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それぞれの1日 ― 加阿羅 (カーラ) 編 ―作者 : 望月 霞
目を開けると、ここは昔の日本のような場所だった。 ―― 一体どこなんだよ、ここ。 アタシをこ
んなワケのわかんねぇ場所に連れてきた奴、ちょいと表へ出ろっ!! そのツラを貸せっっ!!!
「あれ~? めっずらしいなぁ。 君、どこの子~?」
と、ものすっごいのんびり口調で話しかけてきた、今時和服を着ている男の子。ちょうどよかった、
この際年下でもかまわない。 ここはどこの田舎町なのかを聞こう。
「あっ、また幽体離脱とかしちゃった子なのかなー? 最近多いらしいんだよ~」
「そうそう、おれは加阿羅 (カーラ) って言うんだ~。 よろしくね~」
「はっ、えっ?? カ、カ?」
「だから、加阿羅だってば~」
「カーラ君?? 珍しい名前だね」
「そ、そうだけど……。 ところでさ、君いくつ? アタシのほうが年上だと思うんだけど」
うそこけ。 どこをどう見たって13か4ぐらいの子じゃないか。 背は標準より高いかもしれないけ
ど。 体もがっちりしてるし。
「あ、そうそう。 もうそろそろ夜明けだからさ~。 帰れるんなら帰ったほうがいいよ~。 ここ、物
騒だからさ~」
「いや、帰りかた教えて欲しいな。 気がついたらここにいたんだよ、アタシ」
「う~ん、それは困ったねぇ~。 おれじゃあどうしようもないよ~」
ちょっとカーラ君、大してそう思ってなさそーな口調で言うなよ。こっちゃぁ死活問題に近けぇんだっ
つーの!
「あっ、そうだ~!」
と、何かを思いついたような彼。特に何もしまっていなそうに見える日本刀の近くを、まるでストラッ
プを探すように手が動いている。 ―― ん? に、日本刀っ!?
「帰せはしないけど、しばらくおれの傍にいたほうがいいよ~。 これ飲んでもらえれば、体が縮む
からさ~」
「そうだよ~。 あ、大丈夫だって。 君を斬りつけたりはしないから~」
「当たり前だろーが! 大体、なんで君みたいな少年が持ってんだよ!? そんな物騒な
モン!!」
「は、はぁ……」
「あ~、安心してよ~。 おれと一緒にいれば大丈夫だから~! こう見えても、下手な奴より強い
んだよ~?」
ごめん、カーラ君。 信用しないわけじゃないけど、状況が状況だからさ……。 しかも、何を下手
な奴と言ってるのかもわかんねーし……。
「う~ん……。 わかった、君を信じるよ。 で、それを飲めばいいんだね?」
「ありがと~。 そうそうさっきも言ったけど、体が小さくなるから。 でも、おれと逸れることがなくな
るから大丈夫~」
ゴクン、と、女の人の小指ぐらいと思われる大きさのビンの中身を飲み干した後に、アタシはその
言葉を聞く。 え、な、何? 体が小さくなるって ―― !?
シュゥルルルル。 効果音的にはこんな感じだろうか。 ほんのり甘い謎の液体を言われたとおり
の動作を行ってなくした直後、彼がだんだんと大きくなっていった。 いや、その彼が、かがんでアタ
シを手のひらに乗せるように差し出す。 しゃがみこんだ、ってことは、アタシの視線が低くなったっ
てことで……!
「ごめんね~、おれこれから見回りをしなきゃなんなくてさ~」
と言いながら、手をゆっくりと動かし、近くにあった石の上へと移動。 彼はそのまま、アタシに1回
降りるように言う。 ちょ、ちょっと!
「安心してよ~。 ちゃんとジジの元に連れて行くから~」
と、話す彼。 うーん、どうやらこれから何処かに行かなければならねぇようだ。 まあ、仕方ないだ
ろう。 アタシのほうが予期せぬアクシデントだしな。
手ぶらになった彼が何をするのか見ていると、アタシがいる場所から少し離れたところに立った。
その後はゆっくりと目を閉じ、少し唇を動かしたかのようにも見受けられる。 すると、不思議なこと
に、周りからそよ風が起こり、カーラ君を包み込んでいく。 覆った風たちは、だんだんと勢いを増
し、しまいには一時的に強い台風のような感じになった。 しかし、やみ終わった後にはその中心に
いるはずの人はいなく、どういうことか老緑 (おいみどり)色の ―― カラス? だろうか。 そんな風
貌の鳥がいた。
“あ、おれだよ~、加阿羅だよ~。 飛びながら詳しいことを話すから、とりあえず乗って~”
“うん。 大丈夫、振り落としたりしないから~”
あー、えっと? ぶちぶち言ってもしょうがねーよな。 元々わけわかんねぇ場所なんだし。 あれ
か、長いものには巻かれろってことか。
いろんなところを徘徊しているうちに、ここはアタシたち人間が暮らしている世界ではなく、何と “妖
怪だけ” が住んでいる世界らしいことを聞いた! そして、やっぱりというか、時たま迷子になる人も
いるようで、大概は記憶を消して元の世界へと戻しているという。
“全部が全部じゃないんだけどね~。 利便上、表の世界って呼んでるんだけど、昔ながらの自然
が残っているところは少し紛らわしくて結界が張れないんだよ~”
“霊子の話をしたよね。 表世界で文明が発展してしまったところは、流れがひん曲がっちゃって
るんだ~。 逆に言うと、そこらは結界が張りやすいんだよ~”
“ん~、まあそんな感じかな~。 こちら側の策なんだけど、強制的に流れを変えて、お互いの世
界を干渉させないようにしてるんだよ~”
―― とまあ、こんな風に、簡単ではあるが色々と聞いている。 とはいうものの、アタシは別にこの
世界に住むわけじゃないので、軽い知識程度にとどめてあるが。 それは、カーラ君も無言で承知し
てくれてたらしい。
そうそう、今アタシたちが回っているところは、霧生ヶ谷市というところだ。 まあ正直、関東から出
たことのない自分には地名程度しか知らないけどな。 その場所の裏の世界であるところを今、見
回っている途中なんだと。
「そうなの? けっこー広いじゃん?」
“ああ、それはたぶん視界の問題なんじゃないかな~。 ほら、陸路より空路のほうが開けてるか
ら~”
「はぁ~、なるへそな」
ってことは、また後にも回るのか。 それはゴクロウ ―― と思っているところに、いきなしスピード
をあげ、どこかに向かって行くじゃねぇかっ!!
早く言えよ! そういうこたぁっ!!
体感速度を述べると、この体では、普通のジェットコースター以上の速さで平行線に飛んで行く気
がする。 文句をこれ以上の口調で言いたい考えもあるが、それは後ほどに回し必死にしがみつく。
そして極めつけ。 終着点に着いたのか、今度は、獲物を狙うがごとくの角度になりそのまま急降
下。 ひぃぃ、殺す気かよっ!?
“ごめんごめん。 結界はもう抜けたから、後は地に降り立つだけだよ~”
“あはは~。 もちろんだよ~”
何だかんだで、東の空にはひょっこりと太陽が顔を出していた。 ……実際、東西南北なんて、す
ぐにゃあわからねぇけど。
彼の言うとおり、速度が落ちたので、落下しない程度に地上へと目をやった。 何かの信号だろう
か、下からは何かに反射した光が見える。
“あ~、ジジの頭が見える~”
あれ頭なのかよっ!? うわっ、まぶしいっ……! って、言っていいのかな。 いや、本当によく
見えるんだけどよ……。 常識を考えて、内の中だけにしておこう。
そんな考えを持っていた最中に、どうやら地面へと向かっていたらしい。 アタシの視界には、大き
い翼が2枚入ってくる。
“こっちに迷い込んじゃったみたいなんだよ~。 ああ、そういえば君の名前聞いていなかったよ
ね~。 なんていうの?”
“楓ちゃんっていうんだ? そっか~。 それじゃあ、楓ちゃん。 ちょっと降りてもらえる~?”
おいこら。 個人的には別にいいんだけどよ。 ハナっから年上を “ちゃん” 付けで呼ぶ奴がある
か。 しかも、またマイペースにさっきと同じ要領でまた人間に戻りやがったし。
「ふぅん……。 まあ、あらかたのことは俺の能力でわかったけど」
「そうしたんだが、俺も忙しいんだ」
と話しながら、お互い帯刀を抜き、なにやら構えている ―― って、アレ!? さっきじーさんがい
たのに何で若いにーちゃんがいるんだっ!?
「いいよ~。 大丈夫~」
「りょうかーい」
「安心しろよ、楓ちゃん。 ちゃんと後で加阿羅に説明させるから」
と言われてしまう。 あんの赤毛ヤロウ、何をどう解釈すれば安心できんだっ!! もう少し納得で
きる言葉を紡ぎやがれっ!!
だが、そう思うもむなしく、奴らは剣の修行と言い表せる行動を、数時間以上にわたって繰り広げ
るのだった。
今の時間、お天道様がよい具合に真上にいる時刻だ。 ということは、昼時に当たるだろう。 そ
の刻限になってようやく、彼らの斬り結びが終わりを告げた。
ちなみにアタシはというと。 カーラ君が張った結果とやらの中に、ずっと身を潜めていた状態で
ある。
「そー? 特に何もないけどなぁ~」
「ジジ、もしかして不機嫌だったりするー?」
「そー? ―― んじゃ、また後でね~」
と呼ばれ、少し飛んでいた意識を元に戻した。 ずっと座っていたわけじゃあなかったんだが、真
剣同士の訓練なんて見れるもんじゃない。 あまりに物珍しく、見入っちまったのだ。
「腹減ってないか? 大丈夫だとは思うが、もし何か食べたくなったらいつでも加阿羅をこき使って
いいから」
フッ、と、言い終わるとほぼ同時に姿を消す。 あ、あれ、一体どうなってんだ??
「はっ? ジュツ?? 陰陽術とかいうのか?」
「うーん、似たようなものだけど違う~。 そうだねぇ、君たちの世界でいう 『魔法』 でいいんじゃな
いかな~。 ちゃんと理にかなった魔法~」
いや、魔法も存在してねぇから。 きっとゲームやる奴じゃないとわからねーから、それ。
……えーと? ここの環境から見て、おそらく十二支で時間を言ってんだな。 ね、うし、とら、う、
たつ、み、うま、だから、大体12時か13時のどちらかだな。 場所や歴史によって多少ずれるが、
どちらかは間違いないだろう。
「始めからそう言ってくんないっ?」
一生懸命考えたのに。 まあいいだろう。
だが、彼は今しがた修行を終えたばかりだ。 あまり疲れさせてもかわいそうなので、軽く世間話
まがいをした後はほとんど口を開かないようにした。 また後で色々と聞かせてもらうけどな。
会話が途切れた後は、軽く昼寝でもしていたのだろうか。 いささか元気を取り戻した様子のカー
ラ君は、再び鳥になり、視察を始めた。 もち、アタシも同行している。
“でもさ~。 この地方に住んでないのに、よくこっちにこれたよね~”
“あはは~、だよね~。 うーん、でも何でだろう? 特に霊力が高いわけでもなにのなぁ~。 環
境破壊が問題なのかな~”
“簡単に言えば、術を使うために必要な力のことだよ~”
と、他愛もな ―― くはない会話をしているうちに、他の小鳥たちが一緒に並びだした。 うわ~、
不思議な光景だよ……。
「げっ!?」
だが、さすがは慣れているな、と賛辞を送るべきだろう。 彼は即座に攻撃をし、あっという間に撃
破したようだった。 こちとら、何が起こったのかまったくわからない。
“ん~、怨鬼 (おんき) っていう最下位クラスの物の怪だよ~。 たいしたことないよ~”
“ううん、あれはただの鳥だよ~。 姿が見えない、小人に小さな羽根がはえた奴なんだ~”
“あははは~、そりゃまあね~”
た、確かその怨鬼から怨霊、それに妖怪の順で強くなるんだったっけな。 つーことは、のほほん
とした顔を持つカーラ君、実はけっこう強かったりするんだよなぁ。 人は見かけによらねーな、やっ
ぱり。
「ちなみに今どうやって倒したんだ?」
“そうだねぇ~。 その怨鬼、小蝶蘭 (こちょうらん) って言うんだけど、そいつに翼に力を送って
強化したのを当てたんだよ~”
一度軽い災難に遭いはしたが、それ以降は別になんてこともなく今に至っている。 現在の時刻
は、大体おやつを食って休んでいる時間帯だろう。 西らしき方角に、日が傾いてきていた。
“そうだ~、昼時に兄妹がいるって言ったでしょ? これから顔合わせるから、紹介するよ~”
“そうだね~。 まあちょっと時間ないから、あまり詳しく話せないんだけどね~”
“そういう意味じゃないんだけどね~。 集まった後はすぐに実戦演習に入っちゃうし、人間のよう
な兄妹でもないって説明ができないってこと~”
“本当~? そう言ってくれるのはうれしいなぁ! あ、でも、ジジの前では言っちゃダメだよ~?”
“そうなんだけど~。 調子づいちゃってどうなるかわからないからさ~”
中級ぐらいの注意を受けながらも、彼が目指していた目的地へと着いたようだ。 今度は結界が
なかったのか、緩やかな傾斜を描きながら降りて行く。 そこには既に、カーラ君と同じぐらいの年頃
をした少女と少年、それと小学4年生ぐらいの男の子がいた。
“楓ちゃんっていうんだ~。 苗字は藜御だって~”
「それもだけどよ、どうして人間がここにいんだ」
“さあ~。 彼女もわからないんだって~”
と、兄妹同士の会話をしながら、アタシたちは元の姿に戻る。 だが、アタシの見た目にビビってし
まったのか、一番幼い弟君が姉である女の子の後ろに隠れてしまった。 うーん、まあ、子供にゃぁ
おっかないかもしれねぇな……。
「あー、大丈夫だよ加悧琳 (カリン) 。 この子、一見怖そうだけど、話すとそうでもな」
「い、痛いよ~! 何するの~っ」
「初対面の人に何てこと言うのよっ!! ああもう、すみません。 そんなことありませんから、気に
なさらないでください。 この子、ちょっと人見知りなところがあるだけなんです」
「あ、あ~いや、お構いなく……。 はい……」
と、カーラ君が妹さんの持っていた錫杖 (しゃくじょう) で殴られてしまった。 どうやら唯一の女の
子なだけに、相当しっかりしているらしい。
彼女と同じぐらいの背を持つ男の子はというと、慣れているのか、少々呆れ顔で見守っていた。
だが、気を取り直したのかアタシの視線に意識が向いたのか、こちらへと歩いてくる。
「何ともって、何を思えばいいんだ」
「んー、気持ち悪いとか不気味だとかか? 人間の感覚自体がわからねーから何とも言いようが
ないけどよ」
「別に? 人型をしているせいかな、そんな感慨はわかないな」
「ふぅん。 なら、これはどうよ?」
と言うやいなや、彼は目を瞑り、何かを呟きだした。 次の瞬間、男の子の周りに水蒸気らしきも
のが集まりだし一瞬にして水柱を形成する。 それが天空へと消え去ると、以前あったような現象が
起きた。 中心にいるはずの人物がまたいなくなっていたのだ。
“詳しいことはともかく、ちょいと下を見てみな”
と、どういう理由か突っかかってくる彼の言葉どおりにする。 すると、さっきまでいなかったはず
の、水色をしたカエルがいるじゃないか!
“加阿羅がカラスになれるように、オレはカエルの化身だ。 こいつらだって、それぞれの姿を持っ
てる。 それを見ても何とも思わねぇのかよ?”
……なるほど、どうやらアタシは試されているようだ。 もしかしたら、彼らの過去に辛い記憶があ
るのかもしれない。
「あんたらは妖怪なんだろ? なら目の前で他の姿になられても、なぁ~んとも思わねぇな! もう
何回も見てるし」
カラスだろ、じーさんが若いにーちゃんになったりとかだろ。 と、指折りをしながら付け加える。
この際、コチョーランとかいうのに襲われたことは却下しているが。
「ちょっと加濡洲 (カヌス) 、やめなさいよ。 失礼でしょ」
「やめなって、加濡洲。伽糸粋 (カシス) の言うとおりだよ。気を使ってくれたのはありがたいけど」
と、彼ら内の話が終わった後は、カヌス ―― だったかな。 そう呼ばれた男の子は、初めて見た
ときの姿に戻る。 ふてくされた表情だが、ある程度は納得したらしい。
そこに、まるで磨き石のように光沢を放つ、例のじーさんが現れた。 こ、この人、本当に唐突に
出てくんな……。
ふぉふぉふぉっ、と笑いながら、審判をした子に向かって皮肉を言いつのる。 自分でもわかって
いたのか、カヌス君は顔を真っ赤にしながら、じーさんをらみつけた。 ……そんな仕草が、ちょっと
可愛いと思ったりして。
「りょうか~い」
それからはというもの。 どっから出したのか、じーさんがでっかいヒュドラを出したり、何の拍子も
なく突風が起きたり、投げナイフが飛んでたり。 はたまた、炎がでたりヘビらしきものが出てきた
り……。
完全に理解不能な世界が、目の前で繰り広げられていた。
アタシにしてみれば、死闘とも取れる実演を済ませた後は、休憩を入れずに個人レッスンに入るよ
うだった。 これもジュツという技なのか、じーさんが4人に分裂し、しかもそれぞれ異なった風貌をし
ている。
とりあえず、アタシは一番長くいるカーラ君のを見ることにした。 彼につくじーさんの容姿は、先と
同じ若いにーちゃんである。
「わかった~」
と、本日の課題が決まったところで、早速準備に入ったようだ。 先生は目的のために動きがすば
しっこいと思われる巨大ネズミを出し、生徒は持っていた日本刀をにーちゃんのほうに投げ、丸腰の
状態になる。 その後は、ありもしないはずの帯刀部分に手をやり、何かを探り始めた。
「こいつを俺の攻撃から守るんだ。 動体視力もついて、お買い得だぞ」
との突っ込みをいれつつも、カーラ君はにーちゃんの言う通りに何かをとなえ、デカネズミにかけ
る。 それを確認したお師匠は、合図とばかりに動物の頭を軽くどついた。 すると、ネズミは驚いた
ようで辺りを走り始める。 まるで、自らを狙う狩猟から逃げるような感じだ。
次の瞬間、獲物を狙うハンターと化した先生は、自前の太刀を用いて追いかけ始めた。 その様
子を見た生徒は、いいつけどおりに弱者を、懐から出した道具らしきものと体術だろうか。 それら
を駆使して動物保護に当たる。
その繰り返しが、深夜近くまで繰り広げられていった。
個人授業が終わった後、カーラ君は3度目の見回りに体を動かした。 大体夕方前から今に至る
まで、間髪入れずに動き続けているのだ。 タフもいいところである。
“この時間は、特に気をつけないといけないんだよ~。 おれたちはそうでもないんだけど、下の
連中は動きが活発になるからさ~”
“そう~? ところで、疲れてない? ずっとこっちにいるけど~”
“そうか~。 まったく、ジジったら修行中に頼んでおいたのに。 ごめんね~”
「いや、まだ大丈夫だって。 ところで、カーラ君こそ疲れてないの? 何も食ってねぇし、寝てもな
いじゃないか」
“あ~、おれは平気だよ~。 基本的に妖怪って飲食しないし眠りもしないんだよ~”
“だって、人間と違って実体がないんだからそりゃそうでしょ~”
“そうだね~。 おれは弟たちと遊んだり、ジジと一緒にお茶をしたりが主かな~”
彼が言うには、大体午後11時に先ほどの個人レッスンが終わり、その後約4時間に渡ってこうし
て飛び続けているという。
でも、次の休み時間をそのように使うなんて……。 気のせいじゃないだろーが、ジジくさいな、こ
の子 ―――― ………。
“楓ちゃん? 大丈夫~?”
「――― ……」
気がつくと、自分の部屋だった。 何の変哲もない、普段どおりの部屋だ。
んー、まあいいか。 よくわからねぇけど、けっこう楽しかったしな。 きっと、子供が夢の世界に紛
れ込んだような感覚って、あんな感じなのだろう。
アタシ ―― いや、私は今日も学校へ行く。 もしかしたら、今日は何かあるかもしれないな。 別
にいつも通りでよいんだけど。
私は、こんな不思議な朝にしてくれた妖怪たちに対して、再び夢の中であるかも知れない彼らに対
して、何とも言いようのない感情を抱だきながらドアを開けたのだった。
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