シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

不思議どこどこ

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不思議どこどこ 作者:あずささん

 

「不思議ツアーしよう」
 それは、例に漏れず突然のこと。
 遊びに来ている日向春樹・大樹兄弟に、小さなお嬢様・一ノ瀬杏里はずずいと提案してきた。内容はあくまでも提案。だが、口調には有無を言わせない気迫が漂っている。春樹はうっかり脅迫されたような錯覚に陥ってしまった。
「不思議ツアー?」
 きょとんと首を傾げたのは大樹。ホラーが苦手な彼だが今は怯んだ様子がない。杏里と同い年でよく一緒に遊んでいたせいかもしれないが――なんてことはない。単に彼が鈍いだけだろう。
 興味を持ったらしい大樹の反応に、杏里は「うん」と嬉しそうにうなずいた。
「せっかく来たんだもん、色んなところ見なきゃ。もったいないよ」
「でも不思議ツアーって……?」
 杏里が不思議好きであるのは百も承知。さらに言えばここ、霧生ヶ谷市が不思議に溢れていることも春樹は薄々感づいていた。というより自分でも不思議な現象を目の当たりにしたことがあるのだ。これで気づくなという方が無理である。
(みんな普通なんだけどな)
 歩き、話し、すれ違っていく人々はごく普通。
 もしかすると霧生ヶ谷市の住人はみんな杏里のような物好きの集まりなのかもしれないと思ったが、どうやらそうでもないらしい。それこそ春樹には不思議に感じられたが、だからといって実害があるわけではない。何となく「そういうものなのだろう」と自分を納得させておくことにした。慣れとは恐ろしい。
 ――ともかく、杏里が霧生ヶ谷市で生き生きと「不思議ツアー」を提案する。それはごく自然な流れであった。
 そして。
「面白そうじゃん♪ やるやる!」
「だよね? やった、決まり!」
「…………」
 春樹の意見とは裏腹に事が進んでいくのも、もはや慣れた流れであった。
「行くっていつ、どこに? もう夜に出掛けるなんて駄目だよ」
 慣れてしまえば対応も早い。春樹はため息をつくより先にしっかり釘を刺した。杏里はわずかに顔をしかめ、クリクリと瞳を動かす。腕を組み、ムムッと小さな唸り声を上げた。
「実は私が知ってるのって、場所とか時間とかを特定出来ないものが多くて」
「え、駄目じゃんそれ」
「大樹、ちゃんと最後まで聞いてよ! 一応アテはあるんだから!」
「アテ?」
「ふふー」
 一体何だと怪訝に思う自分たちに、彼女はにんまり得意顔。
 部屋には自分たちだけしかいないというのに、彼女は声のトーンを抑えた。
「バーなんだ」
「……バー?」
「裏情報によるとね、色んな怪異を対処するための斡旋所になってるところらしいの。知る人ぞ知るってやつ。そこに行けばきっと詳しい情報がわかるはず!」
「へぇ~。すっげーなそれ!」
「でしょでしょ?」
 よくわからないがはしゃぎ合う二人。その横で春樹は一人、クラクラと目眩やら頭痛やらに襲われていた。その話の真偽はともかく――恐らく本当なのだろう――なぜただの小学生がそんな情報を握っているのだ。「知る人ぞ知る」に杏里が含まれているなんて不自然すぎる。不思議よりもはや奇怪ではないか。怪異そのものだ。
 春樹の思いは表情に出ていたのだろう。こちらを見た杏里がニタリと笑んだ。
「春樹くん、情報社会をなめちゃいけないよ」
「……そうですか」
 ――やっぱり納得出来ない。


*******


 杏里が案内したのは、六道区にある雑居ビルの地下一階であった。階段を下っていくと、コンクリートのせいか空気がひやりと冷たい。そのまま歩いて行き着いた先には、重たげな木の扉と、月とヤドリギのレリーフが掘り込まれた看板。――「BAR 下弦の月」。
 が。
「……うん、わかってた」
 看板と扉を前にして、春樹はため息を一つ吹きかけた。案内されるままについてきたが、考えてみればこんな真っ昼間からバーが開いているはずもない。閉まっているのは想定内だ。
「わかってたなら言えよ春兄」
「仕方ないだろ、杏里ちゃんの迫力に押されちゃったんだから」
 ボソボソと会話する二人を振り返りもせず、杏里は看板を睨みつけている。腕を組んだままウンウンと唸っていた。考え事をするときにここまであからさまなポーズを決めてみせるのは彼女くらいではないだろうか。
「よっし」
「? どーすんだ、杏里」
「簡単カンタン。開いた頃にまた来ればいいんだよ」
 杏里はあっさり笑顔で言ってのけた。その笑顔に邪気は見受けられない。純粋そのものだ。
 にっこり。春樹も笑顔で彼女に応戦する。
「夜は駄目って言ったよね?」
「うっ……大丈夫だよ。ほら、早ければ七時くらいからやってるかもしれないし。ねっ?」
「その時間に行って、それから教えられた場所に向かったら帰りは何時になるかな?」
「そ、そんなにかからないよぅ」
「今日は両親がちゃんといるんだから杏里ちゃんだって誤魔化せないよ?」
「むむっ……」
「杏里ちゃんは僕らが君のご両親に怒られても構わないと思ってるのかな?」
「……うーっ」
 ジワジワと、あくまでも笑顔で問い詰めると杏里の表情も崩れていった。両手を上げてとうとう「わかった」と観念する。反論の言葉も浮かばなかったらしい。
「春兄、怖ぇ……」
 ぼそりと影で呟いた大樹の一言を、春樹は聞かなかったことにした。
「さて、それじゃ今日は中止。オッケー?」
「はぁい」
 明らかに不満そうな表情をしつつ、杏里と大樹もそれに従った。そうとなればいつまでもここにいても仕方ない。三人は移動するために元来た道を戻ろうと、
「おや?」
 ――がっしりとした身体の、老人と鉢合った。
「えっと……?」
「どうしました? ここは子供の来るような場所ではありませんよ」
 穏やかな口調で問われ、三人はとっさに口ごもる。だが杏里が素早かった。パッと春樹より前に出、老人を下からじっくりと見る。失礼にならないだろうかと慌てる春樹を横目に、彼女は瞳を輝かせんばかりになった。
「あの、もしかしてここのお店の人ですか?」
「ええ、そうですが……」
「あのあの! 何か不思議、知りませんか?」
「え?」
 無邪気に訊かれた言葉に、彼は細かった目をわずかに丸くした。
「さて、一体何のことやら」
「でもここ、不思議なこととか怪異について、色々知ってるんですよね?」
 杏里の口調には好奇心以外の何物もない。それがわかっているのか。老人は取り乱すこともなく小さく笑い、杏里の頭に手を乗せた。もう片方の手はポケットをまさぐり、三人を手招きする。
「さ、これをあげよう」
「え?」
 一度握った手を開く。そこにちょこんと載せられていたのは飴玉。袋に書かれた文字には、フォッグ・キャンディ。
 ……聞いたことがない。
「え、あの、それより……!」
「もう少し大きくなったらまた来て下さい」
 人当たりのいい笑みを浮かべたまま、老人は木の扉をくぐっていってしまった。
 間。
「……悔しいぃい~~っ!」
「わかってたけどね」
「春樹くん! わかってたなら言ってよね!」
「言っても聞いてくれないでしょ……」
 耳元で喚かれ、春樹は苦笑を返すことしか出来なかった。ヤレヤレだ。何もないだろうとわかっていたが、収穫が一人につき飴一つとは。これでは杏里の気も済まないだろう。中に入れてもらえないのは仕方ないとはいえ、飴玉とは子供扱いにも程がある。とはいえ、あの老人にとって自分たちなどとても小さな子供にしか見えないのが自然なのだろうが。
 一方で「なるほど」と思う。最初は杏里が情報を持っていたことを不思議に思ったが、あながち、子供だからこそ教えてもらえたのかもしれない。子供ならバーには入れないだろうし、大人に言ったところで普通は子供の戯言として流されてしまうのがオチだ。
「春兄、これすっげー不思議な色だぜっ。何味なんだろーな?」
「さぁ?」
「あ、裏に占い書いてる。『ラッキーナンバーは七、ラッキーアイテムはカエルの足。七匹のカエルの足をアクセサリーにして身に付けると女の子にモテモテでウハウハな日♪』……ぅえ」
 大樹は相変わらず能天気だ。しかも飴を喜んでいる。なんと幸せな奴なのか。(占いは微妙だったようだが。)
 ふと杏里を見ると、彼女は横で一人うなだれていた。
「ああ、せっかくキリコさんに会えるかもしれないと思ったのに……」
 どうやらここを選んだことにはかなり個人的な理由も含まれていたらしい。そういえばキリコという女性は酒好きと言ってたなぁ、と春樹はぼんやり記憶を手繰った。一体どんな人なのだろうか。杏里をここまで熱狂させるとは。
 ともかくこうして三人は地上に出ることになった。大樹が早速飴を舐め、「シュワシュワする」など、拙いが率直な感想を述べている。何だかんだいって杏里も飴を舐めている内に少しずつ機嫌が治ってきたようだ。
 階段を上がりきり、外に出る――。
「あ」
「え」
「お?」
 しとしと、降り注ぐ雫たち。
 それはキラキラしているようにも見え、三人はわずかに目を細めた。
「雨?」
「晴れてるのに?」
 ポカンとした面持ちで大樹、杏里が空を見上げる。彼らの言う通り空は青い。雲間から覗く太陽は眩しいくらいで。
「天気雨だね」
「天気雨? ……あ、あれあれ! 春兄、あそこ! 虹っ」
「え?」
「あ、ホントだ! すごい、きれーっ」
 大樹、杏里が空を指差しはしゃぎ出す。彼らの指の先には虹色の橋。うっすらとだが、それでもしっかり目に見える。
 キラキラ降り注ぐシャワーに虹の橋、青い空、白い雲。何だか絵本にありそうな光景だ。
「虹なんて久しぶりに見た!」
「何でああなるんだろ、不思議」
「いつの間にか出てたもんなっ。音もしないで! 忍者みてぇ!」
 見当違いな大樹の台詞に危うくつんのめりそうになる。どこまで本気なのか。虹が音をたてて現れるなど、逆に聞いたことがない。
「あのね。虹は光の屈折が……、……」
「春兄?」
 口を開きかけ、だが途中で黙り込む。それを不思議に思った大樹がこちらを見上げてきた。虹を見てワクワクしているのだろう、彼の瞳は隠しきれないほど輝いている。
 春樹はほんの少し迷い、笑って首を振った。
「ううん、何でもない」
 ――子供にとって、「不思議」はいつでもすぐ傍に潜んでいるものなんだろうな、なんて。
 春樹はこっそり思い、今一度空を見上げた。



「そういえば伝説で、昔仙人が虹を渡ったことがあるんだって! 行こう大樹!」
「おう!」
「いやいやいや! ちょっと!? 嘘でしょ!? どこ行く気!?」

 
 

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