■第四話「それぞれの幸せ」 written by 夜城琉架
「これか?」
「そう。ここで……」
亜紗香と大輔の一人と一匹はとある場所に来ていた。先ほど、亜紗香がいきなり早退し、怨霊が何故大輔を助けたのかが解ったと言い出したのがきっかけだ。まだ昼間だというのに暗い。黒い雲が雲泥していて、今にも雨が降りそうだ。
ここは、とある公園。だがそこは公園と呼ばれるにはあまりにつかわしくない。まるで、狭い空き地を無理やり公園というくくりにしたかったみたいな、そんな感じが見受けられる。遊具は鉄棒しかなく、あとは黒いタイヤが何個か並んでいるだけだった。
そんな中、亜紗香が指差したところを見ると、そこには少しもっこりとした山ができている。そしてその上には割り箸二本でできた十字架が刺さっていた。
そう、まるでお墓のように……。
ここは、とある公園。だがそこは公園と呼ばれるにはあまりにつかわしくない。まるで、狭い空き地を無理やり公園というくくりにしたかったみたいな、そんな感じが見受けられる。遊具は鉄棒しかなく、あとは黒いタイヤが何個か並んでいるだけだった。
そんな中、亜紗香が指差したところを見ると、そこには少しもっこりとした山ができている。そしてその上には割り箸二本でできた十字架が刺さっていた。
そう、まるでお墓のように……。
「もう一度説明してくれないか? 亜紗香……」
どうにも理解できないという大輔に、亜紗香はぎゅっと手を固く握り締め、再び説明をし始めた。
「大ちゃんが死ぬ、一年ちょっと前だったかな。黒猫が、車に轢かれてたの。轢いていった人の事は解らないけど、多分、逃げたんだと思うの。例え猫でも酷い事だよ、ね……。それで、他の車が通る時に、邪魔に思ったのか、誰かが道の脇に、木の棒で寄せてたのを見たの。すごくかわいそうに思えて、つい……怒鳴っちゃって……」
「で、その迷惑に巻き込まれた奴をこてんぱんにやっつけたのか?」
しゅん、とした亜紗香を見て、大輔はすっぱりとそう言った。
「う……」
図星のようだ。亜紗香は正義感が強い。特に動物に対しては優しいので、例え死体といえど放っておけなかったのだろう。そして、亜紗香は口喧嘩は得意中の得意なのだ。大輔の予想通り、迷惑に巻き込まれた奴をこてんぱんにやっつけたのだった。
「それで?」
しゅんとしたままの亜紗香に、大輔は先を促す。
「あ、うん……。それで、そこに埋めてあげたの。丁度割り箸持ってたから。夕飯の弁当買った帰りだったし」
そんな説明はいらないとばかりに大輔は亜紗香の言葉を無視し、お墓、と思われるところを見る。普通なら、誰かが十字架を壊したりしそうなものだが、どうやら誰も来ないようなところらしい。綺麗なまま、放置されている。
「で、それと俺とどう関係あるんだ?」
「あ、うん……」
と、亜紗香はそこで押し黙ってしまった。言い難いことを言わねばならない。しかし、それは真実なのだから……。
「その黒猫が、怨霊なんじゃないかな? それで……私に恩返しする為に、大ちゃんを助けたんじゃないかな……」
「何故お前に恩返しするのに俺を助けるんだ?」
「う……」
ここまで言えば解りそうなものだが、大輔は意外と鈍感なようだ。これははっきり言わないと解ってもらえそうにない。亜紗香は勇気を振り絞った。
「私が……大ちゃんの事……す、き、だっ……た、から……」
「……」
――言っちゃったーーーーーー!!
恥ずかしさでなのか、亜紗香は顔を真っ赤に染めている。そしてそれを見られまいと、俯く。返事が欲しいわけでもない。告白したかったわけでもない。ただ、それが真実なのだから、言ったまで。反応がないと、逆に困る。亜紗香はどうしていいのかわからず、ずっと俯いたままで、大輔の言葉を待った。
「……俺も……」
「……え?」
びくっとして亜紗香が顔をあげると、大輔は、いつもより真面目な顔(と言っても猫なのだから解りづらいが)をして、亜紗香を見詰めていた。
「俺も……好きだった……」
「え……」
大輔の言葉に、一瞬時が止まったかのように感じた。まさか両想いだったとは……。そんな時だった。先ほどの猫の墓がいきなり白く光り始めた。
「え?」
二人……いや一人と一匹は、その様子に呆然とするしかなかった。光が大きくなり、一匹の猫の形をした。その姿こそ、埋めてあげた猫の姿だった。
『よかったわね。やっと告白できて。しかも両想いだなんて』
そしていきなりその猫は喋り始めた。亜紗香と大輔に向かって。
「ええええええええ!?」
いつも以上に声のトーンが高くなる亜紗香であった。が、そんなことはおかまいなしに続ける猫。
『ずっと心配してたのよ。告白すらできずにいるなんて、かわいそうだもの。でもよかったわ』
「俺を……助けたのは、あなた……ですか?」
口の悪い大輔が、敬語になる。それほど、なにか偉大な、恐れ多い者のようだ。
『そうよ』
「俺は、生きてるんですか?」
『……残念ながら、火葬されてしまっては生きてはいられない。一度死んで、蘇った、という事になるわ』
「そう……ですか……」
「大ちゃん……」
猫の言葉に、大輔は少し声を低くした。解ってはいたことだったが、大輔は生きてはいないのだ。
「人間には、戻れない、ということですね?」
『ええ……。残念ながら……』
大輔は一見、あっけらかんとして、楽観的な考え方の持ち主ではあるが、やはり人間に戻れない、ということは、重く、受け取ったのだった。亜紗香と両想いということが解ったとしても、今生で結ばれる事はないのだ、と。
『でも、ずっと一緒にいられるわ。……それしかできなくて、ごめんなさい』
猫、いや、怨霊は、本当に申し訳なさそうにそう言った。だが亜紗香は。
「いいえ。いいえ……」
亜紗香は、本当に喜んでいるのだ。例え猫の姿だとしても、一緒にいられるのだ、と。いや、猫だからこそ、一緒にいられるのかもしれない。
『またね……』
そう言って、猫の形は歪み、怨霊となり、彼女は消えていった。
「大ちゃん」
「?」
「大丈夫よ。ずっと、傍にいてね……」
「……」
大輔の心を知ってか知らずか、亜紗香は少し涙ぐんでいた。大輔はそれに気付かない振りをしながら……。
「ああ……」
****
「ちょっと大輔!」
「なんだよ」
「つまみ食いはダメだって何度も言ってるでしょ!」
「だって、キャットフードまずいんだよ!いいだろ。人間の食べ物食わせてくれても」
亜紗香の夕飯をこっそり食べていた大輔に、亜紗香の怒号が響く。しかし大輔は反論する。確かに人間だったはずの者が、キャットフードでは悲しいものだ。
「しょーがないでしょ! 体は猫なんだから!」
「あー! 俺の好きな肉じゃが! 食わせろ!」
「ダメーーーーーーーー!!」
亜紗香の母親はパートで遅くなり、父親は出張で遅くなる、という日は、亜紗香はいつも夕飯をコンビニ弁当で済ませる。それを知った後の大輔は、その日だけは楽しく過ごせるのだった。それもこれも、怨霊のおかげ。大輔はそっと心の中でお礼を言った。
The End