シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

モシエニキーあるいはシュヴィンドラーども

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モシエニキーあるいはシュヴィンドラーども 作者:甲斐ミサキ

 

 夏至を過ぎた最初の満月。
 一夜限り、開かれる扉がある。
 普段は幾ら押そうとも引こうともビクともしない頑丈な黒檀の扉。
 それはとある洋館にあり、年によってはその位置が変わる。精確には開く扉が異なる。開くためには正しき星辰と、それに適合した割符を組み合わせることが必要なのだ。
 なんのためにそんな馬鹿に込入った仕組みを?
 ちょっと待って大丈夫。これから説明するから慌てない。
 扉が開き、また閉じ、そして扉がまた開く。それの幾度かの繰り返し。
 その扉は地下へと続く階段に通じ、その階段は天井の高い大広間にまで届く。
 静寂。どうやら顔ぶれが揃ったみたい。
 月光の光が巧妙に設置された反射鏡の連鎖で、大広間に降り注いでいる。
 それでは観てみましょうか。

「我々は誰か」黒檀と同じ風合いのシルクのフードをかぶった主が問う。
「拐騙子だ」
「その通り」
「欺着者でしょう」これはいなせに和装を着こなすワイ女史。
「ごもっとも」
「見下げ果てた詐欺師どもだ!」エス氏。若々しい風貌ながら、眼光にたゆみなし。
「大正解! 大当たり」燕尾服の裾を揺るさながらビィ氏。
 彼らはひとしきり笑い声を上げる。何とも楽しい連中じゃない。
「コホン。我輩は前回の会合に宿題を添えた。覚えておるかな」
 皆がニヤリとする。早いことご開帳をしたくてたまらない様子。
「我々は拐騙子であり、欺着者であり、そして蒐集家でもある。そしてそれが我々のメシの種」熱弁を振るうのはティー氏。
「では僕からお見せしよう」
 燕尾服のビィ氏が細長い布袋から一本の棒を取り出した。侘び寂びを感じさせる枯れた味わいの、だが風格においてなにか圧倒するような、竹の杖。
「杖、ですか?」
「然り。これはとある骨董屋で入手したもので、かの水戸光圀公が全国を突いて歩いたとされるものだ」
「ふふふ、しかしそれは講談や映画の話ではないのかしら」
「まぁ待ちたまえ。『大日本史』編纂のために家臣の儒学者らを日本各地へ派遣したといわれているが、そのほかにも光圀公は水戸藩に代々使える、佐々十竹、佐々介三郎、佐々宗淳らを各地へ派遣してた。素破としてね。そして、善政をもって良しとする、光圀公は彰考舘総裁だった安積覚兵衛、佐々十竹の二人を伴い、水隠梅里という俳号で藩政視察、世直しの旅に出たのだ」
「うむ。講談ではありそうな話じゃん、俺好きだヨ」
「せっかちではイカンなぁ。僕はまず水戸市に隠棲していた五代目佐々介三郎氏を探し出し、幸運にもこの和綴を拝借することが出来た。『朝野素破群載帖』という。初代佐々木介三郎が光圀公と諸国を検分した際に書き記したいわば日記だ。しゃしほこばった金釘文字で、読みづらいことこの上無いが、問題はそこじゃない。介三郎氏の日記なので光圀公の筆跡は見当たらなかった。が」
 ビィ氏が小瓶を取り出す。銀色の粉末が入っている。
「それは?」
「これは、アルミの粉を吸着しやすいように特殊加工したもの。これを紙に振り掛けて吹き飛ばす。そうすると、どうかな」
 和綴の紙面の隅に指紋が浮かび上がっていた。
「まぁ、大抵は介三郎のものだろう。ただ、数箇所明らかに異なる指紋が検出された。右手人差し指と親指の指紋だ。
 この作業をこの竹の杖にも施した。そして三次元化された情報を平面図へと変換」
 ビィ氏がレントゲン写真のようなものと、『朝野素破群載帖』の該当ページを複写したものを重ね合わせた。ぴたり。杖に残った親指と人差し指の指紋が照合する。
「さて、いかがか。諸説はともかく、水戸のご老公が突いて歩いた杖には違いなかろうと僕は断言できるが、異論はあるかな」
 皆がうむむと額を突き合わせて考えた。科学的に論ずるには充分に値する。
「ああ、それとね、分かりにくいけど目釘があって」
 杖の握り手をビィ氏が探り、それを外す。そして竹の杖の柄を引っ張った。細身の刃が現れ出る。骨董屋は気付かなかったようで鉄が腐食している。
「そこから、血液の残滓が検出された。史実ではなく、講談のほうには、
『天晴れかな、ご老公、抜き身を放っていざいざと背信極まる悪政の、藤井紋大夫に真っ赤に染め上げた血の花を咲かすものなりぃ』とあるけど、DNA鑑定では藤井紋大夫のものと一致した。つまり史実に誤りがある、とね。これは余談」
「確かに。その探究心、我らが欲する資質の第一、天晴れ」理論派のティー氏が頷く。  「ふふ、歴史の闇に埋もれた遺物に光を照らす。素敵ですわ」ワイ女史。
「なんの、ロジカルなら私もビィ氏に負けてはおらんよ」    
 ティー氏が、苦労して搬入したのだろう、一メートル五〇センチほどの高さがある木箱を覆うベルベットの覆いを取り去り、木箱の錠前を解いた。
「ではご覧あれ」ティー氏が優雅に一礼する。
 中には、コビトカバが直立歩行しているかのようにみえる、骨格標本。
「な、なんです、それ」エス氏が問いかける。
「ムーミネイア・ペイックスと私は呼んでおるがね。その復元標本だよ」
「ほー」ビィ氏。
「スウェーデン地方ではムーミペイッコと呼ばれるもので、山に住むという恐ろしい怪物のことだ。言い伝えがあるからには根拠がなければならん。そこで私はムーミペイッコを実在すると仮定した。およそ六五五〇万年前、白亜紀の終焉、恐竜の絶滅と共に哺乳類が進化した。要は恐竜がいなくなった隙間に入り込んで多様化したわけだ。コビトカバは現在では、水棲の動物として認識されているが、ムーミネイア・ペイックスは水棲になる前の段階で餌を求め地峡を渡り、プレートテクトニクスによって、大陸は隆起する。スカンジナヴィア山脈の隆起に伴い、外界と隔絶された環境に。そして」
「そして?」
「猿がヒトとなったように、コビトカバからムーミネイア・ペイックスへと、つまり知的文化を持つ直立歩行カバへと進化したのだ。一億年に及ぶ環境の変化、氷河期、温暖化の繰り返しの中、悲運多数死をからくも免れたとシミュレートした。体毛の発達により、環境適応のどのニッチにも入り込め、前肢の親指が進化したことで物をつかめる様になり、直立歩行することで、四足歩行では得られない果実や昆虫を捕らえ、そして最終的には道具を用いる。頭部が安定し、脳肥大化が進む。そしてご覧の通り」
 ふほぉぉ、と感歎の声が挙がる。皆が仔細を調べようと標本に群集う。ティー氏が大いに満足そうに眺めている。
「ティー氏の手腕、欺着者として歓迎する」黒フードの主が宣言する。
「じゃあ、次は俺のぅ秘宝をみせるとすっか」エス氏がぞんざいに着崩れているコートのポケットから懐紙に包まれたものを取り出した。
 梨地に浮く茶色の斑。その梨地が霞のように繊細で、光の加減によってはまるで霧が移ろうように色相が様々に変化する。
「かつて将軍の御刀に砥石を当てた本阿弥家には、こんな口承が残っている……霧中に遊ぶ蓮華と謳われた稀石――“霧蓮宝燈”を当てた刀は人ならぬものさえ斬る、と」
 エス氏が手術用手袋をはめた指先で慎重に摘まんで砥石を光にかざす。玄妙な瞳を吸いつけて已まない妖しの輝きが放たれる。 
「これはちょいと、依頼者のレディから窃盗、いや拝借したものでネ。拐騙子として充分にこの会に提出に値する代物だと俺は思うヨ?」
「その通り。君は拐騙子として実に優秀。だがそれが本物とは限らん。偽物かもな」
「アウチ。ではどなたか、紙切れでも何でも薄いものアリマスか」
「これはどうかな」ティー氏がカードを取り出す。漆黒の強化プラスチック。クレジットカードにおける高位のブラックカードだ。厚みは三ミリほどで、しかし何かが切れるようなものではない。
「それじゃあ、どなたか斬っても良いものを提出してくださいナ」
「これをお使いなさい」ワイ女史が、鞘が翡翠や漆で装われた守り刀を取り出して抜き身を差し出した。正真正銘の真剣である。
「では仕上げをごろうじろ」
 エス氏がブラックカードをスッと霧蓮宝燈でひと砥ぎ。そして……。
「ティー氏にブラックカードをお返しし、この抜き身もお渡しします。俺がすると仕掛けがあると思ったりするでしょ? ささ、それですとんと」  
 ティー氏が頷き、テーブルの上に置かれた抜き身の中心に向け、ブラックカードを、
 すとん。テーブルにブラックカードがこつりと当たる。すなわち、押し通った。
「ハイ、ご覧の通り。ついでにサ」エス氏が柄がある方の抜き身を霧蓮宝燈で数度砥ぎ、ひゅっひゅっと大広間の何もない空間を裂いた。
 刹那。
 地下であるがゆえ、どうしても完璧には入れ替わらない空気の質感が一気に清新なものとなった。澱んだおりが浚渫された河のように透き通る。
「俺らが集まると余計なものを溜め込むからサ。これ、サービス」  
「ふふ、『霧蓮宝燈”を当てた刀は人ならぬものさえ斬る』確かに本物ですわね」 
「恐悦至極」
 手術用手袋をはめた皆が光にかざし質感を、砥石の班を眺め、嘆息した。
「さて、残るはわたくしだけですわね」ワイ女史がつい、と歩み出る。艶やかな和装に負けず劣らずの彼女はたおやかな微笑を浮かべ、いつの間にか運び込まれていたアイアンメイデン、中世ヨーロッパで「鉄の処女」と恐れられた殺戮の柩の横に立つ。
「それでは、天上の世界を感じていただきましょう」と留め金を外した。
 真横にギギと開かれた柩内から、白金のゴシックメイルに一分の隙もなくよろわれた人物が歩を踏み出す。
 両腕のガントレットが頭部のアーメットに伸び、白金の拘束を解く。ワイ女史が胴鎧の留め金を外す手伝いをし、繭をほどいていく。そして腰まで伸びた流れるような黒髪に埋もれるように白い肌が仄見える薄衣の少女が姿を現し、
 途端、先ほど入れ替わった清新な空気に甘い香りが混じりはじめた。
「皆さん、香りに気付かれたかしら」  
 大広間に芳しい、何とも例えようのない魅了魅惑、まさに天上の香りが充満する。
「この娘は肌香佩薫なのです。十年前から肉食を一切断ち、その代わりに隋・唐時代の医学書「医心方」に記されている、「芳気法」、すなわち、香料を食べて体から芳香を発する法を身につけさせました。丁子、麝香、霊陵香、桂皮などをもとに香薬を作り、それを毎日の菜食に十二粒添えて服用させてきました。
 さて、折角なのでティー氏のカードを拝借して……。
 ここに瑞々しい玉葱が一玉。すとんと。
 つぶらかな瞳に玉葱の断面を近づけてみます。慈しみ愛するこの娘に残酷な真似、わたくしには心苦しく、エス氏、お願いできますかしら」
 エス氏が半切りにされた玉葱の断面を近づけてみる。勿論、結果は記すまでもなく、気化した硫化アリルが娘の涙腺を刺激して涙を零させた。女性には優しくをモットーとするエス氏がハンカチで拭い……そして、
 仰向けに倒れてしまった。その顔は忘我の境地、夢見心地、地上にいながら極楽をさ迷っているかの如く恍惚感に溢れている。
「あらあら、この殿方には強すぎたかしらね。この娘は完全なる体身香の持ち主。生きた媚薬なの。一粒の涙で殿方を狂わせ、理性を消し飛ばしてしまう。もっともわたくしなりの工夫があってこそ。それは言わぬが華かしら」
 ビィ氏もティー氏も、黒フードの主、エム氏もそわそわしている。涙が一粒零れるたび、空気が媚薬と化していく。言葉はない。しかし、理性が消し飛ぶ数瞬前にエム氏が強力無比のエア・コンディショナーを作動させたことが、何よりその強烈さを物語っている。
「ワイ女史の手腕、こんな隠し玉を忍ばせていたとは、我々を欺いてきた腕前、奸計きわまる女狐に祝福を!」  
 ビィ氏、エス氏、ティー氏、ワイ女史、どの目にも一杯食わせてやったという充足感に満ち溢れている。そしてもう一方で、主催者であるエム氏に視線が集まる。
「エム氏、あなたの蒐集物はなんですの?」
「僕もそれなりに」
「そうだ。俺も知りたい」
「私も興味のあるところである」
 エム氏が黒いフードを跳ね上げた。壮年期の男性だ。手には空っぽのカクテルグラスを持っている。
「この部屋にたどり着くまでに貴君らは智慧を絞り、星辰を計り、そして貴君らの蒐集したものを持ち込む必要がある。
 夏至の最初の満月。その月光の光と我輩の作り上げた装置で、拐騙子であり、欺着者である者のみが持つエッセンスを抽出することが可能なのだ」
 エム氏の持つグラスが琥珀色に満たされている。
「そして、これが我輩の蒐集物だ、諸君」
 杯を一息に飲み干す。見る見るうちに壮年期の、しかし引き締まった顔が更に若返り活力、生気に満ちていく。もはや青年期の姿だ。
「拐騙子であり、欺着者である我らが蒐集すべきはその仲間。そしてその仲間の輪は繋ぐことはあっても決して開かれることはないのだ。自分達の息のかからない人材を野放しには出来まい?
 貴君らは才能があるぞ! 自分達の世界の外に。知識の地殻を食い破り、大穴を開けるためのな。我輩の蒐集物とは貴君ら自身だよ」
 
 ふふ、繋がれない輪っかがすぐ傍にある、エム氏は気付いてるのかしらね。
 わたしは、エム氏の更に上を行く巧妙に仕組んだカメラが映し出すモニタの電源を落とし、思考の深遠へと身を委ねることにした。知識の地殻の芯へ先に齧りつく方法を模索するために。

 

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