シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

連載:くるみかたの館 4

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匿名ユーザー

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 メチャクチャに走って走って、とにかく走って、息が苦しくなるまで走って。
「あだ!?」
「大樹!」
 ――何もないところで思い切り大樹が転び、ようやくみんなは足を止めた。慌てて駆け寄り、ひとまず弾んだ息を落ち着ける。後ろを見やるが、人形たちの姿は見当たらない。どうやら振り切ることが出来たらしい。
「大丈夫?」
「……何とか」
 顔をしかめながらも大樹が立ち上がる。爽真は文句こそ言わないものの、やや呆れたようにそれを見ていた。
「それにしてもどの辺かな、ここ……」
 ひたすら走ってきたのでよくわからない。
 だが人形たちがいなくなったことで、杏里も落ち着きを取り戻した。しっかり周りを見る余裕が出来る。そこで改めて思う。不思議な場所だと。
 灯りは所々に置かれたロウソク。開け放たれた部屋を覗けば、寝室なのかベッドがある。それも畳の上に。もう一つ先の部屋を見てみれば今度は逆だ。床がフローリング、だが隅には布団が綺麗に畳まれている。このような調子で全体がバラバラなのだ。
「オレ知ってるぜ! わよーせっちゅー、ってゆーんだろ?」
「大樹にしては惜しいけど、何か違う気がするよ?」
 杏里にも和洋折衷がどんなものか上手く説明出来ないが、これは単にあべこべなだけの気がする。調和されているとは思えない。
「それにしても何だったんだ、あれ」
 ぐったりと爽真が呟く。しかし何と答えて良いものか、杏里にも大樹にもわからない。心境は同じなのだ。
「……蝋人形とか、そっくりだったよな。人間に」
 返事がないことに焦れたのか、爽真が再び呟く。何気なく言ったのかもしれないその言葉は、スッと周りの空気を冷やしたようだった。
「だ、だから何だよ?」
「いや、別に……」
「元は人間だったのかも、って?」
「ぅえあっ。杏里、さらっと怖いこと言うんじゃねぇええ!」
 奇妙な声を上げながら大樹が取り消そうと躍起になる。しかし、ある意味それは空気を和ませた。杏里は笑って謝っておく。確かに嫌な想像をしない方が気持ちも楽だ。それに確証など一つもない。
「それより、どうするんだ? 早く出ないとまた人形に捕まるぞ」
「とりあえず進むしかないんじゃないかなぁ」
 戻っても鉢合うだけだろうし、と杏里は小さく呟いた。半分は本音だ。そして半分は、やはり「探検してみたい」という気持ちを隠す建前でもある。しかし二人にも異論はないようで、三人は恐る恐る先へ進むことにした。
 ゆうらり、ロウソクの炎が揺れる。館は広くどこまでも進めそうだった。ポンと置かれた鏡に驚いたり、畳に敷かれたカーペットに違和感を拭えなかったり。一応退屈はしない。またどこからか人形が飛び出してきそうでそれも緊張感を与えるに十分であった。
 ふいに杏里は身を震わせる。入ったときから感じていたが、ここは外よりずっと気温が低い。
「ねえ、大樹」
「んー?」
「手、握ってもいい?」
「へっ?」
「!? な、なななな! 杏里! 何で!」
 取り乱したように詰め寄ってくる爽真。――少々怖い。杏里はきょとんと目を丸くし、それからひとまず笑ってみせた。
「だって、大樹ってお子様体温だから温かいんだもん」
「っ、だ、だからって、だからってだな!」
「……お子様……」
 頭を抱えグルグルと回り出しそうな爽真と、思い切り落ち込んだ様子の大樹。杏里は訳がわからなくて首を傾げた。男の子って変だな、と見当違いな感想を抱く。
「どこか部屋に入っちゃえば寒くないかもしれない! なっ?」
 どうしても手を繋がせるのが嫌なのか、爽真は勢い良く手近なドアを開いた。木製らしい扉がギッと音を立てて開く。

 ――え?

 そこは子供部屋のようだった。白とピンクが基調で、勉強机やベッド、クッションや本棚が並んでいる。それは杏里によく見覚えのあるもの。
「あれ? これ、杏里の部屋じゃん」
 覗き込んだ大樹が目を丸くする。隣で爽真が目を見開いた。
「杏里の? 違うだろ、だって……」
「霧生ヶ谷に引っ越してくる前のだぜ。だろ?」
 尋ねられ、杏里は曖昧にうなずく。確かにその通りだった。以前の自分の部屋だ。まだ覚えている。懐かしさが込み上げる。
 だが何か――物足りない。
「杏里の部屋か……やっぱ女の子らしいな」
「何でにやけてんだ?」
「は!? 別に! にやけてねぇよ!」
「だって」
「だぁあチビは黙ってろ!」
「オレはチビじゃねーっ!」
 とたんにうるさくなる大樹と爽真。杏里は我に返った。部屋を出る。それにつられて慌てて二人も出てきた。パタリと扉は閉まる。
 何かが物足りない部屋。寂しい空間。ぽっかりとした感覚。杏里はそれを、覚えている。それでいて思い出せない。
「……何だったんだろ」
 呟いてみるが、答えは出ない。それは二人も同じようだった。
「他も見てみるか?」
「っておい、勝手なこと……!」
 爽真が止めようとしたが遅い。大樹は何の警戒もなく別のドア、否、今度はふすまを開いていた。音もなく開いたふすま。その向こうには。
「……な」
 爽真がくぐもった声を上げた。大樹、杏里も目を丸くする。それも仕方ない。何せそこは部屋ですらなかったのだ。
「庭?」
「これ、爽真くんの家の庭じゃ……?」
 小さな池。綺麗に敷かれた緑の絨毯。やや離れたところには小さな花がポツポツと顔を覗かせている花壇。
 何度も行ったわけではないが、杏里にも見た記憶がある。それは正しかったようで爽真はうなずいた。だがその表情は不安で曇っている。不可思議な現象に理解が追いつかないのだ。
「あ、そーだ! このまま出れば、外に行けるってことじゃねーの?」
 名案だとばかりに大樹が声を上げる。その案はある意味間違いでないように思われた。これが本当に爽真の家の庭ならば。
 けれど。
「やめろって!」
 慌てて爽真が大樹の襟首をつかんで引き戻した。勢いのままにドアを閉める。襟首をつかまれている大樹は不満げに「何すんだよ」と文句を述べた。
「あそこが庭なわけないだろ。考えりゃすぐわかるじゃないか、ここは館の中なんだから!」
「じゃああれは何だよ?」
 率直に問われ、爽真も詰まる。
「だ、だから……わからないからこそ勝手に入っていくなって俺は言ってんだよ。無謀すぎるだろ。ドアも勝手に開けんな」
「だって開けないと何があるかわかんねーじゃん」
 頬を膨らませた大樹に、爽真が深くため息をついた。
「何か大変なものがあってからじゃ遅いんだっつーの」
「でも言うだろ、墓穴に入らなきゃ乞食が何とかって」
「いきなり墓穴掘ってどーすんだよ! 乞食が何するつもりだよ!」
 ちなみに正しくは「虎穴に入らずんば虎子を得ず」だ。ツッコミにきちんと修正が入らないところを見ると、爽真も正しくは言えないらしい。
「とにかく! おまえは勝手に行動すんな!」
「あ……でもそこ、ドア開けないと先に進めないみたい」
「えっ」
 杏里は前を指差した。目の前にはドア。部屋があって行き止まりなのか、それともドアを開けるとさらに廊下が続いているのか。ここからではよくわからない。廊下の左右にも似たようなドアがあるのを見ると、どうも前者のような気はするのだが。
「…………」
「…………」
「よし、行こうぜ!」
「おまえ人の話聞いてないな!?」
 早速ドアノブに手をかけた大樹を、爽真が素手で引っ叩く。何気にクリーンヒットだったのだろう。大樹が短く悲鳴を上げた。しかもその反動でドアを開けてしまう。
「「「あ」」」
 開いていくドア。仕方なしにそっと中を覗きこむと、出迎えたのは暗闇。――そして、光る目?
「……!」
 何かが見ている。それもたくさん。それだけはわかった。杏里は思わず息を呑み、大樹はボーゼンと立ち尽くし、――爽真は逆上しそうだった。
「だからっ、勝手に開けるなって言ったじゃねぇか――っ!!」
「いってぇ!?」
 ばしっと渾身の力を込めて爽真が大樹の背を叩いた。思いがけずそれは強く、大樹はその勢いに負けて部屋へ転がり込む。それと同時に閉まるドア。
「……え」
「あ゛」
 …………。
 …………。
「ええええ大樹――!?」
 慌ててドアノブを引っ張り回すが、――開かない!
「ウソ!?」
「……そんな」
 上ずった声を上げる杏里に対し、爽真はボーゼンとしてしまっている。二人は互いに顔を見合わせた。


*****


「いてて……ちくしょ、思い切り叩きやがって」
 毒づきながらも立ち上がる。背中がじんじんと痛んだ。手形がついていたらどうしようかなんて思う。ともかく顔を上げ――大樹はようやく自分の現状を把握した。
 暗闇。そして、目の前にはギラギラと放たれるいくつもの光。
「げ……!?」
 理解するより早く自分が入ってきたはずのドアを叩いていた。しかし開かない。暗くてわからないが、ドアノブすら見当たらなかった。まるでただの壁だ。叩いても冷たさが手に残るだけ。それも少しずつ温かく、そして痛くなってくる。
「杏里!? 爽真!」
 やばい、はぐれた。しかもこんなところで!
 もう少しくらい爽真の忠告を聞いておくべきだった。そう思い、しかしこうなった原因の半分は爽真であったと思い当たる。
 どうするべきか。どうすればいいのか。
 混乱しそうな思考回路を必死に抑え込みつつ、大樹は恐る恐る後ろを見やった。とたんに後悔する。
(ちかっ、近ぇ! 近づいてきてるぅうう!?)
 光は徐々に距離を縮めてきている。ゾロゾロと、ゆっくり、揺れながらも確かに歩み寄ってきている。
「ちょ、待て、待て待てマテ! オレを食ってもおいしくなんかないんだからな! 胃の中で暴れるし! 怒るし! ええとええとだからそのっ」
 必死な叫びが通じたのか。ふいに行進が止まった。それと同時に部屋の明かりがつく。眩しい。目を開けていられない。
 かたかた、かくん。そんな微かな音が耳を掠めた。
「あらあら。なんて運の良いお方なのかしら」
「……へっ?」
 徐々に慣れてきた目をそっと開けた大樹は、思わず間の抜けた声を上げたのだった。

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