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「ごめんなさぁい…」 素直に謝罪を述べる和服の少女。 さすがに現行犯を捕まり、栗の木にぐるぐる巻きに拘束された状態で、なお言い逃れしようとは思わないらしい。『しかし、こんな子供が犯人だったとは』 確かに外見は子供だが、あまり甘く見ない方がいい。 私はこの者らがどういった妖怪なのかは知らないが、外見の年齢など、怪異の実際の年齢や力を表すものではないのだから。 いぶかしむFに釘を刺しておく。 実際のところ、大抵の怪異は年齢によって人間のように身体的に成長するものではなく、力の強弱に関係してくるのみである。 そういう理屈で、外見が子供であろうが蛙であろうがモロモロであろうが、侮ってはいけないと師匠に教えられてきた。 とはいえこの怪異、内面的にも外面的にも文句なしに弱そうである。「まっ、失礼しちゃう。 これでも私、花も恥らう百八十歳。山一番の美雪女こと、ささめちゃんよ!」 …百八十才は若いのか? どうでもいいが、その体勢で言ったところであらゆる意味において微妙なのだが。「雪女というと、あの昔話によく出てくる、あの?」『日本における雪の妖怪の代表格。話によって老婆か若い娘かが違っており、その性質にも差がある』「そう、美貌と美声と魅力に負けて戸を開けたバカな男共をカチンコチンに凍りつかせていく、妖怪・雪女とは私の一族のことなの!」 つまり、今すぐ消滅させた方が世の中のためということだな。 ベルトに仕込んである肉厚なナイフを躊躇なくやかましい女の首筋に突きつける。 冗談かは知らないが、私はケーキを目の前にして気が立っているのだ。 生皮剥がされて寒風に晒されるのが嫌なら、今すぐ栗の在り処を吐くがいい。「わー、早とちりしないで! えー、ほら、私達は改心したいい雪女なの!」「いい雪女…?」 色々と言いたいことはあるが、問答無用で処罰というのはさすがに目覚めが悪い。「…ヴェランドさん?」 わかった、話くらいは聞こう。「今思えば、それは二年と四ヵ月前のゲコカッパ三兄弟VSアレ事件から仕組まれていたことだったのよ…」 結論から言えば、話は結構な長さだった。 無駄な内容も多く事細かに書くときりがないため、肝心の部分だけ要約させていただく。 曰く。 彼女は元々、ここではなくその近くの山に住んでいた妖怪だったらしい。 だが、去年とてつもなく巨大で凶暴な妖怪がどこからか現れ、山に住む動物や妖怪を脅かしはじめた。 早々に逃げようとしたものの結局見つかり、妹を人質を取られてしまう。 やむをえず、この山の栗を集めてこいという命令に従って栗を集めていた、ということだ。 …絵に描いたような、不幸な話である。『それは、大変でしたね』 それほどの時間も経たない内に、彼女を見る目はすっかり別のものになっていた。「わかってもらえると思ってました! 人間も妖怪も関係なく、人はみんなわかりあえるんです!」 やけに調子がいい気もするが、無視してもいい程度の些細な違和感だろう。「具体的に、どういう妖怪なんですか?」 白瀬の質問に、一瞬目を背けて「…えと、一目でわかるわ! 山より高い背丈をした、凶悪な人相の巨人なの。腕を一振りするだけで林を丸坊主にできるくらいの力がある…その名も」 と。 ずしん、ずしんと唐突に地面が揺れた。 地震? いや、こうも規則的で連続的な地震などあろうはずがない。 これは、例えるならそう、巨大な何かが歩く振動のような。「あ…く、来る!」『来るとは、まさかその!?』 このタイミングで別のものが出てきたら、問答無用で張り倒してやる。 緊張に汗ばむ手で妙な決意をしながら、剣の柄を握りもう片手でルーンに指を添える。 何時何が起こっても対応できるように。 しかし。「え…?」 隣山の山頂を掴むようにかかった手の、桁外れな巨大さに。 そのような対応など何の役にも立たないことを悟らせられた。 指の一本だけで、優に百五十メートルを超えるだろう。 その全長たるや、千メートル級の山脈が腰までしか届いていない。『背が高すぎて雲がかかっています。これは、怪異?!』「だ、だだだ…だいだらぼっち!」 だいだらぼっち。 やけに安穏とした名前が気になるが、ともかく。 その馬鹿げた大きさは、ルーンの起源である北欧神話に描かれる古き巨人にも近しい。大きいというだけで、人間にとって遥かな隔たりを持つ絶対的な存在。 腕を振るまでもなく、虻蚊程度の障害にしかなり得ない私を排除する必要性すら感じないだろう。ただ歩いていくだけで、障害ごと踏み潰せるのだから。「ヴェランドさん…」 …大丈夫だ。 拭われもせず額を流れる冷たいものは、渇いた唇を伝う。 実際、巨人に対抗できるのはごく一握りの弩級魔術師だけだろう。たとえば私の師であるウルドや、いつぞや遭った得体の知れないアレクセイとかいう男のような。 私程度では役不足なのは分かっている。 だが、私は退かない。 下らない意地であろうが知った事か。 全ては弱き者を助くため。 私を私たらしめる信念を曲げて、そこに何が残るというのか。 腹を括り遥か上にある奴の顔を見据える。 それに気付いたのだろう。 そこで奴は歩みを止め、数秒周囲を見回した後にこちらを見下ろした。「おぅ、娘っこかーの?」 強靭にして極悪非道の怪異。 はるか上から落ちてきたのは、想像からは思いもよらない気の抜けた言葉だった。
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