シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

日々更新中な僕ら

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 日々更新中な僕ら 作者:あずさ

 




 あの頃から変わっていないものなんて、きっとなくて。


【日々更新中な僕ら】

「爽真くん!」
 ふいに弾けるような声で呼び止められ、柳川爽真はその足を止めた。一度深く大きく深呼吸。
 顔の筋肉は引きつっていないか? 制服はだらしなくないか? ――多分、きっと、恐らく大丈夫。
 ものの一秒でそれらを済ませ、改まって振り返る。声の主を視界で捉えるのに時間は必要なかった。きっと自分が一番見つけやすい相手だと思う。別に外観が目立つ相手というわけではないのだけれど。
 その相手――校門からツインテールの髪を大きく揺らして駆けてくるのは同じ学校の一ノ瀬杏里だ。爽真の手前までやって来た彼女は小さく息を整え、笑顔を向けてくる。その笑顔は当然ながら、走ってきたことで軽く上気している頬もまた可愛らしい。
「帰るの?」
「あ、ああ」
「一緒にいい?」
「ああ」
 断る必要も道理もない。
 コクコクとうなずいてみせれば、杏里は無邪気にはしゃいでみせる。その楽しげな様子につい見入っていた。不思議そうに名を呼ばれ、爽真はハッと我に返る。勢いで顔を背けた。熱い。
「大丈夫?」
 大丈夫。全然。全くもって本当に。
 ややどもりながらもきっぱりと答えた自分に、杏里も納得したらしい。
 そうして、二人は並んで帰路を歩き始めた。


「なんか久しぶり……だよな」
「うん、そうかも。クラス別れちゃったもんね」
「瑞原は杏里と一緒なのにな」
「あはは」
 あっさり笑われ、若干ヘコむ。クラス分けを見たとき、爽真はそれはそれは落ち込んだのだ。小学生の頃同じクラスだった杏里と別々のクラスになり――しかも同じく仲の良かった瑞原ほのかはちゃっかり杏里とまた同じクラスなのだから――衝撃は大きかった。神様は俺を嫌いなんだと本気で思った。密かに思いを寄せている女の子なのだから尚のこと。
 ちら、と横目で杏里を見やる。太陽の光をめいっぱい受けたブラウスの白さが目に眩しかった。その眩しさから逃れるように視線を避ければ、いつの間にか舗装されていたコンクリートがさらに光を反射していて余計に暑い。以前はもう少し、緑の濃い香りを届けていた道だったのに。
 爽真はどこに視線をやればいいのか分からないまま話題を探した。
「……不思議体験ツアー、やらないのか?」
「え? ううん、やってるよ?」
「え」
「最近は一人でだけどねー」
「……え?」
 自分だけがのけ者にされたと思い焦りが浮かんだのは一瞬。思いがけない言葉に爽真は次の言葉を失った。
 確かに杏里は活発的で一人でも身軽に出かけてしまうことがあった。だが、だからといって一人が好きだというわけでもないし、楽しいことを独り占めするより友達と共有することを好む方だ。だから散々「不思議体験ツアー」と称し、様々な場所をみんなで歩き回った。霧生ヶ谷には多くの噂や伝説が伝えられているので探検する場所のネタには困ることがなく――そしてなかなか「当たり」も多く杏里の不思議萌え魂に火をつけたので、かなりの頻度でそれは行われていたのだ。もちろん楽しんでいたのは杏里だけではない。不思議萌えとまでいかなくとも、爽真もほのかも、杏里と共に奔走するのが楽しかった。なんだかんだと言いながら誘われるのが嬉しかった。それは好きな女の子が誘ってくれたからだということを抜きにしてもうなずける。
 それなのに。
「杏里……?」
「なかなか爽真くんとかほのかとは都合合わないし」
 う、と詰まる。否定もできず言い訳もできない。中学に上がってから、クラスが違ったり部活に入ったり、それぞれの生活がわずかながらも違いを生じ始めていたのは確かだった。
「新しい友達とは?」
「あんまり。――あ、ちゃんと遊ぶし仲いいよ? ただ……不思議に対してはね、なーんか反応鈍いんだぁ。信じてなかったり、関わろうとしない子が多いの。中には『そんなの子供っぽいよって』言う子もいるし」
 ぷぅ、と軽く膨れる頬。
 そこには拗ねた気持ちの他に、諦めの色も含まれていて。
「あ……じ、じゃああいつらは?」
「?」
「大樹と春樹」
 杏里が転校してくる前の彼女のクラスメイトと、その兄だ。彼らは「不思議」に寛容でよく霧生ヶ谷に遊びに来ていた。そして彼らもまた「不思議探検隊」メンバーの一員なのだ。転校して住む地が変わったというのに、杏里と相変わらず絆が繋がっている彼らが、爽真には少しだけ気に食わなかった。本人が嫌いというわけではない。ただ、なぜだか悔しい気がしてしまうのだから仕方ない。
 あ、あの二人ね。そう言って杏里は表情を和ませた。
「電話は時々するよ」
「電話だけか?」
「大樹は来たいってよく言ってるかな。でも、大樹はバスケ部に入っちゃったから練習が忙しいみたい」
「バスケ部ぅ!? あのチビが?」
 思わず素っ頓狂な声が飛び出る。人一倍小さくて賑やかな彼の姿がありありと思い描けた。爽真にとって、大樹は小さいだけではなく兄の春樹にベッタリでブラコンだという印象がとにかく強い。だからバスケ部と言われても奇妙な違和感がこみ上げてくる。いや、でも確かに身軽ではあったような……。
 杏里も爽真の言いたいことは分かったらしい。遠慮なく笑い飛ばしてきた。
「あはは。だからじゃない? 身長伸ばしたいんだよ、きっと」
「……安直な奴」
「大樹だもん」
 クスクスと杏里が笑う。それがまた、爽真にはつまらなく思えてしまった。
「……なあ、それなら今から行かないか?」
「え?」
「不思議探検」
「いいのっ?」
 反射と言っても過言でない速度で目をクリクリと輝かせ、杏里が胸の前で両手を合わせる。爽真は小さくうなずいた。
 が、
「あ……でもどうしよう」
「へ……?」
「スカートじゃ動きにくいかなぁ」
 眉を寄せ小さく唇を尖らせた彼女は、軽く睨むように自身の制服を見下ろした。くるりと回れば、それに合わせてふわりと舞う紺色のスカート。何だか踊っているみたいで可愛いな、と爽真はぼんやりと感想を抱く。中学校の制服なのだからみんな同じものを着ているはずなのだけれど。
(太股が眩しいだなんて、いやいや、そんなこと……)
 ぶんぶんと首を振り、それから短くため息。
 杏里が動きやすい服装を好んでいたことを爽真は知っている。決してスカートを履いていなかったわけではないが、比率からいえば相対的には少ない方だったのだろう。改めてその事実を認識すれば、何だか新鮮な気持ちにもなってくる。
 ただ、もしスカートだとしても。昔の杏里なら、気にせず不思議探検に繰り出していたのではないか。
(……変わったんだろう、な)
 ちょっとしたことが。日常の、ほんの些細なことが。徐々に姿形を変えていく。小学生だった頃の自分たちではなく、中学生の自分たちへとなっていく。
 たった一年経っただけだというのに、何かがすれ違い食い違い、奇妙な感覚だけを残して消えていく。
「んん~っ。汚したら怒られるかなぁ……でも、せっかくだもんね! うん、やっぱり行こう! 新しい情報ゲットしたばかりだしっ」
「いいのか?」
「ふふー。杏里ちゃんに二言はありません!」
 眩しいばかりの笑顔を向けてくる杏里。
「ほら、そうと決まったら急がなきゃ時間がもったいないよ!」
 そう言うなり爽真の手を取り、彼女は小走りに駆けだした。爽真はぎょっとしながらも引っ張られるままに走り出す。
 走りながらもふと思う。歩幅が違う。杏里はいつも元気に走り回っていて、どこか引きずられそうだった自分だが、今は杏里のペースに軽くついていくことができる。
 何より握られた手が熱い。自分の血液の全てがそこに集まってしまったのかと錯覚するほどに痺れてくる。
 ――少し、自分は背が伸びただろうか。杏里の手はこんなに柔らかかっただろうか。小さかっただろうか。

 変わっていくんだな、と爽真は思った。まだそれほど多くの時間が経っているはずはないのだけれど、すでにきっと、あの頃から変わっていないものなんて何もなくて。全てが少しずつ変わっている。そしてこれからもその変化は大きくなっていく。

 何せ、ずっと変わらないと思い込んでいた彼女への想いでさえ変わっているのだ。

「爽真くん、どうしたの?」
「いや、別にっ。……楽しみだな」
「うんっ」

 ――変わらないはずだった彼女への想いは……あの頃よりずっと、ずっと大きく確かなものへと変わっているのだ。
 きっと昨日より今日、そして明日にはもっと強く。



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