後ろを振り向いたので謎の存在は思わずずっこけそうになってしまった。清美は夕日に照らされる山々を指差して叫んだ。 「地底人!次は必ず捕まえてやるからな!」 両脇の二人が「はいはい。わかったわかった。また来ようね」と、清美の両腕を掴んで再び歩き出した。
さて後日、三人があの日採取した「毛」を、近代科学部の新しい担当になった鳴阿遼二先生に見せてみたのだが・・・
「ああ。これはイノシシの毛だな。山芋でも掘って食べてたんじゃないか?」と、実に残念な結果に終わったことを付け加えておく。
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