式王子山地で彼はまどろみの中から覚醒した。
辺りを見回してみる。どうやら山の中らしい。彼が寝ている地面は湿っており、木々は雫を零している。
ゆっくり立ち上がり自分の姿を確認してみる。黒いコートに黒い鍔広の帽子、視界が狭いのはガスマスクをつけているせいだ。
自分は誰だろう。いや、今はいつなのだ?
そもそも自分は何歳なのか。いや、今生まれたばかりなのかもしれない。
自分は何者だ?わからない、だがもすうぐ思い出せそうだ。
何かよくないものがいる気配がする。焼き魚の匂いが遠くからでもわかるように方向性と距離がはっきりとわかる。そう遠くはないだろう。
それは敵だと彼の記憶が言っていた。
敵の存在を認めたとき、彼は自分が何者か思い出した。
自分は敵を倒さねばならない。丁度やり忘れた宿題のように無条件にやらねばならないという責任感が彼をせきたてている。
そうだ。自分はそのために生まれたものだ。
夢の中の記憶のように朧だが、何か大きな存在がそのために自分を創ったと彼は知っている。
その存在はおそらく地球が壊滅的なダメージを受けたり、人類が滅亡したり人類とは呼べないほどに変わってしなうのを嫌っている何者かだと彼と彼の仲間は予想していた。
仲間?そうだ。自分は一人ではなかった。どうして忘れていてのか。
名前は、自分の名前は。そうだ。俺はカフォードだ。田中という名前であったこともある。よし、ほとんど思い出せる。
自分は外敵から人類を守る免疫に当たるような役割がある、彼や彼の仲間は自らを抗体と呼んでいた。
彼らを生み出した者はあるいは神なのかもしれないが、だからといってありがたい気はちっともしなかった。
なんというか、貴族の子が貴族であるように彼にとっては生まれつきやるべきと決まっている仕事にすぎなない。
それは名誉であり特権であり苦悩なのかもしれないが、本人にしてみれば生まれた時から当たり前のようにある事実の一つだった。
そうだ。それが自分だ。自分の価値観であり生き方だとカフォードは理解した。
ただ仕事を黙々とこなす男。それが自分、ミスターガンスリンガー・カフォード。
かつては自分こそ神に選ばれたとか世界を救う使命だとも思っていた記憶がある。今では恥ずべき記憶だ。
カフォードは仲間に諭され、何度も任務をしているうちにそれは無数にある職業の一つと同じ、社会を更正する歯車の一つと割り切れるようになった。
そう、仕事だ。そのための道具は揃っているのか。彼は自分のベルトを探る。
彼の手にリボルバーが握られていた。一応本物だ。サイドポーチには弾丸と雑多な品々。
確かに揃っている。
自分の腕は鈍っていないか。道具の扱い方もすでに彼は思い出していた。彼は目の前の樹木に狙いをつける。引き絞るように発射。
ただの38口径弾は樹木を貫通し、岩にめり込む。
さらに連射。
一発目は枝を落とし、2発目は枝を弾いて宙に浮かせ、残りの全ての弾丸が葉を射抜いた。
問題ないようだ。
弾丸の威力と軌道を制御する。それが怪物を倒すために作られた彼の能力だった。なぜあるのかは解らない。必要だからあるのだろうとしか思わない。
「問題は無いな。しかし状況が解らない。このまま接敵するべきじゃないな。助けが必要だ。いつもなら誰かが来ているはずだが」
すると待ち構えてきたように彼の前に車が止まった。
青いセダンの中から茶色の帽子を被った男がカフォードににやりと笑いかける。
「ようカフォード。迎えに来たぜ、調子はいいみてえだな」
小島勝一。神の使者と思い上がり殺戮に耽っていたカフォードを諌め、カフォードを師事してくれた先輩だ。カフォードにとって気の置けない仲間だったはずだ。
「小島さん、あんたか。あんたが来るってことは仕事はもう始まっているんだな」
「ああ、乗りな。細かい事ぁ、現場に着くまでに説明するさ」
カフォードは拳銃を仕舞い、セダンに乗り込む。
狩りの始まりに胸が高鳴った。
俺はまどろみの中で反復する
俺はまどろみの中で反復する
俺はまどろみの中で反復する…
達哉はリッチーユリスの「ブルートゥブラック」の一節を何度も繰り返しながら金属バットを引きずり朝の式王子山の山道を歩いていた。
その青ざめた顔は苦悩に刻まれ、数日間風呂にも入れていない彼の髪と服は皮脂にまみれ乱れに乱れていた。今も暑くも無いのに汗がたれてきて仕方がない。
やがてそれは見えてくる。プールを何個もつなぎ合わせたような建物。
浄水場だ。
守衛もおらず、門も開いている。進入は難なく成功した。ここまで来ると匂ってくる。あの匂い。尚美の弁当から、彼女自身からただよっていたなんともいえない懐かしい匂い。
達哉はもはやその自我を喪失しつつあった。彼女に会う。ただその一念で動くロボットと化していた。
彼は誘蛾灯に誘われる昆虫のようにフェンスを乗り越え、沈砂池に入る。
プール。一面のプールだ。あるいは魚の養殖場か。昼間見れば細長いプールがダース単位で並んでいたであろう。
今やその場所はもはやプールでも沈砂池でもなかった。
堕落したニンフの池だ。
普段は清潔な床を晒しているコンクリートの上には生ゴミが足の踏み場もないほど積み上げられ、茶褐色、あるいは緑色の汚泥が本体清められた水道水が溜められているはずのプールに流れ込んでいる。
そしてなによりも水底で、池の縁で、生ゴミの上でしどけなくたゆたう全裸の女たち。その誰もがふくよかで、実に母性的だ。その脂肪は性的魅力を上げこそすれ、醜さは微塵も無い。だが、その大理石から掘り出された裸婦像のごとき女たちが野良犬よりもあさましく生ゴミを、水底にたまったヘドロを白知のように口も手も汚しながら食らう様は人間性というものに真っ向から挑戦していた。
それはまさに酒池肉林。退廃の宴であった。
ただの男たる達哉はただそれに魅入られるしか術は無い。
情けない事に欲情していることが息子の様子からもありありと実感できる。
それだけで崩れかけた彼の自我は崩壊しつつあった。
だが彼はこのまま狂ってしまった方がよかったと後悔する。
彼は見つけてしまったのだ。
彼の捜し求めてきた最愛の人、尚美を。
「あちゃー、来ちゃったんだ達哉。どうしたのよ、そんな顔して。久しぶりなのに愛想悪いわよ」
尚美は水を掻き分けて人魚のように器用に泳いでくる。
そして最もおぞましく、狂おしい瞬間が来た。
尚美の手には三歳児くらいの女の子がいた。尚美に似た、いやそれよりもあの忌まわしい女、中田登紀子にそっくりの女の子供が。
そして尚美は彼の最も聞きたくない事を言ってしまう。
「ほら、達哉、生まれたの。愛の結晶って奴かしら。いろいろ心配かけたけど、こんなに元気よ」
その子供の手に水かきが、その水かきが食いかけのカエルを掴んでいるのを見たその瞬間。
彼は彼岸に行ってしまった。
達哉はわけのわからない事を叫びながら、本来使うべきでない人に、絶対に使うべきでない人にバットを振り下ろした。
何度も、何度も。
小島とカフォードは達哉とほぼ同時期に浄水場へと潜入していた。
「まずは俺が偵察する。状況を確認したらお前が入れ、俺が指揮をとる」
「解った。配置は打ち合わせ通りだな」
「ああ」
門の近くに車を止め、小島は見学者を装って入っていく。
帽子にコートという暑苦しい服装だが、不審といえるほどの違和感は無い。
まずは守衛詰め所からだ。何も知らぬ見学者ならばそこで受付の場所を聞くだろう。また、敵ならば真っ先に見張りを立てるはずだ。
電話ボックスに居住性を持たせたような建物が詰め所だった。無人である。
よくよく見れば血痕と肉片がいくらか落ちている。
「OKOK、予想通り最悪ってわけだ。ついでに出迎えもあるってか」
上から落ちてくる物の影が見えた。小島は咄嗟にその場から飛び下がる。
落ちてきたものは四足で歩く全裸の男だった。頭が縦に割れて巨大な口となっている。鋭い鋸歯はすこぶる切れ味がよさそうだ。
無毛の頭頂部には鼻らしき穴がいくつも開いている。犬のように鼻が利くのだろう。
「大した出世って奴だな、守衛から番犬か?かかって来な犬っころ」
人犬が飛びかかろうと全身のばねを引き絞った瞬間、小島の手から小瓶が投げつけられ人犬の目の前でその中身をぶちまける。
目を開けていられないほどの辛味。唐辛子製催涙ガスだ。
人犬は跳躍の瞬間に体制を崩され、闇雲にただジャンプした。
不完全な跳躍を避ける事は小島にも容易い事だった。
身を翻して避け、バックステップを踏んで小島はさらに獲物との距離を空ける。
人犬が体制を建て直し、再び小島に向かって突進をしてくる。
「得物を見つけて飛びかかってくるだけか。かわいそうにな」
その一連の行為の間に小島の手に必殺の手段が握られていた。
すなわち、ただのビリヤード球だ。小島の仕事は実に単純である。狙って思い切り投げるだけ。
強化プラスチック製の玉は見事にカーブして人犬の後頭部を陥没させた。
「too easyって奴だな、でもな、念には念をって言う言葉もあるのさ」
小島は油断しない。まだわずかに動く人犬に対し、さらに相手の間合いから遠ざかり、悠々と武器を取り出す。今度はゴルフボール2ケースだった。
そして連続の投球。6発の玉が頭部を完全に破壊し、さらに脊椎を砕く。
怪物が完全に動かなくなったのを確認し、小島はさらに何度もブーツの先で死骸を踏みつける。
頭部をステーキ並みの厚さにして、肋骨を踏み抜いて心臓を潰す。
「悪いな、後ろから刺されたかぁねえんだよ。しっかり死んどきな」
小島の顔には達哉の話を聞いていたときとは別の、酷く殺伐とした、荒々しい興奮があった。
「この調子じゃあ、中の様子が知れるってもんだ。カフォードを呼ぶか?」
今やこの浄水場が魔物の根城であることは明確になった。ここに忍び込み、内部を偵察するのが小島の役割だが、いっその事強行突破してしまった方が早いのではないかと小島は思っていた。
小島は浄水場のおおまかな見取り図を頭の中に思い描く。
まず、全体は長方形の平たい建物だ。正面に汚れを沈殿させるための巨大なプールが2つ。右側に事務所のビル、左側に取水口の水門。さらに奥に殺菌施設のビルがある。その地下には貯水槽があったはずだ。
根城にするとしたら事務所だろう。だが、水道水に毒物を混入させるという目的を考えればプールか貯水槽だ。
小島は夜の闇に紛れながら巡回していく。
「まずは事務所からだな、あそこをこっちのもんにしちまえば前線基地にできるだろうよ」
事務所、異常なし。ただし大量の生ゴミと死体が山積みにされていた。食糧貯蔵庫ということらしい。カーテンや椅子を集めて作ったねぐらのようなものもあったが、随分前に放棄されたようだ。念のため、何度も索敵してみるが、女子高生の女の字もない。
『OK、こちら小島、事務所はオールグリーンだ。作戦のフェイズ2に入っときな』
無線が繋がり、カフォードから答えが返ってくる。
『こちらカフォード。了解した。ポイントDで待機する。…小島さん。今のは何だ?』
小島が折りたたみ式の双眼鏡で事務所を見たその時、プールの側から悲鳴がした。
男の声、それも若い。聞き覚えがある。進藤達哉だ。
『あの馬鹿、どうやってここを嗅ぎ付けやがった?しょうがねえな、プールが先だっ』
小島は敷地内を全力で駆け抜け、コートの袖から鎖分胴を取り出す。鎖の先におもりをくっつけただけの単純な代物だ。
手近な電柱に鎖を巻きつけ、猿のように器用に登っていく。
電柱の上ならば夜と霧に紛れ、見つかりにくい上に、プールの様子が上から見て取れる。
そして小島は見た。達哉が尚美を殴打している場面を。
「あのアホ」
もはや全ては手遅れだった。さらに双眼鏡で観察を続ける。
プールの中には10体近い人魚もどきと、15人の女子高生だったものが泳いでいる。縁には三人。
どうやら達哉を襲う様子は無いようだ。全く無関心にそれぞれが勝手に食事を続けている。
『小島さん、おい何があったんだっ、説明をくれ』
カフィオードのいらついた声がする。
『カフォードか、こちら小島。女子高生共18人がプールの中だ。すでにガキが生まれてる。黒瀬の言ったとおり人間じゃねえな。それと一般人が一人紛れ込んでやがる。今から救助してさっさと抜け出すつもりだ。質問は?』
それでカフォードは状況をほぼ理解した。
『了解。受け渡し場所と、敵の処遇を決定してくれ』
それは18人の人間と10体の怪物を殺すか、殺さないかの責任が小島に託したという事だ。
それも今すぐ。小島には荷が重いのは承知の上だった。
『今から俺がなんとかする。女子高生共は確保しろ。一般人は保護。悪いがあのアホのためにもう一台足を用意しといてくれねえか。受け渡し場所は駐車場の待機ポイントだ。残りは処分だよ』
小島達はこういった事のプロだ。逃走経路と計画はすでにくみ上げられている。任務は『可能であれば保護、無理ならば皆殺し』である。ならば保護が可能である場合のプランも用意してあるのだ。
小島はカフォードの返答を聞く前に行動を起こしていた。電柱に巻きつけた鎖を握り締め、ターザンのように飛び降りた。
その勢いを利用して達哉のすぐそばまで着地する。
小島が軽く手を振ると小島の体重を支えても解けなかった鎖がいとも簡単に解けてそのまま地面に落ちた。
達哉はまだ自らの子と恋人をひき肉にする作業を続けていた。
小島はすばやく鎖を手繰り寄せ、今度は達哉に向かって鎖を放つ。
分錘は弧を描いて飛び、達哉の体に螺旋を描くように巻きつきバットごと達哉を簀巻きにしてしまう。
「あああ、うわあああっ」
突然縛られてパニックになった達哉は見事に転び、転がったまま小島の姿を見た。
「坊主、だから、来るなって言っただろうが」
小島の声は責めているというよりむしろ深い悲しみがあった。
達哉はかすれた声でささやくように言葉を繋ぐ。
「ち、違う…そうじゃない、そうじゃなかったんだ…誤解だ…これは間違いなんだ…」
小島はゆっくり近づくと達哉をチョークスリーパーで締め落とした。頚動脈を圧迫である。
「今は眠っときな」
気絶した達哉の鎖を解き、水際から離れた位置まで引きずり、安全を確保する。
振り返ると、尚美母子は仲間によってただの肉として食われていた。
そうして小島はダブルハピネスに火をつける。赤と金色の派手を通りこしていかがわしいデザインの箱、幸運の名を持つ中国産煙草に。
「OK、ロックの時間だ化物共。派手に踊りな」
紫煙が小島の心臓にエンジンをかける。脳に電源を入れる。
手早く懐からスタンガンを出すとスイッチをONにしてプールに放り込んだ。
解決策は一瞬にして単純だった。
紫電が走り、水面が光る。
元人間の女子高生たちはそれだけで十分にダメージを負い、死んだ魚のようにぷかりと浮いていた。
彼女らが産んだ半人半魔の化物はそうはいかない。水しぶきをあげて、小島の元に進軍してくる。
「カフォードっ見えてるか、今だ」
水の中から飛び掛ってきたものはあえて言うなら人魚とメデューサの融合といったものだった。波打つ触手の黒髪に人魚のヒレをもつ美しい夜魔だ。
小島がゆっくり観察する暇もなく怪物の頭部は破裂した。
誰が気づこうか。一瞬のうちに放たれた6発の弾丸が怪物を死に追いやったとは。
小島の後ろにはいつのまにかカフォードが立ち、寸分のぶれもなく銃口が狙いをつけていた。
「小島さん、ここからは俺の仕事だ。下がっててくれ」
小島は無言で肯き、達哉をかかえて脱出する。
カフォードは天に向かって彼の祝詞を叫んだ。
「ソーシャルセキュリティver8.11カフォード82365より御許へと申請するっ状況CEU2により代理構成体一単位のダウンロード権限を発動するっ」
それは祝詞とも呪文とも呼べないものだったが効果は確かだった。
霧が、霊子があつまり塵芥となり、欠片となり、それらは集まって人の形を成す。
黒帽子に黒コート、そしてガスマスク。
カフォードはこのようにして作られているのだ。
この世界にいてはいけないものを倒すために何者かが生産している傀儡、それがカフォードであり黒瀬だ。
作られたものである彼らは、作った者にとっては簡単にコピーできる。人間がコンピュータプログラムをコピーするように。
カフォードは自らを作った者に自分自身のコピーを今この場に出現させる事を要請したのだ。
果たして30体近くのカフォードの分身が出来上がった。
そして容赦の無い一斉射撃。弾丸は水面に浮かぶ元人間を無視して怪物だけを集中して狙う。
一方的な虐殺だ。
やがてプールが真っ赤に染まると、カフォードたちはプールに入って気絶している女子高生を抱えて戻って来た。
小島が投げ込んだスタンガンは一定時間が過ぎるとショートするように細工されており、すでに電撃は停止していたのだ。
タイミングよく眼下にトラックが来て後部扉を開ける。
運転席にはやはりカフォードだ。このトラックも、カフォードが分身することを予定して小島が用意していたものだ。
カフォードの分身たちは手早く女子高生たちを拘束してトラックに積み込んだ。
「俺たちは」「役目を」「終えた」「奴らの帰り血」「を浴びた」「ようだ。本体の俺よ」「俺たちは」「帰るべき所に」「帰る」
カフォードのクローン達は怪物化した女子高生の垂れ流す薬液に汚染され、血にまみれたプールに入った。
どんな影響があるか解らない。なにより、同一人物が同時に何人もいては面倒が起こる。
故にクローンたちは消滅しなければならなかった。
だが彼らにとって、死ぬ事はなんら問題になる事ではない。
どうせまた自分と同じ人格同じ体を持ったクローンでいつでも復活できるのだから。
カフォードの分身達の体がひび割れ、灰が風に吹かれて四散するかのように崩れ、完全に塵に帰る。
彼の装備である拳銃もガスマスクもコートも消える。一切の証拠は残らない。
カフォードの集団はすでに残り10人を切っていた。
「後は任せてくれ。無事に送り届けるつもりだ」
トラックの運転席にいるカフォードが親指を立ててサムズアップしている。
「あのバカはどうした?そのトラックに入れておいたろうが」
小島がカフォードの一人に尋ねる。
「大丈夫だ小島さん。別の俺が安全な場所まですでに搬送した。後は残党を狩るだけだな」
小島は紫煙を吐き出すと忌まわしそうに言葉も吐き捨てる。
「どうだかな。あの中に首謀者の中田登紀子ってぇのはいなかったぜ。取水口と消毒施設はまだ見てねえからな。残りの代理構成体はまだ消すんじゃあねえぞ。頭から尻尾まで調べつくさなきゃあな」
草の爆ぜる音を立てて小島は煙草を深く吸い、現実逃避として鼻歌を歌い始める。
「そうだな小島さん。それにまずは給水を止めなきゃならない。たしか殺菌施設に管理装置があったと思う」
小島の鼻歌はますます躁病的に大きくなっていく。
「決まりだな。今夜は荒れそうだ。全く荒れそうだよ」
小島はついに節をつけて歌う。
「小島さん、なんだそれは」
「知らねえのか。イーグルスのハートエイクナイトだよ。この夜が明けきらないうちに誰かが誰かを傷つける。この夜が明けきらないうちに誰かがしくじる。誰だってそんなもんさ。この夜に誰かが誰かと触れ合う。一人じゃいられないからな。誰だってチャンスを掴みたいもんさ、誰だって夜から逃げたいからな」
ああ全く今夜は荒れそうだ。解ってるさ、荒れそうだ、と小島は馬鹿のように歌い続けた。