私が霧生ヶ谷にきた理由。それは、霧生ヶ谷に住む妖怪が仕掛けたことだった。といっても、やはり事情があるらしい。
私は、今日の行動をふりかえり、何を見てきたかを思いだす。
「何かといわれても。茶髪のウェイターとかいたわね。えっと、あとは」
「和服はいなかったか」
「いたいた。赤い目をした、殺気だってる人が……」
私は思いだすとゾッとしてしまった。反射的に自分を守るように抱きしめてしまう。
春夏冬君は、頭を抱えてため息をし、やっぱりな、とつぶやく。彼は、その出くわした和服姿の人について話をしたかったのだとか。
簡単な概要だけ伝えられる。
実は、今の霧生ヶ谷にはおかしな現象が起こっているらしい。怪異はいつものことだが、誰かが故意に物の怪でも一番力が弱いとされている怨鬼(おんき)をばらまいている、とのこと。しかも関わっているのが物の怪の類ではなく、何と人間が関わっているらしいのだ。友人たちは直接人間に手を出すわけにはいかず、人間で、かつ、物の怪の類が見える私の力が必要なったというわけである。
調べていくうちに、大体の犯人像はわかっていたが、隠れるのがうまく今まで姿がわからなかったらしい。しかし、人間である私が妖怪と一緒にいることで姿を現すのではないか、と踏んだのだ。
妖怪たちの考えは当たり今日になってようやく姿をあらわにしたのだという。
「勝手なのはわかってる。このままだと霧生ヶ谷そのものが大変なことになっちまうんだ」
「大変なことって、どんなことなの」
「霧生ヶ谷が魑魅魍魎(ちみもうりょう)、あーっと、化け物であふれちまうんだ」
「うっそ、そんなゲームの中での話じゃないんだから」
「ゲームじゃねぇからやばいんだよ。意味わかるだろ、んなモンが現代社会にでてきたら」
警察沙汰ですむとは思えない。下手したら自衛隊がでてくるか、最悪戦争みたいになるかもしれないのか。あげくの果てに、相手は拳銃のような物理が利くとは思えない化け物だ。どうなるかなんて、むしろ愚問だろう。
だからといって、一般人のひとりである私に、一体何をしろというのだろう。
「話はわかったけど、私に何かができるとは思えないんだけど」
「んなことねぇよ。戦いかたもちゃんと教えるからオレらと一緒に元凶をブッ倒してほしいんだ。もちろん危険だからオレらがお前らの身の安全を保障する条件でな」
「ちょっと、ユキは関係ないじゃないの!」
「いや、あいつにも手伝ってもらう。霊力がまったく使わねぇ相手でも、ユキなら対抗できっからよ」
「どういう意味よ」
「言葉どおりだ」
「……前にも聞いたかもしれないけど、そのレイリョクっていうのは何」
「第六感、というかスピリチュアル、というか。目にみえねぇモンだな」
「で、どんな相手なわけ。レイリョクが使えないってのは」
「平たく言えば人間だな。人間相手にやたらめったら術を使うと、最悪死んじまうかもしれねぇんだ」
「それで私が倒すの? その人間を」
「いや、シメるのはオレらだ。お前はお前が見聞きした情報を伝えてくれればいい」
なんだか面倒な話になってきた。つまり、私に物の怪を使っている人間のボスを倒すのを協力してほしい、ということ。私が見聞きする際、何者かが妨害する恐れがあるから、戦いかたも教えるっていっているのだろう。
だが、疑問も残る。なぜ、弟も巻きこまなければならないのか。
「ユキは関係ないわよね」
「さっきもいったが、ユキにも手伝ってもらう。お前じゃ対応しきれねぇことでも、ユキならできるからな」
「どういうこと」
「人間でもちったあ霊力を持ってるんだよ。それが、なんでか知らねぇがユキはこれっぽっちも持ってない」
彼いわく、レイリョクを持っていないとケッカイとやらが通用せず、相手のジュツによる防御が効かないのだとか。私が入れないところはユキに行かせる、ってことだろう。
完全にしてやられたものだ。転校やマンションの手続きをなどをすませてしまった以上、下手に動けないことを計算してのことだったのだろう。
私は思わず握り拳をつくる。まんまとハメられたあげくに弟まで危険な目に遭わせてしまうことになるなんて。
手のひらが熱くなるのを感じた。血液が右手に集中していくような感覚だ。
ふと春夏冬君のほうを見ると、彼は諸諸城を見ていた。頭上には、満月とその中心を行き来する鳥らしきものが目に映る。ゆったりと飛んでいる鳥だが、同じところを回っているようだった。
春夏冬君の視線が私に戻ると、ひと息ついたように酸素を吐きだした。
「でやがったな」
「何が」
「話した元凶のことだ。さっきまで諸諸城の中にいた」
「はっ? ここから見えるの」
「視力じゃなくて感覚だ。殺気だってたぜ」
冗談じゃない、そんな危険人物と関わらなきゃいけないのか、これから。
「常に誰かしらいるようにするさ。だから人間界での名前も伝えてある」
「それはありがたいけど。気がむかない」
「もう始まっちまってるから引き返せないぜ。引き返そうものなら姉弟そろってあの世行きかもな」
「何でそうなんのよっ」
「元凶は何かを憎んでる。特定の人物なのかどうなのかは知らねぇけどよ」
もしかしたら感情任せの腹いせに殺されるかもしれないってこと? それこそたまったもんじゃない。どのみち、転校が決まった時点で逃げられなかったみたいね。
うー、やっぱり拒否権がないんだわ、これ。
流されっぱなしの状況に、私はふっとうしそうなやかんそのものだが、受けざるを得ない。本当に命がかかっているのなら、力のある彼らに助けてもらったほうが物事がスムーズになるし、カタがつくのも早くなる。
それで、終わったらとっとと東京に帰ろう。
「了解、わかったわよ。で、どうすればいいの」
「サンキュ、助かるぜ。とりあえず普段どおりに生活してればいい」
「それだけ?」
「ああ。あとは流れ任せだな」
何てテキトーな。
「あ、お前、今テキトウだなって思っただろ。いいか、相手がシッポだすまで待たなきゃならねーのっ。こっちからは攻められねぇからな。お前なら何となくわかんだろ?」
確かにその通り。わかりたくもないが、私も東京では色々とやってきてるし。
「おっと、重要なこと忘れるとこだった」
そういうと、彼は、服のポケットからストラップらしきものを取りだした。何の変哲もない、強いていうなら天然石がついているその辺にありそうなものだ。
「オレの使いがこの石の中にいる。お前に何かあったとき、こいつが助けれくれるはずだ」
「はあ」
「以前一緒に行動したとき乗った狼を覚えてるか? そいつだ。オレらも四六時中一緒にいるわけじゃねぇからな」
「あ、ありがとう。ユキには」
「伽糸粋(カシス)をつけるつもりだ」
そして私には加濡洲(カヌス)君がつく、ってことか。
「お前には加阿羅(カーラ)もつくようになってる。狙われるのはお前のほうだろうからな」
「じゃあ、この『春夏冬』っていう苗字は」
「そ。人間界でオレらの名前だ。オレが『瞬』、加阿羅が『翔』、伽糸粋が『雅』だ」
「加悧琳(カリン)ちゃんは?」
「まだ決めてねぇ」
「あ、そうなの。ちなみに、苗字はどうやって決めたの」
「ネット検索」
テキトーすぎないか、それっ。
「細かいこと気にすんなって。いいじゃねぇかよ別に」
い、いいのか。本当にいいのか、それで。
いつのまにか、周囲が真っ暗になっていた。春夏冬 瞬、いや、加濡洲君は、私を家まで送るといい、私たちは家路についた。
新しい家にくると、大きなトラックが2台、止まっていた。ひとつは『ハットリ屋』と書いてあるトラックで、もうひとつには名前が書いていない。前者が家具屋さんで、ひとつはもうひとりの住民だろう。どうやら、同居人が着いたらしい。
「例の同居人、きたみたいだな」
「うん、夕方頃にメール入ってた」
「んじゃな、楓。さっきの話、頼んだぜ」
と、返事も聞かずそのまま反対方向へ体を回転させ、左手の甲をひらひらと振る。
そのまま雑踏にまぎれた彼の姿は、私たちと変わらない存在感を見せ、やがて視界からいなくなった。
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