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涼やかに爽やかに返してやんよ 作者:あずさ
2月にもなると、風の冷たさにももう慣れた。スカートをそんなに短くして寒くないのかと言われることもあるけれど、こちらからすれば上着を着ない男子の方がアホだと思う。よくあの薄い制服で外を歩けるもんだ。感覚が鈍っているんじゃないだろうか。もしくは男というものは総じて見栄っ張りなのか。 ――まあ、正直なところどうでもいい。「爽香っ! もう帰り?」「そうね」 声を掛けてきたクラスメート、鶴ヶ丘ひかりを見やる。彼女はいつも元気だ。同い年の自分が言うのもおかしいが、とにかく「若々しい」。「ひかりは今日、バイト?」「ううん、休みー。昨日はさすがのひかりサンも疲れてしまいましたよ」 へへ、と笑う。言葉とは裏腹に楽しそうな笑顔。 昨日?「……ああ、バレンタインね」「そうそう。やっぱりカップルのお客サマが多くって!」「…………」「なぁに、その疑わしそうな目?」「いーえ、別に」 ひかりはいわゆるメイド喫茶――まあ、言ってしまえば冥土喫茶狂気山脈でバイトをしている。うどん屋のはずなんだけどメインがうどんなのかパフェなのか分からない。むしろ双方が仲良くぶち込まれて出てくるんだから困る。ひかりは「案外イケるんだから!」なんて力説してくるけど私がそのメニューを口に入れたことはない。食べるなら別々で食べるわ、ひかりには悪いけど。正直、苺大福だって苺と大福、別々でいいと思うもの。 ともかく、そんな店にカップルが溢れているなんて世も末だと思う。「ていうか、彼女をメイド喫茶に連れて行く時点で男の神経を疑うべきよね」「えー、お嬢様ガタも私たちを見て可愛いって言ってくれたけど」「…………」 うん、まあ。ひかりは可愛い。それは認める。でも問題はそこじゃないでしょうに。「爽香もメイド服着てみれば、イイ線いくのになー。ね、うん、着てみようか!」「遠慮する」「ケチー!」 ――まあ、世が末だろうと何だろうとどうでもいい。カップルでも何でもない私がケチをつけることじゃない。狂気山脈が女の嫉妬で修羅場にならなかったのを喜ぶべきだ。その修羅場に友人が巻き込まれなかったことも。 ……でもやっぱり、狂気山脈はカップルで行くべき場所じゃないと思うんだけど。背景にモロウィンが映る可能性が高いんだからムードも何もない。BGMに「ひゃっほう」と野太くも甲高い声が入るのもいただけないような。 「あ、爽香。ケータイ替えた?」「目ざといわね。正解。アドレスは変えてないけど」「ふうん。何で?」「うーん。未だにケータイを買ってもらえない弟に見せびらかすためかしら」「爽真クンかわいそー」 ひかりがケラケラと笑う。それから私の携帯電話をてきとうに弄り出した。色が可愛いやら薄くて軽いやら、自分のもののように喜んでいる。 ひかりとは雑多な会話が多い。でも、それでいいと思う。例えば狂気山脈にモロウィンの団体客が入っただとか。そこの制服が可愛く変わっただとか。新メニューが追加されただとか。新入りの子はそれはそれは「萌える」らしいとか。 ……あら、何でこんなに会話がメイドまみれなんだろう。やっぱり少しは改めるべきか。「あ、ケータイといえば。懐かしい奴に会ったわ」「誰だれ?」「上木涼成」「上木……?」「同じ中学だった男子。1つ下ね。頭がプロレスラーみたいで中も外も何かと吹っ飛んでた奴」「すごい言いザマですねー爽香お嬢様?」 かわいそー、とちっとも哀情の感じられない声でひかりが笑う。でも事実なんだから仕方ないじゃない? 私には彼をフォローする義務なんてない。「……ってか、どの辺が『ケータイといえば』?」「ああ、電話番号を教えてもらったのよ。それからは別に連絡もしてないんだけど」「うーわー」「……なに」 ニヤニヤ笑っちゃって。可愛いとは思うけど脈絡的には不気味。「今度こそかわいそ。爽香様サマの下僕と化しますか」「失礼ね」「だって爽香、男に容赦ないし」「可愛い子が好きだもの」 だから女の子には、まあ、優しくする。そういうものじゃないの。 ちなみに爽真をコキ使うのは、奴が可愛いとか可愛くないとかの問題じゃない。弟だからだ。弟をコキ使えるのはお姉さまの特権よね。「それに爽香に男の影が!なんてビックリ!! ねね、どんな子どんな子っ?」「だから言ったでしょ。色々飛んでた奴」「分かんなーい!」 そんな、頬を膨らませられてもね。久しぶりに会ったんだし、そう詳しいところまでは分からない。中学の頃とは雰囲気も変わっていたからますます、だ。 ――そういえば、本当に分からないわねえ。前からなかなかどうして、読めない奴だとは思っていたけれど。「……ふむ」 私は1つ息をついて電話をかけた。ダイヤル音。1つ、2つ、3つ。出た。案外早い。『もしもし?』「今暇?」『……ふつー、まず名乗ったりするだろ』「ケータイなんだから分かるでしょ」『いや、登録したのは爽香、おまえだけだ。俺はそっちの番号を知らない』「あら涼成、そうだったかしら。でもあんた、私だってすぐに分かったんでしょ? それなら問題ないわ」『それでも例えば挨拶くら』「で、暇?」 数秒の沈黙。それからため息。 失礼な奴。『……暇だよ。で?』「そ。なら丁度いいわ。北高の校門の前に直行ね」『おい、ふつー「来てくれる?」とか尋ねるもんじゃ』「暇? って訊いたじゃない」『そこから何段か飛んだろ!』「飛ぶのは昔のあんたで十分よ」『失礼だな』「分かった分かった。『ありがとう』」『待て俺が行くのは前提ですかていうかやっぱり飛びすぎでせめて会話を成立さs』 会話終了。さて、涼成が来るまでどうしていようか。 クククと忍び笑いが聞こえた。見ると、ひかりが肩を震わせている。「相変わらずの話術というか強引さというか。何、デートでございますかっ? デートなら狂気山脈にいらっしゃいませー! ひかりちゃん、ご主人様のためにサービスしちゃうんだからっ♪」 「デートじゃないし遠慮したいコースね。ひかりのメイド服を見るのは楽しいけど」「ちぇ。じゃあどうして呼んだの?」「さあ」「え、何ソレっ」 ひかりが目を丸くする。それから「怪しいー」なんてキャーキャー騒ぎ始めて。私は肩をすくめておいた。 友人との会話、流れるような授業、変わる景色、久しぶりの出会い、突然の約束。 それらの多くは、意味なんてあってないようなものばかり。 まあ、だって、ほら。「意味は、自分で作り出すものよね」「そう、だから挑戦してみるべきですよ」「何に?」「メイド服!」「却下」
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