シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

それぞれの1日 ― 伽糸粋 (カシス) 編 ―

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  それぞれの1日 ― 伽糸粋 (カシス)編  ― @ 作者 : 望月 霞

 

 

 「え~ん、え~ん……」

  どこかで誰かが泣いている。 声を聞く限り、歳若い女の子、だろうか。

 「伽糸粋 (カシス) ? どうしたの?」

  「―― またかよ。 ほれ」

 と、乱暴な口調ながらも女の子に何かを渡しているらしいひとりの男の子と、最初

に声をかけなぐさめているかのような、もうひとりの男の子。 音域を耳にするとこ

ろ、こちらもまだ幼いようだ。

 ……理由は不明だが、何故か目が開かないようで、周囲の様子を伺うことができ

ない。 仕方がないので、流れに任せて聴覚だけ預けるようにする。

 「あいつらにも困ったものだね、何回言っても聴きやしない。 いいかい、伽糸粋。 

  周りが何を言っても気にしなくていいよ。 全然役立たずじゃないから」

 「そーだぜ。 ほら、オレらのどっちかが抜けたとしてもお前がいるなら安心できる

  からな。 それより加阿羅 (カーラ) 、どうすっか? いっぺんシメてきたほうがい

  いんじゃねぇの?」

 「放っておきなよ。 どうせ 『やっかみ』 なんだから ―― と思ったけど。 ちょうど

  あっちの森林にいるみたいだから、そうしたいなら手伝うよ?」

 「オレに責任転換かよ。 お前だって腹立ってんだろーが」

  「あははは、さすがは加濡洲 (カヌス) だね。 んじゃ、そういうことかな」

  今すぐ術で帰るんだよ? 最近はまた他のが活発になってきたから。 という言葉

を、少しおっとりとした口調の男の子が、女の子に投げかけた。 もうひとり、我が強

そうな男の子は、後でな、と言い、手から発しられた水色の何かを手に携える。

 

 

  ―― アタシの意識は、いったんそこで途切れてしまう。

  次に気がついたときは、目の前が炎の海になっていた。

 
 

 意識が戻った瞬間、今度はちゃんと開いた目を疑った。 とっさの判断で、持って

いたハンカチで口と鼻を覆い、視力の保護のためになるべく視野を細めるようにす

る。 しかし、これでは根本的な解決にならない。 何とかして大量の水をぶっかけ

ないと……!

 ヒュン! と、耳の辺りで何かがなった。 振り返って見てみると、何と葉っぱであっ

た。 この状況にも関わらず、燃えていねぇなんて ―――― 。

 とっさの判断だ。 運動神経を使い、脳に伝令がいくのより先に動く。 先だってか

ら連続で来ているせいだろうが、あんまし怖いという感情はわかない。 それより

も、この状況を打開しなければならない感のほうがよっぽど強いのだ。 いわゆる、

ケンカ上等というヤツである。

 気味悪く、葉っぱからカマキリにでもなったかのような手足が生えこちらに飛んでく

る変異体。 アタシはサッと横によけ、足元にあった小石を投げつける。 当たりは

したが、まったく応えていないよう。

 そんな状態の中、頭を回しているとき、奴が突然燃やされてしまった。 何の前触

れもなく、葉っぱが火を食い尽くしていったのだ。

 「楓! 大丈夫!?」

 と、少し悲鳴にも近い高さの声と動作に、アタシはビックリしてしまった。 何と、炎

をかき分けてカシスちゃんがこちらへとやってきていたのだ!

 「ごめんなさい、今消すから待ってて」 

 「け、消すって一体どうやって!? こんなに広がっちまってるの」

 と、アタシが糸口を聞こうとしている最中に、彼女は隣で、胸の前に両手をそえ

た。 すると、天に願いか通じたらしく、周辺は落ち着きを取り戻していく。 まるで、

昔でいうお偉いさんか巫女さんが、神力使っているのを目にしているかのようだ。

 「これでもう大丈夫。 平気? 怪我はない?」

 「あ、いや、うん。 どど、どうなってんだ??」

 「ああ、さっきの? これ、実はあたしが出したものなの。 今修行中なんだけど、

  まだジジがきてなかったから」

 「じゃ、じゃあ、あの葉っぱは?」

 「それはたまたまその辺にいたものよ。 ついでだから、と思って」

 ……やっぱりここ、裏の世界 ―― 妖怪たちが住んでる世界だったのねん。どぉ~

りでなぁ……。

 「あれ? 楓ちゃん、もう来たのかい?」

  と、まるで近所のおばさんに話しかけられたかのような雰囲気になるこの一帯。 

声の主を確かめようと振り返ると、大体20代後半から30代前半の女の人が立って

いた。 おそらく、今までの経由から考えて、あのじーさんかと思われる。

 アタシは、またかよ、と思いながら見ていたのだが、カシスちゃんは思いっきりため

息をつく。

 「ちょっと加濡洲、何してるのよ。 ジジはどうしたの」

  「……ひっでー。 せっかく迎えに来てやったのによ。客サービスに行ってこいだと」

 
 ……ものの見事にアタシが地面にのめりこんだことは、言うまでもない……。
 

 

 

 

 えー。 じーさんから嫌がらせに近いサービスを受けた後は、アタシに軽い説明を

たかったようで、また家へとお邪魔させてもらっている。 目の前には、カシスちゃ

が出してくれたお茶菓子と、芸術の粋まで達しているだろうキレイなスキンヘッド

をしているじーさんがいる。

 ちなみにカヌス君は、外に出て見回りをしているだろうとのことだ。

 「ふぉふぉふぉ、いかがだったかな? ワシもあ奴もお茶目じゃろう?」 

 「いや、アタシゃてっきり嫌がらせに来たのかと思ったけど……」

 「ふむ。 まあ、人それぞれかのぅ。 では、本題にはいろうか」

 全然反省してねぇな、このジジィ……。

 「先日お話した通りじゃが、今日は伽糸粋の1日を見てほしいのじゃよ。それとさっ

  きはすまなんだな」

 「はぁ、今日はあの子ね。 って何がすまないんだ」

 「修行の場に飛ばしてしまったことじゃよ。 恐ろしい思いをさせてしまったからの」

 「ああ、あれ。 それはワザとじゃないんだろ? なら気にしないことにするさ」

 「ふぉふぉふぉ。 それはありがたいわぃ、若いのに心が広いの。 今時珍しい」

 「そうかい? よくわかんねぇけど、アレだ。 『罪を憎んで人を憎まず』 だっけか」

 「ふむ、いささか違う気もするが……」

 「違うっけ? まあいいや、とりあえず今日もいつもと同じでいいんだよな? じゃ

  あ行ってくる」

 「頼んだぞ、楓殿」

 あいよ、と言いながらアタシは外へと出た。 ……外界には、昔ながらの空気が流

れている。 その恩恵を受けるために、腹式呼吸でたくさんの酸素を吸い込んだ。

 「今日はあたしだって?」

 「うんそう ―― ってうわっ!!」

 少し気を抜かしていたせいか、背後に彼女がいることに気がつかなかった。 驚

いてしまった彼女は、持っていた薪をさらに抱きしめてしまう。

 「ごめんね、気を隠していたわけじゃないのよ」

  「い、いやいや……。 ところでこれからの予定は?」

 「うん? ああ、ジジが来てから開始するわ。 もうすぐ来ると思うから待ってて」

  「もう来たりして。 んじゃ始めようか」

 と、またさっきの女の人だ。 ははぁ~ん? カヌス君、もう騙されないぞ!

  「―― 今度は本物のジジね」

 …………。ここでは、アタシの常識はおろか、勘も使いものにならないようである。
 
 

 

 中断してしまったカシスちゃんの修行が、大体6時ぐらいだろうか。 夜が明けてか

ら少したった今、ようやく再開しようとしている。 ちなみに、彼女の開始時間は、夜

明けとほぼ同時らしい。

 以前彼女の兄であるカヌス君から能力の説明をしてもらったのだが、まったくもっ

今もチンプンカンプンのままだ。 確か、この世界に存在している “霊子” という名

物質構成のものの流れを操る ―― という、不合理な力だったはず。 ひと言で

表せば、 “自然の流れを強制的に変え意のままにしている力” 、だ。

 本当にそんなことが可能なのかと疑ってしまう内容なのだが、カシスちゃんを含め

ここに住んでいる者は皆 “妖怪” という人智を超えた存在。 それゆえの理由な

のかもしれない。

 「さっきは何してた?」

  「ちょうど怨鬼(おんき)が周りにいたから、自分を中心に炎術(えんじゅつ)と流情

  (るじょう) の神秘を使って倒していたわ」

 「ほぇー。 いや、助かるねぇ。 んーじゃ反流 (はんる) の鏡から練習しようか」

  と、わからない単語が数個出てくる。 すぐに聞きだしたい気もするが、今は演習

だ。今度折を見て伺うことにしよう。

 キャリアウーマンならバリバリに働ける年齢をしているじーさんは、目の前に棒状

ものをつかむかのような手の形を取り、そこに力を集中させていく。 すると、何に

使うのか知らねぇが、長さ3メートルもあろうか巨大な虫取り網が出現した。 彼女

はそれを地面ち突き立てると、次の動作を行う。 二の動は、左右の平に光が生ま

れた。

 「この霊弾をはじき返してこっちの網に入れる。 わかった?」

 「了解!」

 と、今日の中身を聞いたカシスちゃんは、準備とばかりに胸の前に手を持ってき

た。 その後、様々な色がついた風がそこへと集まり始め、まるでホワイトホールの

ような感じのものが形成される。 彼女が構えるために足を動かしたときには、既に

鏡に近いモノを相手に向けていた。

 「少し作るのが早くなったね。 それじゃあ始めるよ!」 

 というじーさんに、ドンとこい、とばかりに気合を入れるカシスちゃん。

 
 原理はともかくとして、だ。 アタシの目には次のような光景が入ってきている。

  先生が放ったレイダンというものを、生徒が作り上げた作品に当て網を狙う。 跳

ね返されたそれは、バスケットゴールの先っちょをすぼめたものの中へと入るやつも

あれば、あさっての方向、先生の近く、最悪アタシのほうまで飛んでくる……。

 そんな状態が数時間にわたって繰り広げられ、打つのに疲れてしまったのか、じ

さんはドでかい虫捕獲道具を持ち縮めさせた。 女性の腕でも簡単に振り回せそ

うな大きさになると、中身を取り出しその辺に捨ててしまう。

 「んー、まあまあかな。 んじゃ次ね。 いつもどおり反流の鏡を使って私と

  かけっこね。 攻撃アリだから!」

 「えぇ~? 攻撃ありなの?」 

 「まーまー! ほら、今日はお客さんいるから。 がんばんなさ~い」

 「はぁーい……」

 と、いかにもメンドくさそうな顔をするカシスちゃん。 どうやら、少し厄介なものらし

い。

 そんなことを考えていたアタシのことは放っておいて、ふたりは勝手に開始してし

った。 先に師匠が動き出し、進行方向に弟子が逃げる。 だが、走り始めてから

秒後、師匠はまたレイダンを生み出し、問答無用に攻め立てていく。

 一方の弟子は、自身が反撃を許されていないらしく、もっぱら逃げ専門だ。 時に

高速で動いているのか、直撃寸前で姿を消して逃げるときもある。

 「時々姿が見えなくなるときがあるでしょ? あれは流情の神秘の応用をしている

  のよ」

 「のわっ!? あああ、あんたいつこっちに来たんだよっ!?」

  「いやさ~。 見ててもわかんないだろうから、分身して解説しよっかなー、と

  思って」

 あ、ありがたい心遣いなのだが、こちとら心臓が上がってきたよ。 まったく……。

  そんなじーさんは、お孫さんのカーラ君と同等かそれ以上のマイペースっぷりを見

せる。

 「私たちの体は霊子でできているから、あの子の力を使えば可能だってこと!」

  「わかったようでわかんねぇってば、それ」

 「だから、流情の神秘っていうのは、霊子の流れを利用して情報等を得ることがで

  きるものなの。 わかるー?」

 「っつーことはだ、そのナントカの奇跡ってやつを使って、霊子の流れの中に自分

  のそれを溶け込ませてわからなくさせてる、ってことか?」

 「ピンポーン! ちなみに、 『流情の神秘』 だからね」

  「ちょっとジジ! いつまでやればいいの!? もうそろそろ見回りの時間なんで

  すけどーっ」

 と、気がつけば日が昇ってからおよそ30度ぐらいだろうか。 実際にはわからない

が、朝になってから相当時間がたっているのはわかる。

 「あらら、ごめんね。 よし、切り上げていいから巡回よろしく」

  「はぁはぁ……。 りょ、了解……」

 つーか、数時間近く走らせるなんて……。 しかも水飲んでいなかったし……。

  シゴキと表現してよいかと思う練習内容にあっけにとられながらも、じーさんは、

タシに男の腕ぐらいの竹筒を渡す。 チャプチャプと音がなっていることから、おそ

らく水筒だろう。

 「これ、伽糸粋にあげといて。 それと、楓ちゃんのはこれね」

  「ど、どうも」

 「それじゃあ、後でね」

  シュン! と、いつものごとく突然消えてしまうじーさん。 もしかしたら、これも流

の神秘とやらなのかもしれない。

 アタシは、ようやく終わってほっとしているカシスちゃんに先ほどの竹筒を渡す。礼

を言いながら受け取った彼女は、それを飲み次の予定である視察の準備をするよう

だった。

 「そうそう。 楓、スケートできる? これから移動するから、それの術をとなえるん

  だけど」

 「スケート? んー、どうだろう。 あんまりやったことないんだ」

  「そう? じゃあ、失礼かもしれないけど運動は得意?」

 「それは得意かな。 でもどうして?」

  と、進展的にちょっと不思議に思ったアタシは、思わず口にしてしまう。 そんな回

者は、目の前で左手の甲と右の平を合わせるような形を作り、そのまましばらく動

なくなる。 すると、それらの手から青白い光が出始め、左手の下に集まってい

く。 やがて、狐火のようなナルトのようなものをかたどった “それ” が生まれた。

 「これ、輪火 (りんび) っていう名前なの。 あたしの場合は、これが移動手段にな

  るのよ」

 「へぇぇ~。 でもどうやっ ―― あ。 もしかして、足に着けんの?」

  「うん。 正確には足の裏だけど。 これひとつで空も飛べるし、その気になれば

  馬より速くできて便利なの。 始めは不安定で怖いかもしれないけどそのうち慣

  れると思うわ」

 「うっし! じゃあカシスちゃんの準備がいいなら行こうか?」

  「あたしは大丈夫よ。 じゃあ、はい」

 と、最初に出した、輪火、だったっけか。 それをアタシに貸してくれた。 先ほど

の裏に着けると言っていたので、不思議と熱くないそれを重力が一番かかってい

る場所へと装着してみる。 その場所が輪火と同じ色が広がり始めると、あたしの

体が、ふあり、と浮き上がったじゃないか!

 「うわっ!!」

  「――― うん、大丈夫そうね。 じゃあ、行きましょうか」

 「え゛、マジッ!?」

  と、慣れた様子でとっとと準備を済ませてしまったカシスちゃん。

 
 その後ゆっくりと空に舞い上がり、アタシたちは出かけることとなった。
 
 
 

 慣れていないのでゆっくりと動いてもらいながら、自分たちは霧生ヶ谷の南側にい

る。 以前カヌス君と回った北側と、文字通りの位置だ。

 ついでに地名を伝えておくと、そちらは西区、中央区、東区の3区は、大体半分に

てから下で、その南には六道区と南区があるらしい。

 「ちょうど加悧琳(カリン)が生まれる前だったから、あたしたち3人で分担したの

  よ。 そうしたら、各々の属性上これが妥当だったってわけ」

 「へぇぇ~、属性、ねぇ。 ……うん? ちょっと待って、そんなに小さい頃から見回

  ってるワケ?」

 「小さいって言っても、あたしたちは大分前に生まれてるから」

  うーん、おかしい発言である。 彼女が仮に13歳としよう。 その彼女の弟は、大

体10歳ぐらいだとする。 ―――― やはり、どう考えても合わない。

 「あのさー。 と、とし、聞いてもいい?」

  「いいわよ? 別にそれは話しても大丈夫な部類だし」

 と、あっけらかん。 これ、けっこう大事な話のような気がしたんだけど、なぁ。

  個人的な感情はともかくとして、妖怪兄妹たちやじーさんの年齢を耳にした途端、

アタシは腰が抜けそうになった。 理由は、人間の形態とあまりにかけ離れていた

らだ。

 その内容は、カーラ君が4000歳、カヌス君が3900歳、カシスちゃんは3850歳

いう驚愕なものっ!! これはあくまで大体であるので、実際はそれを前後するか

しれないらしい。 100年や50年単位で離れてはいるが、彼らの感覚だとたいし

時間の長さではないらしく、ほとんど同い年として換算しているという。 ちなみ

に、カリンちゃんは誕生してから5ヶ月ぐらいと聞いた。

 「じゃ、じゃあ、じーさんは?」

  「ジジ本人もわからないんですって。 意識を持ったのはおそらく人間が文明を持

  ち始めたときだと思う、って言ってたわ」

 恐るべき数字だ。これ、肉体を持たない、ということと関係があるのだろうか……?

 「もし気になることがあるなら、ジジに聞くといいわよ。 あなたになら話すかもしれ

  ないし」

 「うん? こう言っちゃあいけないんだろうけど。 教えてはくれないか」

  「ううん、口止めされてるの。 詳しいことは後日話すと思うわ」

 「じゃあ、カシスちゃんたちはわかってるんだ?」

  「ええ。 加悧琳だけよ、この世界のことをわかっていないのって」

 なるほど、そんな半年程度で覚えられるほど簡単な構造をしていない、ということ

ろう。 それだけ長生きしていれば、色々な意味での情報があるはず。 きっと、

らの生活ぶりや態度は、おそらくその辺からきているに違いない。

 「そうね。 もうそろそろ回りきったから、いったん戻りましょうか」

  「これからまた修行?」

 「そう。 今度は炎術を鍛えるの。 さっき消した火のあれよ」

  と、出初めよりは安定しつつある足場を気にしながら、アタシたちはその場所へと

っていった。

 
 
 

 帰省した後、彼女は休むまもなく次の段階への準備に入っているようだ。 あまり

く表現できないのだが、やり易くするために気持ちの整理をつけている、とでも言

おうか。 とにかく、カシスちゃんはとある定位置に立ったままピクリとも動かない。

 「おまたせ~」

  「…………。 あ、ごめんジジ。 気がつかなかった」

 「いいえ~、今来たばっかり」

  ひらひら、と手を振りながら答える、前の修行のときと同じ容姿をしているじーさ

ん。 どうやら彼女は、彼女の行動の意味がわかっているらしい。

 瞑想らしきものを終わらせた後は、述べた通りの流れになる。 彼女の場合、火

の術が得意なのかそれを中心とした演習がされ、反対の存在である水を用いた術

じーさんが放ち彼女がそれを相殺する ―― という感じに、アタシの目には映って

る。

 他にも、とにかく火の天敵とされる物質を様々な形で使い、何とかしてそれらを意

の宿る炎で制したり破壊したり。 そのような繰り返しが約2時間続いた。

 それからは、もうお馴染みの兄妹実演編だ。 今回は連携技でも取得するのか、

たつのグループに別れている。今までと大きく違い派手さがなく、個人個人でやっ

いたものを集めて教えあうといった、学生が友人と一緒に宿題をやるような雰囲

気である。

 グループを決めた際何かの法則でもあるのだろうか、年齢順に振り分けられたペ

は、相談し合いながら、じーさんが出した標的物の巨木めがけて試し打ちをして

いる。

 まず、カーラ君とカヌス君コンビを見てみると、武術が得意な兄が考え弟はそれを

佐するパターンや、その逆に術を主体としたものをする、といったことを繰り返して

る。 さすがに話している中身までは聞こえないが、微調節しながら見極めている

子だ。

 一方、今日のメインであるカシスちゃんとカリンちゃんコンビは、後輩の力量に合わ

せながら徐々に作り上げていっているようだった。 まだ未熟な彼は、手元を怪しくさ

せながらも何とかタック技を放っている。 スローテンポながらも、出来上がってはい

ようだ。

 
 

 コンビメーション実習が終わった後、アタシはカシスちゃんと一緒に本日2回目とな

る見回りをしていた。 彼女の場合は、この時間帯が要注意のときだという。

 「表の世界の状況にもよるんだけど、最近また今の刻限は活発になっているのよ」

  「妖怪ってオバケと同じように、夜以降が動きやすそうなイメージがあるよ?」

 「そう? んー、まあ間違ってはない、かな」

  「カーラ君が言ってたけど、下の連中がそうなるって」

 「そうね。 あたしたちよりもかなり不安定だから、気の流れによって変わってしま

  うのよ」

 とのこと。 うーん、彼女が言う “気の流れ” ってヤツが、何を指しているのかはよ

くわからないのだが。

 「あっ。 いっけない、店掃除するの忘れてたわ!」

  「店? 何か開いてるの?」

 「ええ。 ジジの趣向なんだけどね。 誰かから聞いてなかった?」

  ……そのひと言で店の状態がわかるような気がするのは何故だろうか……。

 「といっても、服屋とかアクセサリー系の店じゃないけど」

  「食いもの屋?」

 「雑貨屋、かしら。 食べものもあるし、薬とかおもちゃもあるし」

  「薬!? あれって許可必要なんじゃなかったっけ?」

 「ああ。 店頭で売っているのはそういう薬じゃないのよ。 人はあんまり使わない

  と思うけど」

 「い、い、一体どーゆーのを売ってるワケっ?」

 「薬だったら変顔剤とか記憶消失剤とかかしら。 食べものだったらカエルの丸焼

  きとかヘビの干物とかトカゲのチューインガムでー、雑貨だったら ――」

 「ちょちょ、ちょっとストップッ!!」

  と、ものすごいマニアックな話というか、ぶっ飛んだ会話になりそうなので強制的

終了させる。 何ておっそろしいものを売ってんだよ、あのじーさんは……。

 「とにかく、日常品じゃないことはわかった! そうだなぁ。 じゃあ、役割分担みた

  いなのは?」

 「確かに人間界には、一部をのぞいて普通必要ないものね。 うーん、役割かぁ」

  と、器用に輪火に乗りながら考える格好をするカシスちゃん。 きっと相当慣れて

るのだろう。 背筋がピンと伸びており、現代日本人が見習いたい姿勢だ。

 「そうね。 特に何てことはないと思うけど……」

  と、大体頭の中で整理がついたらしく、順番に説明してくれた。

 彼らは、各々が得意とする分野を生かして動いているという。 彼女いわく、兄

たちはじーさんの趣味を手伝っている程度のものとしか思っていないらしく、一般

にいう “働く” という概念は持っていないらしい。 むしろ、それを表現するならば、

行っている行動こそが彼らにとっての “仕事” とのことだ。

 まず順番にカーラ君のことから話すと、彼は荷物運びを主としているらしい。 兄

妹の中で一番腕力 ・ 体力が高いところから任しているという。

 次にカヌス君。 彼はセンスがよく手先が器用なので、製品のレイアウトや店のデ

インなどを担当しているという。 時には細かい装飾品なども手がけるらしい。

 唯一の女の子の姿をしている彼女は、己の力を最大限に利用した情報収集だと

う。 現代社会ではネットに例えられそうな能力 ―― 流情の神秘を使い、要望や

今旬のアイテムなどを調べ上げ、じーさんや皆に伝える役目だという。

 カリンちゃんに至っては、まだ幼いことや能力が未発達なところがあるので、それ

れのお手伝いをしているという。 個人的には、その場にいるだけで和む感じが

するので、癒し系マスコットでもいいと思うが。

 最後にじーさん。 店のオーナーである彼は、カシスちゃんから聞いた商品を生成

るという。 物によるが、食べもの系はちゃんと実物を使い、雑貨系 (こちらでは

道具系と表現するらしい) は、物と霊子を組み合わせて作ったり、薬系はちゃんと

特定の薬草を摘んできて品物にしたり、何らかの方法で加工したりしているという。 

……今に始まったことじゃないが、あのじーさん、ますます怪しいニオイをかもし出し

ていやがるよ……。

 「へぇぇ~、ちゃんと分担してんだね。 手伝うなんて偉いじゃん?」

  「手っ取り早いっていうのもあるし、皆嫌々やってるわけでもないからだと思うわ

  よ」

 「ふぅ~ん。 でもすごいな」

  「そう? ありがとっ」

 「ところでさ……。 ちょっと、聞きにくいんだけど……」

  「うん? ―― もしかして、お客さんのこと?」

 「そ、そうそう……」

  「主にこっちの世界に住んでる連中よ。 まれ~に人間が紛れ込んじゃって面白

  半分に買っていくけど。 ちなみに、代金は相手によって変わるの」

 「変わんの? どういう風に?」

  「人だったら現金をもらうの。 でも妖怪なら買うものの価値によって力 ―― つま

  り霊子をもらっているのよ。 なかったり事情で渡せないなら角とか舌とかでも代

  用してるし」

 角はともかく、舌って……。 どんな風に取引されているのか、まったくもって不明

である。 物々交換、ってな感じでもなさそうだし……。

 「代価は誰が接客したかによっても変わるかもしれないけど。大体そんな様子かし

  ら」

  と言ってのける彼女に、何と反応してよいのかわからなかったが、教えてくれたこ

に礼を述べる。 そんなアタシに向かって、カシスちゃんは笑顔で、どういたしまし

て、と返してくれた。

 

 このときちょうど、ひと通りの巡回が終わったようなので、アタシたちは修行場へと

戻ることにした。

 
 
 

 今後の予定は、個人レッスンにはいるらしい。 彼女の場合、この時間は薙刀を中

心としたものが組まれているという。 前回と同じように、今回も20代後半から30

前半の女性の姿をしたじーさんがそれの指南役のようだ。

 カシスちゃんは、朝からずっと手にしている錫杖 (しゃくじょう) を腰の位置で水平

保ち、そのまま念力でも入れたかのように空中に浮かせた。 すると、金属の輪

がついている部分が淡い赤の色に包まれ、どんどん姿が見えなくなっていく。 発生

した炎が尽きていくと同時に現れたものは、銀色の光を放つ鋭いもの。 つまり、棒

の先端が刃物に変化していたのだ!

 「楓ちゃん、これも流情の神秘の応用なんだよ。 伽糸粋は自身だけじゃなくて持

  ち物も変えられるの」

 「へぇぇ~。 それじゃあ使い分けも大変じゃない?」

  「初めは大変だったけど……。 今は何とか大丈夫かしら。 自分の身辺なら問題

  ないわ」

 と、頼もしい言葉。 彼女はきっと、自分を信じ、修行し続けているのだろうな。ア

タシも見習いたいところである。

 打撃系からなぎ払い系へと変化したその武器を中心に、相手も1本の薙刀を創り

し、取っ組み合いが始まった。 アタシ自身に薙刀の知識がないため、何がどうな

ているとかは説明できないが、剣道のように目の前で切り結ぶのではないのは確

だ。 素人の目利きだが、得物を骨盤辺りで水平にする構えや刃の部分を下にし

構えを主にし、頭部や持ち手の部分、胴に足のすねなどを狙いながら組んでいる

うに思える ――― ……。

 
 んんー、ちょっと意識が遠くなってきたな。 声をかけたほうがいいか……?
 
 

 “そのままで大丈夫じゃよ。 伽糸粋にはわしから言っておくわい。 また会える日

  を心待ちにしておるぞ。 ふぉふぉふぉ”

 

 ―― アタシの意識が、人間世界にある市の名前がごとくになりつつあるときに、じ

さんの声が聞こえたような気がした。

 
 
 
 
 ジリリリリリーッ!!  バシッ。 むくっ……。

 

 いつもどおりの朝の光景である。 やかましい目覚ましを黙らせて目をこすり、私

の場合はまず朝ごはん兼軽い昼食のおかずを作っている、何も変わらない、登校前

の動作だ。 

 そんな中、最近思い出すのは実在しているのかさえもわからない、あの妖怪たち

こと。 本当はひとときの夢だったんじゃないかと思う感覚と、実際そちらの世界

に足を踏み入れていた臨場感が同居しているという、何とも言い表しようがない状

況だ。

 「何かに迷い込んだ夢物語じゃあるましなぁ。 ホント不思議だわ」

  まあ、世の中不思議なことがひとつやふたつあってもいいだろう。 むしろそのほ

が、面白みがあってよいと思う。 ……それに気を取られ過ぎて、寝坊しないよう

にしないといけないが。

 
 私は今日も、普段どおりの毎日を始めるのだった。
 
 

 

 

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