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第1話 @ 作者 : 望月 霞
仕事でいう、おそらく転勤をいわれた。「君、明後日から霧生ヶ谷の高校ね」「はっ?」――いや~、参ったわ。意味不明なこといわれたからって、校長に「はっ?」はないわね。朝っぱらから呼び出されたものだから、何かと思ったけれど。あ、ごめんなさい。私、藜御 楓(あかざみ かえで)っていうの。都立玖珂(くが)高校に通う2年生よ。教室に戻った私は、クラスメートからのどよめきに歓迎された。「藜御さん! どうしたのっ」「委員長がつるるん直々お呼び出しなんて超めずらしい」「なになに!? カッコいい転校生でも入ってくるの!?」主に女子集団に囲まれたが、私も同じ性質を生まれ持っているので、気持ちはわからなくなかった。「霧生ヶ谷の高校に転校だって」「へっ? どーゆーこと?」「わからないけど。抗議したら、もう決定事項だって。わけわからないわ」両手を広げながらわざと肩を大きく上下する。あまりの理不尽さに、教室自体が呆れ返ってしまった。……まあ、一部はうれしそうだけど。とりあえずにらみつけて黙ってもらったあと、話を続ける。「向こうの高校を取りまとめてほしいだの何だって言われたのよ」「何それ? そんなもんそっちでやればいいのにね」まったくである。つるるん、ならず校長センセからは、君のクラスをまとめる力を買われてたんだ。我が校には痛手だが、君の将来の為でもある。ぜひ頑張ってきてほしい、と伝えられた。 余談だが、社会人の知り合いが、つい最近に似たようなことを告げられたらしい。「とにかく、準備があるから今日早退するわ。あとよろしくね」「いつ転校しちゃうの?」カバンに荷物を入れている最中に言われた言葉。私は普段どおりに返事をした。聞いた周囲は驚きの声と、職権乱用だー、だの何だのと騒ぎ、私は声に押し出されながら教室を後にした。家に帰ると、恒例行事が行われる。「お嬢! お帰りなすって。今日は早いですね」「ちょっとね。親父いる?」「へえ。兄貴は部屋にいまっせ」「そう、ありがとう」門をくぐり、その場にいた何人かが中腰になって出迎える。父親に気に入られている、成人したての男性に話しかけた後、そのまま自分の部屋へと向かった。荷物を放り投げ、父親の部屋へ向かう。いつまでも馴染めない葉巻の香りにむせながら、扉をたたいた。「誰だ、今忙しいん」「ごめんごめん、私なんだけど」超特急で開かれる扉。運よくかわすことができなかったら、今頃顔がはれてるかもしれない。「楓、どうしたんだこんな時間に!? 具合でも悪いのかっ」「いや、そうじゃないよ。実は今日学校から言われたことがあって」「言われてたこと? 何を言われたんだ」私は、校長センセに言われたことをそのまま伝える。徐々に親の顔面から赤い何かが出てきそうになり、「何だ偉そうに! 俺が話をつけてやる」「ちょっと待ってってば。親父が出てったら大問題になるからやめてよね」口から怒りの息もでないよう。『特殊な雰囲気』をまとった父親が外出するだけで騒ぎになるときもあるから、納得はしてくれたようだ。とはいえ、顔は仁王様もビックリなんだけど。「とにかく。急で悪いんだけどいろいろと準備するね。住まい何とかしないといけないし」「そんなものすぐに用意してやる。おい!」「へぇ」「娘に部屋を。オートロックつきの高層マンションだ」「ちょっと、どこにそんなところに一人暮らしする高校生がいんのよ!」「何言ってる、危ないだろう」「オートロックはともかく高層マンションは却下っ。せめてやるなら普通のにしてよ、普通のに!」太鼓ほどの釘を刺したあと、私は自分で探すと進言。親父はぶぅたれたが、そんなものは無視である。世間から浮きっぱなしになってしまうから。「向こうに知り合いがあるから聞いてみるよ」「うーむ、わ、わかった……」納得がいかないらしいが、こんなときは娘でよかったと思った。部屋に6個ほどのダンボールが住みつき、もうひとつ兄弟が増えそうなところに、母親からの呼び出しがあった。気がつくと、鼻と体が食欲に従って動いていく。席について今日の出来事を話しながら食事をしていると、唐突に、「オレも行くっ」と、弟が不意な発言をした。「行くって、どこに行くの」「霧生ヶ谷に決まってんじゃん! 何でねーちゃん1人で行くわけ!?」「いや、何であんたがついてくんのよ。そっちのほうが意味不明」「危ないじゃんっ」どこかの父親か、あんたは。「……あのね、学校はどうすんのよ。今年高校受験でしょーが」「適当なとこでいいじゃんか。オレ、どこだってなじめるし」「お金はどうすんのよ。あんたまだ中学生でしょ」「出世払い。」都合のいいこといってんじゃないよ、この馬鹿。「雪祥(ゆきひろ)、あなたは残りなさい。第一、どこに住む気なの」「え? ねーちゃんと同じ場所でいいじゃん。姉弟なんだし、問題ないでしょ」「あなたはなくても、世間にはあるのよ。楓1人で住むこと自体そうでしょう」「そんなこといったってさ。お袋、もしものことがあったらどーすんの? 助けにも行けない」「それは問題ないって。『私』だよ」「それはそれ、これはこれ。何が起こるかわかりゃしないんだから」「静かに食べないか」まるで岩が落ちてきたような声。弟、私はユキと呼んでいるが、黙ってしまった。夕食が終わって、デザートを食べていたとき。唐突に玄関が騒がしくなった。数分後、朝に私を出迎えた青年が駆け込んでくる。左側に吹っ飛んでいった障子は半分ほど元気に跳ね返り、息を切らした青年・哲(てつ)の姿があった。「何だ騒々しい」「す、すんません兄貴。変なガキ共が急に上がりこんできて」「変なガキ共? とっととつまみ出せ」「そ、それが、滅法強くて……」「あ? ガキ相手に何やってやがる!」「あいつら、何か喧嘩慣れというか、ころ」「おつとめごくろーさんっ」視界から哲が消える。横から蹴りがはいったらしい。……同時にヤな予感がした。直後、弟と同じぐらいの少年2人組が入ってくる。以前、とある場所で、妙な出会いをした人たち、だ。「楓! 久しぶりじゃねーか」「カヌちゃん!? 何でここにっ」「おー、ユキもいんのか」「ここ、オレん家よ」「そりゃそーだな、オトウトだし」「小僧共、礼儀ってモンを知らないようだな」炎の陽炎のごとく動く、しかし、紛れもなく毒々しい赤色の雰囲気を放つ父親。招いていない来客に向かい、ゆらゆらと近づいていく。カヌちゃん、と弟が呼んだ、セミロングを持つ男の子の顔が、上から影に包まれる。「ウチに殴り込みに来るとは命知らずなガキ共だ。ここをどこだと思ってる」「関東組最大勢力、藜御組4代目の家だろ?」ほお、ともらす父親。言葉はなかったが、即答した少年に興味を抱いたようだ。「で、何の用だ」「楓に挨拶しにきたのさ。明後日からこっちくるだろ」眉と目を近づかせながら振りむく父親に、私は左右に首を振った。たしかに伝えたけれど、今は夜の8時で、連絡取ったのは4時ぐらい。霧生ヶ谷から東京にくるには4時間以上はかかる。 勝気な表情の少年は、さらに口元をゆがめながら、「ちゃんと世話してやるって。オレたち、地元だからな」一歩前にでた父親の動きとほぼ同時に、のんきな声が耳を通る。うちはねのショートカットの少年が、いつのまにか、飾ってある日本刀の前にいた。何の迷いもなく手に取り、いとも簡単に抜き放つ彼。刀を表と裏にひっくり返しながら、なかなかだねぇ~、と話した。「何してんだお前。人んちのもの」「いいじゃ~ん、減るもんじゃないし~」勝気な少年の呆れ顔が、常に微笑んでいる少年に投げかける。前に遊びに行ったときに見た光景とまったく同じ口調だ。体から出している雰囲気を、除けば。「クモリひとつないねぇ。ま、最近はトビドーグが多いからなぁ~」「小僧きさ」「おやめなさい」と、母親。誰に何も言わせない勢いとともに、着物のすそを持ちながら、のんびり口調の少年に近づいた。彼は、にっこりと笑う。「別の部屋を用意します。そちらでいかがですか」「んー? 別にいいよ、お姉さん」ね、と、もう一人の少年に投げかける。ちょっと目を大きくした彼は、好きにしろ、とだけ口にした。「おい、どういう意味だ」「あなた、後でお話します。ここはわたくしにお任せください」「ふむ……」「ご安心を。わたくしはあなたの妻ですよ」絶対的な自信に満ちた大人の笑顔に、父親は下がるしかなかったらしい。めったに表情を変えない親父だが、やはり肉親にだけは違うようだ。入り口に歩いていく和服姿を見ていると、「哲さん、奥の部屋を用意して頂戴」「わかりやした」いつの間にか復活していた哲は、素直に言うことを聞く。20分後。私とユキ、母親、それに、お客人2人がそろった。「ねえちゃん、あのおっさんのこと、随分尻に引いてんだな」「ちょっ」「いいのよ、楓」勝気な少年は少しつまらなそうな表情になる。だが、すぐに、怪しい笑みをし、母親を見つめる。「どこの血筋だ?」「さあ、よくわからないわね」「それはないでしょ~。感づいてるみたいだし~」「本当に知らないのよ。ただ、本家が霧生ヶ谷にある、とだけは聞いたことあるわ」「ええっ。お袋、それガチでっ」私も弟と同じだ。「ええ。ほら、私って家出してるからよくわからないのよ」「あ、そうだったっけ……」笑いながら言うことでもないと思うが、勘当同然だとは聞いた。本人いわく、若さゆえ、だというが。一口お茶を飲んだ後、「娘をどうする気なの」「べっつに? ただ面白い奴だから?」「面白い? 霧生ヶ谷のことは聞いたことがあるわ。認めるわけにはいかないわね」「そうはいっても? 手続き終わっちまってるんじゃしょうがないだろ」「ちょっとー、それが趣旨が伝わらないんだけど~」「趣旨?」母親とお客人の会話。私たち姉弟は完全に置いてけぼりだ。「ごめんねー、こいつ悪戯好きでさ~。本当は楓ちゃんの力を貸してもらいたいんだよ~」「わ、私の?」「そーそー。お姉さん見て確信した。やぱり『血』みたいだからさ~」まったくもってわからない。彼らは、一体なにを考えている?「具体的には」「なぁに、ちょっと手伝ってほしいだけさ。『こっちの人』にしかできねぇことだからよ」「おれたちじゃ難しいことだけど、楓ちゃんならできるわけね~。だから~」「危険があるのでしょう」「そりゃあ~ちょっとは、ね。もちろん、身の保障はするよ。それが条件」「どういうことをさせる気なのかしら」「うーん、今は言えないなぁ。他言無用って指示だし~」何を思っているのか読めない笑顔に、母親はため息しかでなかったらしい。呆れにも似た表情で、「敵わないわねぇ。どうしましょうか」「どーするも何も決まっちまってるんだってば」「はいはい。楓、いいの?」ぼんやりとお茶を飲んでいたので、話が飲みこめなかった。母がいうには、霧生ヶ谷に行って彼らの手伝いをするらしい。ただし、肝心の中身はわからないままだが。わかるのは本人たちと、おそらく私だけ。私がわかるのは、以前、彼らの家に行ったことがあるからだ。「そうはいっても、拒否権ないでしょ」「ないねぇ~」「じゃあ、行くしかないんじゃない」「さっすか楓ちゃん。話がわかる~っ」少年時独特の、邪気のない笑顔で喜ぶショートカットの少年。わざとらしく見えないのがすごい。「カラちゃん、オレはオレは? オレも行くよっ」「ん? もちろん雪祥君も一緒だよ?」伝えてなかったっけー? と、とぼける彼。もうひとりの少年も、言ってなかったっけか? と口にしているので、本心からのようだった。「どういうことなの」「ねえちゃんならわかんだろ」違う意味で心外と話したそうな勝気な少年と母親。母親に限っては、故意に顔にしわをつくっていく。「いろいろなタイプがいてね、雪祥君じゃないと対応できないのもいるんだよ~」「他の人でもいいわよね」「その辺の奴じゃ面倒くせぇんだ。ユキなら運動神経いいし、やりやすいんだって。なっ、ユキ」もち! 運動神経もいいけど、顔もいいよっ、と悪ノリの弟。状況がわからず、性格のまま口走っている。結局、話がつかず1時間が過ぎようとしていた。「このままだと平行線だねぇ。楓ちゃんたち、ちょっとはずしてもらえる~?」「何でよ」『手荒なマネはしねぇよ。頑固なねえちゃんを説得するだけだ』頭の中に飛びこんできた声。勝気な少年のもので、目があった。もしかしたら、彼らにしかできない、独特の方法をとるのだろうか。しかし、その視線に嘘と嫌な雰囲気は感じられない。「わかったわよ。お母さん、私たち部屋にいってるね」「ええ。終わったら行くわ」「オレも?」「雪祥君もね~」彼は、複雑な表情で頭をかいた。だが、要領はよいほうなので、先に戻る、と、部屋をでた。30分後。自室で片づけをしていていると、扉をたたく音が聞こえた。扉を開けると、母親とお客人の2人の姿がある。母は子供に駄々をこねられたような表情をしており、お客人はしてやったり的な笑顔をしていた。「終わったの?」「困った人たちよ。こちらの都合なんてお構いなしね」「んま、オレたちだから仕方ねぇんじゃねーのっ」笑いながら言うことじゃないぞ、そこ。ショートカットの少年は、のほほんとした顔をしながら弟の部屋をノックする。私の部屋から左斜めにある扉から、弟は何事もなかったかのように頭をのぞかせた。ユキの表情が花咲いた様子を見ると、一緒に行くことになったようだ。弟に結果を伝え終わると、連れ立って母親の元へ。「お姉さん、彼女たちはおれたちが責任持つから安心ししてね~。妹ともうひとり弟いるしさ~」「今度連れてくるぜ。今日はこれなかったからな」「わかったわ。先程の条件、きちんとのんでもらうわよ。それでもこの子達に何かあったら」語尾にいくに連れて強くなっていった言葉。少しの沈黙の後、「そっちに任せる」彼らは不敵の面構えをしていた。結局、私と弟の雪祥は霧生ヶ谷に行くことになった。時間は明後日の夜である。父親は怒り狂いそうになっていたが、母親がいさめて事なき終えた。お客人が帰った後、弟がいう。「ねーちゃん、何持っていけばいーんだろ?」まったく考えずに、ほとんど全ての荷物をまとめてしまった私は、ひどく後悔した。 <<前のページ 次のページ>>
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