シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

朱色の不思議

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朱色の不思議:しょう

 ぼくの通うカエル小(本当は蛙軽井小学校というのだけど、みんな蛙小と呼ぶ。ぼくの父さんが小学生の時にはもうそう呼ばれていたそうだ)には幾つもの噂がある。創立百年を超えるような古い学校なので当たり前といえば当たり前なのかもしれないけれど、その殆どがカエルに纏わるものというのは少し変わっていると思う。例えば、各教室では必ずカエルが飼育されているのだけど、そのカエルはこの学校が創設した時にいた九匹のカエルの子孫なんだとか、この学校の校長先生になるにはカエルが大好きでないと駄目だとか(その所為かは知らないけれど、この間で来た校庭の隅の体育倉庫は見事なカエル色だった)そんな感じでカエルの話題には事欠かないから夕方遅くまで校舎の中に居座ろうと言う生徒は少ない。誰だって、教室一杯にまで膨らんでいるカエルや裏庭で両手を大の字に伸ばして回転しながら跳んでいるカエルとは遭遇したくないだろうし、ぼくにしたってそんなのとは会いたくない。会いたくないけど、やっぱり夕暮れの学校に来なきゃいけないときがある。丁度ぼくのように、忘れ物をしたとか……。たまたま体操着を忘れたのが三連休前だったので取りに行かざる得なくなったり……。
 正門はきっちりと閉まっていて、裏門からだと守衛さんに色々話すのが面倒だから校舎裏の秘密の抜穴から入る事にした。抜け穴と言っても単にフェンスの破れに丁度茂ったサツキが被さっている所為で大人達が気づいていないだけの話なんだけど。(そのサツキ自体、大ガエルが走って突っ込んで開けた後に律儀に植えていったんだ、なんて話もあるけど)
 ともかく、無事に忍び込み教室へ向かう。一応出入り口の戸締りは徹底されているんだけど一箇所だけ鍵が壊れていてパッと見閉まっている。だけど、実は閉まっていない場所がある。低い位置にある窓だから先生達は気づいていないし、秘密の出入り口だから極一部の生徒しか知らない筈だ。ぼくがなぜ知っているかと言えば、兄ちゃんが教えてくれたからだ。そんな風にして口伝えで細々と伝わっているらしい。
 ふほうしんにゅうがばれないように靴を持って廊下を歩く。靴下越しに床が酷く冷たくて、しかも夕暮れの校舎はとても寂しくて、胸が押しつぶされるようななんとも言えないざわざわした気分に晒されながら早足で教室へと急いだ。
 夕日が作る影はとても複雑で、昼間に見たらどうって事のないようなものに、『未知』という化粧を施していた。(例えば、隅っこに置いてある消火器が一つ目で片手だけが長いお化けみたいなものに見えたりするように)そういうものは『そんなはずはない』と言い聞かせながら正面から見直せば解けてしまう様なものだったし、幸いモロモロに嫉妬して教室でぷぅっと膨らんでいるカエルを目撃する事もなくぼくは忘れ物をゲットできた。
 ただ、そのあと廊下から見下ろせる中庭に彼女を見つけてしまった。
 中庭には何年か前に流行りに乗って作られたビオトープの残骸がある。植物に詳しい先生がいる間は手入れがされていたけれど、その先生がほかの学校に行ってしまってからは、誰も世話が出来ず荒れ放題で、どこからやってきたのか、モロモロやカエルがいつの間には住処を作っている。
 そんな有様なのと、校庭とは正反対の方向にある所為で、好き好んで中庭に来る生徒は少ないし、そもそも今は放課後で、ぼくだって忘れ物をしていなければ学校自体に来ていない。
 だから、そのまま変わったものを見たなとそう思うだけ思って、帰ってしまえば良かったのだと思う。だけど立ち止まって夕日に照らされたその姿はとても儚げで、見とれて、見惚れて、見つかってしまった。まるでぼくが覗いているのが分かっていたみたいに不意に振り返ってぼくを見た。
 亜麻色の髪をなびかせながら、彼女の口元が動く。叫んだようには思えないのに、結構な距離とガラスを挟んでいるのに『見た?』そんな風に声が聞こえた気がした。
 怖い、と思った。
 彼女の冷たい眼差しが、聞こえたような気がした声の響きが、何よりも彼女がそこにいるという事が。
 だから、夢中で逃げ出した。
 気がつけば秘密の出入り口の前にまで来ていて、そして、入り口を塞ぐように彼女がいた。
「やあ、こんにちは。それとももう大分暗くなってきているから『こんばんは』のほうが良いかな?」
 返事は出来なかった。どうして彼女のほうが速かったのかという疑問が回っていたり(実際中庭から此処まで来ようと思ったらぼくよりも時間がかかるはずなのだ。校舎の中を走り抜けでもしない限り)、他にも息が上がって頭が真っ白になっていたとか(なのに、彼女は涼しい顔で息一つ乱していなかった)、彼女の話し方がその人形みたいな可愛い顔からは想像できない男の子みたいだったから(本当、ドレスとか着たらお姫様の人形みたいに見えたと思う。実際に着ていたのはこれまたジーンズにトレーナーという男の子みたいなものだったけど)だったりと、色々な理由で。
「ええと、佐々木芳也君というんだね。」
「!?」
「そんなに驚かなくても良いよ。種明かしは本当に簡単だから。胸についている名札を見ただけだからね」
 はっとして胸に手をやると名札がそこにあった。なんだかとても恥ずかしい。
「ふむ。名札の色からすると四年生だね。では、ボクも名乗ろう。ボクだけキミの名前を知っているのも不公平だからね。ボクはね、篠見芹奈、六年生をやっている、一応女子だ」
 なんておかしな自己紹介だろう。自分のことなのに他人事のような、まるで台本を読み上げているような、そんなよそよそしさを感じた。
「さて、此処からが本題だ」
 急に寒くなったような気がした。篠見と名乗った六年生の顔に浮かんでいた涼しげな表情は消えていて、代わりにお面のような不気味でどこを見ているのか分からない眼差しが浮かんでいた。
「君は見たのかな?」
 声もそれまでのおどけた調子ではなくて、低く、冷たく、押し殺し、そしてその中に鋭い何かが隠れている、怖いと思わせるものに変わっていた。
「何も見ていないよっ」
「そんな筈はないんだ。キミはあの場所にいたボクを確かに見ていた。だから十中八九見ている筈だ。答えてもらおうか」
 疑問じゃなくて決め付けだった。ムカッと来た。怖いのを忘れるくらいに。
「だから見てないって言ってるだろ。それとも、お前が並んだカエルの前に立っていたのを見たのが悪いって言うのかよ!」
 守衛さんが来たらどうしようとか、目の前の六年生が何者なのかとか全部忘れて、声の限りに叫んでいた。それも、返事が返ってくるまでだったんだけど。
「そうか、やっぱり、見ていたんだね。答えてくれたから、ボクも一つ教えてあげよう。ボクらの間には『非情の掟』というものがあるんだよ。『知られてはならない秘密を知られた時、例え肉親、友人であろうとその命を奪わなくてはならない』というね。意味は、分かるよね」
 冗談には聞こえなかった。だって、あまりに平然とそれが当然のことのように口にしたから、だから殺されると思った。きっとこんなに寒いのは、ぼくがもう半分殺されているからなんだ、と思うくらいに。
 動くことも、声を出す事もできず立ちつくぼくを彼女は見る。その眼差しは変わらず冷たく、なのにその姿は本当に可愛らしい人形のようで、それが余計作り物みたいな違和感になっていて、ぼくはもうそこにいるのが誰でなんなのかも分からなくなっていた。
「さて、向かい合っていても埒が明かないね」
 後ろ手にまわされた手がゆっくりと前に出され、その手に何かを握っている(黒く細いものだった)そこまで分かった時には、彼女は動いていた。音もなく突然(まるで、ゲームで自分の操作しているキャラがつるつる滑る床で滑った時、滑った格好のままで移動するみたいに)そして、黒く細いものが顔に突きつけられた。怖くて目を瞑る。きっとやって来る痛みに震えを覚える。だけど覚悟したそれはやってこなかった。代わりに。
「まあ、ぼくはそんなこと殆ど頓着しなかったんだけどね」お陰でよくなづなに怒られていたんだけど、と続く、笑いを堪えるような声がした。恐る恐る目を開ける。
 どう反応したら良いのか良く分からなかった。
 刃物だと思った黒くて細い何かはチョコプリッエルだった(素直にポッキーといった方がいいのかな)
 中々反応しないぼくに警戒していると思ったのか(普通はそうだと思うけど、彼女の場合は分からない)
「んー、大丈夫。毒なんか入ってないって。ほら」
 と先っぽを自分で齧ると残りをぼくの口に押し込んだ。
「!?※%!!」
 びっくりした。びっくりした。びっくりした。
「ほら、甘くて美味しいだろ」
 なんて言われたけど味なんてさっぱり分かりもしない。
「フム、困ったね」
 慌ててパニックになっているぼくの耳元に口を近づける。
 いい匂いがするなと、はっきりと思った。続いた彼女の言葉にすぐに流されてしまったけど。
「そういう訳だから、黙っていてくれるなら見逃してあげるよ。だけど、誰かに話すというのなら時流の彼方に流してしまうからね」
 囁かれた言葉の意味は良く分からなかったけど、だからこそ、ただ怖かった。(正直に言えば少し浮かれていた気分も)何もかも真っ白になってしまうくらい。だけど、それだけなら、怖い思いをしたで全部くくってしまって、怖かっただけを強く覚えているだけだったと思う。なのに。
「だから、お姉さんとの約束守ってくれると私も嬉しいな」
 はにかむように言われてしまった。一変した雰囲気に戸惑う。本当に訳が分からない。分からないけど、言わなくちゃいけないことは分かる。多分。うん、きっと。
「分かった。約束する」
 花がほころぶ様な笑顔が彼女に浮かんだ。くらくらした。その後のことにはもっとくらくらしたけど。(別の意味で)
「ありがとう」
 トーンまで変わった柔らかい声でお礼を言ったかと思うと、両手が霞んで次の瞬間には彼女の手にはポッキーがたくさん握られていた。
「お礼にあげる」
「ええ!」
 訳が分からないままポッキーを手渡された。(手を開いた覚えもないのに気がついたら握っていた。なんで?)何より量が、ちょっと……。油断すると握った手から零れそう……。どうしてこんなに持っていたんだろう。
「持って帰ると怒られるのよ。お願い!!」
 お願いされた。本気で訳が分からない。ぼくはこのおかしな六年生に殺されるかもしれないと思っていたんじゃなかったっけ……。それがどうして?
 この状況に困ったら良いのか、無事な事を喜んだら良いのか自分でも良く分からなくなりながら手の中のポッキーを見る。本当、どうしたら良いんだろう。
「ダメ、かな」
 別人みたいなしおらしさでぼくを上目遣いで見上げる。今気がついたけど、ぼくよりも少し背が低かった。なんだか年下の女の子を相手しているような気分になってくる。(本当は二つも上だし、とっても恐ろしいと分かっているんだけど)
「……いいよ、貰う」
「本当! ありがとう」
 暫く悩んだ後、ぼくはこう言っていた。手を合せて感謝される。ついでに感極まってか、ぶんぶんぶんと両手を握って振ってきた。その間ポッキーがどこにあったかといえば、どこなんだろう? とにかくぼくの手の中にはなくて、彼女の手からも消えていた。それでいて、彼女が手を離したらぼくの手の中に戻っていた。(手品? それとも本当にお化けかなにか?)
「心配事もなくなったし、私は帰るわね。芳也君も気をつけてね」
 じゃ、と手を上げると合せたように風が吹き抜け砂埃が舞った。思わず目をつぶる。目を開けると、どこにもあの不思議な六年生はいなかった。(学校から出ようと思ったら抜け穴を使うしかないけど、ぼくが目をつぶっていた短い間に抜けられるはずはないし、近くに完全に隠れられるような場所もなかった)けど、夢じゃない証拠に手には一杯にポッキーがあって、一人で食べるにはだいぶ多くて、困った。結局どうしようもなくて、ポッキーを握り締め、カエルに化かされたような気分のままぼくは家に帰った。この大量のポッキーをどうしたらいいだろうと考えながら。(ぼくだってこんなにたくさん家に持って帰ったら、何か一言言われるに決まっているのになぁ……)

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