シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

連載:くるみかたの館 3

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匿名ユーザー

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「あれ?」
 ふいに春樹は振り返った。だがそこには誰の姿もない。
「まあ……」
 こちらの声で気づいたのだろう。春樹の後ろを覗き込むようにしたほのかも目を丸くした。その瞳はすぐ不安に翳る。
「はぐれたのでしょうか?」
「……そうなのかな」
 まさか、とは思う。はぐれるような道ではなかったはずだ。そう多く分かれ道があるわけでもない。迷う心配はほぼ皆無。しかし、大樹たちの姿が見当たらないのも事実であって。
「よりにもよってあのメンバーではぐれるなんて……」
 先が思いやられる。
「どうします? 戻りましょうか」
 尋ねられ、春樹はとっさに思考を巡らせた。迷ったときは動かずじっとしているのが良いと聞いたことがある。むやみに動いても体力が削られ、判断力が鈍るからだ。それよりは一度落ち着き、探しに来てもらえるのを待っていた方がいいのだろう。大樹たちがそうしてくれればすれ違う心配もなく、こちらとしても探しやすい。逆に大樹たちが春樹たちを探そうとするなら、こちらはあまり動かない方がいいことになる。
 だが。
「ううん、僕らは僕らで行こう」
「え? ですが……」
「大樹たちがじっとしているわけないから。――それに大樹の奴、変なところで運とか直感とかいいんだ。きっとあっちも店を目指すと思う。ここで僕らが待っているより、僕らも店を目指した方が鉢合う可能性は高いと思うよ」
 ただの賭けだと言われれば否定は出来ない。しかし春樹には確信に近いものがあった。きっと彼らは大丈夫だ。そして店を目指す。
 クスリ、とほのかが笑う。
「春樹さんは大樹さんのこと、信頼されているのですね」
「……慣れちゃっただけだよ。あいつ、トラブルメーカーだから」
 苦笑するが、相変わらずほのかは「そうですか」とニコニコするばかりだった。


*****

 懐かしい、な。

 あなたの笑顔。
 あなたの温もり。

 そのどれもが優しかったのを、まだ覚えている。

*****


 回りすぎて平衡感覚がおかしくなりそうだった。むしろ自分がどこにいたのかも忘れそうになり、杏里は濃い土のにおいで我に返る。
「ここ……!?」
 慌てて身を起こした瞬間、すぐ傍でうごめく何か。
「あたた……何か色々打ったぁ~」
「重い……降りろチビ」
「んなぁ!? 誰がチビだ誰が!」
「おまえ以外のどこにチビがいるんだよ!?」
「杏里だってオレと同じくらいだろ!」
「おまっ、女の子に勝って嬉しいのか!?」
「そーゆうの男女差別ってゆーんだぜ!」
「はああ!?」
「……二人とも大丈夫みたいだね」
 心配すらさせてくれないほどの元気な言い合いを目の当たりにし、杏里は小さくため息をついた。しかし二人が無事だったのは喜ばしいことだ。良しとしよう。
「あ。杏里は平気か?」
「うん、怪我もしてないよ。結構転がったみたいだけど……」
 見上げるが、先は見えない。鬱蒼とした木々が邪魔しているせいでもある。春樹たちがこちらを覗き込んでも気づかないだろう。そんな場所を這い登るのも無謀だ。それくらい考えなくてもわかる。
 杏里は次に周りを見回した。道らしい道は一応あるが、見覚えのあるものではない。どう転がってきたのかもわからないので、右に行けばいいか左に行けばいいかも見当がつかなかった。どちらに行っても似たような景色が続いているだけな気さえしてしまう。
「道、爽真くんは知ってる?」
「いや。この辺来ないし……」
「だよねぇ。うーん、どうしよっか」
「探しに来てくれるの、待ってるか?」
「日が暮れちゃうよ」
 提案した爽真に首を振る。だからといって諦めるのも嫌だった。せっかく手に入れた不思議のキッカケをみすみす逃すだなんて。杏里の好奇心とプライド、燃えたぎる不思議萌え魂がそれを許さない。
「んじゃ話は簡単だぜ」
「大樹?」
「オレたちはオレたちで行こーぜ、何とかの館! 探せば見つかるだろ?」
 パッと笑みを広げ、大樹は無邪気に笑う。一瞬、爽真はもちろん杏里もぽかんと彼を見やってしまった。しかし爽真はすぐに眉をひそめる。納得はしていないようだ。
「瑞原たちはどうするんだ?」
「あっちは春兄がいるからダイジョーブ! 問題ねーよ」
 これまた実にあっさりと笑い飛ばしてみせる大樹。杏里は思わず笑った。
(相変わらずだなあ)
 この兄弟は、やたらと喧嘩も多いがそれ以上に仲がいい。特に大樹は春樹を慕いに慕っている。それは昔から変わっていないようだ。
 だが、そんな根拠も論理もない「ダイジョーブ」は爽真には効果がないようだった。その証拠に彼は深々と息をつく。
「……ブラコン」
「へっ?」
 まさにその通りで杏里は失礼ながらも吹き出しかけたが、大樹はきょとんと首を傾げた。
「何言ってんだよ。オレ、結婚なんてしてねぇもん」
「は? おまえこそ何言ってんだよ?」
「え、だってブラコンは『ブラックな結婚』の略だって」
「アホか!? いやわかってたけどアホだろてめぇ! 誰が言ったんだよそんなこと!」
「んなっ……母さんが言ってたんだから仕方ないだろーっ!」
「どこの母さんだよそれ!?」
 もちろん大樹の母親に違いないのだが、爽真は“ぶっちん”ときてしまっている。ある意味危険な発言を自覚していない。
「ねえ大樹、じゃあシスコンは?」
「『しすぎた結婚』って」
「あ、なるほど」
「待て杏里、汚染されるな、こいつのアホ菌に汚染されちゃいけない! ぜってぇ近づくな」
「あはは、爽真くん大袈裟」
「てか何だよその言い方~!」
 何が何だかわかっていないのだろう、大樹が顔を真っ赤にして叫んでいる。しかし爽真は「アホ」しか言わないし、杏里も本当のことを説明する気にはなれなかった。きっと春樹がしてくれるだろう。春樹は大樹の教育係も兼ねている。
「うん、とりあえず進もっか」
 何やら気分が上昇してきたので、杏里はパッと笑みを広げた。大樹は切り替えの早い笑顔でうなずき、爽真はぎこちなく頭を掻く。
「でも道……」
「多分大丈夫。ね、大樹」
「へっ?」
 見やると、大樹は数度瞬いた。しかし言わんとすることが伝わったのだろう。やがてニッと笑みを返してくる。
「おう、ダイジョーブ。任せとけ!」


* * *


 大樹には不思議な能力がある。彼は自然や動物の声を言葉として聞き、また話すことが出来るのだ。そしてそれは、不思議好きな杏里が大樹たちと仲良くなったキッカケの一つでもある。
 その力を利用しながら、三人は大樹を先頭にくるみかたの館を探した。北は常に前なのだと勘違いしていた大樹のせいで一時は道を逸れそうになったものの――……。

「もしかしてこれか?」
 どれくらい時間が経ったのだろうか。疲れがピークに達する前に、場違いにも目の前にそびえ立つ、大きな建物を三人は目の当たりにしたのだった。
「うわあっ」
「何だこれ……」
「すっげー」
 揃ってぽかんと見上げる様は少々間抜けだったかもしれない。だが仕方ないだろう。その建物はかろうじて窓やドアの見た目から洋風だと判断出来る程度で、他はびっしりとツルや葉で埋め尽くされているのだ。遠目には緑色の建物に見えるかもしれない。いや、建物に見えるかさえ怪しい。このありさまなら、ほのかが不気味に思ったのもごく当然の反応であろう。
 ドアの近くには、「くるみかたの館」とシンプルに書かれた木の看板。その看板にはいくつか胡桃の絵も施されていた。それだけを見ればまだ可愛らしい。
「くるみかた……胡桃かた、か?」
「そうなのかも。てことは胡桃を売ってるのかなぁ」
 首を傾げつつ覗き込もうとするが、中は薄暗くてよくわからない。
「どうするんだ?」
「ふふー。もちろん行くよ! レッツ突撃!」
「でも杏里。春兄たちがまだ来てな……」
「もう中にいるかもしれないよ?」
 ワクワクが止まらない。杏里はやや躊躇している少年二人を見やり、「行こう?」ともう一度促した。彼らは顔を見合わせ――曖昧な表情でうなずく。
 だが、曖昧であろうと何であろうと杏里には構わない。賛同されたのをいいことに、彼女は先陣を切って中へ入ることにした。ドアノブを捻り押し込むと、思ったより重みを感じさせながらドアは開いていく。カラン、と控えめな鈴の音が来訪者を告げた。
「杏里ってたくましいよな」
「……それは俺も思う」
 ウンウンとうなずき合いながら大樹、爽真と続いてくる。爽真がドアを閉めると日の光は遮られ、中は再び薄暗さを取り戻した。ヒヤリと、冷たいとも涼しいとも形容しがたい空気が肌を撫でる。それは一度のことでなく、三人はわずかに身震いした。
 静まり返った空間。だが、肌で感じる微かな物影の気配。
「えーと」
 杏里は薄暗さに目を細め、きょろりと視線を巡らせる。誰かいないのだろうか。
「すいませーん」
「ハイハイ」
「あ。こんにち、っ!?」
 杏里はとっさに言葉を呑み込んだ。声のした方を見やるがそこには誰もいない。慌てて見回し――ぐっと視線を下げた瞬間、その驚きは何倍にも膨れ上がった。
「にん、ぎょう?」
「いらっしゃいませ」
 落ち着いた声音と共に見上げているのは、三十センチほどの一体の人形。ソレは喋るたびにぱくり、ぱくりと縦に大きく口を開閉させた。その動きで、ソレが胡桃割り人形と同じ仕組みなのだと知る。見た目は赤いシックなワンピース姿の女の子だ。描かれた長い髪や目が漆黒で、まるで日本風である。
「わたくし、クルミと申しますわ。ここの案内人ですの」
「案内人?」
「ええ。お客様を案内しております。三名様で?」
「う、うん……」
 さすがに不気味に思いながらもうなずくと、クルミはかくんと口を鳴らした。うなずけない代わりに了解の合図らしい。
「杏里」
 黙って見ていた大樹がふいに服を引っ張ってきた。杏里は目だけで問う。すると彼もまた目だけで先を示した。彼の表情は決して明るいものでなく、それが多少不安を煽る。その不安を振り切るように視線を辿ると、
「!!」
 やや離れた先にいたのは、おびただしい数の人形たち。様々な恰好をしたロウ人形が無表情に出迎えのポーズを取り、その向かいではマネキンが服もなしに立ち尽くしていた。またその下ではワラ人形がクルクルと踊っている。そのワラ人形を囲むように跳ね回るぬいぐるみ。さらに奥に視線を伸ばすと、角から顔を半分だけ覗かせてじっと様子を窺っている市松人形。
 ――あれ?
 何か見覚えのあるものがあった気がし、杏里は何度か瞬いた。しかし薄暗いせいでよくわからない。それよりもやはり、その壮絶な光景に気圧されてしまう。杏里は無理に顔をクルミの方へ戻した。
「あ、あの。クルミだっけ」
「ハイ。何でございましょう」
「ここってお店? 何を売ってるの?」
「見ての通り、人形などが置いてありますわ。色んな子がおりますからお好きなものをご自由にお選びくださいませ。……ああ、それと。一応、小さな思い出なんかも取り扱っておりますわね」
「思い出? それって売り物なのかよ?」
 大樹が首を傾げた。実際、思い出を売るなど聞いたことがない。見えるものでないのだから当然だ。
 クルミはかくんと口を鳴らし、ケタケタと笑った。尋ねた大樹は思わず後退る。
「思い出だって売れますし、買えますのよ。とはいえ、ここの本職は人形たちでございますわ。癖のある子が揃いに揃っております。……まずはオーナーのところへご案内しましょう」
 クルミはカクカクと向きを変え、しかし思ったよりしずしずと歩き出す。何で人形が動いたり喋ったりしているのかを問うタイミングは逃されてしまった。
 三人は戸惑い、顔を見合わせる。この現実をどう受け入れていいかわからなかったのだ。果たして何か仕掛けがあるのか。それとも――杏里の求める不思議なのか?
(うん、不思議)
 自分で問い、自分でうなずく。仕掛けがあるとは思えなかった。あまりに反応がリアルすぎる。電池やマイク、隠しカメラなどを駆使してもこうはいかない。
 しかし館全体に漂う独特の雰囲気。さすがの杏里も、これにはホイホイ飛びついていいものか迷いが生じてしまった。

 クスクス。ほらほら、早く行きなよ。
 クスクス。迷っちゃうよ、出れなくなっちゃうよ?
 フフ、フフフフ。それとも遊んでくれるのかな。
 キャハハ、本当に?
 ……久しぶりだから、楽しみだなぁ。

「お、おい」
 爽真が引きつった声を上げる。悩んでいた杏里、大樹は遅れてその声に気づいた。ハッと見れば――床を埋め尽くしそうなほどの人形たちがゾロゾロとやって来る!
「ぅえええ!?」
「きゃあ!?」
 薄暗い中で迫ってくる人形は正直不気味だ。大樹の驚きの声も手伝い、杏里は肩を跳ねさせた。それらが引き金となったのだろう。誰が先かもわからないが逃げるように駆け出した。混乱が押し寄せ、考えるより早く残りも必死に走り出す。みんなが走り出してしまえばもはや止まれない。止まれば一人取り残される!
「あ、お客様。わたくしめの案内なしでは――」

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