シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

三つの願い

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 三つの願い 作者:見越入道

 

 AM7:00
「もう・・・」
すっかり空が明るくなったというのに、霧生ヶ谷南高校二年生の古徳和子は自室で安眠を貪っていた。昨日から両親が結婚記念旅行とかで留守にしていたし、今日は日曜という事もあって昨夜は普段よりも夜更かしをしたのだ。
「もう食べられないよぉ」
ベタな寝言を言って寝返りをうつ和子の寝顔を、ぬうっと覗き込む者がある。その存在は、やおら和子の肩に手をかけると、がくがくと揺すぶり大声を上げた。
「起きろ!起きやがれー!」
「うぷ、なに!?なんなの!?」和子もあまりに突然の事に寝ぼけまなこで飛び起きた。
和子がまだぼんやりとする目をごしごしとこすりながら部屋を見回すと、一つの人影が立っている。一瞬父か母なのかと思ったが、視界がはっきりするにつれてそれが今まで見たことも無いものである事が分かった。
それは、身の丈2メートルほどで、全身黒ずくめ。腕も足もひょろひょろと長く、体のバランスが妙に悪い。おまけにその顔ときたら、まるで髑髏の様に骨ばり、刺々しい牙がむき出しで、目は眼窩から飛び出さんばかりにぎょろりと大きい。そしてその恐ろしい顔だけが白塗りなのだ。
和子はそれを上から下までまじまじと見てから、ようやく思考が繋がったのか「きゃあああああ!!!」と叫び声を上げた。
すると怪物はぬうっと顔を突き出して和子の声に負けない大声で怒鳴った。
「うるせー!ぎゃあぎゃあ騒ぐな!」
思わず黙り込む和子。怪物は顔を引っ込めるとにやりと笑って言う。
「さて、大人しくなったんならさっさと着替えろ。今日は忙しくなるぞ」
「は!?」あまりに急な展開に和子は思わず聞き直す。
「いいからさっさと着替えろ!」怪物は腹立たしげに怒鳴る。どうやら結構気が短いらしい。
「あんた、なんなのよ!変質者!?それとも強盗!?」
「ざーんねんでした。そのどっちでもないね。俺の名前は・・・そうだな」と怪物は和子の部屋をきょろきょろと見回してから、壁に張られた映画のポスターに目を留めた。
「俺の名前はランドルフだ。」
「は!?なにその、いかにも今考えましたみたいな名前?」
「うるせえな。いいからさっさと・・・」
「そうか、夢ね!これは夢。いやだなあ。変な夢見ちゃった」
「また随分とベタな事言うな。だったらほっぺたでもつねってみろよ。なんなら俺がねじり切ってやろうか?」
自称ランドルフがその骨ばった黒い腕を伸ばすのを跳ね除けて和子は自分でほほをつねってみた。
「っつう・・・まじ?これって現実?」
「分かったらさっさと」
「そうか、強盗ね!私を人質にするつもりでしょ!言っとくけど私、空手三段なんだからね!変な事したら」
ランドルフはにやにやと笑いながら、窓際まで行き、カーテンをさっと開ける。外は明るくなってきており、朝日が部屋の中に差し込んできたので和子は思わず「うっ」と目を閉じた。
「おい、外を見ろ」和子は恐る恐る外を見る。いつもと変わらぬ風景。犬を連れて散歩をする人、トレーナー姿でランニングをする人。そういった早朝の風景が目に飛び込んでくる。
「いいか、おめえがぐずぐずしてっと」
ランドルフは和子の目の前で指をぱちんと弾いて見せた。と、通りを走っていたトレーナー姿の男がぱっと姿を消した。何の前触れも無かった。叫び声をあげるとか、路地を曲がるとか、そんなそぶりも無く、突然に、いとも簡単に消失したのだ。
唖然とする和子に向かい、ランドルフは勝ち誇ったように言う。
「さあ、分かったら俺に消される前に着替えて準備しろ。今日は忙しくなるんだぜ」
和子はランドルフをきっと睨みながら言う。
「化け物!あんたあの人に何したのよ!」
ランドルフはそれに答えず、顔をぬうっと突き出すと「いいかあんまり時間がねえんだ。なんせ今日は三つも願いを叶えるんだからな」と言った。
「三つの願い!?あんたアラビアンナイトのランプの精?私の願いを叶えるっての!?だったらさっさとあの人を元に」
「何を勘違いしてるんだ?俺の三つの願いを、お前が叶えるんだよ!」
「はあ!?」

AM7:50
和子はTシャツにGパンの軽装で、自宅の門から自転車を引っ張り出していた。
ランドルフとか名乗る化け物の最初の願い。それは「北区にはうまい蕎麦屋があるって話だ。是非その蕎麦が食いてえ」これである。すかさず和子は異を唱える。
「あんたね、霧生ヶ谷って言ったらうどんでしょ!霧生ヶ谷で蕎麦食べるなんて、喜多方でスパゲッティー食べるみたいなもんじゃない」
「うるせえなあ。俺は今猛烈に蕎麦が食いてえんだよ」
「じゃ、バスで行くから」と和子が言うと、「俺はカナモノで出来た乗り物はでえ嫌れえなんだ。歩いて行くぞ」などと言い出すランドルフ。これをどうにかこうにか「自転車で」というところまで交渉し、結局この時間になってしまった。
和子は乗らなくなって久しい自転車をきいきいとこぎ出した。ランドルフはすかさず後ろの荷台に飛び乗り、まるで蛙のようにちょこんと座っている。どうやらこいつには質量というものが無いらしい。特に自転車が重くなったりバランスを崩す事は無い。おまけに「あんたそんな格好、人が見たら通報されるわよ」と言えば「安心しろって。お前以外に俺の姿は見えねえし、声も聞こえねえ」などとしゃあしゃあとしたものである。
和子の住む南区から、目的の蕎麦屋のある北区までは自転車でたっぷり2時間以上はかかるはずだ。直線距離ならそれほどでもないのだが、なんせ南区は坂が多い。
じりじりと照りつけ始めた太陽に汗がどっと噴き出す。和子はぜえぜえと荒い息を上げながら自転車をこぎ続けた。
「おいおい、最近の若いやつはなってねえなあ。蕎麦屋までもてばいいけどなあ」

AM11:10
「もうだめ・・・もう一歩も動けない・・・さあ・・・お望みのお蕎麦屋に・・・着いたわよ・・」
予定より大幅に遅れて蕎麦屋の前に到着した和子は、汗まみれ、埃まみれとなって息も絶え絶えといった有様だ。ランドルフは自転車の荷台からぴょんと飛び降りると「おい、早く食おうぜ。蕎麦の匂いがたまんねえなぁ」と舌なめずりを始めている。
「あんた勝手に・・一人で食べたらいいのよ・・・あたしはとても今、食欲なんて・・・」

AM11:20
「もろ蕎麦2人前、おまちどうさまぁ」
和子たちが座った店の一番奥のテーブルに、もろもろのから揚げが添えられたかけ蕎麦が運ばれてきた。
どんぶりから立ち上るカツオダシの香りが堪らない。蕎麦を啜ると、出汁の風味と蕎麦の香りがハーモニーを奏でる。さらに揚げたてのもろもろに箸をつける。ぷりぷりの白身が出汁と見事にマッチしており、さらに半分ほど食べたところでそれを蕎麦の上にほぐし、蕎麦と共に食べるとこれがまたたまらない。和子とランドルフは夢中になってもろ蕎麦をたいらげた。
「ふいー、うまかったぁ・・・」
蕎麦湯を飲みながらうっとりとしているランドルフに向かい、和子が小声で言う。
「さあ、願いを叶えたわよ。さっさとあのランニングおじさんを戻してよ」
「なぁに言ってんだよ。願いはあと二つもあんだぜ。ひと休みしたらまた南区に帰えるぞ」
「な!?また!?」
「今度は下り坂が多いから楽だろうよ」
和子は大きなため息をついた。

PM2:40
和子とランドルフは元来た道を、今度は軽快に自転車を飛ばしていた。中央区は平坦だが、南区に入ると大小の下り坂が続くので、行きよりは随分と楽だ。和子は後ろのランドルフに声をかける。
「ねえ、それで次はどこへ行くの?夕方には家に帰りたいんだけど」
「おめえんちの近くに平松神社ってあるだろ。そこへ行け。」
「あんた、あんまり馴れ馴れしくしないでよね。」
「へえへえ。」

PM3:10
「さあ、着いたわよ。さっさと願いを叶えてどっか行っちゃってよ」
「俺の次の願いはなぁ」
ランドルフは神社の片隅にある売店を顎で指して言う。
「おれぁ、一度でいいからおみくじってのが見てみたかったんだ。」
「何それ。化け物でも運勢気にするわけ?」
「なぁに言ってんだよ。おみくじを引くのはおめえだよ。」
「は!?あたし?なんでよ。自分で引きなさいよ」
ここで急にランドルフは黙り込んだまま、辺りを見回す。平松神社の境内に通じる山門の両脇は小さな公園として開放されており、今その広場では子供たちが三人ほど鬼ごっこかなにかをして楽しそうに駆け回っている。公園の片隅にあるブランコでは、出前の配達帰りなのかラーメン屋の若い店員がブランコに座ってタバコをふかしている。ランドルフはその平穏な日常をゆっくりと見回した後、今朝と同じように軽く指を弾いた。
ぱちん。
突然ブランコに座っていた男が消えた。傍らに置かれた配達用のオートバイも、男が座っていたブランコもそのままだ。まさに、男だけが忽然と消滅したのだ。
和子の顔から血の気が引いて行く。
「ほーら、ぐだぐだ言ってると、どんどん消しちまうぜ」
「もういい。分かったから。おみくじを引けばいいのね」
和子は神社の傍らにある売店に駆け寄り、おみくじの自動販売機に小銭を突っ込むと自分の干支である午年のボタンを押した。
小さく丸まったおみくじがころりと転がり出てきた。和子がそれを開いてみると「大吉 願望:叶う 待ち人:来る」と書いてある。それを覗き見たランドルフが腹を抱えて笑い出す。
「こいつあ傑作だぜ。願いが叶うのは俺だってのによ」
「あんた!願いを叶えたんだからさっさと」
「おおっと。願いはあと一つあるぜ。これからが本番だ。」
これには和子も怒りの表情で食って掛かる。
「あんたね!じゃ今までのは予行演習だったっての!?ふざけんじゃないわよ!」
「まあそうかりかりするなよ。そんじゃ最後の願いだ。」
和子はぎりぎりと握りこぶしを作り、怒りを堪えている。
「まずお前が一番好いている男をここに呼べ。」
「は!?」
「そして告白しろ。」
「ちょっと、何わけのわかんない事」
「もし男が断ったら、男を消す」
「ふざけんじゃないわよ!」
和子の鉄拳がランドルフの顔に炸裂した。かに見えたが、ランドルフは紙一重でその鉄拳をひらりとかわして間合いを取り、続ける。
「おい、ここで逆らってもなんも出ねえぞ」
「このお!」
和子は続けざまに拳を繰り出すが、ことごとく紙一重で避けられ、しまいには足をすくわれて地面につんのめって倒れた。それを見下ろしたランドルフは、再び神社をぐるりと見回す。和子が一人で勝手にずっこけたのを子供たちが遠目に見ている。ランドルフを見上げた和子は、その視線の先に子供たちが居る事に気がつき、何か叫ぼうとしたが、それより早くランドルフが指をぱちんと弾いた。かき消すように子供たちが消え去り、和子は子供たちが居た広場をただ呆然と見つめるしかなかった。
「さあ、さっさと男を呼ぶんだ。町中みんな消えちまうぞ」
和子はランドルフを鬼の形相で睨み付けてみたが、そんなことでひるむ気配もない。和子はGパンの砂を払いながら立ち上がると、ポケットから赤い携帯電話を引っ張り出した。知らぬ間に手が震えている。

(誰にかける?)
携帯の電話帳を呼び出し、リストを送って行く。
蓮田俊哉のところでぴたりと手が止まる。
(蓮田クンはイエスと言うだろうか。でも他にこんな事を言える相手は。)
再び電話帳を送る。
香川幸助。
(香川先輩なら、とりあえず言うだけ言ってあとで事情を話せば分かってくれるかも。)
「おい、妙な考え起こすなよ。お前の考えてる事なんて分かるんだからよ」
(なにこいつ。私の思考を読めるってわけ?そんな非化学的な。)
「非化学でもなんでもかまわねえけどよ、さっさとしてくれよ」
(本当に読んだ。)
再び蓮田俊哉に戻す。
(ま、まあ、好きでも無い人に告白するのは失礼よね。でも蓮田クンってこういう時、空気読めないんじゃなかったっけ?すぐおちゃらけそうな気が・・・い、いや、本気で言えばきっと伝わるはずよ。きっと。)

ピッ

しばし呼び出し音。「はいぃ?もしもぉし?」蓮田はいつも通りの間の抜けた声で電話に出た。
「蓮田クン、今、家にいる?」
「おう。家だな」
「じゃ、今すぐ平松神社まで来て。大事な話があるから」
「今?今すぐ?大事な話ってなんだよ。電話で」
「いいから今すぐ来てって言ってるの!」
「なんだよ。分かったよ。今から行けばいいんだろ?」

プツ

「うまく呼び出せたか?」
「ええ。多分、すぐ来るわ」
すぐ来るわよね?蓮田クン・・・

PM3:30
神社の横にある公園の入り口に蓮田俊哉が現れた。和子とランドルフはこの間、ずっと公園の中央で待っていたのだ。
「なにぃ?副部長。話ってぇ?」
俊哉は相変わらず間の抜けたような声を上げながら和子たちの前に来た。もちろん彼にランドルフの姿は見えないが。
「トシ君。今から、私、すごく大事な話するからね」
「大事な話?大事な話ならもっと違うところでしたほうが」
「いいの。ここでするの」
「はあ。それで?なんの話?」

「・・・・・」

「いや、言えよ!」
「わ、分かったわよ!言うわよ!」
「なんか今日の副部長、おかしくねえ?」
「私・・・トシ君のことが好きなの・・・」

「・・・・・」

「ちょっと!何か言ってよ!」
「いや、ちょっと、ここでそういう話、するわけ?」
「どこでもいいじゃないの!私の・・・気持ちは伝えたんだから・・・次はトシ君の番よ!」
「へ?」
「へ、じゃなくて!私の事、好きなの!?嫌いなの!?」
「かっちゃんちょっと待ったー!」
「は!?」
「これってさあ、どっきりかなんか?」
「私は、真剣に言ってるのよ!」
ここでランドルフがゆらりと俊哉の背後に回った。和子の全身から冷や汗が噴き出す。
「で、でもよお。さすがにこのシュチュエーションは」
「シチュエーションよ!」
「ああ、しちゅえーしょんか。発音難しいな」
「馬鹿!今大事な話してるのに!」
ランドルフはゆっくりと手を上げ、その熊手のように大きな黒い手を俊哉の頭上に上げる。と、俊哉が突然ハッとしたように辺りを見回し、小声で和子に言う。
「かっちゃん、もしかして誰かに見張られてる?誰かに脅されて、こんな事してるとか?」
「なに、言ってんのよ!そんなことより、さっさと・・」
「かっちゃん!今日のかっちゃんはやっぱおかしいって!わけわかんねえよ!」
「わけわかんないのはトシ君でしょ!私が好きなら好きってさっさと言ってよ!」
ランドルフの顔にいやらしい笑みが浮かび、その黒い手が俊哉の頭へとゆっくり下ろされる。和子の思考は完全にショートした。
「あ、そうか。かっちゃん、マジで俺に惚れたんだぁ。いやあ、もてる男は辛いなあ」
「こぉんのおぉぉ!」
和子の鉄拳が俊哉の顔面にぶち込まれる。しかし俊哉も夏合宿での経験から、その鉄拳を紙一重でかわす事に成功した。そして、そのかわされた鉄拳はといえば、今にも俊哉の頭に手をかけようとしていたランドルフの顔面に直撃したのである。
「ぎゃわ!」
つぶれたヒキガエルのような声を上げながら、ランドルフは空中を三回ほど回転して顔面から地面に叩きつけられ、そのまま倒れて動かなくなった。もともと質量の無いランドルフとはいえ、和子の今の一撃はそれほどの重みを持っていたようだ。
「すっげー」
「姉ちゃん怖えー」
「兄ちゃん、リキイシみてーだ」
突然和子の周りで子供たちの声がした。はっとして回りを見れば、和子と俊哉の周りには三人の子供たちが取り囲んで見上げている。ブランコに目をやれば、あのラーメン屋がこっちを見ながら「いやあ、若いっていいねえ」などとヤジを飛ばしている。おまけにその横では今朝のランニング男がストレッチをしながらにやにやとこっちを見ている。
「おーい、そこはジョーみたいだって言えよ」俊哉はのん気に子供に突っ込みを入れている。そしてランドフルはまだぴくりともしない。
和子は小声で俊哉に聞いてみた。
「もしかして、みんなずっとここにいた?」
「なに言ってんだよ。俺が来た時からずっとみんないたじゃん。だからこんなところで言うのかって聞いたのによ」
見る見る和子が真っ赤になっていく。危うく倒れそうになる和子を慌てて俊哉が支える。
「おい、ダイジョブかよ?真っ赤じゃねえか。熱でも」
「つまり、これは」
和子は俊哉を押し退けると、まだぶったおれてぴくぴくしているランドルフの方につかつかと歩み寄り、その胸倉を掴んで引きずり起こした。哀れなランドルフは鼻血を出して目を回している。だが和子は容赦なくその顔をばしばしと平手打ちして目を覚まさせる。
「あんた!」
「うひゃあ。よ、よくもぶったな!親父にだって」
「うるさい!」和子がまた握りこぶしを作って殴る構えを見せると、ランドフルは縮み上がる。
「あんた、本当は人間なんて消せないんでしょ。あんたが出来る事は、私の認識から他のものを消し去る事。つまり、私の認識を捻じ曲げる事だけよ!」
俊哉が駆け寄ってきた。俊哉にもランドルフの姿が見えるらしい。
「か、かっちゃん、こいつ何者?」
「ふん。こいつはね。今日一日私につきまとっていたド変態の化け物よ。私に言うことを聞かせるために、他の人を消すとか何とか脅かして。本当は私の認識を捻じ曲げていただけなのよ!」
「そ、そんなこと、できるんだ」
「安っぽい催眠術ってとこね。種が分かれば怖くもなんとも無いわ。」
「つまり・・・いつものあれか。」
「ええ。近代科学の勝利よ」
ランドルフはにんまりと笑うと、再び指をぱちんと弾く。
俊哉と和子が「あ!」と声を上げた時にはランドルフの姿は空間に溶け込み、消え去って行った。消え去りながらランドルフは言う。
「今のパンチ、効いたぜ姉ちゃん。今回はこれで勘弁してやらぁ。それに、こっちの作戦も完了だしな」
「ちょっと!待ちなさいよ!もう2,3発殴らせなさいよ!」
「ひゃ。おっかねえ。じゃ、あばよ!」
それきり、ランドルフは声も姿も現さなくなった。

PM4:10
「ごめんね、トシ君。わけのわかんない事に巻き込んじゃって」
俊哉と和子は和子の自宅に向かう商店街を並んで歩いていた。
「結局、ありゃなんだったんだろうなあ?妖怪とかかな?」
「さあ。でも、神社でお守り貰ってきたから、もう大丈夫だと思うんだけど」
「また出てきても、またぶん殴ればいいか」
「なによそれ。そこは、俺が守る、とかかっこいいこと言えないわけ?」
「あ」
「なによ」
俊哉はここで急に歩みを止めた。急に俊哉が止まったので、和子は三歩ほど先に進んでしまった。その和子の後ろで俊哉が「かっ」と靴の踵を合わせて背筋をピンと伸ばした。
「なに?急に」
「かっちゃんのことは、不肖、この蓮田俊哉がお守りします!」
「ばっ馬鹿!こんなところで」
商店街を行き交う人が立ち止まって二人を見ている。俊哉はすぐさま和子の手を取って走り出した。
「なんかあったらすぐ相談しろよ!全力で駆けつけるからよ!」
「馬鹿!恥ずかしい!トシ君の馬鹿っ!」

PM10:58
和子はその日、帰宅していた両親と一緒に夕食が済ますと、疲れていたのですぐに風呂に入り早々と眠りについた。その和子の寝顔を伺う人影が、今度は二つ。一人はあのランドルフ。もう一人は年の頃は5つか6つくらいのおかっぱ頭の男の子だ。
和子が蹴っ飛ばしてまくりあがった掛け布団をその男の子がそっとかけ直しながら言う。
「これで良かったんだよね?天邪鬼」
言われたランドルフは答える。
「そうだなぁ座敷わらし。ひねくれものの俺にしちゃあ、上出来だ」
「ありがとう。僕はこの家から離れられないから」
「しかしよ座敷のぉ。おめえ、この家の守り神なのは分かるがよ。なんでこの姉ちゃんにばかり入れ込むんだ?」
座敷わらしと呼ばれた男の子は、窓の外の月を見上げながら言う。
「昔・・・ずっと昔。まだこの子が五つの時。この子はもう忘れてるだろうけど・・・偶然僕の姿が見えたんだ。多分僕も油断してたんだと思うんだけど。その時この子、かっちゃんは言ったんだ。『あなただあれ?』って。」
ランドルフがにやにやと笑う。
「僕はすぐ『君の守り神さ。困った事があったらすぐに言ってね』って言ったんだ。そうしたらかっちゃん『じゃ、あたしに好きな子が出来たら、その子と仲良く出きるようにしてね』って」
「それで俺に相談したってわけか」
「そう。この辺りで自由に動き回れるのは君しかいなかったからね。ありがとう、天邪鬼」
「へっ。よせやい。こいつには旨い蕎麦も食わせてもらったしな。これくらいはお安い御用だ。それに」
「それに?」
ランドルフも月を見上げながら言う。
「こいつらが上手く行くかどうかは、こいつら次第ってとこだからな」
この時和子が寝返りを打ちながらつぶやいた。
「う~ん。もう食べられないよぉ」
それを見下ろしながらランドルフは言う。
「こりゃあ、先が思いやられるな」
二人の影はくすくすと笑い声を残して闇に消えていった。

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