シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

若きヴェランドの猛進 Ⅱ

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 霧生ヶ谷の北には、隣接する式王子ヶ谷市と霧生ヶ谷市を分かつ式王子ヶ谷山地がある。霧生ヶ谷を縦横に巡る水路の水源のひとつであるそこは、手付かずの山林が多く残る場所である。今日では貴重となったブナやナラの雑木林は秋の風に鮮やかに染まり、見るものすべてに息を飲ませる雄大な景観が広がる。
 北区の更に北東、式王子ヶ谷市より少し南というここ硬栗山も、そのような山の一つである。
 もっとも、この山の斜面を覆うのは自然林ではなく、山の名通りの栗の木である。
「栗が硬いわけでもないのに、硬栗山って言うんですね」
『はい、面白いでしょう。どうやら、栗の栽培が始まる前からの名前らしいです』
 三人はその硬栗山の山腹で、倒木に腰掛けおにぎり片手にのんびり雑談を交わしている。そこは少し木々が途切れて広場のようになっているため、黄に紅に色付く近隣の山を一望でき、まさに昼食をとるのにうってつけの場所だ。
 傍らに置かれた三つの背負い籠には、それぞれ大量の栗が入っている。山中の木はほとんど栗の木なので、どうせならということで、道々に栗を拾いながらということになったのだ。ひとつだけやけに少ない籠もあるが、それは私の籠である。
 気にしないでほしい。
「それにしても、おかしな話ですね。栗が消えるなんて…」
 そう、それこそが私がここに招かれた本来の理由だから。
 話は一週間前に遡る。
 この山の栗が熟したと判断したFは、今日のように籠を背負ってこの山にやってきたらしい。収穫を終えて籠を置き、この場所で同じように昼食をとったところ、置いてあったはずの栗が消えていたというのである。
 人が盗んだにはあまりに物音がなく、動物が食べたとしても大量の栗をわずかな時間で食べきることは不可能。それ以前に、山中どこにでも落ちているものをわざわざ盗る必要がない。
 しかし、収穫しても収穫しても栗は消え続けるのである。じっと見張りつづけたり、警備に人を雇ったりもしたらしいのだが、苦労も空しくほんの一瞬目を閉じた間に消えたという。
 おかげで栗は店先に並ばず、そのせいでシュネーケネギンには栗のケーキが並ばない。
 困り果てていたところ、狙ったように千年世が通りかかったため、このような状態になっているというわけである。
 …話はわかったのだが、どうも納得いかない。それが怪異によるものだとして、なぜ栗を盗る?
「ここの栗はとてもホクホクと甘くて、ゆで栗にもお菓子の素材にも文句なしの味なんです。お菓子店などに売れば、結構な値段になるでしょう」
 やけに俗物な怪異だな。
『ともかく、目を離した隙に消えるのです。こうして話しているうちにも、消えてしまいかねません』
 Fの言葉を読み終え、確かにそうだと頷こうとしたところで。
 既に、籠の中身が空っぽになっていることに気づく。
 …なんだとっ!?
「ええっ!? 一体いつの間に…」
 注意を怠った自分への叱咤よりも、不可解への驚きが大半を占めていた。
 目を離したのは、正真正銘一瞬のはず。
 そんな一刻にも満たないような時間では、栗をすべて運び去るどころか、ここまで来てもう一度隠れることも絶対に不可能なはず。
 それ以前にそんな速度で動けるなら、こんな盗みなどする必要もない…
 …いや、待てよ?
『ほら、こうやってとられてしまうのです、一体どうしたら』
 慌てて文体の荒れたFの言葉も読まず、急いで左手首にはめた細いブレスレッドに右手をなぞらせた。
 金属棒を輪の形に曲げただけの簡単な作りのそれは、私の指の動きに呼応して淡い黄の光を放ち、刻まれた一つの文字を浮かび上がらせている。
 その文字とは、松明を意味するルーン文字。
「ヴェランドさん?」
 わかったぞ、このペテンのカラクリがな
 地面に、左の手のひらを当てる。
 腕輪の光は腕を伝い、水面に立つ波紋のように光の輪として地面を伝播していった。その光の輪が中身の無い籠に到達した途端、籠の中には一瞬前まであったのとまったく同じ状態の栗が現れた。盛られている量どころか、盛られた山の崩れかたまで寸分違わずそのままである。
「これは…」
 私はスノリ・ヴェランド。
 それ自体が魔力を持つというルーン文字。そこから力を引き出す術を知る魔術師、ルーン術士の末裔である。
 『松明』は、見えない暗闇を照らし見えるようにする道具である。
 同様に、このルーンは見えないものを見えるようにする力を持つ。
 そう、それは怪異としての特性によって隠されているその姿をも、暴く力。
「誰…?」
 そこにいるのは、少女。
 まず目につくのは、新雪のような真っ白な長髪。青地に白色の霰小紋模様の和服姿の艶麗な少女は、更に緑の風呂敷によるほっかむりまでしているという時代錯誤甚だしい格好である。
 まぁ、時代錯誤は私が言えたことではないが。
 ともかく、見つかるはずないと高をくくっていたであろう少女は、驚きに眼を丸く見開き。
「へっ?」
 間の抜けた声を漏らした。
『どういうことなのですか?』
 読んでいる暇などないので勘で答えさせもらうが、犯人はこの怪異の少女だ。
「ぎくっ!」
「今ぎくって言いましたね」
 オーバーリアクションで驚く少女を放置し、話を続ける。
 怪異としての能力は『透明になること』だろう。
 ヒントとなったのは、盗まれ方が明らかに鮮やか過ぎる点だ。一瞬にあれだけの量を中身だけ痕跡すら残さず空にすることは、どんなに早く動けたとしてもまず不可能だ。となれば、何か特殊な力を使っていると考えるのが妥当なところだろう。
 もっともこの状況を見る限りでは、考えるまでもなくこの少女が私の(食べる予定の)栗を盗んでいた犯人だと断言してもいいのだが。
 と、いうわけで。
 背中に手をやり、布に包まれた細長い塊を取り出す。三日月に口の端を歪ませて。
 気迫に気圧されてか、三人共が一歩退く。
 ふふ…よくもまぁ限定ケーキの発売を遅れさせてくれたな…
 保護布を剥ぎ取る。
 そこから現れるのは、刃渡り一メートル足らず、静かに凶暴性を湛えて輝く鋼の刃。まさに私の心を写したよう。
「あ、あの…?」
『スノリさん?』
 ふふ…覚悟は、できているだろうな?
 腐葉土を蹴り上げ、一瞬視界が霞むほどの速度で一足に跳ぶ。
 秋の山に、長い長い悲鳴がこだました。

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