シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

連載:くるみかたの館 1

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匿名ユーザー

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 寂しい、よ。
 悲しくなんかないけれど。
 だって今だって、十分幸せだと思うから。
 けど、ねえ。
 それでもやっぱり、ほんの少し、寂しいの。

 ねえ、覚えてる?
 まだ、覚えてくれている?


*****


「不思議ツアーしよう」
 そう一ノ瀬杏里が唐突に言ったとき、日向春樹はデジャブのようなものに襲われた。しかし彼女が唐突であるのも、不思議好きであるのも今さらだ。こんなことが何度あっても不自然でない。
「えーと」
「実は友達も呼んでるんだ」
 こちらが答えるより早く、杏里はパッと顔中に笑みを広げる。結局のところ、それは“提案”でもなんでもなく“決定事項”。こちらに断る余地などない。
 ――日向春樹、中学一年生。わずか十年と少しの人生の中で、すでに女性の強さというものを身に叩き込まれている。呆れはすれども、反対する気にはなれなかった。反対したところで体力と気力が削られるだけだ。それなら甘んじて現実を受け入れる。その方が胃にも優しい。
「友達?」
 きょとんと首を傾げたのは、春樹の弟である日向大樹。彼は先ほどまで、杏里の部屋に飾ってあったぬいぐるみをぎゅうぎゅうとしながらテレビを見ていた。『暴れっぱなし将軍』という時代劇らしく、「そこだ」だの「やっちゃえ」だのと彼が騒ぐたびに、ぬいぐるみがぎゅうぎゅうされているのだ。こういうのを見るたびに、彼の精神年齢の低さが露呈しているようで兄として情けなくなってくる。大樹は自分とたった一つしか離れていないというのに。
 とはいえ、大樹が遊んでいたぬいぐるみはほとんど彼と変わらないほどの大きさがある。気になるのも無理なかった。どうやらモデルはドジョウらしい。背中に「MOROMORO★」とロゴのようなものが刺繍されている。杏里の趣味も時々よくわからない。
 それはともかく、大樹の問いに杏里は楽しげにうなずいた。
「そう。クラスの子だよ」
「へぇ」
 二年前にここ、霧生ヶ谷市へ転校した杏里のクラスメイト。転校前まで自身が彼女のクラスメイトだった大樹は明らかに興味を持ったようだった。
 ピンポーン
「あ」
 噂をすれば何とやら。ちょうどタイミング良く家のチャイムが鳴り、杏里は素早く立ち上がった。階下へ駆けていく。取り残された春樹と大樹は、意味もなく顔を見合わせた。大樹がMOROMORO★をぎゅっとし、MOROMORO★の表情がぐにゃりと間抜けになる。ただでさえヌボーっとした表情だというのに。
「来たよっ」
 パタパタと戻ってきた杏里はごく当然のことを言い、二人の少年と少女を部屋に通した。
「二人には話したことあるよね。前の学校の友達で、大樹と、そのお兄さんの春樹くん。で、今来てもらった二人は、私が学校で結成した不思議探検隊メンバー♪」
「不思議探検隊? ……隊の割には少ないんだね」
「ふふー。少数精鋭隊、だよ」
 首を傾げた春樹に、杏里は得意げな顔をする。そういうものなのだろうかと疑問に思いつつ、春樹はこれ以上口を挟もうとはしなかった。杏里が言うのだ。そういうものなのだろう。
 杏里に促されて歩み寄った少女が、微笑みながら浅く頭を下げる。
「瑞原ほのかです。杏里さんからお二人のお話はよく聞いています。よろしくお願いしますね」
 腰まで届きそうな黒い髪に、シンプルな白いワンピース。表情はおっとりと優しい。言動にも見た目にも、小学生にしては上品な雰囲気が漂う子だ。その雰囲気に気圧されたのか、大樹が「こ、こんにちはデス」とどもってしまっている。
「ほのかのお父さんは高柳グループで働いてて、結構お金持ちなんだよ」
 ほのかより杏里の方が自慢げだ。ちなみに高柳グループ本社は東京にあるため、現在彼女の父親は単身赴任しているのだという。
 次に出てきた少年は、少女・ほのかに反して無愛想だった。日焼けした身体には、元気な証拠か生傷がちらほら見える。身長もほとんど春樹と変わらないだろう。
「……柳川爽真」
 それ以上語ろうとしない。ぶすっとしたままソッポを向いてしまう。
「ほのかちゃんと爽真くんだね。改めまして、日向春樹です。よろしくね」
「オレは日向大樹だぜ。よろしくな!」
 二人で笑顔を向ければ、ふわりと返ってくる微笑と、ジロリと返ってくる視線。――爽真という少年にやたら敵視されている気がするのは気のせいだろうか。
「さ、これから不思議ツアーの作戦会議ね!」
 爽真の剣呑な空気に気づいているのかいないのか、杏里はにこやかに地図を広げてみせた。バサリとテーブル一杯に広がるそれは想像以上に大きい。
「さって、今日のためにハルさんにも色々聞いてきたし。どこに行こうかなっ? 側溝のどくろとか、下水道のワニとか。あ、シェネーケネギンのチョコを埋めるとチョコの木が生えるって聞いたこともあるよ」
「え、それいいな」
「大樹の食いしん坊~」
 笑いながら、杏里はペンで噂を端的に書き込んでいく。その量はどんどん増えていき、春樹はわずかに表情を引きつらせた。ちょっと待て。スタンプラリーじゃあるまいし。
「そ、そんなにあるの……?」
「ありますね」
 ケロリと答えたのはほのかだった。彼女はまったりと地図を覗き込みながら、特に驚いた様子もなく「杉山さんを忘れています」とさらに項目を増やしている。春樹は目眩に近いものを無理矢理呑み込んだ。別に全部回るわけではない。いくら増えようと実際は問題でないはずだ。多分。きっと。そう、だといいな。
「あ、そういえば恋愛成就の神様!」
「れんあいじょーじゅ?」
 ピクリと爽真が肩を揺らしたが、杏里や大樹は気づかない。話に夢中になっている。
「場所は特定出来ないんだけど、霧の濃い日に現れるって話! その人に会ったら涙型のストラップを渡されて、必ず恋が実るんだって。ロマンチックだよねぇ」
 ほう、と杏里が息をつく。ほのかも同意して微笑んだ。やはり彼女らは女の子。こういった話が好きなようである。
 しかし、ロマンとマロンの違いもよくわかっていないような大樹はつまらなそうに「ふーん?」と首を傾げるばかり。
「でもそれ、好きな奴いねーと意味ないじゃん」
「……大樹、それってセクハラになりかねないよ」
「セクハラ?」
「セクシャルハラスメントの略だろーがっ!」
 だん、と音をたてて爽真が詰め寄った。無口だと思っていた彼の突然の行動に、大樹はぎょっと後退る。だが部屋の中では逃げ場などほとんどなく、大樹を捕まえた爽真はがくがくと彼を揺さぶった。
「おまえ、杏里にセクハラなんて……!」
「え、ええと。『セレブな腹』とかじゃねぇんだ」
「アホか! そもそもクはどこに行ったんだクは!」
「あ、わかった! 『セクシーな腹まき』!」
「それで進歩したと思ってんのかてめぇ!?」
 一応略せば『セクハラ』にはなるが、そういう問題ではないらしい。
 しかしあまりにも一方的にまくし立てられ、大樹は不満そうに口を尖らせた。
「むー。最近の奴は何でもかんでも略しすぎなんだぜ」
「じゃあ大樹、セクシャルハラスメントって言えるの?」
「……せ、せくしゃあはらめんと?」
「どうでもいいけど、セクハラでそこまで盛り上がってほしくないなぁ」
 無駄だと思いつつ呟いてしまう。セクハラで熱く談義する小学生とはいかがなものなのだろう。いや、熱いのは爽真一人な気もするが。彼は心なし鼻息が荒い。
 形勢不利だと感じた大樹が無理に話を戻そうと、再び地図を覗き込んだ。
「とにかく、それじゃないのがいいぜ! もっと楽しいの!」
「じゃあ杉山さんは? ホラー代表の都市伝説」
「うっ」
「ふふー。怖いんだ?」
「違う! けどやだ!」
「大樹のワガママ」
「杏里がもっといいのを知らないからだろっ」
「あ、それひどい!」
 二人がとたんにうるさくなる。どちらも自分の意見を通そうと意地になっていた。しかしいつものことなので、そう心配する気にはなれない。こんな言い合いなど序の口だ。彼らにとってはコミュニケーションみたいなものだろう。下手に割って入ると余計に飛び火する。
 ため息をついて話の輪から外れた春樹は、ふと視線に気づいた。爽真がじっとこちらを見ている。やはりそこに好意的な意思は見られない。しかし、無視をするにはあまりにもあからさまな視線だった。
「爽真くん?」
「春樹、だったよな」
「うん、そうだけど」
「負けないからな!」
「――はい?」
 会話にならない。
 春樹は自分の話を聞いてくれない人に慣れてはいるが、それが嬉しいわけでない。出来ることなら円滑なコミュニケーションを望みたい。しかし、爽真は下手をすれば唸り声で威嚇しそうなほど視線に力を込めていて。
 どうしたものかと途方に暮れていると、ほのかが微笑んだ。そっと囁いてくる。
「爽真さんは、杏里さんが好きなんです」
「……つまり、ライバル意識を持たれていると?」
「そうですね。ここに来る前からヤキモキしていたみたいですから。杏里さんと大樹さんが言い争っているのを見て、ライバルは春樹さんだと思ったのではないでしょうか」
「はあ」
 出てきた声は我ながら間抜けだった。それしか反応のしようがなかったのだ。失礼だが、――全くなんて傍迷惑な。
(仲の良さなら、本当は大樹の方がいいと思うんだけど)
 恋愛感情の有無はさておき、春樹の見解は間違っていない。どちらかといえば自分は大樹のオマケ、いや、保護者として遊びに来ているだけだ。今後大樹一人で遊びに来ることがあったとしても、春樹が一人で遊びに来ることは恐らくないだろう。
 うーん、と一唸り。面倒なので、春樹はとりあえずにっこりと笑顔を向けておくことにした。
「戦線離脱宣言します」
「なっ」
 後は知らない。宣言はしたのだ。勝手に頑張るなり何なりしてくれ。
 さりげなくひどいことを思いつつ、春樹は杏里たちを見やった。未だに騒がしい。
「チョコでいーじゃん!」
「だってほんとに木が生えたら場所がなくて困るもん!」
「食べればいいだろっ?」
「チョコを食べすぎたら太るんだから!」
「運動すればいいし!」
「鼻血だって出るかもしれないでしょー!」
 ものすごく論点がずれていると思うのは、春樹だけなのだろうか。
「――あの。そういえば私、一つ不思議なことが」
「え?」
 ぽつりと落とされたほのかの言葉に、二人の言い争いがぴたりと止まる。興味津々な視線が一斉に彼女へ注がれた。彼女は小首を傾げるようにして口を開く。
「日中にだけ現れるお店があるんです。それも森の中で。何のお店なのかはわからないんですけど……看板があって、『くるみかたの館』と書いてありました」
「入ってみた?」
「いえ。実は私……見たんです、そのお店が消えるところを」
「――消える?」
 ほのかを囲んでいた四人は目を丸くした。彼女はゆっくりとうなずく。
「夕方頃に通ったところ、目の前でうっすらと消えていったんです。ですから少し不気味で、中にはまだ。すみません」
「謝ることないよ!」
 申し訳なさそうに苦笑したほのかに、杏里はめいっぱい元気に首を振る。杏里の瞳は今にも零れ落ちそうなほど輝いていた。それはもう活き活きと。
 そしてそれは、大樹も同じで。二人はバッと顔を見合わせる。息ぴったりに。
「すっごい不思議なお店で」
「しかも今日はまだ明るくて」
「「決定!」」
 パチンと手を合わせ、二人は身を翻した。とても素早い。すでに行く気満々だ。
「ほらほらっ、早く行こうぜ!」
「善は急げだよ!」
 やたら楽しそうにはしゃぎ合う二人。
 春樹の横で、爽真がボーゼンと立ち尽くしていた。彼の肩が震える。
「な、なっ……あれか、あれなのか。喧嘩するほど仲が良いってやつだったのかぁ!?」
「そうなんじゃないかな」
「くそっ、杏里! おれも行くから待ってくれぇ!」
 バタバタと爽真が駆け出す。どうやら名前の割に熱い少年らしい。若いなぁ、と春樹はその背をしみじみと眺めた。
 それにしても、元気な杏里と熱い爽真。そんな二人とよく一緒にいるのなら、ほのかも大変そうだ。奇妙にも親近感が湧いてくる。
 そんなことを考えていると、ふいにほのかが振り向いた。彼女は微笑う。ふんわりと。
「春樹さんって、苦労しているんでしょうね」
「……あ、はは」
 ――やはり、何か通じるものがあるらしい。

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