シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

力の法則

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  力の法則 @ 文章 : 望月 霞 ・ イラスト : 見越 入道さん

 赤き液体がコンクリートを染めあげていく。
 体液を地面になすりつけながら進んでいくそれ。 辺りに人はなく、暗闇だけが支配していた。
 夜深いのがよかったかそうではないかは個人差があるが、たいていは新月であることをありがたく思うに違いない。
 「愚かな人間どもめ、何故我の偉大さがわからぬのだ」
 このように叫ぶ漬け物。 辛い調味料がちりばめられた野菜の層は、微妙な上下運動をしながらいずこかにむかっていた。
 ここは霧生ヶ谷。 頻繁に怪異が起こる不思議な町として有名であり、原因は霊子 (れいし) と呼ばれるものらしいが、仮定の域をでていない。
 漬け物は北に進路をとっており、その先は式玉子ヶ谷山地という場所がある。 豊かな自然が残っているこの地は、たびたび奇怪なことが起こることで有名だ。
 器用に斜面をのぼっていき、漬け物は奥へとはいっていく。 まるで遭難したかのようにはいずりまわる赤い物体は、独特のにおいをふりまきながらどこをめざしているのだろうか。
 道のない道をたどり、ついた先は雰囲気が違う下り坂だった。 見た限りの角度は同じだが、上りのときよりも空気がすんでいる。
 どういうわけか散らばらない漬け物の前には、砂利道がのびていた。
 さも鈍い動物のごとくふるまう漬け物だが、求めているのは何なのだろう。
 「長い旅であった。 忌々 (いまいま) しい人間はもちろんのこと、あの亀にも目に物見せることができる」
 どこをどう用いているのかは謎だが、たしかな発声とともに軌跡を思いえがく漬け物。 突如として現れたもやが怪しさを増大させていく。
 もやが濃くなってひとつ上の状態になる中、漬け物は変わらずどこかにむかって進んでいた。
 やがて道端に季節感皆無のだだっ広い畑が登場。 確認できるだけで、白菜やねぎ、大根に玉ねぎ。 そして韮 (にら) とにんにくと生姜 (しょうが) がある。
 「ふむ、これだけあれば我の同胞を造るのはたやすいな」
 力強く語った漬け物は、自らを縦に伸ばして上空へと舞う。 天からはなぜか “キムチ” と書かれた朱色で縦長の布が舞い降りてきて、それらを包みこんだ。
 布の中におさまった漬け物は、内部で発酵でもしているのか徐々に大きくなっていく。
 袋が破裂するほど大きくなった布は、巻物のように勢いよくほどかれる。 同時にねぎっぽい角だか触覚だかが現れ、材質不明の筋肉質の手足が誕生する。
 最後に尾に当たる部分なのか、先ほどのびたねぎらしきものの変色版が登場。 布を前かけ代わりにし、人でいうと頭部にあたるだろう場所には無数の目がちりばめられていた。
 だが、においは相変わらずである。
 漬け物は便利になった四肢を使い、真ん中あたりを折ると対称になるように広げる。 手足についた赤い斑点 (はんてん) が光だし、細かい粉となって散乱した。 所有者不明の畑は見渡す限り赤い色素で埋めつくくされてしまい、強烈な辛み成分がただよっている。
 地面に浸透しているのか土色が顔をだしはじめたとき。 誰もいないはずの畑に動作が加わった。 そう、野菜たちが勝手に動きだしたのである。
 いっせいに動きだした青物の上部はすでに赤く時が流れており、漬け物に近づいていくにつれ全身へと広がっていく。
 漬け物が変化する前の姿と化してしまった野菜たちは、その前にひれふした。
 「我が配下となった者たちよ。 我こそ偉大な王である証を人間どもに見せつけるのだ!」
 戦士となった食物たちは、雄たけびの代わりに体を宙に投げつける。 一部着地に失敗してしまった野菜もいるようだが、ちゃんと元の位置へと戻っていった。
 「我に続け! 世界を征服し我を広め崇めさせよっ」
 無数の眼が見開き、右のこぶしを天へ突きつける。 漬け物はすぐさま行動に移し、戦士たちに背を預けた。
 まるで歴戦の王者のようないでたちだが、実際のところ迷惑極まりないだろう。 人によっては喜ぶかもしれないが、普通の人にはとてもついていける状態ではない。 つまり、この世界は化け物がでやすいところなのだ。
 一行が列をなして元の道を戻ろうとしたとき、ふたりの少女と出会った。 頭髪の側面から獣の耳がはえており、後ろには首に巻くと暖かそうな尾がある。
 「また新たなのが増えタ」
 「というより今さっきじゃないですか? 初めてお会いしましたし」
 似たような顔立ちに声。 違いは、片言で話す少女の目は少しつりあがっており、丁寧に語る少女はおしとやかな雰囲気、といったところか。
 ちなみに、服装は左右反転以外同じである。
 ふたりはいったん顔をあわせ、
 「そういえばさっき、気が動いたネ」
 「あの辺りですと……、もしかしたら加具那 (カグナ) 一家のかもしれませんね」
 「緑のと新しい子、耕してたヨ」
 「そういえばできたと伺いましたね。 近日ご挨拶に行きましょう」
 完全に追いだされてしまっている漬け物だが、少女たちも不可解な現象に慣れきってる様子。 偶然顔なじみとあったような感じだ。
 「そういえば、腹減っタ」
 「目の前にありますよ」
 「食べル」
 怪しい笑みを浮かべながら、目も爪もするどくなっていく。 どうやら獣の本性が現れたらしい。 さながら狼である。
 「普段なら食させてやるが、今は駄目だ。 これから人間どもに ――」
 偉そうに口を利く漬け物だが、相手はまったく耳を機能させていない。
 「小娘どもが! 王たる我の話を聞かぬとは何た」
 「新参者、うるさイ。 大した力もないくせニ」
 「こちらは力がすべての場合があるのです。 弱いのが悪いのですよ」
 足の力に任せて跳躍する少女たち。 漬け物はけん制しそこない、逆に圧倒されてしまう。
 あっという間に口の周りを赤く染めたふたりは、
 「また作レ」
 「思ったより層がありませんでしたから足りませんわ」
 「うっ」
 征服欲より本能が勝るのか、思わずでたうめき声。 じりじりと距離をつめる威圧感は、漬け物の香辛料よりも強い。
 「早く出セ」
 「困りましたね、出したくないのなら力を見せてもらいましょうか」
 「ぶ、無礼者が。 我は偉大なるお」
 「知らなイ。 お前、ただの漬け物」
 「そうですね、格の違いをお教えしましょう」
 理不尽この上ない流れだが、この世界ではそれが通るよう。 少女たちは霊子で形成した金属バットとゴルフドライバーを手にし、はるか上空へと殴り飛ばす。
 漬け物の下からは、
 「ホームインラン」
 「少し飛ばしすぎましたか」
 という、勝手につくった用語と無責任な台詞が響いていた。
 ふと意識を取りもどした漬け物は、自身の体がばらばらになりそうなのに気がつく。 どうやら、重力のないところへとやってきたようだ。
 この場を確認しようと、漬け物は手足がなくなった状態のままはっていく。 どれくらいの時間がたったかは不明だが、漬け物からは、赤い汁が流れていた。
 穴だらけの地面に苦戦しながらも、この地にはうさぎに似た生命体が存在するのを確認。 それら以外は見かけないため、漬け物は先住民たちを従え再び人間たちのに報復しようと計画を練りはじめた。
 しかし、この地に住まう民に叩きのめされ強制送還されてしまう。
 その途中髪の長い青年とであうが、彼は漬け物につくことなく、むしろ勢いよく地上へと送りかえす。
 青年は誰かの使いだったのか、かの地に頭をさげてから見下ろした。 青く美しい地球の一点に映った赤い落下物は、元の位置に戻っていくところだ。
 その青年は笑いながら語った。
 ―― アレにも困ったものだね、と。


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