シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

~その1~

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集

 身辺にふとした違和感を感じた始めたのは、つい数日前からのことだった。
「ラーメン、お届けアルヨー」
 中華料理屋の出前で来る兄ちゃんが、何故か本物の中国人らしき人間になった。
 よくコミックで書かれる中国人の様な喋り方をする妙ちくりんな兄ちゃんである。名前は……女じゃないから別にどうでもいい。

「Добрый день. Меня зовут Алексей. Как вас зовут?(はじめまして、私はアレクセイと申します。お名前は?)」
 更には向かいの貸店舗にも、何故かロシアの名酒ウォッカの専門店『Красный Водка(赤のウォッカ)』とやらが出来た。
 しかも、挨拶に来た店の親父は本物のスラヴ系ロシア人である。巨頭症かと思いたくなるイカつい中年親父だったが、これまた名前は聞いた気もするがどうでもいい。

 ついでに言えば、空から何かが頭の上に降って来た。見ればうどんだった。
「だせー! あの兄ちゃん、頭にうどん乗っけてる~」
「うどん星人~」
 突っ込むところはそこなのかYO。
 他に降って来て地面に落ちている可哀相なうどんには目もくれない代わりに、俺の頭のうどんには過剰なまでの反応をするクソガキ数名。
「鼻からうどん食えるか試させてやろうか、こんガキャッ!!」
「「うわーん!!」」

 兎も角、職業柄些細なことでも果てしなく気になってしまう俺は、一度ステイツ(本国)に連絡を取ることにした。
「最近、何か俺の周りがおかしい気がするんだが、いったいどうなってるんだ? なんかあるんじゃねぇだろうな?」
『あん? 特にそういった情報は入って来ていないぞ。まぁ、尤も、お前さんは、その“おかしい”について調べるのが仕事だけどな』
 うははははは、と電話の向こうで派手に笑う男。
 昔と変わらぬいつもの笑い方だが、こうも日本住まいが長いとなんだかイライラしてくる。
「いい加減、東京に帰りたくなって来たぜ……。俺は、ど~にもこの街の湿気ってのに耐えらんねぇよ。これならコンクリートジャングルの方がマシだ」
『まぁ、ぼやくなぼやくな。お前、一応はプロフェッショナルだろうが。上にもそれなりの考え方ってのがあるんだろうよ。なにせ、地球上でその街くらいだ。都市部が存在するのに平然と『へんなもの』が観測されるのは。知らないことがあっちゃいけない国だから、気にもなるんだろうよ』
 声の最後に何かを咀嚼するような音が聞こえた。おそらく、コイツの好みからすればジャンクフード。ハンバーガーか何かを食っていやがるんだろう。そういえば、俺もそろそろ腹が減って来た。
 椅子から立上がり、時計を見ればもう昼だ。
「ふーむ、『へんなもの』ねぇ……。俺には、とてもラングレーの仕事じゃねぇと思うがな」
 異常がないことだけ確認して、俺は早々に電話を切る。
 そういえば、言い忘れていた。
 俺の名前はランディ・シンプソン。出身はアメリカだが、日本語は大学と『養成所』で専攻しただけに、流暢と言っても差し支えないハズだ。
 そして今現在の俺は、日本は霧生ヶ谷市で私立探偵をやっているが、本当はよくわからん情報収集を命じられている世界一ツイていないCIA局員だったりするのだ。


「で、また食いに来てやったぞ」
「『で』とか言われてもですねぇ……。何で、わざわざ私を指名するんですか」
 カウンターに右肘をつき、軽く前傾姿勢。
 どういう意図で設置されたかわからん鏡に映った自分の姿を見てみれば、やや着崩したダークブルーのスーツに、レイバンのサングラス。見るからに柄の悪いアメリカ人だろう。
「そりゃアレだ。……あー、暇そうに奥の控え室で腐ってたら、いくら店長でも精神衛生上よろしくないと思ったからだ」
「今日は本社の方が査察に来られるから、これでもいつもよりずっと忙しいんですよ……」
「……本社なんてあったのか?」
「まぁ、もう元の会社はないんですけどね。例の大手に吸収されつつある訳ですが、まだこの店は経営本心はともあれハンバーガーの製造過程は変わってないんですよね。まぁ、霧生ヶ谷であのニヤニヤ笑いのピエロのハンバーガーに駆逐&吸収・合併されてない店はもう存在しないわけですが……。しかし、お客さんも暇ですね、こんな話をわざわざ聞くなんて」
 だが、この街は『不思議』と外国人を気にしない。こうして普通に俺と話しているのがいい証拠だ。
 まぁ、この街に関して、何も知らない人間に説明してやるとしたら、事あるごとに『不思議と~』という形容の仕方が付きまとうのだが。
「うるせぇ。接客業のくせに、お客様相手に失礼なこと言うもんじゃねぇぞ。まぁ、いいや。いいからさっさと出せよ。あー、なんだっけ、あのカエ――」
「た、ただいまお持ちします! 少々お待ちを!」
 俺の言葉を悲鳴にも近い声で遮り、このハンバーガー屋の店長である山田次郎という、外国人の俺からしてもえらく不憫で中途半端且つ冴えない名前の中年男性が奥へとすっ飛んで行く。
 にしても、店長という立場の人間があれじゃあ、どうにも幸先が悪そうだよな。
「お、お待たせ致しましたー」
 程なくして出てきたハンバーガーセットを受け取り、俺は代金をレジに置いて店を後にする。
 暫く繁華街を事務所のほうに歩いてから、店長が「またどうぞー」と言わなかったことに苦笑した。
 なるほど、俺は彼にしてみれば迷惑な客なのだろう。
 俺が飯を食う上では何も関係のない話だが、あのハンバーガー屋には、まことしやかに流れる噂が存在する。
 なんでも、ハンバーガーのパテに、この市に生息する珍しい『キリュウガヤソコヌキガエル』……通称『ソコヌキ』とやらの肉を使っているというのだ。
 まぁ、噂が流れた後に『当店ではビーフ100%使用!』というビラを貼ったらしいが、それは間違いなく逆効果となっただろう。
 競合しているファーストフード店の陰謀なのかは、今となってはもう定かではない。
 だが、兎も角、そんな噂のおかげであの店は、店長が俺みたいなヤツの接客に出向かなくてはならないくらいに閑古鳥が鳴いているらしい。
 そんな中で、平然とカエル云々という言ってはいけないNGワードを口にする俺は、迷惑以外の何者でもないのだろう。
「まぁ、美味いからカエルでも何でもいいんだけどなー」
 そんなことを呟きながら、間借りしている小さなビルの薄暗い階段を登る。
「くそ、ちゃんと開けよ……このっ!!」
 度重なる事務所半壊&全壊の末、ついに立て付けが悪くなったドアを強引に開け、なんとなく狭苦しい事務所に着いた俺は、ソファに腰を下ろし、紙袋から取り出したハンバーガーを思い切り頬張った。
 うーん、相変わらず不思議と美味いよな、コレ。
 しかし、まるで“牛肉ではない”みたいな噛み応えだ。
 まぁ、中身がカエルだろうがなんだろうが、気にしないで食っちまえばいいものを、どうしてわざわざ気にするのだろうか。美味い料理を食って作り方を訊くのはあっても、材料の詳細に至るまでを訊くものか? 確か、この国には『知らぬが仏』とか『知らぬがほっとけ』という諺があるハズなのに。
 そんなわけで、俺は俗称『カエルバーガー』を気にせず食らい続ける。
 ――――がり。
「むごぉっ!?」
 不意に奥歯が何か硬いものを噛んだ。予想にしない異物を噛んだ歯の痛みに声が出てしまい、驚いた俺はそのまま異物をハンバーガーと一緒に飲み込んでしまった。
 ごっくん。
 今まで人生を送ってきても一度として現実世界で聞いたことのないコミカルな嚥下の音を立てて、得体の知れない『何か』が、俺の食道を無理矢理拡張させながら転がり落ちて行った。
「…………」
 なんてこった。つい飲み込んじまった……。
 慌てて口に指を突っ込んで吐き出そうとしたが、時既に遅く最早違和感は消え去り、異物は胃の奥底に消えた模様。
 なんとかしなければと考えを巡らせ、とりあえず洗面所に駆け込もうとした。
 しかし、ちょうどそのタイミングで事務所の入り口ドアがコンコンとノックされた。

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