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 妖怪の友人、加濡洲(カヌス)君を見送っていると、
 「楓、やっと帰ったか」
 と、霧生ヶ谷では初めて聞く男性の声がした。振り返ると、もうひとりの同居人、藜御 鳴海(あかざみ なるみ)だった。私とユキの、義理の兄である。
 「さっき誰かといなかった?」
 「友達」
 「ああ、ここの子ね」
 頭をかきながら上を向く彼。私は鳴兄、と呼んでいる。鳴兄は下を見ると、トラックを右手の親指でさして、
 「お前も手伝ってくれないか。終わらせたいからさ」
 「わかった」
 私は部屋に持ってこられた軽めの荷物を奥のほうへ移動させていき、大体1時間ぐらいで終わらせることができた。
 翌日。昨日あった背中の痛みはなくなり、着慣れた制服に腕をとおす。着替えている最中によいにおいがしてきた。ジュージューとなるフライパンの音は、とても元気がよい。
 「おはよう」
 「おはよう。今日は弁当作ってないぞ」
 「うん」
 軽そうな外見に似合う、黒を基調としたちょっとホストっぽい格好をしている鳴兄。学校が慣れるまでの間、台所当番は彼がやることになった。ちなみに、ユキは危なっかしいので元々抜かしている。
 お味噌汁とご飯を3人分用意すると、その上にスクランブルエッグとウィンナーが乗ったお皿とポテトサラダがのった小皿がでてくる。置いた直後に弟が、寝坊したっ、と大騒ぎして飛びだしてきた。
 とくに気に留めることもなく、私たちは先に食事を始める。
 「ったくユキの奴は。そうそう、楓」
 「何?」
 お茶碗を置き、箸をその上にそろえると、面倒を起こすなよ、といった。私は、唐突のことで、危うく口の中のものを吹きだしそうになる。咳払いをし、
 「どういう心配してるわけ」
 「いや、言葉通り」
 「……心配しなくても。徒党組む気ないから」
 「そうか、それを聞いて安心した。ただなぁ、お前は巻き込まれ体質だから気をつけろよ」
 一体どんな体質なんだか。ほめ言葉じゃないのはたしかだろう。
 朝からため息はよくないが、とりあえずはきだし、行ってくる、と立ちあがる。
 「あれ、ねーちゃん。もうでるの」
 「早めに行く。遅刻したくないし」
 「もうってユキ。今8時15分だぞ」
 「げ、急いで食うよっ」
 まったく元気な弟である。待ってられないので、私はさっさと学校に向かった。
 東京都は違う、澄んだ空気がする。自然が多いからだろうか。
 だが、これから起こりそうな厄介なことを考えると、すがすがしい気分もどこかにいってしまう。
 不意に立ちつくすと、もう紅葉の季節だと実感した。ひらひらと、ゆっくりながら落ちてくる季節の風物詩は、私の目の前を上から下へ通り過ぎていく。
 地面を見ていると、後頭部に衝撃が走った。思わず振り返りにらみつけると、何と同じ年ぐらいの男の子がいた。左手にカバンをもった彼は、昨日見送った少年にそっくりの顔立ちをしている。
 「カ、加濡グっ」
 「声でけーっつうの」
 いきなり口を手でふさがれてしまった私は酸欠にならないうちに両手をあげ、相手に意図を示す。彼は何事もなかったかのように歩きだし、
 「ぼんやりしてっと遅刻すっぞ」
 と、ついてくるように促した。あっけにとられつつも、遅刻の言葉で足を動かすことができた私だが、校門の前で待っていたもうひとりの、目の前の人の兄貴に出迎えられ、再度立ちすくむ木になってしまう。相も変わらずのほほんとした笑顔は、私を脱力させるには十分すぎた。
 私たち3人は、そろって校門をくぐっていった。
 学校はすぐに終わり、私たちは午前10時過ぎにはでれたと思う。なぜなら、担任との顔合わせだけで終わったからだ。その後どうしたかというと、いったん自宅に戻り、今は一緒に近くのファミレスで注文したものを待っている。
 「てっきりその後に授業に出るかと思ってたのに」
 「それはそれでかったりぃ」
 「だね~。教科書とかいらないんだけど~」
 やる気ないなこの人たち。まあ、仕方がないといえば仕方がないかもしれないけど。
 「ところでよ、お前ん家でパーティーやらね?」
 「パーティー?」
 「そーそー。歓迎会っていうかさ~、なんかそういうの」
 「いいわね。でも家まだ片付いてないわ」
 「オレらは気にしねぇけど。そっちの都合がいいときでいいぜ」
 会話をしている最中におなかがなってしまったが、たぶん聞こえなかったようだ。腹部のところをさすっていると、急に2人が黙りこむ。どうしたかと周りを見てみると、何故かさっきまでの騒がしさが消えていた。片方の眉をあげ、2人を見てみると、ご飯食べたいなぁ~、これからいくらでも食えるだろ、と、わけのわからない話をしていた。
 「楓、伏せろっ」
 反射的に左側へ体を倒した直後、窓ガラスが大きな悲鳴をあげて砕け散った。ゆっくり目を開けると、前が水の中に入ったかのようにゆらゆらとゆれている。水っぽいものの上には、ガラスの破片が数え切れないほどあった。
 土足でテーブルの上にのった加濡洲君はそのまま外に飛びだし、走り去っていったようだった。数秒後には、何かにぶつかったような音が聞こえてくる。音がした後、加阿羅(カーラ)君がきて起こしてくれた。
 「大丈夫? まったくせわしない」
 「いい、いったいなにっ」
 「『奴』だよ。さっそく君を狙ったみたい」
 「『奴』って、まさか加阿羅君たちが追ってる『元凶』のこと」
 彼は無言でうなずく。店にはいったときの、のほほんとした顔つきが少し真面目になっていた。
 「とにかくおれから離れないで。荷物もって外に出るよ」
 私はいうとおりにし、いつの間にか大きく真っ赤な刀を持っていた加阿羅君についていく。インターホンがならなかった扉を開けてでてきた先には、人の頭ぐらいの虫やホタルの光のようなものがたくさん存在している。不可解な物体たちは、こちらに気づくと、即座に向かってきたが、加阿羅君が慣れた手つきで切り落とした。約数10メートル奥を見てみると、加濡洲が手から水色の光を放ちながら相手を打ち落としている。振り返った彼は、その場からジャンプし、私の隣へ降りたった。
 「ケガはしてねぇな」
 「う、うん」
 「元は?」
 「知らね。この辺りから消えちまったみたいだ」
 「結界を残したまま? それはないと思うけどー」
 「おい楓、何か見えたり聞こえたりしねぇか」
 見渡すが、とくに聞こえたり見えたりはしていない。ただ、目の前には、2階から形がなくなった建物と、無残なコンクリートの塊があるだけである。正直、視界から消したい光景だ。
 「ずいぶん暴れたのね、さっきの化け物たち」
 「はっ?」
 「はっ、って。建物壊れてるじゃない」
 「……どこにあるの、それ」
 「どこって、だからファミレスの向かいの建物よ。崩れてるでしょ」
 ふたりが目をあわせた瞬間、加濡洲君は水を集め、加阿羅君は風を呼び集めて私が指した建物に同時にはなった。直撃すると、崩れていたはずの建物が再生されていき、原型と思われる形に戻っていく。さらには建物の3階から5階ぐらいの高さに、蜂の巣のような形をしたものと、パステルカラーのどぎつい黄色をしている蜂蜜のようなものが蜂の巣を覆っていた。襲ってきた虫とホタルの光もどきがでてきたところから、おそらく根城だろう。
 「連中、どーやって隠れてやがった」
 「そんなことは後でいいから、早く片付けるよ」
 「わーってるよ。援護するぜ」
 加濡洲君の言葉を聞いた加阿羅君は刀を横に構え、風をまとわりつかせた。今度は刀の先を地面に構えながら蜂の巣に向かっていく。加濡洲君は私たちの周りにバリアみたいなものを張り、近づいてきた虫たちを右手の水のかたまりで攻撃。左手は赤く光るもので包まれており、加阿羅君が蜂蜜もどきに接近する前にはなった。当たると蜂蜜もどきがとけていき、守りを失った蜂の巣は上から振り下ろされた刀のサビとなる。落下していく最中に横なぎの攻撃をした加阿羅君は、そのまま再生したビルの前に着地した。
 加阿羅君が体制を整え、こちらに振りかえると、彼はにっこりと笑いながら手を振った。どうやら、確実にしとめたようだ。
 しかし、加阿羅君の笑みはすぐに消え、彼の視線は私の後ろを見た。つられて目を動かしてみると、ひとりの少年がいた。
 姿を見るやいなや、加濡洲君の姿が一瞬にして消える。次に声を聞いたときは、私と同い年ぐらいの少年に足払いをかけて押し倒し、首筋にナイフを突きつけたときだった。