シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

夏の狼と秋の獅子 ・ 前編

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  夏の狼と秋の獅子 ・ 前編 @ 作者 : 香月 ×  望月 霞

 新宿駅のから霧生ヶ谷行きの新幹線に乗りついで数時間。窓が自然と人工物がいれ替わっていくのを見ながら、藜御 楓 (あかざみ かえで) はぼんやりとしていた。
「姉ちゃん姉ちゃん! この弁当うまいね、帰りも買ってこうよっ」
「わかったわかった。いいから落ち着きなさいよ」
 彼女のむかいに座っている男の子。彼は楓の弟で雪祥 (ゆきひろ) という。
 景色より食い気の少年に、姉はじと目で気持ちを送っていた。
 彼女たちが向かっている先は霧生ヶ谷市。不思議なことが起こるということで有名なこの場所は、とある縁により知ることになった。その先方が遊びにこいと誘ってきたので、勝手についてきた中学3年生と足を運んでいるのである。
 ふと箸をとめた雪祥は、
「ところでさ、友達って誰? オレの知ってる人?」
「知らない人。顔あわせたら紹介する」
「へぇ~。でも意外だなぁ、いとこの顔知ってたなんてさ」
「誰もいとこなんて言ってないでしょうが」
「違うの? お袋がこっち方面出身だからそう思ったのに」
 人の話を聞いてたわけ、と楓は思ったが、とんちんかんなことを言うのはいつものことらしく、ため息ひとつで返事をする。
 一方の雪祥はそんな姉を心配そうに見つめている。生真面目な楓のことを思っているのだろうか。
「本当に偶然会った友人だから。そっちの道の人でもないし」
「ふぅん。男?」
「どっちもいるよ」
「マジでっ。じゃあ品定めしないと親父に殺されるじゃんか!」
 何を勘違いしているのか、楓はつっこむのも疲れてしまった様子。彼女は、大人しく残りを食べるよう促し、自身も次にそなえて腹ごしらえをすることにした。
 客の出入りは、日によって極端に違う。
 平日でも眼の回るような忙しさの時もあり、休日でも誰一人として来ないということもある。
 客がいないというのは、仕事をしなくていいということである。楽でいい、などと言う者もいるが、涼成は退屈だった。少しぐらい動いていないと、時間が経つのが遅くて仕方がないのだ。この店は嫌いではないが、早く帰りたいという気持ちもないわけではないのだ。
 今日は、涼成 (りょうせい) だけだった。小夜は、部活から帰ってきてそのまま友人と共に出かけていったのだ。サボりだが、客がいないと判断した店長が許した。
 レジの前で立ち尽くしているのが、手持ち無沙汰な時の涼成の形である。『上木』と書かれた名札を眺めてみたり、テレビを見てみたり、暇潰しに明日の準備をしてみたり。本当に何もすることがない時は、近くのコンビニで何か買ってきて、飲んだり食ったりしていることもある。
 テレビを見ている時間が、数えてみると3時間を超えた。依然として客は来ない。店長も暇そうに煙草を吹かしている。
 更に1時間、テレビを見つめていた。
 開店が午後5時で、閉店が午後11時である。客がいないまま既に4時間が過ぎていた。
 午後9時になると、もう入ってくる客はほとんどいない。この時点で客がいないと、店を閉める準備を始めることが多かった。
 『小次郎』の立地は、お世辞にも良いとは言えない。だから、店の前を人が通ることがあれば、店員一同は必ず凝視する。涼成も、それに倣って店の前を通る2人を眺めていた。2人組である。姉弟だろうか。どことなく、似ていないこともない。
 入ってくることはないだろう。若すぎるのだ。若者は、この店の客にはあまりいない。常連で成り立っているような店なのだ。店長も、変わらず煙草を吹かしている。
 店の扉に吊り下げられた風鈴が音を立てた。店長が、意外そうな顔で涼成を見る。何となく、一度頷いてそれに応えた。
 見たことのない、顔だった。無論、そんな人間はいくらでもいる。学生だということを考えても同じだ。だが、引っ掛かるものがある。
 といっても、客と店員である。この関係から上がることも下がることもない。道端で出くわすことがあれば何かアクションを起こすかもしれないが、今は何もない。安堵にも似たものが、束の間過った。これは、涼成にとっては珍しいことである。
 2人が座った席のコンロに火を点け、そのまま伝票とペンを持って立ち上がる。
 雰囲気、というものは案外馬鹿に出来ない。これは、夜の街にいれば誰もが知っていることである。危険か、そうではないか。そういう判断を、瞬時に下すことが癖になってくるのだ。昼の街であっても、涼成のような人間がすれ違う人々を見る眼は、普通とは少し違っているのだ。
 2人組 ―― 特に女だ。こいつは、普通ではないな。メニューを見ている女を見ながら、ぼんやりとそんなことを考えた。
 涼成のような人間が下す判断は、あまり容姿に惑わされない。ただ街を肩で風を切って歩いている連中とは違うのだ。大人が知っているものよりも、現場は血生臭く荒々しいものである。規制がかかれば、見えないところでより過激な暴力が生まれてくる。そんな中で生き抜いていくのは、髪色や服装が奇抜だ、なんていう大人の言う風紀の基準で相手を判断することはできない。
 実際、大人の風紀に照らし合わせれば、この女は普通以外の何者でもないのだ。
 注文を受け、店長にそれを伝える。女の視線を背後に感じたが、振り返らなかった。
 会計をすませ時刻は深夜を回っていた。
「うまかったね姉ちゃんっ」
 満足気に話す雪祥だが、楓はしかめっ面をしたままだ。どうやら、先ほどの店員のことを気にしているらしい。
「ユキ、あんた何も感じなかった?」
「まっさかぁ。だから早く食ったんじゃん」
 寄る前に買ったペットボトルを飲む彼だが、視線だけは店の出入り口に注がれている。弟は姉と同様の感覚をもったようで、
「物騒だからいこうよ。メンドーなことにならないうちにさ」
「そうね。この辺りに情報網はないし」
 ふたりの雰囲気は、新幹線にいたときと全く違っていた。
 友人が予約していた不思議荘に泊まり迎えた翌朝。向こうの顔が利いたのか割安で利用できた姉弟は、嬉々としてその場を離れる。
「あんた謝っときなさいよ。突然変更させたんだから」
「どうせなら同じ部屋がよかったの゛」
 目線の高さにあった頭を問答無用に殴る楓。黙らせた後は、人の話を聞きな馬鹿、とつけ加えた。
 一番高いところを押さえながら涙目になっている弟を無視し、姉は巡ってみたい場所の確認をする。
 まず現在地は中央区だ。ちなみに先日食事をした小次郎の店は、同区と北区の境目にある。
 戻して、名前だけあげれば諸諸城、法倫堂。ほかに水路と佐野製麺所があるが、前者は全区にあるし、後者は外観を見てみたいだけ。友人曰くほとんどが北区に集中しているとのことなので、はじめは城をみて北区に移動し製麺所、法倫堂の順にまわれば良い、と。
 整理し終えた楓は、いつの間にか屋台にかぶりついていた雪祥をふん捕まえモロモロキップを買いにいった。
 交通手段共通切符を手に、まず城を堪能。楓は天守閣の天辺にある名物金之諸々を写真にとり、雪祥は通行人に頼んでふたりの記念を撮る。ついでにまたつまみ食いを手にした少年は、少女の冷たい目にもめげず元気に歩いていた。
 水路と中で泳いでいるモロモロに目を奪われながらもバスに乗り、いったん製麺所の前で降りる。視野の先にある工場の名にふさわしい建物を見学したあと、再びバスに乗車。うどんロードに足を運び、適当な店を選んで昼食をとった。
 店でしばらく休んだ後バスで西区に移動し、黄昏坂と呼ばれる坂でおり飲み物を購入。ちょうど良い陽気なので、水分補給と思ったのだ。
 間に休憩を挟みながら登ること15分。ようやく法倫堂にたどりついた。ここはアンティークショップであり、個人の価値観もあるが、ピンからキリまでそろっている。もちろん買うつもりではなく、ただのショッピングなのだが。
 楓は店員にとり巻く空気に意識がいったが、ここは霧生ヶ谷市だと言いきかせて店をでた。
 忠告をするとすれば、漣了以 (さざなみ りょうい) をおいて他にはいない。
 この男と涼成の繋がりは切れていると思われがちだが、実際はそうでもなかった。ただ、お互いにスタンドアローンを好む傾向が強いことは間違いない。付き合いはあるが、何かを一緒に行うことはほとんどなかった。
 涼成を見て、口元だけに笑みを浮かべる。意図してやっているのかはわからないが、了以が笑う時はいつもこれだった。見ていて、あまり気持ちが良いものではない。
 夜が近い。昔なら、勇んで街に出ていた。今は、当時の昂揚など微塵もなかった。
「北高から、何が見える?」
「一歩離れると、意外に全てが見渡せたりするもんだ、涼成。俺はそれを楽しんでる。こないだの奴なんか、殺されるとでも思ったのか命乞いまで始めやがった」
「そうか。制裁も、俺には関係ないから止めない。悪いとも思わないからな。ただ、獣がいるな、霧生ヶ谷に」
「どんな奴?」
「女だ」
「橘祥子みたいな奴か」
「別物だ」
 夜の街。一見、華やかに見えるものだ。だがその裏には、怪異とはまた別な闇が広がっている。それを作り出しているのは、人間に他ならない。涼成は、人間の闇にはずっと近い位置にいた。いや、まだいるのかもしれない。
 この闇は、怪異などよりも性質が悪い、と涼成は思っていた。刃を向けられたら、誰の助けも期待できない。都市伝説のようになっている杉山さんなどの方が怖いと言う者もいるのだろうが、そういう連中は人間の闇を知らないのだ。怪異などよりもリアルで、多くの場合は長引く。叩いても、叩いても、別な何かが襲い掛かってくるのだ。霧生ヶ谷にいられなくなった者も知らないわけではない。
 解決策などない。潰される前に、潰す。助けを乞う相手に容赦なく蹴りを入れる。地に頭を擦り付けて謝罪する相手を踏みつける。それが新たな争いを生み、泥沼と化していく。
 普通の大人がそれを止めようと躍起になっても、それは徒労に終わる。普通ではない大人が出てきたのならば、それこそ取り返しのつかないことになりかねない。
 全てが危うい。しかし、そんな空間に魅了される者もいる。それが涼成であり、了以なのだ。
「慌しいのが何人かいるなぁ、涼成?」
「喧嘩でもあったんだろう。俺達には関係ない」
「誰だと思う?」
「わかるはずもない」
 単車の音、人の流れ、それらの表情。闇の中で煌々と輝く通りが、全てを鮮明にする。
 いつも騒がしい場所ではある。だが、それとは違う騒がしさを、今夜は孕んでいる気がした。
 駆け抜けて行こうとした男を一人、了以が掴んで止めていた。いつの間にか取り出したナイフを突きつけ、何があったのかを聞き出していた。
 いつものことだ。凶器が悪いとも思わない。
「喧嘩か」
「らしい。それも化物らしいぞ。見に行こうや」
「巻き込まれるのがオチだろう」
「巻き込まれなくとも、俺から飛び込んで行くね」
「やめてくれ」
 慌しく移動していく連中の後を、ゆっくり歩いた。了以が飛び込んで行けば、一人でその場を離れればいいだけの話だ。無理に巻き込むようなことを、了以はしない。というより、一人でやりたがる。
 人間の闇は、底がないほど深い。だが、その中でしっかりとした足場を持つことも、不可能なわけではない。それができる者は限られているが、徹底的に、敵対したくないと誰もに思わせることだ。
 了以が、まさにそれだった。一人だから、袋叩きにしてしまえば抗うことはできない。だが、了以は病院から出てきたらすぐに、自分を潰した者が一人でいる時に赴き、過剰なまでに報復する。それを続けているうちに、いくらやっても必ず帰ってきて半殺しにされる、という噂が流れ始めるのだ。相当な覚悟が必要なことではあるが、了以はやってのけた。
 闇が濃くなってきている。中心部から離れているのだ。こんな場所を選ぶなら、相当な自信があるのだろうか。人がいないような場所だと、助けを求めることもできない。誰かが通報することもあまり期待できない。
 喧騒が近づいてくる。了以が、口元に笑みを浮かべていた。
 視界が開けた。同時に、涼成は人数を数えた。立っている者ではない。倒れてる者の数だ。
 10人を超えたところで、それをやめる。
「誰だ」
「知らねぇ。つーか見えない」
 闇と人間に遮られ、ぶつかり合っている箇所が見えない。
「さあ、涼成。俺は行くぞ」
「好きにすればいい」
 了以が、影から飛び出していた。
 気付いた男と交差する。瞬間、男が悲鳴を上げて蹲っていた。
 ナイフを遣うタイプで、最も厄介なのは了以のような男だ。一撃必殺を狙っていない。手や足を狙って斬りつけるのだ。そしてこれは、熟練者の方法でもある。
 出血というのは、人間であれば焦燥を感じざるえない。ましてやナイフで斬られたとなれば、手や足であってもそれは大きなものだろう。
 慣れていなければ、まず回避に頭が回らなくなる。そして、人間は本能的に感じ取る。本気で刺す相手か、そうでないかを。了以は前者だ。脅しでナイフを持っている者とは、勢いが違う。
 闇に、目を凝らした。
 女。あれは、『小次郎』に来ていた女か。弟らしき影もある。
 了以の存在には気付いたらしく、それとなく移動しながら囲んでいる連中を拡散させ始めている。
 いきなり、「漣だ」という声が上がった。途端に、囲んでいた連中が及び腰になり、逃げ始める。やはり、漣了以というのは大きな名らしい。それに付いて回るのは、恐怖だけだ。
 3人が猛追するが、散り始める連中を全て打ち倒すことは難しい。涼成も、影から出ていた。
 逃げる連中を沈めて回る。しばらくすると、闇が本来の静寂を取り戻していた。囲んでいた連中は全て打ち倒されている。
 倒れている男を1人、観察した。やはり、化物だと言わざるえない。
 女と男である。その時点で、よほど大柄な女でもない限り体重さは否めない。
 漫画などでよく描かれる、顎を打ち抜けば脳が揺れて立てなくなる、というシーン。あれは、体重さがあると難しいことなのだ。しかし、女はそれをやってのけている。
 質量と速さが威力である。女というハンデをまるで感じさせない戦果は、驚嘆に値する。
「……リョウイってのは、どいつだ?」
「そいつ」
 と、了以を指して紹介。さされた相手は表情変えず、どうも、とだけ口にした。
「そうか、礼いっとく。連中、あんたの名前で腰が折れやがったからな」
「涼成、俺の言いたいことわかる?」
「やめてくれ。うちのお客だ」
「うっひょー、あんたたち相当な悪でしょ。あっちから何かきたよ」
 人差し指を男ふたりと闇へ交互にむけた雪祥は、まったく無邪気である。
「お前、ちっとは空気読んだらどうだ」
「だってホントのことじゃん」
「決着つけとかないと、後が面倒かもしれないな」
「何だかんだ言って、結局お前も出てくるなんて、お前良い奴か? それとも女がいたから?」
「どうとでも思っておいてくれ」
 お前に全て任したら、助けたとはいえあの2人も警察沙汰になりかねないと思ったからだ、とは言わなかった。



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