シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

商店街繁盛記

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商店街繁盛記 作者:勇城 珪(ゆーき)さん

「参~る!」、声高な男の声が響き、客の全員が後ろを見た。
 集団で入ってくる覆面集団。
 モログルミを被り、顔には蝶マスク。そして、全身タイツ……
 霧生ヶ谷蕎麦・水路(ミズジ)の店内は、その軍団に占拠された。
 彼らは、霧生ヶ谷市で近頃噂になっている集団。
 他の客は、連中の異様さに逃げ出していった。


 ここは北区のとある商店街。周りの外食屋はうどん屋だらけだが、唯一の蕎麦屋として頑張っていた。
 やっと蕎麦屋として認知されてきたが、それを快く思わない人たちもいるらしい。

 モログルミ集団のリーダーと思しき男が店主の真正面に座り、口を開く。
「これはこれは、お嬢さん。お初にお目にかかる。」
 店の主は水路志穂(ミズジ・シホ)。商店街の小野小町。
 この店を改装オープンして一年のことだった。
「らっしゃいませ~、何にします?」と志穂が落ち着いて答える。
 すると男は立ち上がり茶化した。
「ヒャッホー! 我々があなたの店を永遠に買い取るわ。」
 体をこちらに乗り出し、人差し指を左右に振っている。
 パーマでもしているのか、モログルミから出た髪の毛の一部が渦巻きに垂れていて、ふくよかな頬っぺたにまとわりついている。
 志穂は異様な様子に左手で口元を抑え、小刻みに震えながら頼まれた注文をこなす。
 きっと志穂にはネギを刻む音が、時計の針音のように聞こえたことだろう。

 店に偶然昼休みを取りに来ていた商店街会長は、やっと我を取り戻して、叫んだ。
 彼の腹は商店街の旨いものを食い尽くしたであろう立派な腹だ。
「お前らモロウィンだな? 商売の邪魔はさせんぞ!」
 そう言って手を振りかざし、いつも自分の店に来たときと同じように変幻自在の電気コードを…… だが、手には割り箸しかない。
 覆面集団は全員笑い出した。
「あんたの店でなければ特殊電源はないからな!」「電気屋さん、電気なければ『箱紐屋』さん」と罵声が飛ぶ。
 絶句した会長が腹を揺らしながら店から逃げ出すと、志穂の見方はいなくなった。


 勝ち誇ったかのように痩せた男が話し出す。
「我々モロウィンは、偉大なるモロモロ様を至高の料理とすべく立ち上がったのだ。」
「まずは『すり身』の研究に、この店の『すり身』の秘伝を奪うのだ!」
 痩せた男と太った男が交互に話す。正直、太ったことが貫禄にならないなら、どっちがリーダーでも良いような感じだ。


 そこへ静かに、入り口から入ってきた者がいた。
 日本人とは明らかに目の色が違い、でも黒い髪をしていた。
 首にはグリーンプレートのチェーン……
 覆面の集団は気が付かずに、そいつの進入を許した。
 そして彼は堂々とリーダーの前に立ちはだかる。
 その姿は精悍だった。

「あら? クロちゃん!」
と、突然顔をしかめた志穂と物怖じしないクロの両者を見て、リーダーは顔を真っ赤にして怒った。
「この店は人間以下の奴に商売するんです~か?」
 口調が相変わらずだが、姿が姿だけにキモイ。
 しかし、コイツは口にしてはならないことを言ったのだ!
「あ、クロちゃんの蹴りが眉間に入った……」

 鼻血を出して倒れるリーダーに、箸を持ったまま絶句する集団。
 猫を相手に、集団は店内で暴れだした。


「モロレッド、参上!」
 突如場違いな声が後ろからする。
 SUNモーロ・霧生ヶ谷(注・有名なサッカーチーム)のコスチュームで、短パンにTシャツ、赤いマフラーにお面を被った男がやってきた。
 それを見た志穂は、心なしか顔が引きつっている。
「あの……」「このネコ野郎!」
「あの……」、誰も彼を必要としていない様子。
「帰るか……」
 モロレッドが後ろを振り向くと、期待に答えたかのように志穂が悲鳴をあげた!
 赤いマフラーを棚引かせ駆け寄ると、志穂は彼に懇願する。
「御碗が、皿が!」
 モロレッドは一瞬押し黙ったが、右手の親指を立てた後、すかさず慣れた動きで皿を回収する。

 グリーンのライセンスを揺らしながら、汗一滴かかないで飛びまくったと思われるクロは、戦意を喪失したタイツの軍団を横目に報酬を催促する。
 もはや、大勢は決したのである。


「じゃ俺、帰ります。」
 彼の赤いマフラーの裏では、きっと白い歯が光っていることだろう。
 そこへ、掛け蕎麦の報酬を食べ終わったクロが、気持ち良さそうにやってきて、彼女の頬をなめた。
「あ、汁がついてたのかな?」
 するとモロレッドは狂ったように大笑いして、「どうだ、モロブラックにならないか?」とクロを誘った。

 数十秒後、鼻血を出してヒーローは帰っていった。


―― 夕方

 霧生ヶ谷蕎麦・水路では、志穂と二人の男+一匹が夕飯を食べていた。
 バイトの翔(カケル)と弟の士郎(シロウ)とクロである。
「姉貴、ここも大変だな。」
 経緯を聞いて呆れる士郎に、姉は笑って言う、
「あたしね、実は笑いを堪えるのが大変だったの……」
と申し訳なさそうに。

 暫し沈黙が続く。


「俺も出番があったら、悪者ふっ飛ばしますよ、店長!」
 翔が笑って言うと、志穂は申し訳なさそうに、
「配達帰りに橋で顔ぶつけて、鼻血出す人が?」
と、苦笑する。
「これはブラックが!」
 と翔は言いかけたが、隣で収納付の爪が現れたので、台詞は誰の耳にも届かなかった。
 志穂は続けて「でも、クロちゃんにはキスされちゃったし」とクロを抱きしめると、翔は顔を真っ赤にして「ああ、今日は暑いな~」と戸を開けた。
 姉弟は顔を見合わせて、営業用のクーラーを見つめる。


 三人で店を閉めていると、表に人影が現れた。

 サッカーユニフォームに、黄色いマフラー。
 旨いものがイッパイ詰まったタプンタプンの腹。
 そして、手には必殺の電気コード……

「あ、モロイエローです。ちょっとワイフにアングリーされちゃって……」


 この商店街は楽しい人達ばかりです。


(続くのか?)

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