シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

モロウィンロボの奇跡

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モロウィンロボの奇跡 作者:見越入道

 薄暗いバラック小屋の中、ぽつんと灯る電灯の下に据え付けられた製図版に向かい、白衣の男が一心に図面を引いている。図面に描き出されているのは今まで誰も見たことの無いような巨大ロボット。男はこの巨大ロボットの設計図を書くため、膨大な時間を費やしていた。彼の痩せた頬には疲労の色が浮かび、彼の薄い眼鏡に写し出される図面に引かれていくその線一本一本に、彼の魂が込められているかのようだ。そしてついにその努力が結実する時が訪れる。
「出来た!出来たぞ、諸君!」
 白衣の男の周りを数人の男たちが取り囲む。男たちは全身タイツに妙な被り物をした怪しげな出で立ち。彼らこそ霧生ヶ谷を騒がす秘密結社モロウィンの幹部たちなのだ。そして今まさに白衣の男、ドクターモロウィンの手によって描き上げられた設計図こそ、彼らの起死回生の決戦兵器たる巨大ロボット、その名も「モロウィンロボ」の設計図なのだ。
 図面を覗くモロウィン幹部たちの顔に興奮の色が浮かび、口々に「素晴らしい!」とか「これで我等の勝利は間違いない!」などと叫んでいる。
 ドクターモロウィンはくらくらと軽い眩暈を覚えてよろけそうになった。彼はここ数日この作業に寝食も忘れて没頭していたのだ。そのドクターを両脇の幹部が慌てて支える。
「ドクターモロウィン。後はわれらに任せてひと休みしたまえ。ロボットを建造する段になってドクターが体を壊しては話にならない。」
「う、うむ。すまない。一刻も早く設計図をボスの元へ」
「承知した。ゆるりと休まれるが良い。これが完成した暁には、盛大に祝杯を挙げようではないか」
 ドクターはソファーに横たわると、たちまち泥のように眠りに落ちていった。

 どれほど眠っていただろうか。突然ドクターの肩を揺するものがある。
「おい、起きろ!警察だ!」
 ドクターがはっとして目を開けると、彼の周りを数人の警察官が取り囲んでいるではないか。そればかりか大した広さの無いバラック小屋の中には数十人の警官が踏み込んでおり、モロウィン幹部たちも次々と捕縛されている。ドクターがあの製図版に目を向けと、今しも一人の警察官によって設計図は筒状に丸められ、持ち出されようとしているところだった。
「やめろ!その設計図は!」ドクターはソファーから飛び起き図面を持っている警察官に飛びかかろうとしたが、彼を取り囲んでいた警察官によってたちまち取り押さえられてしまった。

 所変わってここは霧生ヶ谷市某所にある真霧間研究所。そのエントランスに霧生ヶ谷市職員、名取アラトの姿があった。彼は霧生ヶ谷市某所にて押収された謎の設計図を携えている。これは警察の上層部から極秘に依頼されたもので、この設計図がいかなる代物であるのかを、霧生ヶ谷一の科学者である真霧間キリコ博士に検分して貰うためであった。
 白衣と黒のロングヘアをなびかせて登場したキリコ博士はその設計図をエントランスのテーブル一杯に広げるとしばし沈黙。そして「これは、素晴らしいものだわ」と感嘆の意を表した。
「それで、これは一体何の設計図なんです?」アラトも思わず身を乗り出す。
「これは一口に言って巨大人型ロボットの設計図ね。しかも体の各部分に沢山の武器を搭載できるようになっている」
「つまり、殺人用の兵器ですか」
「いえ、殺人用というよりは拠点制圧用というところかしら」
 と、ここで突然エントランスを赤い光が包み、建物の中にけたたましい警報が鳴り響いた。続いてコンピューターボイスが響き渡る。
「警告!警告!霧生ヶ浜近海ニ正体不明ノ巨大霊子反応アリ!クリカエス!霧生ヶ浜近海ニ正体不明ノ巨大霊子反応アリ!」
 キリコ博士と名取アラトが地上三階にあるモニタールームへと駆け込んだ時、モニタールームの巨大スクリーンには霧生ヶ谷全市の平面図が表示され、その西側、霧生ヶ浜より100キロの付近を巨大な赤いマーカーが蠢いていた。
「コンピューター!正体不明の霊子反応の霊子パルスレベルは!?」
「霊子パルスレベル、16ギガヘルツ」
「それって、どういう事ですか?」アラトが恐る恐る聞く。
「霊子パルスレベルってのは、この世界に存在するあらゆる事象が内包する霊子の量を数値に置き換えたものよ。人間はせいぜい5メガヘルツ。小型の動物は3メガヘルツ。高潮やキラウエア級火山の噴火でも10ギガヘルツしかないわ。つまり・・」
「つまり?」
「これは超ド級の化け物の登場ってことよ」
 再びコンピューターが声を上げる。
「正体不明ノ巨大霊子反応ノ移動速度、時速20キロ。コノママノ進路ヲ進メバ」
「分かってる。あと五時間で上陸ね。忙しくなるわよ!」

 バラバラバラバラ・・・・
 ここは霧生ヶ浜近海の上空。キリコ博士とアラトはすぐさまヘリをチャーターし、レーダーの示したポイントへと向かっていた。
 キリコ博士が眼下の海面を指差す。そこには巨大な水しぶきを上げながら進む直径5メートルほどのぶよぶよしたものが見えた。アラトがヘリのパイロットにその物体の上空で旋回するように指示し、キリコ博士が双眼鏡でそれをつぶさに観察する。その時ヘリの音に気付いたのか、物体の一方から無数の触腕が持ち上がった。キリコ博士はすぐさまその場を離れるようにパイロットに指示。それとほぼ同時に触腕のある辺りから猛烈な圧縮水流が発射され、ヘリをかすめた。
「か、間一髪・・か」アラトは首筋を流れる冷や汗を拭った。
「もう一度あれの上を飛んで頂戴。写真を撮るわ」キリコ博士が指示を出し、ヘリは物体の上をかすめて飛び、すれ違いざまに備え付けのカメラがパシパシとシャッターを切った。
「キリコ博士、あれは一体なんですか?やっぱり、放射能で巨大化した蛸かなにかでしょうか」
「東宝特撮映画じゃあるまいし、なんでもかんでも放射能にしない!」
「は、はい!」
「さあ、戻るわよ!」

 パシャ
 場所は変わって霧生ヶ谷市役所内会議室。税金と地方交付金をたっぷりと使った大きな会議室には市議会員が召集されており、その眼前の大型スクリーンにはキリコ博士が命がけで撮影してきた謎の物体の写真がスライドで投影されていた。
 市議会員の一人が言う。
「真霧間博士。あなたの見識を疑うわけではないが、この写真だけで市民に非常事態宣言を出すというのはいささか早急ではないかね」
 もう一人が言う。「左様。いたずらに騒げばパニックを引き起こすだけだぞ。まずは専門家の意見を聞いてだな」
 キリコ博士は傍らでスライドを操作しているアラトに目配せをすると彼はすかさずもう一枚のスライドを表示させた。
「これは、紫外線除去フィルターによる画像です。海面に反射する紫外線を除去することで上空から、水中を撮影出来るようにしたものです」
 スクリーンには蛸に似た頭部を持ち、人間のように胴と手足を持つ凄まじい大きさの生物が映し出された。館内にざわめきが広がる。そのざわめきを破るようにキリコ博士の声が響く。
「今!ここで手を打たなければ、取り返しがつかなくなる!」
 市議会員の一人が重い口を開いた。「しかし、これがでっち上げではないという証拠も・・・」
 すぐさまキリコ博士が叫ぶ「あなたたちでは話にならないわ!市長!市長は何をしているの!?」
「市長は姉妹都市へ福祉事業の視察中で留守だ。戻られるのは三日後の・・・」
「遅い!三日後にはここが焼け野原になってるかも知れないのよ!」
「しかし、我々にもどうする事も・・・」
 ここでキリコ博士はふっと天を仰ぐ。そして市議会員たちが座る机の前まで行くと白衣の内ポケットから金色に輝くカードを一枚取り出して叫んだ。
「この瞬間から、アウトローライセンスを発動します!全市に非常事態宣言!全市民に避難勧告!」
 あっけに取られる市議会員たちを尻目にキリコ博士はアラトを指差して叫ぶ。
「時間が無い!すぐに防衛省に通達!それと、市の霊子防御フィールドを全開に!」

 その二時間後、謎の怪物は「タコゥルフ」と命名され、市役所内の会議室は「対タコゥルフ対策作戦本部」となっていた。作戦室中央にはリアルタイムでタコゥルフの動きが把握出来るように各種モニターが設置された。そのスクリーンの前の机には霧生ヶ谷市全域の白地図が広げらた。白地図には市内に展開する自衛隊の部隊を表すマーカーが無数に置かれ、あたかも戦場の前線基地のような様相となっている。全軍の指揮を執るのは陸上自衛隊小早川一佐だ。
「一佐。タコゥルフが霊子フィールドを突破し、霧生ヶ谷空港に上陸します!」
 部下の報告を受けて小早川がメインスクリーンに目を向けると、海上からもこもことした物体が今しも海岸に這い上がろうとしている映像が映し出された。
「爆撃部隊。攻撃用意」
 小早川はマイクで指令を飛ばす。そうするうちにも物体は山のように盛り上がり、巨大なかぎ爪を持つ両腕が空港の滑走路をめりめりと引き裂きながらその巨体を陸上へと持ち上げた。どよめく作戦室。それは巨大な蛸のような頭に口の周りを覆う触腕を持つ人型の怪物であり、その全身はぬめぬめとした粘液に覆われて緑色がかっているのだ。
「爆撃部隊、攻撃開始!」小早川の指令が下り、タコゥルフの頭上を爆撃機が通過しながら無数の爆雷を投下した。立ち上る爆煙。そのうちの何発かはタコゥルフの本体に着弾し、火柱を上げた。
「やったか!?」作戦室が色めき立つが、スクリーンに映るタコゥルフはまったく動じることなく上陸した。
 その様子を遠巻きに見ていたキリコ博士は呟く。
「物質兵器では駄目なのか・・・」
 小早川は次なる指令を飛ばす。
「地上部隊、砲撃開始!ここで食い止めるぞ!」
 霧生ヶ谷空港出発ロビー前に展開した十数台の戦車が一斉に砲弾を撃ち出し、爆煙に包まれるタコゥルフ。
「今度はやったか!?」思わず握りこぶしに力を込める小早川。と、立ち上る爆煙の中からひとすじの圧縮水流が、あたかもレーザー光線のごとく一直線に走り、戦車の一台を捕らえた。戦車は猛烈な水流を浴びて瞬く間に砲塔を弾き飛ばされ、火柱を上げる。さらにその水流が横一線になぎ払われると、そこに居並ぶ戦車軍団は次々と砲台を吹き飛ばされて火柱を上げた。爆煙が晴れるとそこには傷一つ無いタコゥルフの姿があった。
 作戦室に女性オペレーターの声が響く。「目標は依然健在。時速10キロで霧生ヶ谷市中心部に進行中です!」作戦室に沈黙が流れる。
 キリコ博士は廊下に出てから何事か沈思黙考の様子だったが、そこへ封書を持ったアラトが走ってきた。
「キリコ博士!防衛省からの通達が届きました!」
 キリコ博士はそれを受け取って言う。
「分かった。これは私が小早川一佐に渡そう。ところでアラト君。一つ頼まれて頂戴」
「なんでしょうか?」
 キリコ博士はメモ用紙を取り出し、さらさらと何事か書き込むとアラトに渡して言った。
「とにかく時間との勝負よ。急いで!」
 アラトはそのメモを受け取って読むと、いずこかへと向かった。アラトの後ろ姿を見送ったキリコ博士は、作戦室のドアを開けようとして、ふと、手にした封書に目を落とした。封書には「極秘」の文字と共に「日本国内閣府防衛省通達」と書いてある。キリコ博士は辺りを見回して人気が無い事を確認した後、封書を開けてみた。中から出てきたのはごく簡単な文章の書かれた紙切れが一枚。
「米国政府ニ我ガ国援護ノ為ノ核ミサイル発射ノ用意アリ。至急連絡サレタシ」
 キリコ博士は一読すると眉を吊り上げてそれを破り捨て、ドアを開けた。
 キリコ博士が作戦室に入った丁度その時、小早川一佐の元へ伝令が届いていた。小早川は伝令から受け取った紙切れを一読するとやや興奮気味に言う。
「ウルトラXが到着した!」

 名取アラトは一人、霧生ヶ谷市市役所の屋上に上っていた。屋上からはタコゥルフが上げる爆煙が見え、アラトの心に怒りを呼び起こす。と、そんなアラトの頭上を巨大な影が通過した。アラトは空を見上げ、そこに浮かんでいるものを見て思わず「空飛ぶ・・アロマナカリス・・」とつぶやいた。
 それは作戦室のメインスクリーンにも映し出されていた。あたかも葉巻をつぶしたような楕円形のボディに、丸い頭部とそこから突き出す二本の太い格闘用アーム。胴体の両脇には十数枚の小型の羽が突き出し、それを波のようにうねらせながら空を飛んでいる。さながら太古の海中で最強を誇ったと言われる古代生物アロマナカリスのようである。小早川一佐は言う。
「これこそ、我が自衛隊が総力を結集して作った最新鋭戦闘艇ウルトラXだ!」
 と、メインスクリーンの画面がウルトラXのコクピットを映し出した。ウルトラXの操縦桿を握るは高嶋特佐。
「高嶋特佐、よろしく頼む!」と小早川が言えば、高嶋は敬礼を一つしてから「任せてください!目に物言わせてやりますよ!」と頼もしい言葉。
 タコゥルフは西区を横切り真っ直ぐ霧生ヶ谷市中心部に向かう進路を取っていた。ウルトラXは丁度西区と中央区の境目付近にある田園地帯でタコゥルフと対峙した。高嶋特佐はメインモニターでうねうねと進むタコゥルフを確認すると、手前のパネルに取り付けられた小さなアクリルの小窓を開け、その中にある赤いボタンを押した。
「メッサー殺獣光線、発射用意!」
 ウルトラXのコクピットのすぐ下、格闘用アームの間にあるドーム型のカバーが花のように割れて開くと、中からパラボラアンテナがせり出して来た。続けて高嶋は操縦桿に手を戻すとメインモニターでタコゥルフの眉間に照準を合わせて叫ぶ。
「メッサー殺獣光線、発射!」
 パラボラアンテナから青い光線がほとばしり、タコゥルフの眉間に撃ち込まれる。
「今度こそ、やったか!?」小早川も手に汗握ってスクリーンを食い入るように見つめている。パラボラアンテナから照射される青い光線はビリビリと音を立てながらタコゥルフの眉間を焼いて行く。
「メッサー殺獣光線、エネルギー残量80パーセント!」ウルトラXのコクピットにコンピューターボイスが響く。しかし高嶋はトリガーを緩めず、さらに光線を照射し続けた。
 光線を浴びるタコゥルフは、その赤い瞳を右へ左へぎょろりと動かしながらも、また一歩、また一歩と前進を続ける。
「メッサー殺獣光線、エネルギー残量50パーセント!」再びコンピューターボイスが響く。しかし、光線が当たっている部分にいまだ変化は無く、タコゥルフの歩みもまた緩む様子も無い。
「効いているのか?どうなんだ!?高嶋特佐!」小早川が焦りの声を上げるが、高嶋は「まあ、見ていてください!」と言うばかり。
「メッサー殺獣光線、エネルギー残量20パーセント!」コンピューターが三度声を上げた時、タコゥルフがぴたりと歩みを止めた。高嶋の顔に自信の笑みが浮かぶ。そして・・・タコゥルフは手を上げ、光線がじりじりと焼いている部分をぽりぽりとかいた。
「メッサー殺獣光線、エネルギー残量0パーセント」
 その声を聞いた高嶋は呆然としていた。そして作戦室の誰もが同様に呆然としていた。と、タコゥルフが赤い瞳をぎょろりと回して光線を出しつくしてただ浮かんでいるウルトラXを見る。モニター越しにタコゥルフと目が合った高嶋はにやりと笑うと、目の前のパネルに付けられたありとあらゆるボタン、ありとあらゆるスイッチをバチバチと押し始める。それに合わせてウルトラXの全身に無数のウェポンハッチが開き、ミサイルといわずバルカン砲といわず、ありとあらゆる火器がにょきにょきと突き出した。それを遠目に見ていたアラトはつぶやく「アロマナカリスが、ハリセンボンになっちまった」
 スクリーンに映る高嶋に向かい、小早川は言う。
「た、高嶋特佐。落ち着け。まずは落ち着くんだ」
 高嶋はそれに答えず、操縦桿に手を戻すと、深呼吸を一つしてから叫んだ。
「ジェロニモー!」
 ウルトラXに搭載された無数のミサイル、無数の機銃、爆雷、レーザー砲、吸着地雷から劣化ウラン弾まで、あらゆる火器が一斉にタコゥルフ目がけて発射された。
 轟音と共に凄まじいきのこ雲が立ち上り、辺りを閃光と爆風が包み込んだ。作戦室のメインスクリーンも強力な爆発に伴う磁場の乱れから一時激しいノイズに包まれて画像が大きく乱れる。
「税金の無駄遣いね」キリコ博士がつぶやく。
「映像、回復します」女性オペレーターの声と同時に作戦室のメインスクリーンに現地の画像が映し出された。そこには立ち上る巨大なきのこ雲と、ウルトラXが映し出された。
「ついに、やったか!」小早川のその言葉が終わらぬうちに、きのこ雲の根元から無数の触腕がシルシルと伸びだし、ウルトラXを上から下から叩き回し、ぐるぐると巻き取って地面に叩きつけた。火を吹き上げて爆発炎上するウルトラX。作戦室に居合わせた誰もが思わず「うっ」と顔をそむけた時「高嶋特佐の脱出を確認」という女性オペレーターの声が響き、一同思わずほっと溜息をついた。

 万策尽きた小早川の前に、真霧間キリコ博士が進み出た。
「あなたは確か・・・」
「第一通報者の真霧間キリコ。よろしく、小早川一佐」
「は、はあ」
「さっそくだけど、時間が無いわ。これで分かったと思うけど、あの化け物に通常兵器は無力よ」
「しかし、他に手があるというのか?」
 キリコ博士はインカムに向かって言う。「アラト君、準備は良くて?」それに答えるようにメインスクリーンが名取アラトを映し出した。アラトは奇妙にも操縦席のようなところに座っている。「準備オッケーですよ!」
「彼は名取アラト。彼は今、この市役所の屋上に設置された霊子防衛フィールド発生用アンテナの制御室にいるわ」
「はあ、確かどこぞの科学者が作った怪しげな遺物だと聞いてますが」小早川のぶしつけな物言いに耳を貸すことも無くキリコ博士は続ける。
「あの化け物を構成する物質の大半は水で出来ている。そしてその水を連結させ、巨大な化け物の形にしているのが霊子。我が霧生ヶ谷市は古来から霊子濃度が濃い地域であるがゆえ、霊子防衛フィールドを形成する事で日常生活に支障の無いようにしているの。」
「言っている意味が分かりませんが」
「普段は全市をカバーするために拡散させているそれは、いわばアンチ霊子パルスと言っても良いわ。そのアンチ霊子パルスを一点に集中させれば、あの化け物の体に風穴を開けることが出来るというわけよ」
「ま、まさか!?メッサー殺獣光線すら弾き返したんだぞ!?」
「百聞は一見に如かずよ。アラト君。やって頂戴」
「アイアイサー!」アラトは威勢のいい掛け声と共にパネルを操作し、キリコ博士に渡されたメモの通りに四基の霊子フィールドアンテナの向きを変え、タコゥルフ一点にアンチ霊子パルスを集中させた。たちまちタコゥルフの胴体から水しぶきが上がり、タコゥルフが今までに無いようなもがき苦しむ様を見せると、作戦室には歓声が上がった。
「キリコ博士!そろそろアンテナが!」アラトの声が作戦室に響く。キリコ博士はインカムで「もう少し頑張って!」と励まし、メインスクリーンのタコゥルフを食い入るように見つめた。タコゥルフはアンチ霊子パルスを浴びて胴体に巨大な空洞が空き、触腕をひゅんひゅんとくねらせながらその場にしゃがみこんだ。と、その時「キリコ博士!もう、持ちません!」アラトの悲痛な声が響く。
「良くやったわ!すぐにアンテナを元の出力に戻して!」
「これで、倒したのか?」小早川が恐る恐るキリコ博士の顔を伺う。が、キリコ博士は首を振って言う。
「いいえ。これは単なる足止めよ。見て!」
 メインスクリーンに映し出されたタコゥルフは、がっくりと膝を落としてうずくまっているが、その胴体に開いた大きな穴は緩やかにすぼまっているのだ。小早川は愕然として言う。「やつは・・・不死身なのか・・・」
 ここでキリコ博士は踵を返して作戦室の中央に据付けられた机の前に行くとそこに広げられた自衛隊の部隊を現すマーカーを霧生ヶ谷の白地図ごと引きむしってほおり投げ、かわりに数枚の大きな紙を広げた。小早川が覗き込むと、それは何か巨大な機械の設計図らしい。
「博士、これは一体?」
「これはつい先頃逮捕された秘密結社モロウィンの幹部が作ったと思われるモロウィンロボなる巨大人型兵器の設計図です」
「巨大人型兵器・・・まさかこれを?」
「そう。これを大至急建造し、あの化け物を海上まで押し戻し、然る後に」
 キリコ博士はもう一枚の設計図を引っ張り出して広げた。こちらは何やらミサイルかなにかの設計図らしい。
「これは1954年に東京に現れた巨大生物を撃退する際に用いられた水中酸素破壊剤を当時の資料と映像から再現したものを搭載したミサイルよ。これを使えば水中の酸素を一瞬で消滅させ、水中のあらゆる生物を溶解する事が出来るわ」
「そんな凄い兵器があったんですか・・・」
「このためにDVDを30回も見直したわ」
「DVD?」
「とにかく!この巨大人型兵器とミサイルを、同時に、かつ可及的速やかに建造する必要があるの」
「なるほど。それで、あの化け物はどれくらいおとなしくしていると思われます?」
「私の計算ではあと二日か三日ってとこね。だから今この瞬間にも作業を始める必要があるわけ。お分かり?」
「分かりました。あなたに賭けてみましょう。陸上自衛隊の総力を結集し、この作戦を完遂してみせます」
「それと、もう一つ」
「はい?」
「このモロウィンロボの設計者を今すぐ釈放し、その人物にも協力を要請する事」
 この時、にわかに作戦室前の廊下が騒がしくなった。さらに作戦室のドアが突然開け放たれ、五、六人ほどの一般市民がなだれ込んできた。
「いったい、どうなってるんだ!」頭の禿げ上がったおじさんが叫ぶ。
「私たちの家はどうなるんですか!?」エプロン姿のおばさんが悲痛な声を上げている。小早川はすぐさま彼らの前に進み出ると「今、我々が全力で対応しております。今しばらく、辛抱してください!」と叫ぶ。小早川の屹然とした態度に市民は思わずたじろいだが、最初に叫んだおじさんが進み出て言った。
「わしらも、何か手伝えないかね。このまま黙って見ているのは・・・」これにエプロン姿のおばさんが続ける。「このまま黙って見ていたんじゃ、霧生ヶ谷っ子の名がすたるってんだよ!」
 再び騒ぎ出す市民を小早川が懸命になだめているが、その小早川をついと押しのけて前に出たのはキリコ博士。
「いいでしょう。皆さんのお力も是非お借りしましょう。」その言葉に小早川は驚いたように「しかし、一般市民は・・・」と言いさすのを打ち消すようにキリコ博士は声を大きくして言う。
「霧生ヶ谷っ子みんなで、あの蛸坊主をぶちのめしてやるわよ!」
「おうよ!なんでもやったるぜ!」
「キリコちゃん、一緒に頑張ろうね!」
 すぐさまキリコ博士は市民の代表者たる彼らに細かな指示を飛ばす。霧生ヶ谷の戦いが、今、始まったのである。
 ドクターモロウィンはこの突発的な成り行きにただただ驚くばかりで、真霧間研究所の地下にある巨大なドックを目の当たりにして初めて事の重大さに気がついたという有様だった。
 ドック内には次々と資材が搬入され、ほとんど人海戦術でロボットは組み上げられていった。しかも二日間誰も一睡もせずに、だ。この作戦に参加した自衛官2980人。技術者380人。科学者30人。霧生ヶ谷市民千数百人。作業は正に、突貫工事で進められた。

 それから三日後の午前10時。人影もまばらな作戦室に女性オペレーターの声が響く。
「タコゥルフ、活動を再開しました!」
「ついに動き出したか・・・」小早川もこの三日間全く寝ていない。赤くはれ上がった目でメインスクリーンを睨み付けてマイクを握る。
「いいか!奴を一分でも、一秒でもいいから足止めするんだ!ここが俺たち陸自の踏ん張りどころだ!」
 小早川の声と同時に、タコゥルフの回りを十重二十重と取り囲んでいた戦車部隊から一斉に砲撃が飛ぶ。さらにアンチ霊子パルスを放射出来る小型のパラボラアンテナを搭載した特殊車両からもレーザーが飛び、タコゥルフの表皮をそぎ落として行くが、周囲の霊子を取り込んで見る見る傷口が塞がって行くのだ。
 復活したタコゥルフは足取りを速め、中央区へ侵入してきた。中央公園に差し掛かったタコゥルフは眼前に立ちふさがる諸諸城をその赤い瞳でぎょろぎょろと睨むとまたも圧縮水流をレーザーのように飛ばして天守閣を細切れにする。脆くも崩れ去る諸諸城。そしてその瓦礫の向うにそびえる霧生ヶ谷市役所に、タコゥルフは狙いを定めたようだ。
 自衛隊の戦車の砲撃が足止めしようとするが、その攻撃もむなしくタコゥルフはじりじりと市役所に接近する。
「もう一度、風穴を開けてやる!」
 市役所屋上には再び名取アラトが上り、アンテナの向きを変えてタコゥルフに攻撃しようとしていた。が、アンテナの向きが変わるよりも早くタコゥルフの圧縮水流がアンテナ基部に直撃。その超巨大なパラボラアンテナは市役所の壁面とガラス窓を粉砕しながら無残にも地上へと落下して爆発した。
 作戦室では詰め掛けた自衛官たちが大慌てで撤収準備にかかっていた。その喧騒の中、小早川一佐だけはメインスクリーンに大きく映し出されたタコゥルフをきつと睨み、腕を組んだまま微動だにしない。と、突然画面にノイズが走り、スクリーンが暗い闇に転じた。万事休すと、ぐっと目を閉じる小早川。
「映像、回復します!」女性オペレーターの声と共に画像が回復したが、そこに映っていたのは真霧間キリコ博士だった。彼女はパイロットスーツに身を包み、スイッチやらモニターやらが所狭しと並ぶ操縦席に座っている。
「みんな、待たせたわね!」
 小早川がかっと目を開いて叫ぶ。「博士!完成したのですか!?」
「ええ。モロウィンロボ、改め、モロバスターXX(ダブルエックス)発進!」
 真霧間研究所のエントランス前の広場が真っ二つに割れると巨大な空洞が出現し、その中から地上高十数メートルはあろう巨大な人型のロボット、モロバスターXXが腕を組んでせり上がってきた。
 胴は円筒形、手足も円筒形。丸っこい顔につんととがった鼻、そして赤い蝶が羽根を広げたようなフェイスプレート。デザインの良し悪しはこの際関係無いと誰もが思った。突然現れたその巨大なロボットに、今まで我が物顔でのし歩いていたタコゥルフも思わず身構える。
 モロバスターXXのコクピット内でキリコ博士が叫ぶ。
「そこまでよ、化け物!これ以上好き勝手にはさせないわ!」
 タコゥルフの反応は想像をはるかに超えて早いものだった。すぐさま圧縮水流を放出し先制攻撃に出る。しかしアンチ霊子素子を練りこんだ外装は霊子を含む圧縮水流をいとも簡単に弾き飛ばす。
「さあ、坊やはおうちに帰る時間だよ!」
 キリコ博士は操縦桿のトリガーを引いた。それに合わせモロバスターXXは両腕を突き出し、その手首から長いワイヤーが飛び出してタコゥルフの両肩にギリギリと巻きつく。「目標捕獲第一段階!」コパイロットとして同乗しているのはドクターモロウィンその人だ。
 続いてモロバスターXXの両膝からも同様のワイヤーが飛び出し、今度はタコゥルフの両足を絡め取る。「目標捕獲第二段階!後は引っ張って行くだけだ!真霧間博士!」ドクターも興奮気味だ。
「油断せず行くわよ」キリコ博士がスロットルを開けるとモロバスターXXの肩と腰からジェットエンジンが突き出し逆噴射を開始した。タコゥルフはこの意外な攻撃に両手両足を踏ん張って踏み止まろうとするが、モロバスターXXのエンジンは更に力を増し、力任せにずるずるとタコゥルフを引きずりながら移動を始めた。これを作戦室のメインスクリーンで見ていた小早川をはじめとする自衛官たちから歓声が上がる。モロバスターXXはどんどん加速し、タコゥルフを見る見るうちに霧生ヶ谷空港の滑走路まで引っ張ってきた。
 モニターで背後に海が見えてきたのを確認したキリコ博士は叫ぶ。
「さあ!もう一息よ!ドクターモロウィン、オキシジェンデスト○イヤーのスタンバイ!」
「了解した!オキシジェン○ストロイヤー、発射用意!」
「ちょっと!名前を間違ってるわよ。オキシジェンデスト○イヤーよ。」
「す、すまない。しかしここまできたらもう伏字とかどうでも良くないかね?」
「大人の事情ってのがあるのよ!」
 だがここで思わぬ事態が起こる。タコゥルフは空港の管制塔の横を通り抜ける際、長い腕を伸ばして管制塔に掴まってふんばったのだ。それまで勢い良く進んできたモロバスターXXは強い反動を受けて大きく揺れる。
「きゃっ」
 大きな衝撃を受け、キリコ博士の意識が一瞬遠のく。
 モロバスターXXの動きが止まったところをすかさずタコゥルフが飛びかかり、口の周りの触腕でモロバスターXXの頭部をぐるぐる巻き込むと、超至近距離から圧縮水流を発射した。いかにアンチ霊子素子が練りこまれた装甲でも、この零距離射撃ではたまらない。あっという間にフェイスプレートが砕け散り、メインカメラが割れてコクピット内のモニターは砂嵐に覆われた。さらにタコゥルフはどっかりとモロバスターXXに覆いかぶさるように倒れこむ。
 その様子は作戦室のメインスクリーンにも映し出されていた。皆が固唾を飲んで見守る中、屋上から必死の思いで降りてきた名取アラトが叫ぶ。「キリコ博士!しっかり!」その声はモロバスターXXのコクピット内にも届いていた。
「この蛸坊主が・・・」
「キリコ博士、無事か!?」
「まだよ!たかが、メインカメラをやられただけよ!」
 息を吹き返したキリコ博士は操縦席両脇のレバーを前方に押し出す。それに合わせて仰向けに倒れているモロバスターXXが両腕をぐんと伸ばし、自らの上にのしかかっているタコゥルフを両腕でがっちりと捕まえた。
「ドクター!このまま行くわよ!オキシジェンデスト○イヤー、発射用意!」
「りょ、了解!オキシジェンデスト○イヤー、発射用意!」
 キリコ博士はメインロケットをいっぱいまで踏み込む。モロバスターXXの背中に搭載された三基の超大型ジェットエンジンが爆音と共に点火し、凄まじい土煙を上げてモロバスターXXがタコゥルフもろとも海に向かって進み始めた。
 異変に気がつき両腕を動かそうとするタコゥルフだが、モロバスターXXの太い腕にがっちりと掴まれているので、もがいても離れる事が出来ない。苦し紛れに圧縮水流を噴射するが顔の装甲を吹き飛ばされながらもモロバスターXXは猛進する。
「いっけー!」
 キリコ博士の叫びと共にモロバスターXXは海上へとダイブ。その勢いのまま二度ほど海面を跳ねた後、巨大な水しぶきを上げて海中へと飛び込んだ。
 タコゥルフを掴んだまま海中を進むモロバスターXXのコクピット内では、そこかしこからピュウピュウと水が噴き出してきていた。
「ちょっと!耐水設計って言ったはずでしょ!?」
「無茶いわんでくれ。急ごしらえな上に頭部の装甲が吹き飛んでるんだ!」
「これはちょっとまずいわね。とにかく、さっさと終わりにするわよ!」
「了解!」
「距離は!?」
「現在霧生ヶ浜から約5キロ!安全水域に入った!」
「よし!オキシジェンデスト○イヤー、発射!」
「了解ぃ!オキシジェンデスト○イヤー発射ぁ!」ドクターは目の前のパネルに設置されたアクリルカバーに覆われた発射ボタンを、アクリルカバーごと拳で叩き割り、押した。
 モロバスターXXの腹部のウェポンハッチが開き、密着状態のタコゥルフの胴体に小型ミサイルが発射された。ミサイルはタコゥルフの胴体にずぶりと突き刺さってめり込むとそこで爆発。爆発そのものは極めて小さいものだったが、ミサイル内から噴出した水中酸素破壊剤によってタコゥルフの胴体を瞬く間に溶解しはじめる。
 凄まじい泡を上げながらどろどろと溶けるタコゥルフは、赤い目玉をぎょろぎょろさせて懸命にもがくが、モロバスターXXはがっちりと掴んで離さない。水中酸素破壊剤はタコゥルフの体と同時に半径一キロ圏内の海水の酸素をも分解し、水素に変えていく。タコゥルフとモロバスターXXは見る見るうちに海中に沈んでいった。

 作戦室のメインスクリーンには、海上を飛ぶヘリからの映像が映し出されていた。モロバスターXXとタコゥルフが沈んだ辺りを中心に海水がどんどん分解され、大量の水素の泡が海面を白く染めている。名取アラトは女性オペレーターに叫ぶ。
「モロバスターは、キリコ博士は無事なのか!?」
「分かりません。海水中の泡が多すぎてソナーが使えません。それに・・・通信も途絶えたままです」
「くそ!どうなったんだ!」その時、海面にひときわ大きな泡が無数に浮かび上がり、続いてタコゥルフのぶよぶよした頭が現れ、触腕がうねうねと突き出された。その触腕の間から圧縮水流がひとすじ、ふたすじ、空中に向かって噴き出されたかと思うと、タコゥルフの体全体がどろどろと溶けながら海中に没していった。タコゥルフが最後に撃ち出した圧縮水流も空中で散り散りに霧散していった。
 海面に噴き出す泡はより数を増し、タコゥルフの沈んだ辺りを中心に半径一キロほどの海面がすり鉢状に窪んでいるのが分かる。だがそれもつかの間。泡も徐々に収まり、海面も平成を取り戻して行くが、モロバスターXXは姿を見せなかった。作戦室に長く、重い沈黙が流れる。
 その時女性オペレーターの声が響いた。
「モロバスターXXの反応です!」

 海面に無数の泡が上ってきたかと思うと、モロバスターXXが腕を組んで浮上してきた。
「みんな!終わったわよ!」声に続いてメインスクリーンにコクピット内でずぶ濡れになったキリコ博士が映し出された。アラトはほとんど半べそで叫ぶ。
「キリコ博士、勝ったんですね!近代科学の勝利ですね!」
 キリコ博士は濡れた黒髪を後ろで束ねながら言う。
「勝ったわ。でもこれは、科学の勝利じゃない。霧生ヶ谷の勝利よ!」
 その瞬間、作戦室内はもとより、真霧間研究所のドック内で食い入るようにスクリーンを見ていた千数百人の自衛官、作業員、一般市民のおじさん、おばさん、そして避難所で手を合わせていた数千人の市民が一斉に歓声を上げた。
 コパイロットシートで、ドクターモロウィンも泣いていた。
「わしの、わしの作ったロボットが、こんなにも沢山の人を救ったのだ」
 キリコ博士はモニター越しに優しく微笑んで言う。
「ええ。見事なロボットだったわ。ドクター」
「ありがとう、ありがとう!」それ以上は涙で声にならなかった。夢のような時はあっという間に過ぎていった・・・。

「おい、起きろ。起きろ!」
 ドクターモロウィンは突然肩を揺すられて飛び起きた。彼が寝ていたのはあの小さな暗いバラック小屋の中のソファー。ドクターを揺り起こしたのは警察官だ。ドクターはぽかんと口をあけている。
「建築物不法占拠の容疑で署まで来てもらう。」
 ドクターが辺りを見ると、数人の警官が他のモロウィン幹部を小屋の外へと連れ出そうとしているところだった。そして、一人の警官が、製図版上のあの設計図を筒状に丸めて今にも持ち出さんとしている。ドクターはそれをただ黙ったまま見送ると、一人にやにやと笑みを浮かべながら警察が用意したワンボックスカーに乗り込んだ。
 霧生ヶ谷市中央警察署の留置所に入れられた後も、沈痛な表情の幹部たちの中でドクターだけはにやにやと笑みを浮かべている。
(もうすぐ・・・もうすぐ私の偉大さが世間に知れ渡るのだ・・・)

 さて場所は変わって北区にある真霧間研究所。見た目に古びた洋館風の玄関ホールに、一人の刑事が立っていた。
 建物の奥から白衣をなびかせて真霧間キリコ嬢が現れたが、どうもご機嫌斜めのようだ。
「全く。今日は非番だってのに、どういう了見よ」
「すいませんねえ、真霧間さん。実は折り入ってお願いしたい事がありましてぇ。はい。お手間は取らせませんのでぇ。はい」
 中年の刑事は慇懃無礼な口ぶりでへらへらしている。キリコにはそれがまた気に入らなかった。
「で?用件は?さっさと片付けたいんだけど」
「実はこれ、極秘なんですけどねぇ。数時間前に某所にて押収しました、何かの設計図なんですよぉ。はい。これを書いていた連中ってのがまた、胡散臭いやつらでねぇ。はい。」
 刑事はモロウィンのバラック小屋から押収した設計図を広げて見せた。キリコはそれをじっと眺め、その横顔に向かって刑事が続ける。
「私たちにはこれがなんだか見当もつきませんのでねぇ、真霧間さん。あなたに意見を伺って来いと、はい。署長が申しましてぇ。はい。」
 ここで刑事は声のトーンを落として囁くように言う。
「もしこれが殺人のための機械だった、なんてことになれば、その連中に殺人予備罪の適用もあると。はい。そういう事ですので。はい」
 キリコは設計図をついっと刑事に差し出してきっぱりと言った。
「これは確かに人型ロボットの設計図みたいだけど、こんなもの動くわけ無いわ。てんででたらめだもの。こんなもので殺人予備罪なんて適用したら大恥かくわよ・・・と、署長さんに伝えて頂戴」
「へ、へへ。そうですか。どうもお手数お掛けしました。はい」

 夕日が空を赤く染める頃、ドクターモロウィンを含む十数人のモロウィン幹部は皆釈放された。適用された刑罰はバラック小屋の不法占拠のみ。力なくとぼとぼとそれぞれの家に帰って行く幹部たちの中にあって、ドクターだけは赤く染まる夕焼け空を見上げてぼうっとしていた。
「あれは・・・夢だったのか・・・」
 そのドクターのところへ一人の刑事が駆け寄ってきた。手にはあの設計図。刑事はドクターの肩を軽く叩いて言った。
「これ、動かないってよ。なあ、あんた。こんな子供の遊びみたいな事ばっかりやってないで、まじめに働きなよ。いいね?」
 ドクターは無言のまま頷き、ぺこりと会釈をすると夕闇迫る町並みへと溶け込んでいった。

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