霧生ヶ谷の怪異 作者:望月霞
とあるところにある、不思議な店。 何が不思議なのかというと、すべてにおいて、である。
まずは店の内装を述べようか。 ……といっても、見た人間によって話が違うので、これと言って定まってはいないのだが。 ある人は古びた木造と言ったり、ある人は豪華けんらん
の城のようだ、と言ったり。 結果的に話をすれば “見る人によって違う”、ということだ。
それを象徴するかのようにまた店の品物もよくわからない ―― らしい。 果たしてそれが、
記憶違いからきているのか、ただの夢物語なのか。 それすらも区別しがたい。
まあ、人間の記憶とはそのようなものなのかもしれない。 現に、脳にも誤作動があるし、
記憶ならずとも “失敗” という観点から見れば、当たり前のことなのだろう。
だが、ここは不思議な市だ。 一見は普通の市街地だが、一部において不思議なのだ。
そんな市街地の名は霧生ヶ谷市。 不可思議なことが色々と起こる、奇想天外な政令指定都市の一角にお連れいたそう。
* * *
「てぇんめぇ、伽糸粋 (カシス) ! 今日という今日は覚悟しやがれっ!!」
「はぁっ? あんた誰に向かって口利いてんのよ。 何度やっても同じだっつーの」
「おーい、ふたりともー。 もういい加減によさないかー?」
「うっせぇよ! このノロマッ!!」
「ノロマはないだろー?」
「いや、あんたは誰がどう見てもノロマだって。 加阿羅 (カーラ)」
「ひどいなぁ、ふたりしてー」
「何じゃ何じゃ、騒々しいのぅ」
「ジジ!」
と呼びながら、わしに近寄ってくるのはわしの可愛い孫たちなんじゃよ。どうもまた喧嘩になりそうなんでな、外に出てみた、というわけじゃ。
と、このように述べてもいまいちわからんじゃろうから、簡単な紹介をしようかの。
まずはひとり目じゃ。 のんびり話しておる子がおろう。 この孫息子の名は加阿羅と言ってな。 微笑んておる表情が良く似合う、話しかた同様の性格をしておる子じゃ。 微笑が似合う、というのはわしと同じで、優雅、ということじゃな。
「また加濡洲 (カヌス) が騒いでおるのか?」
「なっ……! 騒いでねぇって、勝負だ。 し ・ ょ ・ う ・ ぶ」
「それを騒いでるって言うのよ」
「うるせぇなこのクソお」
ごばきっ!!
おやおや、加濡洲が妹に顔面を殴られてしもうたわい。 けったいじゃのう。
おお、そうじゃそうじゃ。 ちょうど良い、この勝気な性格の孫息子は加濡洲という名でな。
口は悪いがなかなかの人情を持っておる。 この辺りはわしに似たのじゃろう。 まあ、性格とは裏腹に喧嘩には弱いようじゃが……。
「いって~……」
「お前さぁー、口は災いの元、っていう人間の言葉知ってるかー?」
「知るかよっ、んなこと!!」
「ふぉふぉふぉ。 元気なのは良いことじゃが。 お客が来ていることを忘れてはならんぞ」
「えっ?」
と、殴った張本人である孫娘が、キョロキョロと周囲をうかがう。 うむ。 この様子だと、どうやらお前さんに気がついておらなんだか。
してだな、最後は孫娘の伽糸粋じゃ。 しっかり者で喧嘩が強いのいが特徴だのう。 唯一の女の子じゃが、能力の高さと気立ての良さもわしに似てな。
嫁にするには最適な娘じゃよ。 ……これ、お前さん。 まさかとは思うが、狙ってはおるまいな?
「ジジー、どこにいるのさー?」
「わしのすぐ隣にいようが。 修行が足らんのぅ」
「そんなこと言ってよ、ジジ。 本当は薬でも使ってんじゃねぇの?」
ふむ、なかなか鋭いことよの。 喧嘩は弱くとも、感受性は強いのじゃろう。
「あ、そうだー。 なぁジジ、おれそろそろ行くよー」
「おお、もうそんな時間か。 行って参れ」
「あいよー」
「人間に捕まんじゃないわよっ!!」
「わかってるってー。 おれ鳥なんだよー? イザとなったら空へと逃げるってー」
「そういう問題じゃねぇだろーが。 精肉にされちまうぞ」
「と言われてもなー。 そもそも食べれないだろー? おれたちって、あいつらから見れば妖怪の類だしー」
「あんたねぇ、それでも長男!? ―― って、あたしたちも行かなきゃね」
「そうだなぁ。 あ~、メンドくせぇ……」
「そうじゃそうじゃ、『真霧間キリコ』 には捕まるでないぞ」
と、注意すると、孫たちは変化の術を中断させて、きょとん、とこちらを見よる。 ふぉふぉ、
そんな仕草がまた可愛らしいわい。
「ジジ、誰それ? 真霧間源鎧って人は知ってるけど」
「それの孫娘じゃよ」
「へぇぇ。 そんな奴がいんだ」
「もしかして、この間変な刃物で木を切ってた女の人かなー?」
「そうじゃよ。 加阿羅、よく知っておるな」
「この前偵察に行ったらさぁー、霊子の流れがおかしっくってー。 見てみたら、白衣を着て右手に刃物、左手に酒、かなー? そんな人がいたよー」
「……うわ~、訳わかんねぇ……」
「……それ、ただの変質者じゃなくて?」
「たぶん違うんじゃなーい?」
「あっ、そうそう! こないださっ、六道区でドンパチあったの知ってっか!?」
「えー、知らなーい」
「あんた何かやったんじゃないでしょうねっ!?」
「オレじゃねぇよ!!」
「スノリ ・ ヴェランド。 最近この市にやって来たルーン術士じゃよ」
「さっすがジジ! 何でも知ってんだなぁ!!」
「ふぅん……。 未だにあの使い手がいたのね」
「ほれほれ。 いい加減に行って参れ」
「ほーい」
と、気の抜けた返事をした加阿羅は、再び変化の術を使いにはいる。 それに習い、加濡洲や伽糸粋も始めよった。 ふむ、中々良いに進んでおるわい。
……ん? 何をしているか、とな? あの子たちは1番楽な格好 ――
つまり、普段の姿に戻ろうとしておるのじゃよ。 したが、以前はよく失敗したもんじゃ。 じゃが、ようやく最近様になってきたかのぅ。
ぼんっ!!
<うーっし、せいこーう! んじゃね~、ジジ!!>
バサバサバサ……
ぼぼんっ!!
<あたしも成功! ジジ、何かお土産は?>
「そうじゃのう。 良い材料があったら持ってきてくれるかの?」
<んもう! それじゃわからないってば。 ありきたりに持ってくるよ?>
「うむ。 それでいいわぃ」
<わかったわ。 じゃあ、行ってくる!>
キュキュウコンコン……
ぼしゅーぅっ ――― ……!
<あ~、ようやくできた……。 んじゃな、ジジ>
「帰ってきたら修行じゃよ。 加濡洲」
<げっ!! じょ、冗談じゃねぇっっ!!!>
ビョーンビョーン……べちっ。 ―― ビョーンビョーンビョーン……
ふぉふぉふぉふぉっ。 ようやく行ったか。 お待たせしたな、お客人。 ん? アレは何だっ
たのか、じゃって? ふぉふぉふぉ。
じゃから、元の姿に戻ったのじゃよ。 わしらはな、それぞれ本来の姿を持っておる。 加阿羅はカラス、伽糸粋はキツネ、加濡洲はカエル、といった具合にな。 ちなみに、わしはカッパじゃ。
……おお、何か聞きたいことがおありのようじゃな。 いやいや、お客人はもっと堂々としているものですぞ。
なになに、ここは何処、とな。 最もな質問じゃのう。 したがな、それは秘密なのじゃよ。
というよりも、決まっておらんのじゃ。
まあ、もちろんこの辺は色々と訳ありなのじゃがな。
しかし、それだけではあまりに失礼であるな。 そうじゃの、ヒントをやろうか。 この店の名は “ゲコ ・ カッパ専門店”
と言うのじゃが、店名の元となっておるそれぞれの共通点を考えてみると良かろう。
おや、もうこんな時間じゃのぅ。 お客人、もう戻りなされ。 わしがかけた術もとけかけておる。 そして、今度会うときはちゃんと自分の体を持ってくるのじゃぞ? そうでないと、わしの孫たちが誤って食ってしまうやもしれん。
―― ほっほっほっ。 そんな怖い顔しなさんな、お客人。 わしはそんな風に思ってはおらんよ。
……まあ、後はそなたら人間次第で決まるが、な。 ふぉふぉふぉ……
ではな、お客人。 また何処かでお会いいたそう。