シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

遭遇、モロウィン‐紅い瞳の来訪者‐

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遭遇、モロウィン‐紅い瞳の来訪者‐ 作者:しょう

 

 鳥居看板があった。その表面で手足の生えた可愛いのか不気味なのか微妙な線を彷徨っているドジョウが『おいでませ、おどろき商店街へ』と愛想を振りまいている。

 私鉄バスを降りてまず最初に祐の視界に飛び込んできたものがそれだった。

 それから。

「うどん屋ばっかりだ……」

「北区の名物だそうですからねぇ」

 商店街の入り口からずらっと並ぶ、うどん、ウドン、饂飩の看板。電気屋や、『おもちゃのモロモロ』なんて看板がうどんの文字に埋もれている。

「ここで蕎麦?」

 ある意味当然の疑問に瞬はあっさり答える。

「ええ。では、逸れない様にしっかりついてきて下さい」

 ニッコリ微笑んで告げられた瞬の言葉の意味を数秒後、祐は骨の髄まで理解した。


 蕎麦の二文字がある。それを見つけて夕は正直その場にへたり込みそうになった。ブレザーの上着は脱げかけ、腰まである髪はかなり酷い有様でお祭り状態だ。どうしてたかだか数十メートルを歩くだけだったというのにここまで揉みくちゃにされなければいけないんだろう……。前を行く瞬兄は平然と歩いていたというのに。

 祐は知らない。この商店街が所謂北区のうどんロードの出発点であり、108のうどん屋が鎬を削る群雄割拠の地であることを。

「やあ、やっと来ましたね」

 ついでに、客引きに取り巻かれた祐を脇目に瞬が『馴染みの店があるので』と魔法の言葉で客引きを悉く退けていた事も知らない。

 月村瞬。彼を知る友人達は時に彼のことを『白い悪魔』と呼称する。本人はそんなことないですよ、と笑っているが……。
あながち誤解の産物でもないようだ。



 これは一体何の冗談なのだろう。

 祐は目の前の光景を見ながら自問する。

 祐自身は椅子に座っていて、テーブルには運ばれてきたばかりの掛け蕎麦がよい香りをさせている。壁にはメニューの書き込まれた掛け板が吊るされ、確かにここが蕎麦屋なのだと主張していた。看板に書かれていた文字も、蕎麦であって、断じてチンドン屋だとか、アトラク屋ではなかったはずだ。

 ならば、あの集団はなんなのだ?

 店の入り口に陣取ったその集団の風貌は一言で言えば『変』だった。全員が全員全身タイツを着込んでいる。色がカラフルだ。赤にピンクに唐草模様、黒地に金のレースもいる。頭に、やっぱり『変』なものを被っている。えらとひれと尻尾がついていて、つぶらな瞳と髭がある。

 たぶんドジョウだ。一匹二匹なら可愛いで済ますことも出来るだろうが、集団になるとこれはもう視覚への暴力だ。ましてや全員が顔にパピヨンマスクを着けている。さらには、その上から蝶型の髭を付けていたり、アルミ板で作成したらしい手甲を付けて『ひゃっほぅ』と叫んでいるのや、鞭を持って高笑いしているのや全身タイツの上から極彩色の褌をしているにいたっては一体何がしたいのやら、だ。ある意味百鬼夜行も真っ青で裸足で逃げ出すに違いない。

「この店は我々が占拠した。ヒャッホゥ」

 リーダー格らしいふくよかなほっぺたの持ち主が叫ぶ。

「ひゃっほぅ」

 後ろで百鬼夜行の皆様が何故だか叫びだけを復唱、喧しい事この上ない。

「瞬兄。あれ、なに?」

「モログルミです。珍しいですね、アレは2004年の限定モデルですよ」

「じゃなくて、あの集団」

 ちょっと冷たい目で睨みつける。なんでそんな妙な事を知っているのだろうと思わなくもなかったが、それはこの際置いておく。

「多分モロウィンでしょうね。中にはかなり突っ走ってしまったグループもいるということでしたから」

「ごめん。じゃあさ、モロウィンって何?」

 理解の範疇を超えた単語に白旗を掲げて問い質す。

「ああ、それは……」

「それは?」

 意味深に言葉を切り、声を潜める瞬につられて祐も声を潜めて聞き入る。

「モロモロを愛でることを至上の目的とした団体だそうです」

「瞬兄ぃー」

「なんでしょう?」

「もういいよ……」

 祐と瞬がそんなやり取りをしている間にもモロウィンたちは話を進めていく。

「さて、お嬢さん。今日という今日は偉大なるモロモロ様を至高の料理とする為に『すり身』の秘伝を渡してもらおうか」

「お断りします」

 絣の着物を着た看板娘といった雰囲気の女性がきっぱりとモロウィンたちの要求を跳ね除ける。途端に上がるヤンヤヤンヤの大喝采。どうも逃げ出したのは一見さんな観光客だけで、残っているのは店の常連ばかりらしい。皆慣れているのか、『喧しい、黙れーい』と叫ぶモロウィンたちを前にしても寛いでいる。妙に親子連れが多いのは何故だろう?

「あ、くろだぁー」

 嬉しそうな子供の声が一瞬沈黙を生んだ。

「おのれ畜生。また出よったな」

 モロウィン達の足元をすり抜けて、まるで看板娘を護るかのように立ちはだかったのは日本人にはあり得ない瞳を持ったけれど黒い髪をしたもの。首のグリーンプレートのチェーンがジャランと軋る。その姿威風堂々、歴戦の勇士の風格あり。

「貴様には散々煮え湯を飲まされたが、それも今日で終わりだ。掛かって来いぃ」

 同時にクロは床を蹴りリーダーモロウィンへと跳び蹴りをかます。リーダーモロウィンは右手に嵌めた手甲でその鋭い蹴りを受け止める。互いの骨が軋む。均衡が生まれる。そこへ、痩せた蝶髭モロウィンが小さな袋を投げつける。

 ポフッと袋がクロに命中し緑がかった粉末の中身がばら撒かれた。クロは手甲を足場に再び距離を取る。だが、様子がどこかおかしい。目がトロンとしている。足元が覚束ない。ついにはヨタヨタと二三歩歩いた後ゴロゴロと喉を鳴らして椅子の足にじゃれ付き始めた。

「どうだ、マタタビ爆弾の威力。所詮畜生。他愛もないモノよ」

「ひゃっほぅ」

「ひどーい」

「クロちゃん可哀想」

「うるさーい。勝てばよかろうなのだ、勝てば」

「あいつらっ」

 思わず立ち上がろうとする祐。その肩を対面に座っている瞬がやんわりと抑えた。

「瞬兄」

 どうして、と睨みつける。

「落ち着きなさい。今は、正義の味方の出番ですよ」

 瞬の言葉通り、モロウィン達の高笑いに掻き消される事なく聞こえてくるのはヒーローの名。

「ねぇ、お母さん。モロレッドは?」

「来てよモロレッド……」

 その名が格好良いかはいまいち微妙だが、助けを求める声、登場を望む願い、其処に込められた想いは本物。ならば、何時だってどんな時だってヒーローは必ず現れる。

 そう今も、うどん屋の立ち並ぶ通りを駆け抜け開いたままの入り口から香ばしいモロモロの香りを纏った風と共に飛び込んでくる赤い影がある。

「モロレッド、参上!」

 蝶髭モロウィンに跳び蹴りをぶちかまし、店の奥へとブッ飛ばす。ズサッと着地し立ち上がれば、真っ赤なマフラーが翻った。子供たちの歓声にサムズアップで答えると、真っ赤なお面がきらりと光る。

 正義の心をお面に隠し、燃える闘志をサッカーチームのユニフォームと共に纏う無駄に爽やかな男、その名は『モロレッド』

「性懲りもなく来たな、影も薄いくせに」

「ひゃっほぅ」

「う、うるさい。ブラックの敵は取らせてもらう。覚悟しろモロウィン!」

「まあ、待て。貴様は何故我々に敵対する?」

「は? 何を今更」

「聞け! 我々は偉大なるモロモロ様の代行者である。そもそもモロモロ様の誕生の歴史は遡る事平安時代よりも以前、神代の時代にまで遡る。伝えられる神話によれば仙人に依って調伏されたという巨大竜の流した血飛沫が転じたものとも、飛び散った鱗か変化したものとも言われる。おお、満月の夜に無数に増殖するモロモロ様に相応しい奇跡ではないか」

「あの、おい」

 控えめに掛けられたモロレッドの声を完全無欠に無視して、リーダーモロウィンは独演を続行する。

「モロモロの名の示す通り、諸々の場所に居られ、平安、鎌倉、室町、戦国、江戸いずれの時代においても飢饉の折には救荒食ともされた。しかしだ。同じ救荒食とされる粟や稗は果たして美味いといえるか? 声を大にして言おう、『否』と。だがモロモロ様は違う。煮てよし、焼いてよし。練物にしても、キムチに漬け込んでもいい。チョコレートやアイスのフレーバーにもぴったりだ。すばらしいとは思わんかね?」

「あ、ああ」

「ひゃっほぅ」

「想像してみるがいい。揚げ立てのモロフライのサクッとした食感を。味わった事があるかね? モロモロ様で作り上げた魚醤のコク深さを。モロモロ様の油漬けはビールのお供に最高だ。タレと共に丁寧に焼き上げたモロモロ様の蒲焼は舌も蕩けんばかりだし、三倍酢と共に戴くモロモロ様の踊り食いなど文字どおり胸躍るようではないか。嗚呼、かくもこの世はモロモロ様の愛で満ちている。だからこそ、我々は、この手で至高のモロ料理を完成させねばならんのだ。分かるかね?」

「は、はい。分かります」

 何故だか敬語で答えるモロレッドの後ろで百鬼夜行の皆様の一部が『ひゃっほぅ』と歓声を上げる。ついでに、女の人の悲鳴も上がった。

「さて、そういうわけで同意も得られたことだし、秘伝を教えていただこうか」

 いつの間にか看板娘が極彩色の褌モロウィンに羽交い絞めにされていた。モロレッドは慌てるが、こうなっては手も足も出ない。

「ひ、卑怯だぞ貴様。水路さんを離せ」

「誰が離すか馬鹿者が」

「くそ、せめてモロイエローがいてくれれば」

「無駄無駄ぁ、今日はあの男は町内会の会議じゃ。当分来れんわ」

 がっくりと膝を突くモロレッド。『一体何時の間に……』などとぶつぶつ呟いている。

 種を明かせば簡単なことで、リーダーモロウィンの独演に観客達が呆気に取られている内に褌モロウィンが忍び寄って水路さんを捕まえただけの事。

 当然、唖然としていた観客の中には祐も含まれる。

 だから、祐は無言のままに立ち上がる。椅子の足が床と擦れ音を立てた。不思議とそれは、店内に響いた。視線が祐に集中する。

「瞬兄」

 止めても無駄だと、意志を込め一言口にする。瞬は何も言わない、ただ、微笑んだだけ。

「なんだぁ? 貴様、何か用か。お子様は黙って隅で震えてな」

「ひゃっほぅ」

「気に入らない」

 ポツリと一言、それは低く低く怒りを込めて。相手に対してよりも、卑劣な手段に気づかなかった自分に対して呟かれた。故に、冷たく重い。

「あーん?」

 だが、そんなことはモロウィンたちには関係なく、彼らにしてみれば祐は生意気なお子様としか映らない。

「当たると痛いぞ、ひゃひゃひゃひゃ、ひゃっほぅ」

 高笑い鞭モロウィンが手にした鞭を振り回す。達人に扱われる鞭の先端は時に限りなく音速に近づく。そして、皮を裂き肉を穿ち骨を軋ませる、それが祐へと襲い掛かる。打ち据えられる。が、大方の予想に反し、肉を撃つ甲高い音は一度だけ鳴った。

「ひゃっほう?」

 祐の左手がしっかりと鞭の端を握り締めていた。無論無傷である筈もないのは、鞭へと伝う液体が物語っている。

「は、離せッ」

 鞭モロウィンが鞭を曳く。ピクリとも動かない。寧ろ逆に祐のほうへと引きずられる。

 引き寄せた所で横殴りの一撃を祐は加えた。

「ひゃっほー」

 入り口近くのモロウィンを数人巻き込んで店外へ転がっていく。最後まで喧しい。

「う、動くな。こ、こちらには人質が、ぁああ?」

 リーダー格の男が叫ぶ。無理もない。水路さんを捕まえていたはずの褌モロウィンは丁度女性を一人羽交い絞めにしているような格好のまま硬直していて、水路さんは真っ白なスーツの優男‐月村瞬‐に助け出されていたのだから。

「生憎ながら、人質は救出させて頂きました。ちなみにこちらの彼は当分動けないと思いますので、悪しからず」

 言った瞬は悠々と元座っていた席へと戻る。その後ろで、褌モロウィンがどお、と倒れた。背中には水で所々濡れた何処にでもある紙ナプキンが張り付いていた。

「形勢逆転だな、モロウィン」

 大げさな身振りと共に立ち直ったモロレッドがリーダーモロウィンに指を突きつけた。その横には酩酊状態から帰ってきたモロブラックが控えている。加えて、入り口には肩で息をする全力疾走してきた、よく揺れる丸いお腹のモロイエローが立っていた。

「ア、 アングリー?」

 特製電気コードを片手に、多分ニッコリ笑う。

 リーダーモロウィンは祐、モロレッド、モロブラック、モロイエローと順に見た後。

「むううう。今日のところはこれ位にしてやる。ありがたく思え。それから、この屈辱は忘れんぞ。モログレイ!」

 些か問題のある定番の捨て台詞を残して入り口へ向かう。

「ひゃっほうぅ」

 ゾロゾロッと他のモロウィンたちも気絶したままの蝶髭モロウィンや褌モロウィンたちを担いでついていく。まさに百鬼夜行。見物人達が自然に道を空けていく。雑踏の中へ消えていくモロウィンたちを見送るとモロレッドが決め台詞を見得と共に言い放つ。

「これにて、モロモロコンプリート!」

 わ、で始まる歓声が店内で上がった。


 一頻り観客達に揉みくちゃにされた後、お客のいなくなった店の中で、祐は困っていた。出来たら逃げたいのだけれど、左手が水路さんに掴まれていて動けない。別に捕まっている訳ではなくて、『怪我してるわ。手当てしないと』『別にいいよ。慣れてるし』「駄目よ。雑菌が入ったら化膿しちゃうでしょ。待ってて」というようなやり取りがあって、現在包帯を捲いてもらっている最中なのだ。

 で、動けない祐の前でモロレッドが熱弁を奮っていた。正義の心はどうとか。悪に立ち向かう勇気がどうとか。
最後に勧誘の言葉がついてきた。

「君、ぜひモロ戦隊に入らないか?」

「いや、あの俺旅行者なんでそういうのはちょっと」

「すばらしい」

「は?」

 お面があるから良く分からないが、マフラーとお面の隙間から見えるのは滂沱の涙だろうか?

「素直でない流れ者が新戦士! 感動だ!」

 水路さんはなんともいえない奇妙な顔をしている。敢て言うなら笑いを堪えているような? 少なくともこの件に関しては当てに出来ないのは確かそうだ。それならと祐は首を捻って、瞬を探す。瞬兄なら口先で丸め込める。それが淡い期待とも気づかず。

「って、瞬兄。何にこやかに受け取ってんのさ!」

 そこには、モロイエローから『モロホワイト認定書』なるものを受け取っている瞬の姿があった。しかもなんだか嬉しそうだ。

「いやぁ、戴けるものは貰っておかないと」

「だから、どうしてそうなるのさ」

 思わず突っ込んで、頭を抱える。

 そして、寮の同室者に『お前は、天然だ。天然ボケキャラだ』と散々言われている少年が微妙なアイデンティティの揺らぎに襲われている横で、モロレッドがいそいそと『モログレイ認定書』と専用武器を用意し始めていた。

 

 

 

 

 

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