シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

それぞれの1日 ― 加悧琳 (カリン) 編 ―

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   それぞれの1日 ― 加悧琳 (カリン) 編 ― @ 作者 : 望月 霞

 

 

 

 最近の睡眠時間は、いつもどおりの平均値。 しかし近頃、暗闇に身をゆだねると、不思議な感

なるのだ。

 どういうことかと聞かれても、アタシ自身、説明できない。 何故なら、言葉どおりの展開になるか

である。

 ――あ~、そんなコト考えている間もそうだ。 意識が落ちたとき、またふと目が覚めたかと感じる

と、まるで大洋のど真ん中に、だが服が濡れるような不快感もなく水中にいる様子だろうか。 その

無重力に近い状態が保たれているその中を、垂直に落ちていっているようなのだ。 しかも、息苦し

くないときている。 まったくもって理解不能、異次元に相応しい空間だろう。

 そして今までの経験上、どこかに放り出されるのが定石になってしまっている。初めてのときは普

通に降り立つことができたのだが、2回目は水にボッチャンし、3回目は火の海に包まれたし……。 

最後のはワザとじゃないと言うが、その前のヤツは相当怪しい。それを考えると、今度はどこにほっ

ぽり出されるのか気が気じゃない。

 そんな中、底のほうから光が漏れ始めたようだった。 腰の辺りがじわじわと暖かくなり、熱がどん

どん上昇していく。 すべての熱が移動し終わったのだろうか、周囲が真っ白になって―――……。

 
 
 

 ……気がつくと、およそ50m先に見覚えのある古家があった。 まるで昔の貴族が住んでいたか

のような、欅(けやき)の木で作られた大きな一軒家だ。

 ちなみに、木の種類に詳しくないアタシがそのことを知っているのは、住人に聞いたからである。 

 アタシが次の行動を考えていると、ゆっくりと動く引き戸の音がした。 音源をたどってみると、家

跡継ぎが出てくる。 この地に住む妖怪兄妹の長子カーラ君だ。

 しかし彼は突然視界から姿を消してしまう。 刹那の後彼はアタシの目の前に現れ、腹に軽い衝

撃と浮遊感が走った。 ほどばしった刺激が、今度は円を描き停止する。 右側の視界に入った彼

の目線を追ってみると、アタシのいた地面から得体の知れない植物が生えていた。

 「大丈夫?」

  「あ、ああ。 ありがとう。 それよりな、何だあのきしょい花とツルは!?」

 「亜雲花(あうんか)っていう、人食い草だよ。 最近君が出入りしてるのを知って根を張ったみた

  いだね」

 「だね、って! そんな軽々しく言わないでくれよっ」

  「平気だって~。 でも、おれから離れないでね」

 と会話している最中にも、あのアウンカとかいうキモい花。 みるみるうちにでかくなっていき、しま

いには約3m近くにまで達してしまっている。 挙句の果てには、アタシたちの周りからも次々と口付

きのつぼみが創造されていくじゃないか!

 だが、怒涛の増殖もそれまでだった。 一番始めに出た花以外のつぼみの付け根が、突然凍りつ

いたのだ。 そう、まるで人間の首を氷の輪が締め付けているかのような感じである。

 徐々に氷付けにされていく相手に視覚を奪われながらも、他の感覚は別の刺激を受けていた。 

何故か響き渡る横笛の音に聴覚が意識を向け、視神経が水色になりつつある物体をさける。 次

に目を射抜いたのは周りの風景。 物体の後ろにある家に風のようなものが集まりつつあった。

 集結しつつある空気も、入れ物にはいりきれなくなったのだろうか。 音もなく破裂した“それ”は3

本の線となり、やつ当たりのごとく既に枯死した標的を引き裂く。 バラバラと落ちていく氷の塊の後

ろに、幼いながらも凛とした表情をしたカリンちゃんが立っていた。 彼の左手には横笛が、ナナメ

向こうに振り上げられた右腕は扇が握られている。

 だが、完全に根絶やしにすることができなかったらしく、また新たにつぼみを作り出した化け物花

は、怒りに任せて追撃を開始。 アタシの代わりとなってしまったカリンちゃんは、右手にあった扇を

一瞬で消し笛を吹き始めた。 すると、また風らしきモノが彼の元へと集まっていく。 敵の攻撃をか

わしながらも演奏をしていたが、終わったらしい頃にまた扇を右手に出現させた。 扇は開かずそ

ままの状態で地べたから天井へ、ゆっくりと振り上げられる。

 その後、敵の根の部分が盛り上がり、彼が扇を開いた瞬間ナイフのように鋭く尖った岩らしきモノ

が出来あがる。 それはそのまま、軽く凍りついていた敵の急所の部分を粉々にしていった……。

 

 ……急な出来事で何がどうなっているのかわからず放心していると、アタシから見て右側のほうか

ら嬉々とした声が飛んできた。

 「上出来じゃねーか! さすがはオレの弟だぜ!!」

  と、いかにもヤンチャ坊主な雰囲気の言葉が頭に突き刺さる。 目線の先でひとつ上の兄貴にも

みくちゃにされているカリンちゃんは、いかにもうれしそうな感じで笑っていた。 それを見て、彼から

見てふたつ上の兄もそう思ったのか、よくがんばんたな~、うんうん、と言っている。

……あ~んのすみません、あんたらアタシのこと忘れてるだろっ!?

  「ところで加悧琳(カリン)、伽糸粋(カシス)はどうした? 今日はお前と一緒にいたんだろ?」

 と、はがい絞めにも飽きたのか、張本人である次男坊――カヌス君は、功績を上げた弟に向かっ

てたずねる。 すると問われた本人は、言葉を発することなく家の向こうを指差した。 その方角に

は、先ほどまでいた高い植物のてっぺんが火ダルマになっている光景だった!

 「あらら~。 あっちにも根ざしていたんだねぇ~」

  「おいコラ! 妹が襲われてるってのに何でそんなのんびりしてんだよっ!?」

 「いい、痛いよ~。 伽糸粋なら大丈夫だってば~! あんな雑魚にやられないって~」

  「あ、あれでザコ??」

 と、つい力をこめた手を、カーラ君の耳からどける。 少々赤くなってしまった患部を抑えながら、

彼はこう語った。

 「さっきの花、人の形をしていなかったしただ襲ってきただけでしょ。 それぐらいの階級なら、おれ

  たちの敵じゃないってことなんだよ~」

 「はぁ。 全然わかんないんだけど……」

  「あははは。 とりあえず、君の場合はどれも気をつけなきゃいけないから、おれたちの内誰かと

  はいたほうがいいよ~」

 と、まったく説明になっていない話だ。 関わらせたくないのか、はたまた理解ができないだろうと

踏んではぐらかしているのか。

どうにしても、アタシは気をつけなきゃいけないのは確かだろう。

  「一応あっちの様子はオレが見てくるから、お前たちは先に家の中に入ってろよ。 ジジから何か  

  話があるんだろーしな」

 「そうだね~。 んじゃ、楓ちゃん、加悧琳。 先に行こうよ~」

  と促され、指名された人と付き人合わせて3人は、お家の中へお邪魔させてもらうこととなった。

 
 
 

 少しドタバタした感じだったが、こちらの世界に住む妖怪たちのお陰で、アタシは難を逃れることが

できた。 今更だったが、助けてくれたカーラ君やカリンちゃんにお礼を言う。 前者はお茶を出して

くれながら、どういたしまして~、と口にし、後者は首を左右に振りながら、苦笑いで返された。 そ

の後、カーラ君は外を見てくるからと言い残し、部屋を退出する。

 カリンちゃんとふたりでお茶を飲んでいると、奥の引き戸から、例のじーさんが出てきた。 この家

の間取りはよくわからないが、彼の部屋はこの客間からすぐ近くにあるのかもしれない。 理由は、

アタシが今いる部屋に上がらせてもらってから、おそらく5分ともたたないで彼らの祖父が来たから

だ。

 「また連中がきたようじゃな。 度々すまんの、楓殿」

  「あー、いや。 あれって一体何?」

 「亜雲花という怨鬼(おんき)じゃが」

  「そうじゃなくて。 何でいろんな場所に出てくるのかなー、と思ってよ」

 「うむ、何と申したらよいかのぅ。 簡単に言えば、あれらはそこら辺で出来る物の怪なのじゃよ」

  「んじゃあ、その辺ウジャウジャいるってこと!?」

 「そうじゃよ。 何せここはある意味無法地帯だからのぅ、ふぉふぉふぉ」

  笑いごとじゃあねーだろうがっ……。

 「じゃが、よい機会じゃった。 まだ未熟ではあるが加悧琳もその辺の連中より強くなっている事実

  が見れたじゃろう?」

 「ということは、今日はカリンちゃんと一緒に行動すればいいんだな?」

  「ふぉふぉふぉ、物分りがよくて助かるわぃ。 この子自身も気をつけておるし、他の3人の目が届

  くところにしか移動せぬよう言いつけてある。 心配はない」

 「わ、わかった。 まあ、もし何かあったりでもしたらカリンちゃん連れて全力疾走で逃げるよ」

  「ふぉふぉふぉ、それも然りじゃな。 おおそうじゃ」

 と、じーさんはいったん話を切った。 少し休憩とばかりに出されていたお茶をひと口飲み、ふう、

落ち着ける。

 「今までもそうだったと思うが、加悧琳もあ奴等と同じように接してあげてほしいのじゃ」

  「え、何を突然? そうするつもりだけど……」

 「接する、というより『見守って欲しい』と申したほうがよいかのぅ。 何があっても、逃げる以外は手

  を貸さないでもらいたいのじゃ」

 「それは ―― 一体どういう意味で?」

  「『保護者』、としてかの。 まあ、見ていればわかろう。 なんせ、生まれたばかりじゃからな。 

  色々と覚えさせねばならぬ」

 「は、はぁ……」

  と言われてもなぁ。 いわゆる、保母さん的立場で、ってことなのだろうか?

 「とにかくじゃ。 実体験すればわかることじゃろう。 加悧琳、そろそろお茶と菓子を片付けて外へ

  行って参れ」

 というじーさんの言葉に反応したカリンちゃんは、一瞬止まってしまったが持っていた最後の茶菓

子を口に放り込むと、こくり、とうなずく。 彼はちゃんとじーさんの言うことを聞き、自分と祖父の、そ

して客人のアタシの分まで片付けてくれた。

 少し遠くのほうから、カチャカチャ、コロロロ、という食器たちが暴れているような音を耳にしたが、

当人は何も問題がなかったかのように出てきた。その様子を見たじーさんは、アタシに黄土色の

玉らしきものを渡す。

 「耳は利くが、口が利けないのは何かと不便じゃろう。 これを持っていかれるとよい」

  「これは?」

 「何、霊子を集めて作った補聴器のようなものじゃよ。 これがあれば、加悧琳とも会話できよう」

  「い、いいのかい? そんな便利なもの……」

 「なぁ~に、気にしなさんな。 ほれ、早う行かぬと夜が明けてしまうぞ」

  という言葉に、慌てて反応したカリンちゃんは、急いで玄関へと向かう。 アタシが少し放心してい

るところに彼は、おいでおいで、と手をまねいた。 どうやら、早々に出かけなければならないよう

だ。

  「とりあえず、今日もいつもどおりに行ってくる。 んじゃまた」

 と、アタシもそそくさと準備をしたのだった。
 
 
 

 急用でもあるらしいカリンちゃんに合わせ、アタシもかかとを潰さない程度に靴を履いて外に出

た。

は、方角でも確認しているのだろうか、朝日のほうへと顔を向けている。 そんな折、その方向か

ら反対側へと風が吹き抜けた。

 それが気になったのか、彼は風のあとを追い視線を向ける。 しかし、今度は何を思ったのか太

陽を背にして座り込み、土いじりを始めてしまった。 ……しばらく様子を見ていたが、それ以降はフ

ツーに土遊びをしているだけである。

 さすがにどういった考えでいじっているのかがわからなかったので、本人の邪魔にならないように

聞いてみる。 すると、

 “僕、土に慣れようとしてるの”

  「土に慣れる? それはいったい?」

 “おじいちゃんがね、教えてもらうより自分の体で慣れなさいって。 だから土をいじってるんだよ”

  「へぇぇ~! なるほろ、『習うより慣れろ』ってことか。 それより、何でこんなど真ん中でやってる

  の? あっちのほうが片付けるのが楽じゃなあい?」

 と、アタシは家の近くのほうを指した。 あちらにも、この場と同じ土がたくさんあるのだ。

  しかし、カリンちゃんは首をふるふると動かしてしまう。

 “お家のほうはダメなんだ。 僕がまだ力を操れないで土のお団子を壁に投げたら、壁に穴が開い

  ちゃって……”

 「あらら、怒られちゃったんだ?」

 こくり、と少し強張った目でうなずく。 う、うーん、確かにさっきの攻撃のようなヤツだったら、穴の

ひとつやふたつは開くわな……。 操れないというのも、気の毒に感じる。

 

 ちなみにもうひとつ。 実は、この家の裏口には薪を作るために集めた木々が立てられているとい

うのだが、その近くで遊んでいたときもやってしまったことがあるらしい。

 それは、積み上げた土壌を扇であおいでいたときに誤って力を送ってしまって木の収集場所の下

部に当たり、衝撃を受けたその塊たちはカリンちゃんの頭の上に倒れてきたことがあった、というも

の。 もちろん本人は下敷きになってしまい、気がついた兄妹が駆けつけてくれたとか。 ――まあ、

後の展開は言わずもがなだ。 それ以来、家の周りは危ない、ということを悟ったらしい。

 ……流れはともかく、よく無事にすんだと思う。 やっぱりこの子、可愛い顔して妖怪なんだな

ぁ……。

 

 しかもカリンちゃん。 おっとりしているように見えて、本当はかなりのおっちょこちょい、だというこ

ともわかった。 慣れていないのもあるので仕方がないとは思うが、また間違って力を送ってしまい

お団子が巨大な岩へと変貌してしまったのだ! しかも、しかもだっ。 ちょうどその下には、岩こそ

は入りきれないが坂道のように掘られた、けっこう長い跡があって ――

 もう全力ダッシュ!! どのアトラクションよりも恐ろしい、現実に起こっている岩とのかけっこだ。 

もちろん、カリンちゃんを右手に抱えて走っている。 実体がないゆえか、重さなどは感じないが、こ

の状況は何とかならないだろうか!? このままでは、こっちがへばっちまう。

 だが、唐突に岩の動きが止まる。それは次なる獲物を見つけたかのように方向転換をし、向かっ

て左斜めの方角へと進路を変えて進んでいった。 だが、その先にはカシスちゃんの姿があっ

て……!

 ふたつの声が重なり合う。 しかし、名を呼ばれた当人は表情をつかさどる部分をピクリとも動か

さず、代わりに右手の平を向かってくる相手に差し出した。 すると、物体が金縛りにあったかのよう

に動きが止まる。 ビシビシという音が響き渡ったかと思った矢先、岩は風船のように破裂してしまっ

た。 異なるといえば、焦げ臭いにおいと炭のようにどす黒くなってしまった岩のカケラの存在であ

る。 おそらく、破壊するために彼女が得意な火を使ったのだろう。

 「ふたりとも大丈夫?」

  「あ、ありがとう。 助かったよ……」

 「お礼なんていいのよ。 加悧琳は大丈夫ね?」

  こくこく、とうなずく彼。 その手には、小さなメモ帳サイズのノートが握られている。 彼は、既に開

けていたページを恩人に見せた。 それを目にした姉は、にっこりと笑って弟の頭をなでる。

 「どういたしまして。 焦る必要はないけど、自分なりにがんばるのよ?」

 と、やり取りと励ましをもらった彼は、大きく頭を縦にに下ろすと同時に両の握りこぶしを作った。 

おそらく、カリンちゃんが、がんばる! という自己表示をしたのだろう。

 「時間は平気? 大体4時間ぐらいはたったようよ?」

 と質問されたカリンちゃんは、慌てて太陽や自分の影を見つめる。 次の予定時刻になっていたの

か、彼は、こくこく、とジェスチャーを送った。 その様子を観察していたカシスちゃんは、周りもそうだ

けど時間にも気をつけるのよ、と助言をし、アタシたちの前から立ち去る。

 
 彼はアタシの手をつかみ、次の場所へと案内してくれた。
 
 
 

 現在地は家の前。 先ほどいたところから見て、ちょうど裏側に当たるところだ。 そこには、待ち

構えていたかのようにじーさんが立っていた。

 カリンちゃんの次なる項目は、個人レッスンであった。まだ色々と覚えなければならない彼は、じっ

くりと教えたいという理由で、他の兄妹たちと時間をずらしているのだという。

 じーさんの話によると、カリンちゃんは現在空席となっている地位――“土の結界” の後継者ら

い。 今まではじーさんが代わりを勤めていたが、彼が誕生したことでその力を譲り渡そうとしている

のだ。 ちなみに、ケッカイというのは他にもあり、風火の、合計4種類あると聞いている。 順

番に、カーラ君、カヌス君、カシスちゃんが、それぞれ受け継いだのだそうだ。

 「加悧琳、今日も同じことをするぞ。 これを敵と見立てて力を奪い、己の術で攻撃するのじゃ。

  接攻撃はいかんぞ」

 こくり、と内容を頭に入れたカリンちゃんは、どっから出てきたのかカカシに曲を聞かせ始めた。

―― 先ほどとは違った曲目のようだ。 日本の笛の音は滅多に聞きはしないが、それぐらいの違い

はわかる。 用途なのか気分なのかはわからないが、目的によって異なるのかもしれない。

 カカシからはモヤのようなものが出ている。 これは、敵の力を目に見えるようにじーさんが気を使

ってくれた映像だ。 実際はありもしないモノだが、今日はアタシがわかるようにしてくれたという。 

確かに、カリンちゃんの行っていることは説明できないが、この光景を説明するにはうってつけの状

態である。

 その状態というのは、カカシから出されたモヤがカリンちゃんの吹いている笛のほうへと吸い込ま

れていく、と、アタシの目には見受けられる。 要約すると、彼は敵の力を吸い取り自分のものにして

いるのだろう。 先ほどの戦いと今の状況から判断して、おそらくそうだと思われる。

 彼が限界と感じるまで吸収した力はやがて、彼の体を大きく包みこんだ。 その後、後ろに控えた

影たちは本体を飲み込み、何やら考え込んでいたカリンちゃんの正面へと集まってくる。 やがて、

収集されたそれは彼の小さな手の中へと凝縮されていき、ボールのようになった光体を勢いよく地

面へと叩きつけた。 すると、刺激を受けた地面は標的のほうへとそれが伝わっていき多方向に天

へと怒りが爆発したではないか!

 カカシは何らかの力に守られていたらしく無傷だが、その周囲はハリネズミの中心がえぐれたよう

な形を成している……。

  「ふぅむ。 まだまだじゃのぅ」

 ゴツン、と、じーさんは持っていた杖で、土でできた剣山のようなものの真ん中辺りを叩く。 彼の

力が想像以上に強かったのか、それとも針の山が見かけ倒しだったのかはわからないが、無残に

もボロボロと崩れ落ちていってしまう。

 土の芸術を作り出した当人も、そのことがわかっていたのか、口を尖らせてふてくされてしまってい

る。 ―― 小さい子特権の可愛らしい仕草だ。 お持ち帰りできねーかな~。

 「まあ、急がば回れじゃな。 ほれほれ、ブゥたれとらんで続けんか」

  と言われてしまったカリンちゃんは、複雑な表情をしながらも修行を続ける。

 内容は、先ほどと同じで、曲を奏でては攻撃、というパターンだ。

 

 その繰り返しが、大体お昼ごろまで続いた。

 
 
 

 太陽もてっぺんに差しかかったところ、本日の主役の顔は晴れやかになっていた。 おそらく、個

人レッスンが終わったからだろう。

 退屈な授業が過ぎた後は、彼のお楽しみが待っているようで、アタシたちは川 ―― 名前は確か

頭身川だったと思う ――へとやってきた。 ここにはキャンプファイヤーでもやったのか、様々な

状態の木が放置されている。

 そんな様子を見ていたアタシの手を、カリンちゃんがぐいぐいと引っ張った。

  「うん? どしたの?」

 “楓お姉ちゃん、ここで花火しようよっ”

  「えっ、花火??」

 と、疑問を投げかけたアタシに、楽しみにしていそうな視線を返す。 しかし、あいにく道具を持って

おらず、するにも発火作用があるそれすらもない。

 するとカリンちゃんは、扇を取り出し何もない場所を仰ぎだした。 パタパタという音がする中で、今

まで存在していなかった“黒い物体”が姿を現す。完全に実体化したためなのだろうか、“それ”は、

ドサッ、という産声を上げた。

 召喚した本人は、ウキウキしながら黒い物体をいじっている。

  「カ、カリンちゃん。 それは一体何?」

 “えっ、花火だよ? 楓お姉ちゃんの世界には、花火ないの?”

  「いや、種類がないだけかもしんないけど……」

 ないどころのレベルじゃないと思うが……。 ちなみに、彼が出した“花火”は直径約50cm、高さ

が大体5cmの大きな円盤状のモノ。 作ればあるのかもしれないが、少なくともアタシは知らない。

 そんなことはお構いなしのカリンちゃんは、それを抱えて水辺のほうへと近づく。 川の傍にある木

材へと駆けていき、そこに黒いブツを置いた。 その後、彼は何を思ったのか再び扇を取り出し、コ

ンコンコンコンと黒い物体と木を交互に叩く。 するとどういうことか、ボッ、と火が出たらしく、もくもく

と煙が上がっていったのだ。

 “やったぁ! そうだなぁ、まずはダルマさん!”

  ……はい? 今、まずはダルマさん、って聞こえたような気がするが……?

 しかし、ここは人間の常識が通じないところだということを思い出す。 そのように頭を回したとき、

黒い物体は彼の言う通りの形をなした。 そう、煙がダルマの絵を描いた、と表現すればよいだろう

か。

 “楓お姉ちゃんは? 何を作るの?”

  「へっ? ええっとー、これって口にした言葉が絵になるのかな?」

 “うん、そうだよ。 術をかければちゃんと実体化するらしいけど……。 僕はまだできないんだ”

  「そうなんだ? まあ、焦らずゆっくりと覚えればいいんじゃない?」

 と言うと、彼は笑顔でこっくりとうなずいた。 よしよし、幼いながらもわかってるんだな、うん。 えら

いえらい!

 「う~ん、じゃあソフトクリーム! もちバニラ」

 と、アタシも付きあうべく適当に思い浮かんだ名詞を上げる。 すると、煙がウニョリウニョリと動き

出し、言われたとおりの仕事をしていった。 ―― 見事なまでの真っ黒いソフトクリームである。

 それからアタシたちは、それでしりとりをすることにした。 ただ物の名前を羅列するのもつまらな

いからだ。 しかもそれがかなり楽かったりするから、アタシもついつい夢中になってしまったのだ

が……。

 “ねぇ~、遊ぶのはいいけどさぁ~。 あんまりやり過ぎるとこいつ等の餌食になるよ~?”

  という、のんびり口調でどこからか話しかけられた。 慌てて探してみると、煙の合間から似たよう

な色をしている動物が見える。 その口には、何か小さな虫だろうか。 とにかく、何かがくわえられ

ていた。

 カラスに化けていたカーラ君が、アタシたちの前へと姿をあらわにする。

  “ダメじゃないか、加悧琳。 使い過ぎだってば”

  ぺっ、と口の異物を吐きながら注意を促すカーラ君。 その後、彼は人の容姿をかたどり、先ほど

の物体を踏み潰してしまった。 も、もしかして、さっきの花と同じ類がいたのだろうか。

 「この辺を見てごらん。 真っ黒になってるじゃないか。 こんなことをしたら、ここに誰かがいること

  が知れて攻撃を受けるだろ?」

 ひと通りのお叱りを受けた後、カリンちゃんはメモ帳を取り出し、何かを書いてカーラ君に渡す。 

受け取った長男は、一瞬表情を変えたがまたすぐに戻った。 すると、どこに持っていたのかペンを

取り出し、何かを書いて持ち主へと返還。 そのまま、返した右手は弟の頭をなでた。

 「己や周囲への気の使いかたも文字も、除々でいいから覚えるんだよ」

 ふふふ、と笑いながら言われてしまったカリンちゃんは、きょとんとした顔をし、自分の手元を見

る。 手の中に収まっている紙の大群のトップバッターには、“ごめんさい”と書かれたものが。 ちな

みに、“ん”“さ”の間には矢印が引っ張られており、その始点には“な”の文字がぶら下げられてい

た。

 初歩的な指摘をされて真っ赤になってしまったカリンちゃんは、少々口をすぼめながらメモ帳とに

らめっこをしている。 その姿が可愛く思えたのか、カーラ君は再び笑い出して彼の頭を、ぽんぽ

ん、と叩く。

 年上らしい行動をした彼は、よもや煙だらけになってしまっている上空に腕を投げ出す。 一点だ

け色づいたところから、風でも呼んだのだろうか。 その場所から外側へ向かって髪形が崩れてしま

いそうな勢いのそれが吹き荒れ、一瞬にして鮮やかな空の色が広がる。 いつの間にやらどんより

としていた周囲が、晴れ晴れとした雰囲気に包まれたではないか!

 「これで大丈夫。 もうそろそろ演習の時間だよ。 一緒に行こうか」

  と言われ、アタシは無意識に左手首に視線を落と――してしまった。 そうだ、腕時計は普通、寝

る前にははずすよな……。 これは夢の中だということを、すっかり忘れてしまっていた。

 「大体でいいんだけど、今何時?」

  「そうだねぇ~。 おやつの時間、かなー」

 「そ、そりゃどうも……」

 この子、元々すっとぼけてるのか、それとも裏表のある性格なのかわからなくなってきたぞ。 理

由は、その言葉を発した後クスクスと笑っていやがるからさ……。

 
 ま、まあとりあえず。 時間が時間なので、その問題は後回しとなった。
 
 
 
 

 カーラ君に助けてもらい、そのまま行動を共にしたアタシたちが向かった先は、物語が開始した出

発点だ。 今の時間から大体夕方に至るまでだったと思うが、その時刻まで兄妹演習をすることに

なっている。

 「そうじゃのぅ。 今日は加阿羅(カーラ)と加悧琳、加濡洲(カヌス)と伽糸粋に別れて実戦形式で

  やろうかの」

 と言うじーさんに、個性ある返事がやってくる。 各々の性格がモロに反映しているだろう。

  今日の場合、先ほどのグループに別れて戦うようだが、じーさんいわく、やはりカリンちゃんを中

とした実演だという。 というのも、確かにふたグループになっているが、基本的のカードはカーラ

対カシスちゃん、カリンちゃん対カヌス君になるらしい。 これは、カリンちゃんの得意技は術だか

ら、との理由で自然とこうなるとき聞いた。

 まず、前者の組み合わせから見てみると、どうやら武術でドンパチをしているようだ。 得物は彼ら

が所持しているもので、長兄が日本刀、長女は薙刀と単純に予測したのだが、事態が違う。 実際

そうしているのかは知らないが、カーラ君は刀ではなく同じ薙刀を使ってカシスちゃんを手ほどきして

いるように伺える。

 後者はというと、カヌス君が術や投げ武器でカリンちゃんを攻撃し、攻められているほうはかわしな

がら笛を吹いている。 たぶん、彼が行った個人レッスンと同じ中身なのだろう。 最大限になった

自分の力を解き放ち、先ほどと は術が異なるのか、ヘビのようなシルエットが相手を襲う。 カヌス

君は、それをよけたり敵に跳ね返したりそれ自身を消したり等の対処をしている。

 その間には、じーさんがカヌス君に術をかけたり、対戦相手の相棒がその人を攻撃したりと、カリ

ンちゃんの体力に合わせての混戦が続いた。

 

 ちなみに、じーさんが使っていた術は、それをかけられた人の力を回復する、というものであると

う。 おそらくカヌス君の、力が不安定という体質からそうしたのだろう。

 
 
 

 おなじみの演習が終わった後は、式玉子ヶ谷山地へと舞台を移した。 いやぁ、子供のパワーとい

うのはすごいものである。 特に遊びに関するものは誰でも、知力体力共に最高の力を持っている

と思う。 ……まあ、体こそは10歳前後なのだろうが、精神はまだ生まれたばかり。 これからも

色々と動いたり、興味を持つことだろう。

 とはいうものの、この場だけ小さい子独特の行動をしていない。 彼いわく、ここは遊び場所、とい

うより訓練だと表現するのだ。 つまり、個人レッスンほどの教育はないが、視界が悪い山林を歩く

ことにより身の隠しかたや周囲への気配りなど、そういった気構えを覚えているらしい。 もちろん、

木々の自然になれることも視野に入れられている。

 じーさんが話してくれたが、これは“陰陽道”にのっとっていて、簡潔な部分だけ出すと、木=風、と

みなし、風に慣れさせているらしいのだ。 正直な話、まったくもってチンプンカンプンである。

 そういえば、彼が肩に身につけている甲冑らしきものも、姿を隠すのにも役に立っているらしい。 

一見、テングの羽かウチワのようにも見えるマントは、左右非対称な作りだが、彼のひ弱な雰囲気

をかき消し頼もしい感覚に包まれている。

 だが、やっぱりおっかないらしく、表情が少しこわばり気味。 その辺はやはり小さな子供なのだろ

うと、少し笑ってしまいそうになるのをこらえてアタシは後ろを歩いていた。

 

 そんなチグハグな趣を残しながらも、うちらはいったん家へと戻っていく。 ちなみにその道中、ほっ

としたのか息をついたカリンちゃんを見、こらえきれず吹き出してしまった。 そんなアタシに驚いた

のか、目を大きくしながら振り返る。 アタシは、ごめんごめん一生懸命やっていたのが可愛かった

から、といい訳を述べた。 しかし本人はムッと顔を作りそのまま歩き出してしまう。

 何か書きながら歩いていたのか、彼は数分歩いた後に1枚の紙をよこす。 そこには、“僕もいつ

かおじいちゃんやお兄ちゃん、お姉ちゃんのように強くなるんだもん!”と記されていた。

 アタシはそんな彼がますます可愛く思えたが、あまり言うと本気でキレてしまうかもしれないので自

粛。 代わりに頭をなでて、やっぱり男の子なんだね、とだけ伝える。

 

  その言葉がうれしかったのか、彼はコロりと顔の形を変え、家の中へと入っていった。 

 
 

 今までの遊びの流れは、土、火、風という順番にきている。 ということは、残りの属性に関する遊

戯をすることは、口にするまでもないだろう。 現にカリンちゃんは、家に上がる前、着替えてくる、と

発した。

 準備が終わったのだろう、引き戸が動き、先ほど吸い込んだ人物と同じ子供が出てきた。 彼の

肩に乗っかっている金属はそのままだが、中のものが色を変えている。

 「次はどこにいくのかな?」

  “川だよ! 泳いだり釣りをしたりしてるの”

 「そっかー。 鮎いるかな」

  “アユ? アユって何?”

 「魚の一種でね、塩焼きにして食うとうまいんだよこれが!」

  と、小学校の遠足のような感じで歩いて行く。 周りはとうに、月が好む時間帯となっていた。

 カリンちゃんの速度に合わせていたとはいえ、妖怪からなのか、はたまた昔の生活をしているせい

のかはわからないが、15分ぐらいで着いてしまった。 おそらく、現代の子供ならば考えられない

速さだろう。 ちなみに、距離は大体1kmだと思われる。 人によって歩く早さが違うので一概には

言えないが、ほとんど大人と同じぐらいの早さだろう。

 目的地へと着いたアタシたちは、まず何をして遊ぶのかを決める。 カリンちゃんが釣りをやりた

いそうなので、それにすることしにした。 必要なものは、今からその辺に転がっているものを使って

作る ―― らしい。

 彼は、昼時に使った木を竿にするようだ。 使用されるそれは、少し太めで長いもの。 だいたい、

図体のでかい男が両腕いっぱいに広げたものと同じか、それより数値が高いと思う。

 糸の部分は何を見立てるのか観察していると、コシの強そうなツルのようだった。 そのツルが何

の植物のものかは知らないが、切る前に下へと引っ張り、強度を測る。 その後、ちゃんと使えるも

のならさらに自分のほうへと持ってきて、適当な長さにしているように映っている。

 慣れた手つきであっという間に完成された釣竿は、無骨ながらも生活の知恵に満ち溢れていた。

 次に必要なものはエサ、なのだが……。 このような環境では、たぶん、そうだろう。 うううっ。 ア

タシ、虫はあんまり好きじゃねぇんだよな……。

 そんなアタシのことには気がつかず、彼はそのまま足場にあった、自身の両腕で抱えなければ持

ち上げられないぐらいの大きさの岩を側面から押し、土をむき出しにさせる。 予想通り、そこには

クネクネと動いているミミズのような生き物がたくさんいた。

 だが、カリンちゃんの楽しみを奪うわけにはいかないので、目の前で行っている動作を参考にしな

がら針につける ――、って、肝心のモノがないし。

 「カリンちゃん、エサをつける針がないんだけど……」

  “はいこれ。 僕、もうひとつ作るから先にやってていいよ”

 「あ、ありがとう」

 気を使わせてしまったことに、うれしいような申し訳ないような、複雑な想いをしながらも、アタシは

先に釣り糸をたらす。 釣り自体やったことがないのでテキトーにやってみたが、先っちょを持ち腰を

利かせたら結構な距離を投げられた。 さて、この後はただ待っていればよいのだろうか?

 そこに、カリンちゃんが参入した。 彼は、経験者らしく簡単に糸を扱う。

 糸と川を結ばせてから、10分近くたった頃だろうか。 今日は他の兄妹とよく会う日である。 アタ

シから見て、右側に座っているカリンちゃんの向こうから、彼のひとつ上の兄が狼に乗ってやってき

た。 カヌス君が狼に乗っているということから、巡回でもしていたのだろう。 アタシたちを見取る

と、手を上げて答えた。

 「おう。 今日は釣りをしてるのか。 当たるか?」

 ふるふる、と、カリンちゃんは返答する。 確かに彼のほうに動きはないようだが、話している間に

アタシのほうに当たりが来たようだった。 グルグル回す、釣り糸を巻きつける道具がないので、竿

を短く持ち力をこめて引っ張る。

 しかし、何がどうなっているのか、引っ張られているのはアタシのほうだった。 相当の大物がか

ったのかと数秒間ぐらい格闘していたが、体が川面へと傾いてしまう。

 そんな様子をおかしく思ったのだろうか。 カヌス君がアタシの竿を取り上げ、カリンちゃんが手に

していたものの先端を川の底に突き刺す。 だが、そちらのほうの強度が勝ったらしく、竿は無残な

姿になる。

 ―― しっかしまあ、今日はめでたい日なのだろうか? 魚にしてはあからさまにおかしいシルエッ

があった。 普通の魚ならないはずの“線”があるのだ。

 カヌス君が何かを手につけたのか、彼の手が青白い光を発して獲物を吊り上げる。 だが、どう

うわけか、淡水であるはずのこの川に、巨大なイソギンチャクが現れた! もちろん、ただのそれ

はずがない。 何故かイソギンチャクの口にあたる真ん中の部分に目があるからだ。

キッ、キモいことこの上ねぇよっ!!

  「楓、お前はそいつに乗って空へ逃げろ。 後ろにも来やがった」

 「げっ」

  反射的に振り返ってみると、彼の言うとおり、骨に腐った皮が軽くくっついている“それ”が10体近

く。 いい、いつの間にこれだけ集まったのだろうか!? まったく気がつかなかった……!!

 ――― ケンカには慣れているが、ある意味このような事態に陥ったことはない。 だが、幸いにも

 この辺には飛び道具になるブツがたくさんある。

 アタシはしゃがみ込みその体勢を作る。 が、

 「馬鹿、あいつらに物理攻撃は効きやしねぇ。 いいからお前は上へ行け!」

 「バカはそっちだ。 こんな状況で逃げられるかよ!?」

 「何でオレがここに来たと思ってやがる! この川がおかしかったからだ! 奴らはお前と、おそ

  く加悧琳も狙ってる」

 「はぁっ!? 何でアタシまで狙われなきゃならねぇんだよ!?――うわ、きたっ」

 イソギンチャクの触手が目の前へと迫ってくる。 が、それは瀬戸際の部分で水色の膜でさえぎら

れた。 妨害された敵の手足たちは、黄色い小さな稲光を発しながら消滅する。 その間にカヌス君

は何かを呟きながら、手に力を集中させていた。

 「水を剋せし、土の力をまとわらん」

  と、理解しがたい言葉を発しながらイソギンチャクへと腕を振るう。 黄土色に近い色を手から放

と、光弾の姿が相手へと近づくごとに姿を変えていく。 最終的には投げ武器に変化した光の固

は、敵の黒まなこへと直撃。 ヤツは反撃する余裕もなく水のもくずとなる。

 「ここに住む連中はな、力欲しさに人の魂を食らう。 しかも、生きている魂は絶好の馳走なんだ

  よ! 加悧琳はまだ生まれたてだしなっ!!」

 「んげっ!?」

  「まあ怨霊、特に怨鬼は力が不安定だから尚のことなんだけどね」

 ドスッ、という音が後ろでしたと思うと、いつの間にかアタシの背後にゾンビが1体いた。 ビビッて

その場を去ると、うめき声のようなものを言いながら霧のように消えてしまう。 その直後、川岸から

離れたところにある遊び用の木の集まり辺りに、温度のない隕石がいくつか転がっていたのが見え

た。

 「ほらほら、まだ来るよ。 ボケッとしてない」

  と、先ほど背部にした効果音の前に聞こえた声が再び現れる。 正体が誰なのか探ろうとした途

端、足が地面から浮いてしまった。 もちろん、ジャンプをしたという意味ではなく、言葉どおり空へと

浮かんでいるのだ。

 アタシの視線が、張本人を捕らえる。 金髪碧眼の、この世界では場違いな容姿をしているにーち

ゃんだった。

 「彼女は俺が預かるから、思う存分暴れちゃってちょーだい」

  「つかまて、アンタ誰っ!? 助けてくれたのはありがたいんだけど」

 「ん? 君の王子様だけど」

  ガキョッ!! と、思わず裏拳で下あごを強打してしまう。 あ、やべ。 いくら何でも恩人に対して

あんまりな態度を取っちまった。

 「あいたたた……。 き、君ぐらいの年齢ってさ。 こういう姿の王子様が好きー、とかいう歳じゃ

  ん? だからなったんだけど」

 「それっていつのころの話なんだよ……。 アタシは少なくとも、寝言は寝てから言えタイプなんだ

  けど」

 「そっかぁ。 うーん、やっぱり人によって違うんだねぇ」

  てかよ、そういうノって幼稚園ぐらいのことなんじゃねーのか? 口にするぐらいなら別に、いくらで

も構わないと思うがよ……。

 ―― はっ、そんなこと考えてる場合じゃなかった! 下に残されてしまったふたりがどうなっている

のか気になり、急いで目をやる。 イソギンチャクは出てこなくなったが、ゾンビが噴水のごとくわい

てきている。 異臭の元凶たちは、妖怪兄弟を先ほどよりも多い大数で囲んでいた。

 「心配はないさ。 というより、手を出されては困る」

  「……!? もしかして、じーさん?」

 という質問に、若い男は笑顔で返す。 そうか、だからアタシを空へと連れて行ったのか。

  「相手もたいしたことないし、加悧琳のためにもならない。 加濡洲もいる、何も心配はない」

 ……彼は自信に満ちている言いかたをしているが、命がかかっているにも関わらずこのような態

度を取るとは……。

  「この程度で消えるのならばそれまでのことだ。 次に起きたときにみっちりと――」

  「ちょっとあんた! 孫が危険な目に遭ってるっていうのにそれが祖父の言葉なわけっ!?」

 「我々は元来、人間のように『生きている』わけじゃない。 詳しいことは後日話そう、ケリがついた

  ようだ」

 という彼に対し、怒りを抑えながらも言われたとおりに様子を見る。カヌス君とカリンちゃんは、じー

さんの言葉のままの状態であった。 体力を使いすぎたのか、前者は両手を同じ数のひざに当てて

息をしている。 そんな弟を気にかけながら、後者は周囲の土と同化してしまった敵の後処理をして

いるようだった。

 アタシの観察が終わるのを見計らっていたのか、じーさんはアタシを抱えたまま地に降り立つ。 そ

の後はアタシに両足を着けさせてくれ、カリンちゃんに話しかけた。

 「よぉし、よくがんばったな。 これから勉学だ、少し休んだら始めるからそれまではちゃんと休憩し

  てるんだぞ」

 と、ねぎらいの言葉をかけられたカリンちゃんは、肩を上下に動かしながらも手のひらを見せて答

えた。 彼は呼吸を整えながら、ヨタヨタと家へ向かっていく。

 
 アタシとじーさんは、後のことをカヌス君に任せ、末孫の後姿を追っていった。
 
 
 

 家へと戻ったアタシは、まずふたりが勉強する場所へと案内された。 その間に、これから行われ

ることを教えてもらう。

 ちなみに、じーさんの姿は先ほどと変わらず金髪碧眼の姿である。

  「勉強といっても人間界とは違うと思うよ。 文字も教えるけど、この世界の成り立ちや自分たちの

  存在についての内容が今のところ主だね」

 「うーん……。 具体的にどんな感じ?」

  「そうだねぇ。 項目名でいうと、五行説やこの世界での妖怪の誕生、とかかな。 ピンとこないだ

  ろう」

 「うん。 ゴギョウセツっていうのは聞いたことあるようなないような感じがするけど……」

 「まあね。 漫画や映画でも使われてるから、聞いたことはあるだろう。 それと似たような思想の

  四元素説も同時に教えてるよ」

 「へっ? 何そのシゲンソセツって?」

  「簡単に言ってしまえば古代ギリシヤで考えられた思想で、よく五行説と比較されるものだよ。 別

  にどちらが優れてるとかじゃなくて、考えかたの視点が違うことを教えたいのさ」

 と、じーさん。 う、うーん。 正直意味がわからねぇけど。 まああれだ、たぶん比較されるってとこ

ろから、西と東の違いなのかもしれない。 それは現代でも、多方面にわたり行われていることだ。 

同じ人間でも住む環境が異なれば考えかたが変わるように、それが大きくなったのが今の話だ、と

思う。 もちろん、これはあくまで個人的な考えであって、論じているつもりはないというのは断ってお

こう。

 歩いてから数分がたっただろうか。 入り口からいくつかの部屋を通り際に見ながらきた先には、

昔ながらの低い机があり、そこに足を折りたたんで座っていたカリンちゃんの姿も目に入った。 どう

やら、アタシたちがくるまで、まんじゅうでもつまんでいたらしい。 自分たちが部屋へと入ると、あわ

て目の前にあった入れ物にフタをしてしまう。

 「何だ、隠すことはないだろう」

  というじーさんに、上目使いで何かを訴える彼。 んー? と言いながら、じーさんはカリンちゃんに

近づき中身を確認。 すると何故かアタシのほうを見て、確かに隠したほうがいいか、と浴びせられ

てしまった。 おい、一体何を隠したんだ。 何を。

 そんなアタシの表情に気がついたのだろう。 彼は、日本人は見ないほうがいいんじゃない? と

いう、ワケのわからんことを口にした。

 適当に流されてしまったが、それはそれでよいとしよう。 昔ながらの古机に似合わないノートに消

しゴムにシャープペン、机の右下にはすずりや巻物に筆など、現代の道具と古風のそれらを用いて

勉強が始められる。

 最初の項目は、文字の読み書きである。 邪魔にならないように部屋の端から伺っているのであ

まりよく見えないが、じーさんが模写を作りその上か横でなぞっているようだ。 裸眼の視力がやや

弱いのでちゃんと映らないが、今と時代をものがたる道具たちを使いこなしているらしい。

 続いては、先ほど説明してもらった事柄を行っているように伺える。内容が内容なので、話がまっ

たく理解できないのだが。

 ただ、その中でもわかったことは、やはり今いる世界が人間界じゃない、ということだ。 聞こえ、な

おかつ頭が回る単語をつないでいくと、約1000年前にこの世界が生まれそれ以降“時”が止まって

いる ―― みたいな、とてもぶっ飛んだもの。 つい最近きたばかりのアタシになど、到底わかるも

じゃない。

 しかも、何を指して言っているのかはわからないが、あまり気持ちのよい言葉も耳に入らない。 

恨みや恐れ、苦しみに妬みといった、いわゆる“負の感情”とでも表そうか。 そういった暗い中身に

なってきているような気がする。

 

 たとえ黒系の情報であっても好奇心がはたらくのか、しっかりと得られる情報は取ろうと思うのだ

が、だんだんと意識が遠くなっていくのがわかる。

 そんなアタシの前に、じーさんがきた。

 

 「先にも言ったように、詳しいことは後日話そう。 今日はありがとう、ゆっくりとお休み ――」

 というじーさんに、アタシは何も返すことができず、そのまま目を閉じてしまった―――― ………。
 
 
 
 
 ――― 現在の時刻は6時50分。 ヤバイ、遅刻である。

 実際学校に遅れる、という意味じゃあない。 が、お弁当が作れないのだ。 かといって昼めし抜き

の午後の授業なんて耐えられたモンじゃないし……。 買うのももったいないし……。 うーん……。

 よし決めたっ。 おにぎりだけ作っていって、後はパンで過ごそう! ……ううっ、いやな献立だなぁ。 

少し悲しいよっ、やっぱり日本人は米だ! 米っ!! ラ・  スッッ!!!

 
 ……いや、パンも好きだけどね。 腹もち悪いけど。
 
 

 と、まだだるさを引きずりながらも体をたたき起こし、現実へと目を向ける。 

 その間、アタシ ―― じゃない、私は、妖怪と人間の存在について考えていた。

 

 

 

 

 

 

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