シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

夢の中の蝗三十五

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夢の中の蝗三十五 作者:清水光

「べぼらすん! るぶりら、りんでるべんぐんばじょらってすめたまれ」
 めずらしくすっきり目が覚めて、おいおいこれはなんかの予兆なんじゃねえのと思い、気晴らしに朝から編集部にやってきた。そしたらいったいなんなんだこの状況は。いやまあなんとなくニュアンスはつたわってくるような、そうでないような。
 俺の名前は蝗三十五、だよなあ、確か? なんか長らく言ってなかった気がする。いやいやそんなんカンチガイに決まってやがる。実にいい名前をつけてもらったなと思って――そんなわけないだろうが、なんだそのゴで韻を踏むのは、絶対的に変だ。
 落ち着け、そうだ、俺はちょっと混乱しているだけだ。この狭苦しくて雑然とした感じは間違いなく、我らが編集部だし、その奥にでんと構えてる丸こい中年男はカンフル編集長その人だ。
 ただほんの少しだけおかしなことがあるとすれば、編集長がなに言ってんだかわかんないことで、あれそう考えるといつもと変わらない気がしてきた、どうせもともと編集長の言葉なんて意味不明の集大成だったじゃないか。
 あ、やば。もう一個、変なものに気づいちまった。なんだ、間違い探しでも何でもないんだから、そんなもの見つけたくもないってのによ。全部わかったら賞金とかくれんのんか。鏡に映ってるのに逆になってないやつが最後まで見つかんなくて、頭脳指数三〇〇か。
 うわ、その上目があったよ。とりあえずそらしとこう。編集長の相手しといたほうがまだましだ。
「編集長、どこでそんな話聞いてきたんですか。ぽぺらののびすぐっちなんてそんなのはじめてですよ」
「びゅびゅびゅ、とすかなろっかーりびあるるるる、れごんすーべろにあべろにか、あんつるーらんすりきりき、ろばりのがるがらぎーあのすべろってーな!」
 そうこれが俺の日常なんだ。これこそが俺の上司なんだ。
 月刊霧生ヶ谷万歳!、その低空飛行っぷりはもはや伝説といってもいいんじゃなかろうか。俺、鳥ちゃん、カンフル編集長の三人体制。どうしてつぶれていないのか、霧生ヶ谷にあるたくさんの不思議のうちひとつには数えてもいいと思う。
「ろべけーんとぬっぱれ、がたれるってんろろきあんしょまーぬ! めにょにょにょにょ!」
 もうこうなっては仕方がない。認めたくないものではあっても、流石にそろそろどうにかせにゃならんだろう。
 おかしなことがおこったら、おかしなやつに聞くといい。窓の外にむかって手招きしてやる。宙に浮いてた少年はするすると降りてきて、窓をすりぬけると編集部へと入ってきた。
 年は高校生ぐらいか、そんな鳥ちゃんとかわんないだろう。なんか空飛んでたわりにはふつーの見た目で拍子抜けする。こっちきてくれたってことはそんな悪い奴でもないだろうし。
 そうだな、ここではなんだから場所を変えることにしよう。今日はろくに朝飯食ってないから早くも腹がすいてきた。適当になにか食べつつ、うどんは飽きた、ソバにしよう、水路さんとこでも行ってみよう――。
「へいらっしゃいなんだ蝗じゃないかとっとと座れいつもと同じでいいな一丁あがりモロ天うどんださっさと食いな」
 えーなんなんだどういうことだ。気づけばいつものカウンターに座っていて、目の前には湯気たつモロ天うどんが一つある。ついでにさっきの少年が隣に座ってるから、もうこうなったら覚悟を決めて話を聞くしかないのだった。
「とりあえずはじめまして、どーも」
「ん、こちらこそはじめまして。えーとどこかで会ったことが……」
「ないと思うが。なんだ口説かれてるのか、俺は」
「いえ、そういうのではないです」
 なんか妙なものを見る目つきをしている。ちょっとまておかしいのはどっちかっつーとお前の方だろうが。俺は普通だ正常だ、どこにだしてもおかしくない正真正銘まぎれもない一般人だ。
「俺、今日ソバくいてーなーって思ってたんだけど、なんでこの状況?」
「あー、平たくいってしまえば、夢だから」
「それはあの寝てる時に見てるのほうのあれのことか」
「そのあれです。ここはあなたの夢の世界です」
「んー、それにしてはなんだ、やっぱり君と会ったことはないと思うわけだけれど」
「お邪魔させてもらってます」
 ざっと要約するとこう。少年は夢魔だかなんだか、ひょいひょい他人の夢に出入りできるらしい。別にそいつから精気を奪って殺しちまうぜーとかそういうヤツではないそうだ。だからまあちょっと夢の中に変なのが入ってきたと、それだけの話らしい。
「大きな損傷は見られない世界、知りあいでもない。どうしてここに? 引き寄せられたか……」
 少年はなにか小さな声でぶつぶつゆってるが、独り言のようなので無視しとく。俺はがーっと残りのうどんをすすりこんだ。夢だからといって食べないのはもったいない。
 ちなみに俺はこの隣の少年にもうどんすすめたはずなんだが、遠慮された。おごるともいった、夢の中だから。決して一人でもくもくとうどんを食っていたわけではないのだ、あしからず。
 夢魔、そんなのがいるんだろうか。なんかこの不思議な街、うさんくさいところ、正直あんまし好きじゃねーよ、いやいや夢魔はいねーだろ、いるわけねーよ。うんまあここ夢だから、夢だとしたら、いてもおかしくねーけど。
「ところで、月刊霧生ヶ谷万歳!って知ってる?」
「知りませんけど、なんですそれ」
 現実は、いや夢はきびしいなあ。せめて夢の中ぐらいばかすか売れてる超人気だったらよかったのに。俺には夢見ることも許されてはいないのか。いや夢は今見てるだろう。んん、あれ? どうゆうことだ俺は何を言ってんだ。
 そのときぴきーんと思いついた。こりゃもう一生に一度の大アイディアなんじゃないかと思えるくらいの。壁の本棚を探ればひょいと月刊霧生ヶ谷万歳!本誌をひっぱりだす。これのバックナンバーがそろってるのは、市内全域でこの店しかたぶんない。編集部にもおいてないんじゃないかと思う。
 つか俺も実物はずいぶん久しぶりに見た気がする。原稿は結構書きちらかしてるけど、そこらへんの印刷やらなんやらというあたりは編集長がとりしきってるし、配達のときは包装してる。ま、どーでもいい話だけど。
 ばーんと隣の少年につきだしてやる。なんかまだ考えこんでるようだったが、そんなんいったん忘れたものはそうそう思いだせやしねーよ。過去より大事なものは今、それと光り輝く未来。
「括目せよ、これが月刊霧生ヶ谷万歳!だ」
「は、はあ、それが何か?」
「君、いろんな人の夢の中をうろつけるんだろ、ひとつ宣伝してきてくれ」
「それを? 俺が?」
「ああ、報酬はいくらでもだそう。さあ少年好きなだけいいたまえ」
「だからここは夢の中なんだが……」
 ちっと舌打ちしてやる。気づきやがったか、この野郎。こっちは今ならいくら払ったってふところ痛まねえってのに。ちくしょうめ。
 いい作戦とは思ったんだけどなー。夢の中ででてきたらなんかちょっと買ってみようかなと思うでしょう。思わないかな。サブリミナルみたいな。ついでにいえばあのサブリミナルって嘘らしいね、関係ないけど。
 まあいいやそんな売上とか気にしてないし、とりあえずやってけてるし。鳥ちゃんやったらちがったかもしれないけれど、経営状況しっかり把握してるのはたぶん彼女だけだから、なにかと真剣にやったかもしれない。
「なんかもう疲れたらから、今日はねるー」
「夢の中でですか」
「んー、夢で寝たらたぶん現実で目覚めんだよ。それでちょうどいい感じだろ。つーわけであでゅー」
「……いい加減極まりない人――」
 そこではっと少年は、すっげー何か思い出したという顔をした。おうおうよかったなあ、なんかしらんけど、まあ二度と会うこともないだろうけど、とにかくよかったよ。あーねむい。ふぁうー。
「ちょっと待った。あんた近くに灯真ってやついるだろ」
「はいはい、いるいるー。じゃあねー、さいならー」
「説明してる時間がない。とにかくそいつのこと大事なら気をつけてやるといい」
「んー、りょーかーい」
 鳥ちゃんがめっちゃ怒っていた。いつもはさめーた視線で眺められるのだけれど、今日はがんがん突き刺さってくる感じ。どっちかつらいかといえばどっちもつらい。外はもう日が沈んで暗くなっている。どうしてこんなことになってるかというと――
「蝗さん、さすがに私より遅く出勤してくるのはありえないと思うのですが」
「ちゃんとしたわけがあるんだ、聞いてくれ。朝にはきっちり目が覚めたんだ」
「だったら」
「うん。編集部に行ってカンフル編集長と話してうどん食う、そんな夢を見てね。なんかもう今日は出勤しなくてもいいだろう、と」
「え?」
「すげーリアリティのある夢だったし、それで現実でも行ったらなんか二度手間だろう。で、今度はきっちり寝ることにした」
「……そうですか、二度寝はいかがでしたか?」
「ああもうすっきり、よく眠れたよ!」
 つって親指たてて見せたら、これまでにない最低温度の視線を向けてくれた。つかまったら一緒に深海まで沈み込んでいけるんじゃないかってぐらいのため息もはきだしてくれた。
 いやまあさすがに自分でも今日のはどうかなーと思った。二度寝してたらなんか夕方になってたんだーあははは、ぐらいですませといたほうがよかったかもしれない。まあ今さらとりかえしはつかないが。
「……シュネーケネギンの新作チョコレートケーキ、それでどうだろう?」
「……ふたつです」
「ワカリマシタ」
 とりあえずのとこなんとか危機は去ってくれたらしい。ただしさようなら、俺のマネーたち。今月は、まあ、なんとかなるだろうか、なんとかなるはずだ、なんとかしよう。
 せっかく来たんだからということで、前に書いた原稿に手直し入れたり、鳥ちゃんのこまごまとした仕事を手伝ってたら、なんか不意に思いだしたことがあった。
「鳥ちゃん、鳥ちゃん。編集長ってなんか困ってることある?」
「いえ、そんな話は聞きませんけど。なんですか」
「いや夢の中でそんなこと言われたからなんかなーと思ってさ、それだけ」
 たしか編集長がそんな苗字だったはずだ。サンマだかリョーマだか、そんなん。正確には覚えていない。でもまあおおかた編集長のことだろう。なんじゃないかなあ、たぶんそうだと思う。きっと、おそらく。
 それにしてもまたなんで編集長なのか。大事、ねえ……。うわあんま深くは考えたくないな。まあ悪い人じゃあないんだろうけど。正直いまだによくわかんねー人だし。なんかあったら助けることになる、のかなあ? 微妙。
「ま、鳥ちゃんもなんかあったら言ってくれよ。できる範囲でなんとかする、もちろん無料だ」
「はあそれはどうもご親切に、ありがとうございます」
 いつもと変わらぬ淡々とした口調で、うつむいたまま、彼女は言った。
 頑張ったようでそうでもないような、よくわからない一日が終わる。

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