シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

伝説は就職先を所望する

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 陽の昇るのが遅くなったとはいえ、『水路』の面々の朝は早い。
 士郎と鈴などは既にバイトをしているが、まあ薄給の癖に重役出勤なのは翔くらいである。

「あら? クロちゃん、おはよう。」
 準備中の引き戸を小さくカラカラと鳴らし、商売繁盛の主が来店した。
 彼はカウンターに座り、首をそっと出して調理場の様子を見ると、志穂を見つめている。
 志穂は軽く笑みを作り、人差し指の太さくらいの量の蕎麦を軽く湯がく。
「クロちゃんは遠くから来てるんだよね。」
 以前子供三人組のお客さんが、夏休みの宿題に「不思議猫の観察」と称してクロを追っかけたと言っていた。
 子供たちから話を聞くと、東区のとある寮から出てきて、始発のバスにちゃっかり乗り込み、ここまでやってくるのだと言う。

 彼女が親しく話をしながら準備された、子供用の小さいお椀に入った蕎麦を美味しく食べ、彼は「なぁ」と鳴く。
 それを確認すると志穂は、いつものように仕事に戻る。


 そんな日常のはずなのだが……


伝説は就職先を所望する
作者:勇城 珪(ゆーき)


 クロの舐めていたお椀が盛り上がる!
 いや、正確には中身がだ。

 その勢いに仰け反るように身体を一回転させ、しなやかに着地するクロ。
 滝のように膨れ上がる中身は、何とも言いがたい姿を形成し、中途半端に固まりつつあった。

「我の出現場所に出くわすとは、可哀想なネコだ。」
 我と名乗ったものは、何であろう? 白菜の塊や、大根、ニラなどの野菜が見え、赤く色づいている。
 独特の臭いを発し、韓流スター紛いの代物であることは確かだ。
「ぬ?」
 謎の物体が自身の顔を撫でる。
「我に擦れ違いざまの傷を負わせるとは…… 我も本気を出そう。」
 クロと謎の物体は息を殺して向かい合った。

 志穂は冷静に、「やめなさい、何の用事なの?」と言うと、謎の物体は唸った。
「我を見ても怯える事のない、その度胸! 気に入った。」
…… 気に入ったって言われても、アレは一体何なのよ? 知性を持った物体?


「ほう、我が何者か問いたいようだな。」
 アレは胸を張って答える。

「とりあえず、腹を割って話そうではないか! 一々『「」(括弧)』は無用である。」
 何のことか分からないけど、アンタ何しに来たの?
「ふむ、我が何者かは興味が無いと……」
 ああ、変に理屈っぽいなあ! とりあえず聞いておくべきなのかなあ。
「我は我流、故に我は我である。」
 ちょっと?
「ん?」
 結局名前無いんじゃない?
「ば、馬鹿なことを! 我こそは我なりて名前は……」
 じゃあ、住所は? 職業は? 血液型は?
「今は好きなところに住んでおって、職業は『世界に我を広める会・会長』だ。」
 住所不定、無職。
「いや待て待て、これでも以前の主には良くしてもらってな。」
 あなたの主なら、商店街のスーパーで待ってそうだけど?
「我はレディーメードなどではない!」
 やっぱり、変なとこ拘るなあ。はいはい、誰が主なの?
「名前は言えぬが、一国の主でな。東から二万五千の軍勢が攻めてくるところへ奇襲をかけるように進言したのが始まりだ。」
 そうなのか……?
「召し抱えられた後は、草履を懐に入れ『美味い味がする』、寺で三杯の茶を出し『ダシが効いている』……」
 絶対嘘だ。
「なんだその白けた目は。その後、天下の副将軍の忍びをやってな、『飛汁』とか名乗ったこともあったのだぞ!」
 多分、お風呂覗いてクビにされたんでしょう?
「ま、まあいい。我の偉大さが解かっただろう。」
 あら、顔がどんどん真っ赤に。

「さて、本題に移ろう。今日は商店街で一番美味い蕎麦屋になってもらうために来たのだ。」
……。
「なんだ? 不服か? 我を味わえるのは400年ぶりなのだぞ?」
……。
「?」
…… 商店街で一番の蕎麦屋にするために選んでいただいたのかしら?
「ああ、そうじゃ。ここの商店街で一番美味しくなれば、さらに有名に!」
 帰れ! あんたの主が信長だろうが秀吉だろうが、うっかり八兵衛だろうが知らないよ!
「なんだ、何を怒っている? 我を無料で雇わせてやると言うに。」

 およそ十分後、空に舞うボロボロのアレが目撃されたかどうか定かではない。


「今回の作戦は失敗じゃ! おのれ、我を愚弄する輩には、我の存在を生涯忘れさせん!」


- * - * - * -

「諸井さん? そんなところで寝てると風邪引くよ?」
 士郎が夜に帰ってくると、翔がテーブルに突っ伏して大いびきを掻いていた。
「あー、昼間に一騒動あってね……」
「そうそう、諸井君は自転車一台また壊したんだよねぇ~」
 頭が冴えていないような翔の言葉と相変わらずな姉に、士郎は苦笑した。
「なんか、変な夢を見てさ……」
そう翔が言うと、志穂は「働きもしないで食べ物の夢でも見たの?」、と突っ込む。
「もうアレは見たくないなあ。」
 何やら意味不明な台詞を続ける彼に、姉弟は黙ってしまった。 

 そして翔が思い出したように言う。
「あ、安売り買えたか?」
「じゃーん、今日の安売りは最高級の!」
 士郎の取り出した大量の赤いケース。
 それは、金欠で悩む翔が、『水路』の顔で安く卸してもらった大量の食品である。

 美味しそうに眺めている二人を目の前にし、翔の体がフリーズした。


―― 終わり

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