シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

連載:くるみかたの館 5

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 大樹とはぐれた二人はしばしそこに立ち尽くしていた。状況がいまひとつ飲み込めない。理解力が追いつかない。
「どうしよう」
 ドアノブを何度ひねっても手応えがあるだけで動かない。ガチャガチャとうるさい音だけがそこに響いた。先ほどはちょっとした反動で開いたというのに。
「……違う道を探すしかないのか?」
「でも大樹がっ」
「だって」
 慌てる杏里に、爽真は顔をそらす。ドアが開かないのだ。あちらからも何の反応もない。これではどうすることも出来ない。
「このままここにいても人形に捕まるだけだと、思う。……だったら行くしか……」
 爽真自身、後味の悪さを感じている。身勝手な行動をした大樹も悪いが、最終的には自分が叩いたせいでもあるのだ。勢いに任せてしでかしたことが今に繋がっている。
 しかし、だからといって爽真と杏里の二人が捕まっても意味がない。一度この館から逃げ出さないとまた助けに来ることだって叶わないかもしれないのだ。だから。
「行こう、杏里」
「……、わかった」
 杏里にも言いたいことは伝わったらしい。彼女は名残を惜しむようにドアを見ながらもうなずいた。二人はドアを背に向けて歩き出す。
 と。
「こらっ! オレを置いてくんじゃねぇー!」
「「!?」」
 真横から衝撃を食らい、爽真はよろめいた。何事かと思い目をやれば、そこには――声の主であった大樹が。いた。いやがった!
「え、……な?」
「大樹!」
「もうちょっと根性出せよな、ったくもー」
 頬を膨らませて言う大樹に二人はポカンと顔を見合わせた。爽真は遅れて、先ほどの衝撃は突撃されたためだと気づく。ぶつかってきたのだ。もろに。
 もうダメだと思っていた彼のあっさりした登場に、湧いてくるのは二つの感情。一つは安堵。そして残りは、どうしようもなくツッコんでやりたい衝動でしかなかった。しかもツッコミ所が色々ありすぎる。ありすぎてついていけない。しかしツッコまずにもいられない。
「ちょっっと待て」
「ん?」
「何でおまえ、右横のドアから出てくるんだよ!? 真後ろから入ったろ!」
 そう、入ってきたドアから出てきたのならまだ納得は出来る。あんなに開かないドアだったが、それでもまだ理解出来る。しかし何の脈絡もなく、やや離れたドアから出てくるとは何事か。廊下の構造から見ても部屋が繋がっているとは考えにくい。
「それは……」
「次元が不安定だからですわ」
 大樹の言葉を遮り、彼の頭上に顔を乗せるようにして出てきたもの。それは館の最初で目にした人形、クルミであった。相変わらず喋るたびに口がぱくりと縦に大きく開く。そのたびに大樹の頭に直撃しているようで、大樹から「いてぇ!」と小さな悲鳴が上がった。しかし、今は大樹の身を案じるよりクルミの登場そのものに驚きを隠せない。
「お、まえ……」
「何で……」
「申しましたように、ここは次元や空間が歪んで不安定になっております。ですから本来、わたくしの案内なしでは迷い込んで出られなくなる可能性もございました。しかし、まさかまた出会うなんて。お客様は運がよろしいようですね。喜んでご案内いたします」
「ちょ、痛いってば! わかんねーけどわかったから頭の上で喋んなぁ!」
 大樹が喚くと、「これは失礼しました」と呟いたクルミが再び頭に口を当てていた。わざとなのか天然なのか。それはもうどうでもいい。
「と、とりあえず大樹はクルミのおかげで戻ってこれたってことだよね?」
「ん、そうらしいぜ。言われた通りに来たらここに戻ってきたんだし」
「戻ってこれたのはいいとして、おまえ、何そんなに連れてきてるんだよ……!」
 指を震わせて大樹を指差す。そう、彼の肩や足元には埋もれそうな数のぬいぐるみが鎮座していたのだ。市松人形などよりはファンシーな分ずっと怖くないが、それでも見過ごせるものではない。というより、これが暗闇で光っていたものの正体なのではないだろうか。
 しかし指を差された彼はきょとんとした後、呑気にも「ああ」と笑った。
「だって『一緒に行きたい』って騒ぐから」
「……大樹って昔から変なものに好かれるよね」
「え、そっか?」
「だぁあ! そこ二人! 和むんじゃない!」
 一緒に行きたいと言われたからといって、連れてきていいことにはならない。そもそも人形から逃げてきたのにぬいぐるみに迎えられるとはどういうことだ。
(いや、それ以前に俺を無視して和むな!)
 それが一番許せない。杏里もぬいぐるみに触れて「フカフカだ!」なんて喜ばないでほしい。大樹も「だろー?」なんて得意げにしないでほしい。
 そして一番ツッコみたいところは。
「おまえ、何に乗ってるんだよ!?」
「え」
 大樹がまたがるようにして乗っているもの。それは二メートルほどの長さ。高さは五十センチほどあるか。ぷっくり膨らむ丸い口に間抜けな顔、キュートなヒゲ。背中に「MOROMORO★」というロゴ。
 …………。
 …………。
「……モログルミ?」
「見りゃわかるっつーの!」
「何だよ、わかってるなら聞くなよ」
「何でそんなもんに乗ってるのかって聞いてんだよ!」
「だって爽真、何に乗ってるのかって」
「行間を読め行間を!」
「よーかん?」
「違うっ!」
 いつまで経っても話が逸れていくばかりで爽真は疲労感を覚える。それを哀れんだのか、杏里が大樹に歩み寄りモログルミに触れた。
「これ、もしかしなくてもデカモロ?」
「もろぅ!」
 ――鳴いた。ぬいぐるみが、鳴いた。
(いやいや落ち着け、そもそもクルミなんて日本語喋ってるんだ。それに比べればもろぅって鳴くくらい普通だ、うん、大丈夫なはずだ)
 いけない。どんどん感覚が麻痺している。
 ちなみにデカモロとは、軽く万越えすると噂のモログルミである。その名の通りデカイからそう呼ばれているのだ。とはいえ、どこにでも売っているものではないし小学生の爽真たちが簡単に手に入れられるような代物でない。これほど間近で見るのはこれが初めてだった。
 大樹が肩をすくめ、モログルミの頭を撫でる。
「こいつ、尻尾の方がちょっと破けてるだろ? だから捨てられちゃったんだって」
「もろぅ……」
「……かわいそう……」
「よっぽど金持ちなんだな、その捨てた奴」
 ひどい話だ。たったそれだけで、万越えをするぬいぐるみをあっさり捨ててしまうなんて。
 しんみりしていると、クルミがまた口を開いた。相変わらず大樹の頭に顔を乗せていたので、大樹が不意打ちの痛みに転げ落ちそうになっている。
「この館にある人形たちは、どれもそういったものばかりなのです。例えば、これ」
 クルミが言うのと同時に、一体の人形が歩み寄ってきた。ふっくらして目が真ん丸い、小さな女の子の人形。杏里がハッとする。
「私の人形だ……」
「え?」
「それと、これ」
 出てきたのは怪獣のぬいぐるみ。それは。
「っ、俺、の……」
 昔、大切に持っていたはずの。しかしもう、捨ててしまったはずの。
 思い出す。昔はカッコ良く思えて大好きで、それを使ってよく遊んでいた。しかし男なのにぬいぐるみを持っているのが何だか無性に恥ずかしくなり、いつの日か捨ててしまったのだ。あの庭で。埋めて、しまった。
「……私、引っ越してきて……部屋に置く場所がなくなっちゃって、捨てちゃったの。本当は嫌だったけど、悲しかったけど、そうしなきゃダメでしょって親に言われて。たくさんの人形、捨てちゃった……」
 何で忘れていたんだろう、と杏里が呟く。爽真も同じ気持ちだった。
「みんな、怒ってるのかな?」
「――怒ってなんかいませんわ。この館にある人形たちは、たくさんの愛情を注がれたものばかりですから。さあ、オーナーのところへご案内いたしましょう。乗ってくださいませ」
 そう言ったクルミの表情は、変わっていないはずなのに優しく見えた。爽真と杏里は恐る恐るうなずく。ここまで来たらもう逃げても仕方ない。それに大樹がモログルミから降りる気配も全くない。覚悟を決めるしかないだろう。
 大樹を先頭に、その後ろに杏里、爽真とモログルミをまたいで乗り込んだ。それを確認した大樹が嬉々として手を振り上げる。
「モロ太、発進!」
「もろぅ!」
 モロ太って。いつの間に名前が出来たのだろうか。しかも何の捻りもない。
 とにもかくにも発進だ。モログルミ、否、モロ太はヒレを立てて
「もろろろろぉう!」
 ――まるで匍匐全身のように進み始めた。巻き舌で景気良く。
「ちょ、え、えええ!? 普通はこう、体をくねらせて進むんじゃねぇの!? 蛇行すんじゃねぇの!?」
「モロ太は真っ直ぐな男だもんなー♪」
「納得いかないっ!」
「爽真くん、ここでそんなこと言っても……」
 ちなみに曲がり角では身を九十度に曲げてカーブしてみせた。もはやプロである。


*****


 鬼零樹を、ご存知かな。
「キレイジュ……ですか?」
 この館の付近に生えている樹さ。見た目はその辺にある広葉樹林と大差ない。違うのは、この樹は霊子の濃いところでしか育たないということかな。だから正直、根付くとは思わなかった。ここはよほど霊子が濃いようだ。
 名には諸説があって定かでないが、霊子が高いので鬼が集まりやすく他のものを消してしまうからとも、高すぎる霊子に鬼すら寄らないからだとも。
「その霊子というものが、怪異を招く原因の一つ……?」
 私にも詳しくはわからないが、そう言われているようだよ。
「じゃあ人形が動くのも、それで?」
 ここにおいては、そうなんだろう。別の次元では霊子に関係なく動くものもいるがね。
「別の次元、ですか」
 そう。また、鬼零樹は日中には霊子を放出し、夜に吸収する。そのため鬼零樹の付近は、特に日中、霊子濃度が極端に高まる。濃すぎる霊子は次元を歪めやすい。だからこの館は空間が不安定になりがちだ。時々変なところへ繋がっている部屋もある。だがまあ、むやみに開けなければ問題はない。
「あの。そんな樹が本当に存在するんですか?」
 ……ああ。ここのでは、ないけどね。
「ここのではない……?」

「もろぅ!」
 ――ふいにドアが突き破られそうな勢いで開き、春樹はビクリと肩を揺らした。持っていたカップを落としそうになり、とりあえずテーブルにそれを落ち着ける。隣に座っていたほのかが目を丸くした。しかしその驚きはすぐに細められる。
「まあ。皆さん、やはり無事だったんですね」
 その声に慌てて振り向く。そこには妙なものに乗った大樹たちがいた。あちらも驚いたようで目を丸くしている。
「春兄!」
「大樹! 杏里ちゃんに爽真くんも。良かった、遅いからどうしたのかと思ったよ」
「春兄たちこそ何して……あ、お菓子食ってるし!?」
「え、ホント? いいな、美味しそう!」
「……再会していきなりそれか」
 苦笑し、席を立つ。それを笑顔で見ているのは一人の老人だった。ここのオーナーであると春樹は聞いている。「オーナーのもとへ」と案内された先がここだったのだから、嘘でない限りはそうなのだろう。
「春兄はすぐここに来てたのか?」
「うん、そうだけど」
 だがなかなか大樹たちが来ないので、もてなされたお茶とお菓子で話をしていたわけである。
「……怖くなかったの?」
 杏里が首を傾げる。春樹とほのかは顔を見合わせた。
「そりゃ、驚きはしたけど……」
「右も左もわからない場所では、下手に迷い込まない方が良いかと思いまして」
「「「…………」」」
 なぜか三人揃ってため息をつき始める。失礼だ。
 しかし、その反応で何となくだがわかった。彼らは案内を拒み逃げ出してしまったのだろう。そのため迷い、こうして遅れてしまったのだ。
 カタン、と音を立てて人影がはっきりと姿を現す。
「ようやくお客様が揃ったようだね。ようこそ、くるみかたの館へ」
「お茶とお菓子もありますよ」
 目のシワを深めて笑う、髪もヒゲも白い老人。そしてその隣に立つ、赤いシックなワンピースを上品に着こなした黒髪の女性。二人に出迎えられ、みんな、特に後から来た三人は慌てて居住まいを正した。

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