シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

前の日

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 考えてみれば、浮かれていたのだろう。
 なにせ、ヴァレンタインディなんていう製菓会社の陰謀に乗っかるなんて真似をしたのは初めてだったのだから。まあ、渡したのは、黒くもなければ、甘くもない『塩』だったのだけど。それでも、多少は期待してしまう訳だ。私だって一応、華も恥らう乙女であるのだから。

『前の日』

 その日の学校は、まるで校舎全体が軽く熱病にでも罹ってしまったかのように浮ついていた。原因は考えるまでもない。丁度一ヶ月前のぶり返し。寧ろ今日のほうがより重症か。さっきから男子がソワソワしているのがよく分かるし、よくよく観察してみれば女子の方だってチラチラと意中の彼の方を盗み見している。
 ああ、なんていうか、正直鬱陶しい。
 気持ちは分からなくもない、けど。もう少し場所と時間を選んでほしい。せめて、昼休み。出来れば放課後に……。

「お疲れっ! 爽香」
「ひかりも、お疲れ様。バイト?」
 クラスメートの鶴が丘ひかりと挨拶を交わす。
「うん。今日はかきいれ時の予定なのでひかりさんはりきっちゃうんですよ」
 心底楽しそうに、答える。実際楽しいのだろう。笑顔がだだ漏れている。
 今日も相変わらず、ひかりの中では『若さ』が全力回転しているようだ。私が言うのもおかしな話だが、ひかりを見ていると時々、自分がとても年を取ってしまっているように錯覚する。同い年だと言うのにね。
 で、今日……。
「まさか、ホワイトディ?」
「正解っ」
 商品はうどんロード夢のうどん巡りでーすと拍手をくれるひかりに丁重に断りをいれる。
「なに、その嫌そうな目?」
「ちょっとね。色々世の中間違っているなと思って」
 ひかりがバイトをしている冥土喫茶狂気山脈は、うどん屋の看板を出してはいるのだけど、狭義のうどん屋への分類からは迷う事無く外したい店だ。だって私は、小倉抹茶うどんなんていう、うどんなのか甘味なのか判断のつけられないようなものは口にしたいとは思わないもの。
 言うまでもなく、他のコスモうどんだとか、クリームバナナうどんなんていうメニューに関しても同じ事。どうせなら別々に美味しく頂きたいと思う。
 思うけど、ヴァレンタインの時にも聞いたとおりなら、今日の冥土喫茶狂気山脈にはカップルのお客が満ち溢れているという事になる。本当に世も末だわ。
 チョコレートの代わりに『塩』を渡した私が言っていい科白かどうか自分でもちょっと迷うけど。
「爽香も来ればいいのに。って言うか連れてきてもらう?」
「嫌よ。そもそも誰に?」
「トーゼン、ケータイの君に。カップルでお越し頂きますと今ならもれなくマシュマロのトッピングをサービスさせて頂きますよ?」
「…………」
 うんまあ。どれから否定したものだろうか。
 まず、ひかりの言うケータイの彼こと上木涼成とはそういう間柄じゃない。自分でもなんと言えばいいのか迷う所だけど、一番近いところをあげるなら似た者同士って所でしょう、きっと。
 それから、ケータイの君って何? ひかりだって涼成とはもう面識あるでしょうに。
 あと、うどんのトッピングにマシュマロは止めなさい。
「美味しいのに。それに折角のホワイトディですよ」
 ホワイトディにマシュマロは認める。けど、うどんにマシュマロは間違っている。私だったら、そんなお返し間違っても受け取りたくない。
「じゃ、メイド服着る? 本日限定で貸し出しも行ってますよー」
「遠慮する」
「絶対似合うのに」
 そういう問題じゃないと思う。
 そもそもうどん屋でメイド服の貸し出しってうどんにパフェがのっている位に間違ってない?
「両方ウチでやってるし。何も間違ってないと思うけど」
 世も末だわね……。
――まあ、間違っていようといまいと、世も末であろうとなかろうと、私にはあまり関係ない話ではある。そもそも行くつもりがないのだし。
 ただ、ヴァレンタインの時にも思ったことだけど、狂気山脈はカップルで行くような場所ではないと思うのよね。かなりの確率でモロウィンとモロ戦隊が言い争っているし、最近はうどんマイスターを名乗る傍迷惑な調停人も現れると言うし。
 少なくとも落ち着いて話が出来るような環境ではないように思うんだけど。
「慣れればいいBGMですよ。お客様にもアトラクションとして好評だし」
 ここは、友人が厄介事に巻き込まれていないのを素直に喜ぶべきなのだろう、きっと。突っ込みたいところは多いけど。
「オヤ? オヤオヤオヤ?」
 窓から校庭の方を眺めていたひかりがニヤニヤ笑いを始めた。可愛いとは思うけど、脈略がなくて不気味だから止めた方がいいわね。
「イエイエ、ほらほら、アレアレ」
 だから、結構不気味よ、それ。
「なに?」
「やっぱりデートでございますかっ? ケータイの君がお迎えに来てますよ! デートでしたら是非狂気山脈へー!」
 キャーと騒ぎ始めたひかりに、私は肩をすくめて。
「バイト。時間大丈夫?」
 と、微笑んだ。

「遅刻ー」
 と叫びながらもきっちり、
「デートだったら絶対にお店に来てね」と念を押すひかりを見送った。だからデートじゃない。ひかりのメイド姿を見に行くだけなら吝かでもないけど。まあ、可愛いから許そう。私は可愛い子が好きだから、女の子には優しいのだ。
 それからゆっくり慌てる事なく、校門へと向かう。
 涼成の姿が見えた。少しだけ笑いがこみ上げる。
 涼成の周囲の空白地帯ができている。まあ、いつだって不機嫌そうな顔をしている奴だから、近寄り難いのはよく分かる。それでも、だいぶ険が抜けたと思う。以前だったら全身から『俺に近寄るな』オーラが発散されていた。今も完全になくなったとは言い難いけど、柔らかくなった。それでいいんじゃないかしら。
 声高に自分の存在を主張するのは可愛くないもの。
「待たせた?」
「いや別に」
 結構ゆっくり教室から降りてきたつもりだったんだけど。涼成がそういうならそういう事にしておきましょう。
 約束をしていた訳ではないけど、並んで歩き出す。そして、水路のある道まで出た所で立ち止まった。
「で、どうしたの」
「いや、大した事じゃないんだが……。一応お返しを、な」
「へぇ。涼成のくせに気が回るのね」
「否定はしない。勝手がわからなかったのは事実だ」
「白くて、甘いものなら遠慮するわよ」
 傍から見たら口ゲンカをしているように見えるかもしれない。でも、これが私と涼成の普通。さっきのひかりとの会話だって私にとっての普通、今だって普通だ。感じるのは私、定義するのも私自身。
 だから、涼成が無言で突き出した手の上に小さなラッピングされた包みを見つけた時、嬉しいと感じてしまったのも、私がそう思ったからだ。
「開けて良い?」
「ああ」
 ぶっきらぼうな返事に苦笑。リボンを解く。
 手が止まった。今、自分が目にしているものがなんなのかよく分からない。まるで、認識するのに必要な何かがぷっつりと切れてしまったみたいに、色々なものがバラバラで結びつかない。
 あるのは。
 紅い―白くはない―
 辛い匂い―甘くはない―
 聞こえる筈のない声が聞こえた。
『我を食すが良い』
 多分悲鳴を上げたと思う。
『多分』なのは、そこで目が覚めたから。
 つまり、眼鏡がなくて焦点が合わずぼやけた視界に映る時計の表示は三月十四日午前六時二十五分。
「夢……、ってことね……」
 そして私は心底疲れた溜息を吐き出した。




 そんな夢を見てしまった所為なのか。
「あら、クッキー。普通ね。ツマンナイ」
「一体おまえは何を期待してたんだ?」

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