むかしむかしある水路に、おじいさんモロモロとおばあさんモロモロがおりました。しかし呼ぶには長いので、2匹は互いに「ジジモロ」「ババモロ」と呼び合っていました。
ある日、ジジモロは山へしばかれに、ババモロは川へ洗濯をしに行きました。
ババモロが自身の皮でごしごしと洗濯をしていたときのことです。どんぶらこ~、どんぶらこ~と大きな桃が水路を優雅に流れてきました。
どんぶらこ~、どんぶらこ~。
『おお、これはジジモロも喜ぶじゃろう』
ババモロは嬉々としてその桃を拾い上げようとし、
『あ』
あまりの大きさに、潰されてしまいました。
しかし、ババモロはめげません。根性で起き上がり、普段ジジモロをしばいている勢いを発揮し、何とか桃をゲットすることが出来ました。
家へ帰ってきたジジモロも大喜びです。呼吸困難に陥りそうだったことなど忘れたかのように跳ね回りました。それを見たババモロも嬉しくなり、ピチピチと2匹は喜びの舞を踊りました。
そうして2匹が早速包丁で桃を切ってみると、そこから元気なモロモロが飛び出してきました。
『これはきっと、金のモロモロ様がくださったに違いない』
子どものいなかった2匹は大喜びです。桃から生まれたので、「もももろう」と名づけました。しかしどうにも早口言葉のようなので、2匹はもももろうのことを「モロ」と呼ぶことにしました。
モロはすくすく育ち、やがて、水路にハマって動けなくなるほどまでに成長しました。
『ジジモロさん、ババモロさん。僕、苦しいよう』
『遠くの水路に鬼が出て暴れているらしい。モロや、ダイエットも兼ねて鬼退治に行ったらどうかね』
『うん、わかったよう』
ジジモロに言われ、モロは鬼退治に行く決心をしました。
『ああ、食べたくなるほどかわいいモロや。これを持っておいき』
ババモロがそっと袋を差し出しました。そこに入っていたのはモロ団子です。モロモロのすり身をベースとしたもので、ほっぺたが水路に転がり落ちてしまうほど美味しいと有名なのでした。
『ありがとう。行ってくるよう』
モロは何度も水路にハマりながらも、ズリズリと鬼退治へ出かけました。
どれだけ水路を這っていたことでしょうか。途中で大きな亀に会いました。亀は子どもたちにいじめられています。
『やーい、喋る変な亀~』
『ひっくり返してやるぞぉ』
亀は身動きも取れません。必死に説教をかましているようでした。しかし子どもたちはこれっぽっちも聞いてなんかいません。モロは勇気を振り絞って水路から跳ね上がりました。
『こらぁ! 亀をいじめるんじゃない!』
『うひゃあ!』
大きなモロを見て子どもたちも驚いたのでしょう。慌てて逃げ出しました。
『大丈夫ですかぁ?』
モロが声をかけると、亀はひっくり返ったままうなずきました。手足がバタバタしています。
『ああ、若いの、すまんのぅ。やれやれ。馬の耳に念仏じゃわい』
亀が馬の耳を語るのも不思議なものです。
『馬より亀の方が優れているということじゃの』
そうなんでしょうか。
『助けてくれたお礼じゃ。ついてきなさい』
モロはひっくり返ったままの亀につれられ、大きな宮殿へ迎えられることになりました。たくさんの魚や珊瑚できれいなところです。モロは初めて見る世界に胸がドキドキしました。そしてほんの少し、太った自分が惨めになりました。
『亀を助けてくださり、ありがとうございました』
宮殿で出迎えてくれた乙姫さまの、なんと美しいことでしょう。モロは火にあぶられるような気持ちで乙姫さまを眺めていました。
乙姫さまはモロにずい分優しくしてくれました。たっぷりのご馳走に、素敵な鯛やひらめの舞い踊り。ほら貝による演奏のなんと心地よいことか。
モロは嬉しくなって、お礼に、モロ団子をプレゼントすることにしました。
『まあ、ありがとう』
ほんのり頬を染めて、乙姫さまはそれをパクリといただきました。
『あっ……』
すると、なんということでしょう。乙姫さまは突然倒れてしまいました。魚たちも慌てて駆け寄ります。いえ、泳ぎ寄ります。
『毒団子だぞ!』
クラゲが痺れるほど大きな声で叫びました。
『毒団子だ』
『毒団子だ』
みんな大騒ぎです。非難の目が一斉にモロへ注がれました。モロの尾ひれが緊張にピンと跳ねます。
『でも大丈夫。キスをすれば目が覚めるよう』
モロは必死に言い訳をし、乙姫さまにキスをしました。すると、あら不思議。本当に乙姫さまは目を覚ましました。
『モロさん、ありがとう。あまりの美味しさにうっかり気を失ってしまったようです。けれどモロさんのおかげで助かりました。お礼にたくさんご馳走しましょう』
『いいえ、乙姫さま。気持ちは嬉しいですが、僕はこれから鬼退治に出かけなきゃならないんですよぅ』
無限ループは怖いので、モロはそう言い残し、宮殿を後にしました。
『それにこれ以上ここにいると、もっと太っちゃいそうだもんなぁ』
しばらく進むと、3匹の子ぶたが泳いでいるのが見えました。手にはたくさんの藁や木材、レンガを持っています。
『どうしたの?』
豚が水中にいるのも珍しいので話しかけてみると、3匹の子ぶたは各々、口を開きました。
『家を建てようと思うんだ』
『だけど悪いオオカミが僕たちを狙っていてね』
『色々考えたんだけど、水中に家を作ったらバレないんじゃないかと思って』
『『『どうだい、画期的だろう』』』
モロは素直にうなずきました。確かに豚が水中に家を建てるなんて前代未聞です。これならオオカミもきっと気づかないでしょう。
『あら、何か素敵なことがありそうね』
水面に顔を突っ込んで話しかけてきた声があり、モロと3匹の子ぶたは飛び跳ねました。
『ビックリさせてごめんなさい。驚かせるつもりはなかったの』
それは赤い頭巾をかぶった、かわいらしい女の子でした。
『やあ、赤頭巾ちゃん。僕らはこれから家を作るんだ。君はどこかにお出かけかい?』
『ええ、これからおばあさんの家でモロモロパーティなのよ。美味しいモロモロをたくさんご馳走してくれるの。ああ、我慢が出来なくてよだれが出ちゃう』
じゅるりと音を立てながら、赤頭巾ちゃんはかわいらしくよだれを頭巾で拭いました。モロは『君の方がふっくらしていてとても美味しそうだよ』と、精一杯に赤頭巾ちゃんを褒めてあげました。赤頭巾ちゃんも嬉しそうに笑います。
『道案内してあげよう』
長男ブタがそう言うと、次男ブタもうなずきました。
『それがいい。悪いオオカミに見つかると大変だからね』
次男ブタに続き、三男ブタもうなずきます。
『悪いオオカミ以上に悪いモロモロがいるかもしれないしね』
『こら三男、モロが悪いなんてひどいじゃないか』
『何だい長男、誰もモロが悪いなんて言ってないじゃないか』
『そうだそうだ、モロは太ってるだけだよ』
『太っててノロマなだけだよ』
『こら、間違っても間抜けそうな顔とか言うんじゃないぞ』
『言わないよ、そんなこと言われたら取り柄のないモロは泣いちゃうよ』
…………。
モロは、出来るだけ早くダイエットに成功しようと、うさぎ跳びで先に進むことにしました。
さて、頑張った甲斐がありました。モロはようやく鬼のいるところへ着いたのです。鬼は立派なお城を占拠していました。モロは這い登って中へ入ります。すぐに鬼を見つけることが出来ました。
『悪い鬼めぇ! 退治してやる!』
『わぁ! 痛い痛い! やめてくれぇ!』
モロは強い子、元気な子。モロビンタをかますと、鬼は悲鳴を上げて、すぐに逃げ出してしまいました。逃げる際、水路の隅に小指をぶつけていたようですからかなり慌てていたようです。
『待てぇ!』
モロは追いかけます。しかし、鬼の早いこと早いこと。どんどん階段を駆け下りていきます。
『あっ!』
鬼が声を上げました。しかしそれも一瞬。鬼は身を翻して逃げていきました。
一体どうしたのでしょう。追うのを一旦諦めたモロは、重い体を引きずって鬼のいたところを見ました。するとそこには、ガラスの金棒が落ちていたのでした。
モロはガラスの金棒を頼りに鬼を探し出しました。見つけられた鬼は、観念したように大人しくしています。それからさめざめと泣き出しました。
『実はひとりで寂しかったんだ。それにもうすぐ時間切れで、おいら、月に帰らなきゃいけないんだよぅ』
『鬼さん……』
鬼の涙にモロは心を打たれました。モロは鬼に金棒をそっと返します。受け取った鬼に、モロは精一杯のえら呼吸を見せ付けました。
『君はもう、ひとりじゃないよぅ』
『モロ……』
『こんな僕と一緒じゃ、君が恥ずかしいかもしれないけど……』
『そんなことないよ! モロはモロじゃないか。モロはそのままでも十分強くて素敵だよ』
『ありがとう』
鬼の嬉しい言葉に、モロは背びれがピクピクしました。
こうして月に帰らなければならないという鬼を説得し、さらには迎えに来た月の使者を激戦の果てに追い返し、モロと鬼は仲良く暮らすことになりました。
めでたし、めでたし。
「……なに、それ」
問いかけると、弟――日向大樹はきょとんと首を傾げた。手に持っていた紙の束を見つめ、にへらと笑う。
「紙芝居?」
「こんな無茶苦茶な紙芝居があってたまるかっ」
すぱぁん、と小気味良い音が部屋に響き渡る。次いで短い悲鳴。
春樹は深々とため息をついた。嬉々として「ちょっと見てくれ」と言うから付き合ってやったというのに、なんという時間の無駄遣いか。
うう、とくぐもった声が上がる。大樹が頭を押さえて呻いていた。彼は涙目で顔を上げる。
「暴力反対! ハリセン反対!」
こちらは労力の無駄遣いに反対したい。
「それにオレ、嘘ついてねーもん」
大樹はいじけたように口を尖らせ、紙芝居とやらをどんどん叩いた。小学生とはいえ、その動作は一つ一つが実年齢より子どもじみている。言えばうるさいので口には出さないが。
春樹の冷たい視線にますます不満を募らせた彼は、むうと頬を膨らませた。
「本当に紙芝居だってば。杏里がたくさん貸してくれて」
「杏里ちゃんが?」
「だけどオレ、さっき転んで全部バラバラになっちゃってー……しかも何枚か飛んでっちゃってー……」
「…………」
ジト目で見やった春樹に、にぱっと邪気のない笑顔。
「とりあえず残ったのかき集めて、後はアドリブでやってみた!」
「アホかっ!」
ひどすぎる。数々の童話たちに土下座しても許されそうにない。
「何だよ春兄。モロの一代記なのに! 感動モノなのに!」
「あれで感動出来るのはおまえくらいだ!」
「終わり良ければ滑っても良しって言うじゃん!」
「違う! そもそもおまえはノンストップで滑りっ放しじゃないか! 頭に滑り止めくらい付けとけ!」
「ひでぇ!?」
また喚く。だが、春樹は耳を塞いでそれをやり過ごした。もう知らない。付き合うだけ体力が削られていくだけだ。このままでは老ける。ただでさえ「落ち着いているのねー」「しっかりしてるのねー」などと周りから言われ――遠回しではあるが、確実に若くないと思われているのに。これでもまだ中学生なのに。
「――あ、やべ」
「…………」
「春兄!」
「…………」
「春兄春兄はーるーにーいー!」
背後から飛びつかれ、ギリギリのところで踏みとどまる。無視をしても疲れるとは一体どういうことだ。
春樹は今一度ため息をついた。
「ああもう、今度は何?」
「飛んでったやつ探すの手伝ってっ」
「…………」
――ちなみに後で並べ直してみたところ、大樹のアドリブとそう違いはなかったという事実に、春樹は再び頭を悩ませるのだった。