客であれば無碍にするわけにもいかぬと思ってドアを開けてみると、そこにはつい先日出前に来た中国人の兄ちゃんがいた。
「出前アルヨー」
「……間違いじゃないのか? 頼んでないぞ」
出前用のボックスこと岡持ちを引っ提げた兄ちゃんは、怪訝な顔をする。
「おかシイネー。確かニこれヲ届けてくれテ……」
何やら呟きつつ、スライド式の岡持ちを開ける。
「おいおい、ちょっと待てよ……」
中から取り出したのは、Vz-61スコーピオン短機関銃(サブマシンガン)の姿。
「テメェ……!」
すかさず岡持ちに伸びた腕を蹴りつけ、時間を稼ぐ。
そのまま踵を返し、デスクを飛び越える。デスクの影に飛び込むのと同時に、放たれた銃弾が俺が寸前までいた空間を通り抜けて壁に突き刺さった。
デスクの引き出しから、ベレッタM8000クーガーGを取り出し、スライドを引いて右手で強くグリップを握り締める。
くそったれ。いったいなんだってんだよ!
「Hey,stop it! Wait! What the fuck was that!?」
英語で叫んだのは、こういう手合いに日本人はまず絡んでこないからだ。しかもやり方がいくらなんでも“派手過ぎる”。
しかし、だとしたら、問題は何処の国の人間かということになる。
おそらくは中国の国家情報部あたりなんだろうが…………とは言っても、俺には全く身に覚えがないんだがな!
「ヤンキー、大人しくチップを寄越せ」
返って来たのは割と流暢な日本語だった。どうやら、さっきまでの喋り方はわざとだったらしい。そりゃまぁ、「アルヨー」とかいう中国人なんていないとは思ってたが……。
しかし、チップを渡せだぁ? なんだそりゃ、んなもん知るかよ。
確かに、俺は何処に出ても恥ずかしくない……かもしれないCIA局員だが、まだロクにこの街の情報収集もできちゃいないってんだ。
そう言って俺の今の悲惨な生活を説明してやりたいが、相手はまだ戦闘体勢を維持してやがる。目的は『何か』の回収と、おそらくは俺の抹殺。
これで俺が知らないとでも言った日には、間違いなく俺を殺しにかかるだろう。
「知らない、って言ったら、アンタ信じるか?」
「……信じられないな」
……交渉決裂らしい。
参ったな、殺しはしたくないんだが。
内心でぼやきつつも、意を決して飛び出す。
まだこちらが撃ち返していないのと、サブマシンガンという武器の制圧能力に優位を感じているのか、奴はまだ位置を変えていなかった。
狙うは……利き腕。戦闘能力を奪うにとどまれば、アウトローライセンスのある俺は、ほぼ確実に法的違法性を問われないで済むだろう。
因みに、このアウトローライセンスだが、いわゆる『裏の仕事許可証』だ。取得するまでには涙なくして語れない経緯があったわけだが、まぁ、それについてはまたの機会に語るとしよう。
瞬時にしゃがみ込んで狙いを外させ、両手で狙いをつけてダブルタップで発砲。
狙いが小さいだけに、それぞれに二発ずつ撃ち込むのは基本だ。
充分に狙いをつけられなかったが、一発がちゃんと腕に命中し、衝撃と走った痛みの所為で銃と腰を地面に落とす。
「さぁて、ゲームは終わりだぜ……」
銃口を突き付け、念のために距離を取る。
さぁて、訊きたいことを聞かせてもらおうかね。
だが、不意に違和感を覚える。
何故、この男は手を撃たれても尚笑っていられるのだろうか?
スムーズに喋ってくれるよう、もう二三発オマケでどっかに撃ち込んでやろうかと思った俺は、左手にいつの間にか何かのスイッチが握られているのに気付いた。そして、そこから伸びた線は、岡持ちの中まで繋がっている。
どうしてわざわざ大型の岡持ちを持ってきたのか。真っ先に俺はそこに気付くべきだったのだ。
「Holy shiiiit……!」
岡持ち中には、何処かで見たような土色の筒の束――ダイナマイトが覗いているではないか。
この量なら、俺のみならず、この事務所を吹き飛ばしても充分にお釣りが来そうだ。
あまりの驚愕に愕然としかけたが、やめろと言う暇があればさっさと逃げるべき。当然、俺もそう思っているクチだ。
どの道、ヤツはハナッから俺を殺すつもりだったに違いない。ダイナマイトも殺し損ねそうな場合の道連れ用保険だろう。俺が、日本での殺しを嫌がるということまで見越してのチョイスらしい。
ニヤリと笑うのを見て、「コイツは本気だ」と判断した俺は、一気に窓まで駆け抜けるとそのままガラスを破って虚空に身を踊らせる。
過度の興奮から大量のアドレナリンが脳内で分泌され、時間の流れがひどく緩慢になる。背中にはじわりじわりと迫る灼熱感。
ああ、こんな感じを前にも味わった気がする。アレは、いつのことだったか……。
落下に備えて身体が回転し、ちょうど視界が空を向く。一瞬イラクの空を思い出した。
浮遊感に近い落下の感覚に身を任せつつ着地しようとすると、窓から爆風が炎と共に噴き出した。
不意に、世界の流れが元に戻り、爆風に身体を押しやられてしまう。
「ぐえっ!!」
背中に強い衝撃を受け、まるで踏まれたカエルの様な声が口から出てしまった。
俺の身体の下には、外に停めてあった愛車が、俺の落下の衝撃を受けてくれた所為で、見るも無残な姿で潰れているではないか。
危険任務ではないが故に支援も何もない中で、わざわざ実費で買ったのに……。
痛みと悲しみで涙が出そうになるが、いつまでもここにいるのは危険なので、さっさと逃げることにする。
何か足になりそうなものは…………。
ちょうどそのタイミングで入口から、さっきの中国人が階段で滑りでもしたのか、転がり出て来た。
身体が軽く煤まみれになっている上に、爆風でダメージも受けているようだが、運がいいようで生きている。まぁ、そもそも腕を撃たれたくらいで死ぬなんてことはそうそうないだろう。
「よくもやってくれやがったな、このド阿呆。事務所が吹っ飛ぶの何回目だと思ってんだ!」
とりあえず八つ当たりもかねて顔面を思いっきりぶん殴って気絶させ、乗って来たバイクの鍵を堂々と奪う。
何処からどう見ても犯罪者の行動だが、背に腹は替えられん。
近くに停まっていた中国人のホンダ・スーパーカブ90カスタムに鍵を突っ込み、エンジンを回してスロットル全開で始動。危険運転承知で逃げ出すことにした。
とりあえず米軍基地にでも逃げ込むしかないが、近くにそんなのあったかな……。
そんなランディの事務所襲撃に際する一連の様子を、銃声がしたあたりからずっと見ていた男がいた。
向かいのウォッカ専門店『Красный Водка』の店長アレクセイ・プルニコフである。
爆発の音に集まっていく騒がしい野次馬たちを尻目に、ひどく落ち着いた様子で店へと戻ると、カウンター下に置いてあった通信用の携帯電話にそっと手を伸ばした。
「Это я. Все на месте?」
『Да. Отлично.』
「Очень хорошо. Приступайте. Привет.」
簡潔に用件のみを伝えると、アレクセイは電話の通話を切った。
「おやっさーん、今誰と何を話してたの?」
アルバイトに雇っている高校生の少年がアレクセイに尋ねてきた。
どうも彼は、つい今しがたまで店の奥にある地下倉庫で品物の整理をしていたらしく、外の騒ぎを知らない様子だった。
「ん? いや、ロシアの友だちにちょっと頼みごとをね」
こちらもランディに負けない流暢な日本語である。年齢の重みもあってか、本当に日本人が話すような調子だ。
「ふーん。じゃあ、俺にもロシア語教えてよ。なんか面白そうだし」
「おう。んじゃ、今夜にでもウォッカを飲みながらやるか」
「えぇーっ! 俺、まだ高校生なんだけど!」
一部を除けば、霧生ヶ谷は今日も平和であった。
「出前アルヨー」
「……間違いじゃないのか? 頼んでないぞ」
出前用のボックスこと岡持ちを引っ提げた兄ちゃんは、怪訝な顔をする。
「おかシイネー。確かニこれヲ届けてくれテ……」
何やら呟きつつ、スライド式の岡持ちを開ける。
「おいおい、ちょっと待てよ……」
中から取り出したのは、Vz-61スコーピオン短機関銃(サブマシンガン)の姿。
「テメェ……!」
すかさず岡持ちに伸びた腕を蹴りつけ、時間を稼ぐ。
そのまま踵を返し、デスクを飛び越える。デスクの影に飛び込むのと同時に、放たれた銃弾が俺が寸前までいた空間を通り抜けて壁に突き刺さった。
デスクの引き出しから、ベレッタM8000クーガーGを取り出し、スライドを引いて右手で強くグリップを握り締める。
くそったれ。いったいなんだってんだよ!
「Hey,stop it! Wait! What the fuck was that!?」
英語で叫んだのは、こういう手合いに日本人はまず絡んでこないからだ。しかもやり方がいくらなんでも“派手過ぎる”。
しかし、だとしたら、問題は何処の国の人間かということになる。
おそらくは中国の国家情報部あたりなんだろうが…………とは言っても、俺には全く身に覚えがないんだがな!
「ヤンキー、大人しくチップを寄越せ」
返って来たのは割と流暢な日本語だった。どうやら、さっきまでの喋り方はわざとだったらしい。そりゃまぁ、「アルヨー」とかいう中国人なんていないとは思ってたが……。
しかし、チップを渡せだぁ? なんだそりゃ、んなもん知るかよ。
確かに、俺は何処に出ても恥ずかしくない……かもしれないCIA局員だが、まだロクにこの街の情報収集もできちゃいないってんだ。
そう言って俺の今の悲惨な生活を説明してやりたいが、相手はまだ戦闘体勢を維持してやがる。目的は『何か』の回収と、おそらくは俺の抹殺。
これで俺が知らないとでも言った日には、間違いなく俺を殺しにかかるだろう。
「知らない、って言ったら、アンタ信じるか?」
「……信じられないな」
……交渉決裂らしい。
参ったな、殺しはしたくないんだが。
内心でぼやきつつも、意を決して飛び出す。
まだこちらが撃ち返していないのと、サブマシンガンという武器の制圧能力に優位を感じているのか、奴はまだ位置を変えていなかった。
狙うは……利き腕。戦闘能力を奪うにとどまれば、アウトローライセンスのある俺は、ほぼ確実に法的違法性を問われないで済むだろう。
因みに、このアウトローライセンスだが、いわゆる『裏の仕事許可証』だ。取得するまでには涙なくして語れない経緯があったわけだが、まぁ、それについてはまたの機会に語るとしよう。
瞬時にしゃがみ込んで狙いを外させ、両手で狙いをつけてダブルタップで発砲。
狙いが小さいだけに、それぞれに二発ずつ撃ち込むのは基本だ。
充分に狙いをつけられなかったが、一発がちゃんと腕に命中し、衝撃と走った痛みの所為で銃と腰を地面に落とす。
「さぁて、ゲームは終わりだぜ……」
銃口を突き付け、念のために距離を取る。
さぁて、訊きたいことを聞かせてもらおうかね。
だが、不意に違和感を覚える。
何故、この男は手を撃たれても尚笑っていられるのだろうか?
スムーズに喋ってくれるよう、もう二三発オマケでどっかに撃ち込んでやろうかと思った俺は、左手にいつの間にか何かのスイッチが握られているのに気付いた。そして、そこから伸びた線は、岡持ちの中まで繋がっている。
どうしてわざわざ大型の岡持ちを持ってきたのか。真っ先に俺はそこに気付くべきだったのだ。
「Holy shiiiit……!」
岡持ち中には、何処かで見たような土色の筒の束――ダイナマイトが覗いているではないか。
この量なら、俺のみならず、この事務所を吹き飛ばしても充分にお釣りが来そうだ。
あまりの驚愕に愕然としかけたが、やめろと言う暇があればさっさと逃げるべき。当然、俺もそう思っているクチだ。
どの道、ヤツはハナッから俺を殺すつもりだったに違いない。ダイナマイトも殺し損ねそうな場合の道連れ用保険だろう。俺が、日本での殺しを嫌がるということまで見越してのチョイスらしい。
ニヤリと笑うのを見て、「コイツは本気だ」と判断した俺は、一気に窓まで駆け抜けるとそのままガラスを破って虚空に身を踊らせる。
過度の興奮から大量のアドレナリンが脳内で分泌され、時間の流れがひどく緩慢になる。背中にはじわりじわりと迫る灼熱感。
ああ、こんな感じを前にも味わった気がする。アレは、いつのことだったか……。
落下に備えて身体が回転し、ちょうど視界が空を向く。一瞬イラクの空を思い出した。
浮遊感に近い落下の感覚に身を任せつつ着地しようとすると、窓から爆風が炎と共に噴き出した。
不意に、世界の流れが元に戻り、爆風に身体を押しやられてしまう。
「ぐえっ!!」
背中に強い衝撃を受け、まるで踏まれたカエルの様な声が口から出てしまった。
俺の身体の下には、外に停めてあった愛車が、俺の落下の衝撃を受けてくれた所為で、見るも無残な姿で潰れているではないか。
危険任務ではないが故に支援も何もない中で、わざわざ実費で買ったのに……。
痛みと悲しみで涙が出そうになるが、いつまでもここにいるのは危険なので、さっさと逃げることにする。
何か足になりそうなものは…………。
ちょうどそのタイミングで入口から、さっきの中国人が階段で滑りでもしたのか、転がり出て来た。
身体が軽く煤まみれになっている上に、爆風でダメージも受けているようだが、運がいいようで生きている。まぁ、そもそも腕を撃たれたくらいで死ぬなんてことはそうそうないだろう。
「よくもやってくれやがったな、このド阿呆。事務所が吹っ飛ぶの何回目だと思ってんだ!」
とりあえず八つ当たりもかねて顔面を思いっきりぶん殴って気絶させ、乗って来たバイクの鍵を堂々と奪う。
何処からどう見ても犯罪者の行動だが、背に腹は替えられん。
近くに停まっていた中国人のホンダ・スーパーカブ90カスタムに鍵を突っ込み、エンジンを回してスロットル全開で始動。危険運転承知で逃げ出すことにした。
とりあえず米軍基地にでも逃げ込むしかないが、近くにそんなのあったかな……。
そんなランディの事務所襲撃に際する一連の様子を、銃声がしたあたりからずっと見ていた男がいた。
向かいのウォッカ専門店『Красный Водка』の店長アレクセイ・プルニコフである。
爆発の音に集まっていく騒がしい野次馬たちを尻目に、ひどく落ち着いた様子で店へと戻ると、カウンター下に置いてあった通信用の携帯電話にそっと手を伸ばした。
「Это я. Все на месте?」
『Да. Отлично.』
「Очень хорошо. Приступайте. Привет.」
簡潔に用件のみを伝えると、アレクセイは電話の通話を切った。
「おやっさーん、今誰と何を話してたの?」
アルバイトに雇っている高校生の少年がアレクセイに尋ねてきた。
どうも彼は、つい今しがたまで店の奥にある地下倉庫で品物の整理をしていたらしく、外の騒ぎを知らない様子だった。
「ん? いや、ロシアの友だちにちょっと頼みごとをね」
こちらもランディに負けない流暢な日本語である。年齢の重みもあってか、本当に日本人が話すような調子だ。
「ふーん。じゃあ、俺にもロシア語教えてよ。なんか面白そうだし」
「おう。んじゃ、今夜にでもウォッカを飲みながらやるか」
「えぇーっ! 俺、まだ高校生なんだけど!」
一部を除けば、霧生ヶ谷は今日も平和であった。