シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

夏の狼と秋の獅子 ・ 後編

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  夏の狼と秋の獅子 ・ 後編 @ 作者 : 香月 × 望月 霞

 涼成と了以、そして楓がそれぞれの体制にはいる中、雪祥だけは了以の手元を見ている。彼は自分より年上の少年の表情をうかがいながら、ジーンズに忍ばせていた同質をとりだした。
「にーにーのほうが、ね?」
 即座に四人が動き出し、2つに分かれた。涼成と楓、了以と雪祥という組み合わせである。徒手空拳と凶器という風に分かれたことになる。
 理由はいくつかある。
 1つ目は、雪祥がどこか詰めが甘い、ということ。もう一つは、涼成が身体に爆弾を抱えている、ということだ。
 涼成と了以は雪祥が、楓と雪祥は涼成が、それぞれに有している問題を瞬時に端倪していた。
 そして何より、向かってくる連中の規模と編成。20人ほどで、半数は凶器を持っていた。
 徒手空拳と凶器が2人ずつに分かれたことにより、凶器は凶器に、徒手空拳は徒手空拳に意識が向くだろう。
 そこを突くべきだ。何らかの武器を手にした戦闘が、そもそも高度なものである。慣れていなければ、巧く使うことなどできはしないのだ。角材を持ったところで、どういう使い方をするだろうか。おそらく、ほとんどの者なら振り回すだけだろう。ナイフならば、突きの一辺倒である。
 使い慣れている了以と雪祥を相手に、武器同士で戦えばどうなるのか。想像に難くないはずだ。徒手空拳にしても、同じことが言える。
 優れたところで勝負する。それが路上の喧嘩である。要は、自分の押し付け合いなのだ。
 涼成と楓は左に、了以と雪祥は右へと動く。目的は相手同士の背をあわせ助太刀できないようにするため。荒行に慣れているからこそできる作戦のひとつである。
 包囲した形ではじめられた闇の儀式は、外側から見事に崩れていった。まるで蝶が羽を少しずつちぎられていくように。
 喧嘩という甘い蜜を吸いにきた者たちの末路は、食物連鎖のごとく実力者によって抜け殻と化した。
 それぞれの組に分かれた4人は、楓からでた確認という言葉により、動きの詳細を思い返すことにする。彼女は、一回一回の喧嘩を分析し、以後に備えるようにしているからだ。
 涼成は、負傷者である。それも、一生付き合っていかなければならないものばかりだ。全盛期の動きなど期待できるはずもない。
 それでも、涼成は強者と言えた。それは、何故か。
 まず、眼が挙げられる。涼成の負傷リストに、眼球やそれに関するものはなかった。視力の低下は決定的な戦力低下に繋がりかねない危険なものだ。涼成は、今ばかりはそれに安堵した。
 細かいことだが、立ち回りも重要である。相手を一直線上に並べるように動くなどして、なるべく複数人対一人という状況を作らないことだ。
 そして、心理的な陽動。これは一撃必倒の技を持った者にのみ可能なことである。最初の一人を、一撃で仕留めてしまうのだ。
 それによって、相手に「強い」という印象を刻み付けることができる。喧嘩は自分の押し付け合いなのだ。心理的な優位に立った者が勝つ、と言ってもいい。ファーストヒットが喧嘩の全てを決めてしまうことなど、珍しくもない。涼成も楓も、それはよく心得ていた。
 涼成は、蹴りが主体である。蹴りは複雑な動作を必要とする上、動きがどうしても単調になり易く、避けられれば隙も大きい。しかし、一撃必倒には充分な威力を秘めていると言えるだろう。
 涼成が先手を取ると決めていることを悟り、楓はあえて受ける構えを取った。
 構えというものは、相手が熟練者ならば膝の向きや手の位置で情報を与えてしまうものだが、見る限り今向かってきている連中は素人だ。
 手を、ボクシングなどよりも身体から離した位置で固定した。空手に近い動きだろう。これにも、ちゃんとした意味がある。
 TVなどで見られる、両腕を頭の前にして防ぐ方法は、グローブありきの術なのだ。素手であれば、簡単に腕の間をすり抜けてくる。
 突きは、止めるものではない。打ち落とす、もしくは受け流すものだ。
 全身連動によって繰り出される涼成の回し蹴りが、相手を腕ごと薙ぎ払った。
 蹴りは、威力が高い。しっかりとした受け方を知らなければ、その力を逃がすことなど到底できることではない。いくら力を込めて腕を出そうが、それごと薙ぎ払われてしまう。下手をすれば、腕を圧し折ることさえあるのだ。ましてや、涼成は蹴りを主体に組み上げた独自の格闘術を体得している。そんな男の蹴りを、素人が受け止めることなど叶うはずがない。おそらく、蹴りが見えてすらいなかったはずだ。
 楓は、涼成が1人目を仕留めたのを傍目に、向かってくる相手を凝視していた。
 すぐ眼前まで迫ってきた相手が、突きの動作に入る。やはり、高が知れている。突きの動作は、一のみだ。弓を引き絞るように腕を振りかぶっていては、は相手に止めてくださいと言っているようなものである。
 あえて、止めなかった。涼成とは違った形で仕留めた方が有効だ、と判断したのである。
 握りが甘い。手首もぶれている。楓にとっては、叩き落すまでもない突きである。それを、腕でも肉の厚い部分で思いっきり叩き落した。
 相手が呻き声を上げる。楓は、突きを対角線にある腕で落とした。それが、最も有効に力を逃がす方法だからである。
 防御に使用した腕が、そのまま攻撃になる。これは空手の動きだ。手首を返し、裏拳の形で相手の口元を打つ。俗に言う、フラッシュである。相手を沈めるほどの威力はないが、動きを止めるには充分だ。
 素人ならば見逃すような、一瞬の隙。楓はそれを見て、涼成と同じような回し蹴りの初動に入った。
 前にある左脚に体重をかけ、同時に右腕を左上方に振り上げ、やや身体を捻る。この時点では、残っている右脚が引っ張られている感じである。
 反動で膝を横から振り上げ、上げた右腕を右腰方向に振り下げ、軸足を回転させながら全体重を乗せ、打つ。
 2人が瞬時にして打ち倒されたことにより、大勢いる相手が怯む。
 勝てる。涼成も楓も、そう確信した。
 一方の了以と雪祥は得物同士によるものだが、やりあうほどでもなかった。道具を使えるのと使えないかの差だからだ。とはいえ、そんなひと言で片づけられるわけでもない。
 つまり、ふたりはナイフを単なる刃物ではなく体の延長上として用いているが、向こうはただ握っているにすぎないのである。
 了以と雪祥はまず、何も考えていないかのように直進。そして敵に包囲され視界いっぱいに人がならぶ。
 頭数でどうにかできると思ったのか、相手はいっせいに同じ構えで半径を縮めてくる。中心には薄笑いしている高いのと楽しそうにしている低いのがいるが、距離がつめられたとたん同極の磁石のようにはじいた。
 利き手をひき逆の腕を前にだす格好の相手たちは、彼らが近づいてくるとは考えていなかったらしく、見えた自分たちの敵の体にむかって突く。しかしふたりは軽々とよけ、前者は相手の顔面を、後者は相手のあごをこぶしと足の裏でつぶした。
 ほぼ同時にふたりが倒れ動揺したのか、向こうの動きがとまる。時間にすれば長くても数秒だが、了以と雪祥には十分すぎる長さだった。その間に構えなおし、了以は相手の右腕をきりつける。雪祥はというと、手首を返して薙ぎ払い相手の武器を取りあげただけ。切り傷の代わりに腹に打撲をつけた。
 ときには肉体を、ときには服をきざみながらの喧嘩はこちら側のほぼ無傷で終了。格の違いを見せつけられた相手は逃げだそうとしたが、了以がそれを許さなかった。彼は、自身に歯向かってきた者はすべて叩き潰す習性を持っているのである。
 しかし、雪祥はそれをしなかった。それは優しさではなく、了以たちが読み取った甘さにすぎないが、彼も共闘した人間の中身をわかっているので邪魔はしない。
 雪祥は、口笛を吹きながらほぼ同時に終わった姉たちのほうを眺めていた。
「―― なるほど、結構王道だったな」
「つうか腹減ったんだけど。そこの店員さん、なんかおごってよっ」
「またのご来店、お待ちしております」
「やめねぇかクリス」
「えー、共闘した仲だからいいぢゃん」
 どすのこもった楓の言葉に、雪祥は涼成と接したままの口調で返す。その様子を見た了以たちは視線で会話を交わし、このあたりの勢力図を思い浮かべていた。
 ちなみに、クリスとは源氏名である。
 まだ、名乗り合っていない。そのことに気付いて、涼成は見慣れない2人を眺めた。
 必要のないことだ。
 開きかけた口を噤んだ。この2人と出会ったのは、巡り合わせのようなものだろう。また会うことがあれば、その時こそ名を聞けばいい。もう会うことがないのならば、知るだけ無駄というものである。会うこともない人間に思いを馳せるほど、涼成も了以も暇ではない。
 語ることも、特にあるわけではない。涼成が歩き始めると、了以も黙って追ってくる。
 背に感じる視線は、前とは確かに違うものだった。
 それから数日がたった。涼成と了以は日常にもどり、楓と雪祥は友人たちとともに霧生ヶ谷をまわっている。
 妙な旅路は、帰りの電車でも続くようだ。
「つーかさ、あいつらもひっどいもんだよね。こんないたいけな少年から財布とろうなんてさ」
「後始末した後にいわないの。だったら私が口で退散させるまで待ってればよかったのに」
「だってナンパすんだもん。地元だったら半殺し程度じゃすまさないよ?」
 満面な笑顔で語ることではないが、楓は慣れているらしく肩を落とすだけ。当の雪祥は、おいしそうに弁当をほおばっている。
 姉がふと視線をおくると戦場が飛びこんできた。頃合いをはかったように弟も目にいれ、そのまま動かなくなる。
 霧と不思議が運んできた縁 (えにし) は、ひょんなところで交差するのかもしれない。



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