茶飲み友達 作者:甲斐ミサキ
我輩は悪魔である。名前はあるものの、真名を知られた悪魔に待つ運命は死よりも汚辱なる運命のみ。なので我輩は我輩と呼称するものなり。
我輩はいにしえのアッカドで崇め奉られておられる風と熱風の魔王、パズスさまの一騎士を勤めていた。誇り高き軍団にして、我が命の燃え盛るを存分に発揮し燃焼させられる場を与えてくださる慈悲深きお方、それが我が主だ。
とある戦さのおり、我輩は不覚にも対立する(どの世にも派閥争いはある)軍団の奇襲を受け、無様な石像に身をやつされティグリス河の泥深くに沈められてしまった。我が主は味方の屍を踏み越えてでも覇業を達するお方だ。我輩は本望であった。
ふむ。なぜここにいる、そう問うのか。貴君は。
なぜ、なぜであろうなぁ。
居心地?
あっはっは。あいや、よい様に見えるとでもいうのか。これは可笑しい。
想像してもみよ。己の身体がじくじくと石灰に冒され鉄錆に塗れ、この通り眼球が黒瑪瑙と化す様を。己の腕が、指先が青銅のやつさびれ曲がることすら容易ならぬ姿を想起してみるがいい。
アクマロ……その名前を呼ぶではない。この身を現世でやつす姿を貴君も知っておるではないか。人ならぬ世であれば人ならぬ法でこの身より抜け出し現身で彷徨うこともあるわのう。貴君とともに方を並べ得物を構えた日々もまた数奇の一つ。
ここいるこの身も数奇の一つ。
まぁ、茶なりと飲んで喉を潤したまえ。
確かにこの町とあの女に我輩は一定の拘束を受けてはおるよ。だが、それは決して歯噛み、甘んじておるわけではないのだ。危急に瀕するあのやつばらめが我輩に助力を乞うのが痛快の極みなのさよ。またやつばらめにお灸を添え、我輩の身上を察して解放してくれる者が訪れるのを待っても居る。貴君も知っておろう。あの手記を。
ふむ。そろそろ時間が来たようだ。帰りたまえ。水路歩きからやつばらが戻らんうちにな。見つかると厄介なのは貴君とて同じであろ?
おっとリモコンの釦を押していってくれるかね。
我輩はこれが楽しみなのだよ。霧生ヶ谷ケーブル局の名物「遠野山の金さん」がな。
ほう、今夜は「ユゴス星の悪代官」か。これを見届けるのが我輩の目下の目的であろうなアラトよ。