シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

その弐

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闇鍋三昧 その弐

「ちょっと、ユキエ~!」
「な、何よ、トモコ・・今は仕事中よ!」
「聞いたわよ~、あんた、タカシと別れたそうじゃない。もう何よ~そういう事は真っ先に親友たるこの、わ、た、し、に、相談するもんじゃな~い」
「誰が親友だ。誰が」
 私は最上ユキエ。で、こっちが自称親友の西島トモコ。私とトモコは霧生ヶ谷市中央区のオフィス街の外れにひっそりと建つ赤川商事に勤めるOLだ。オフィスレディなんていうと聞こえはいいが・・・
「お~い、最上君。お茶ぁ入れてくれるかな」
 頭の禿げ上がった課長がデスクで湯飲みを片手に声を上げている。
 毎日お茶汲み、コピー、そして電話番。これじゃキャリアウーマンなんて夢のまた夢。そんな私たちが夢見るのは・・・
「ユキエ~、そんなにとっかえひっかえじゃ、いつまで経っても寿退社なんて出来ないわよ~」
「あんたに言われたくないわよ。あんたに」
 トモコは私よりもずっと派手好きで、季節ごとに男を取り替えてるって噂もあるくらいだ。それに比べたら私なんて・・・タカシとは半年くらい付き合ったし、その前の彼は一年付き合った。
「ねえユキエ、この会社の噂、知ってる?」
「噂?」
「内線十番の、お、ん、な」
「何その、C級演歌歌手の歌みたいなタイトル」
「うちの会社って、内線は1から始まって、社長室、総務課、人事課、秘書課、庶務課、受付、とあるじゃない?つまり、合計で六つ。でも、据え付けてある電話機には十番まで内線のボタンがあるのよ」
「それは、そういう電話機をたまたま選んだだけで・・・」
「面白いのはこの後よ。夜の八時ぴったりに、この内線十番に電話をかけると、どこにも繋がってないはずなのに・・・お、ん、な、が出るのよ」
「お、女ってとこだけ、生々しいわね」
「で、その女、電話をかけた相手の恋愛相談に乗ってくれるらしいのよお~」
「な、なに、その絵に描いたような都市伝説。しかも、恋愛相談って、急に現実的なオチ」
「し、か、も、そこで相談すると、なぜか急に恋愛運が上がっちゃって、二、三ヵ月後には夢の寿退社しちゃうっていうのよお!」
「ちっ」
「ちょっと、今、舌打ちしなかった?ちって。聞こえよがしに。」
「馬鹿馬鹿しい。さ、そこどいて!禿げ課長にお茶入れてくるから!」
 ホントに馬鹿馬鹿しい。そんなことで彼氏が出来て、寿退社出来れば誰も苦労しないってのよ。私が課長の机に湯飲みを置くと、課長が私の顔を見上げて縮こまっている。
「も、最上君、か、顔が怖いよ」
 はっとしてすぐさま満面の笑みを作り、答える。
「え?やだ、課長、冗談ばっかりぃうふふふふ」
「そ、そうか。それならいいが。あ~、最上君。悪いんだけどねえ、月曜の朝一から企画会議があるから、これ、その資料。三十部コピーしといてくれる。よろしくね」
 いつものコピー作業。一部につき10ページ。300枚。これで夕方まではたっぷり時間が潰せるってわけか。あ~あ、それにしても、今日はせっかくの金曜だってのに、アフターファイブの予定が何にも無いなんて・・・
 不意にタカシの笑顔が脳裏をかすめた。
(ううん。駄目よ、ユキエ。私は仕事に生きるって決めたの。男なんて自分勝手で、優柔不断で、だらしないものにすがっちゃ駄目!)
 一人、自分に言い聞かせながらコピー機を操作していると、社内でもキレモノと呼び声高い恭本係長が現れた。手にはこれまたたくさんの資料。
「君、すまんがこれを月曜朝までに30部、コピーしておいてくれたまえ。大事な会議に使うものだから、くれぐれも間違いの無いように」
「はい、分かりました~」
 これでまた仕事が増えた。今日はこのまま定時までコピー機と向き合ってればいいらしい。こうしていればお茶汲みも電話番もトモコの方でこなしてくれるから、これはこれでラッキーかもしれない・・・そう思った矢先、今度は堂本部長が現れた。
「あ~キミ。キミは確か最上君と言ったね」
「はい、堂本部長」
「これ、月曜の朝までに50部、コピーしておてくれ。大事な会議に使うから・・・」
「間違いないように、ですね。」
「そう。よろしく頼むよ」
 ん?このままのペースだと、確実に定時までには終わらない・・・?
「ピー!A4用紙を補充してください」
「あんたもちょっとは空気読みなさいよ。この時代遅れの白黒コピー機!」

 かくして私は徐々に日が傾き始めたオフィスで、延々とコピー機と格闘する羽目になった。
 遅々として進まぬ仕事。刻々と過ぎる時間。じりじりと高まる苛立ち。だが、努力は報われる事になっているのだ。
「終わったあ~!やっと帰れる~!って!もうこんな時間!どんだけサービス残業だよ!」
 と、思わず一人突っ込みを入れてしまう、時刻は夜7:55分。窓の外は当然真っ暗。
「あ~もう最悪!しかも誰も残ってないし!何このマイホーム主義者たち!」
 私を除く全員が定時で上がっていたのだ。手伝おうというものが一人もいないことに落胆の色が隠せない。だが「あ、お腹空いた!」気を取り直して手早く荷物をまとめ、オフィスを飛び出そうとした時である。ふと、電話機に目が行った。くるりと時計を見やると時刻はまさに夜八時二分前。
 んな、、馬鹿な事あるわけ・・・と、思いつつも私は受話器にそっと手を伸ばして再び時計を見た。夜八時にぴたりと針が合う。
 内線10のボタンを押した。
「プー・・・・トゥルルルル」
 まさか。本当に呼び出し音が鳴ってる!?
 ガチャ
「はい?」電話に出た相手は何故か疑問府つきの声を投げかけてきた。
「はい?はいって・・・そちらは・・・」
「ああ。こちらは恋愛相談室よ」
 話し口調はやや年のいった女性。だが、声のトーンが低い。それはまるで・・・
「み、ミワアキヒロ?」
「失礼ねぇ。私はお、ん、な、よ。そう言うあなたはまるでナカマユキエね」
「な、ナカマユキエ!?」
「そんな事より、ここに電話をしてきたって事は、あなた、恋愛の事でお悩みのようだけど」
「え、ええ。そういうことに、なります」
「そういうことになりますって、おかしな物言いねぇ。ま、とにかく話して御覧なさいよ。」
 私は、とりあえず話の流れから先頃まで付き合っていたタカシとの事を話した。タカシとは合コンで知り合ったのだが、気さくでユーモアもあり、そのくせ割とまじめなところが気に入り半年ほど付き合ったのだが、つまらないことで喧嘩になり、それとなく疎遠になったままの状態だった。お互いに連絡を取らないまま年が開け、もうこの恋は終わったんだと自分に言い聞かせた。そんなことを聞かれるままに話していた。
「なるほどねぇ。まあ、若いってのは良いことよね。好きなように恋愛が出来て」
「ちょっと、それじゃ相談した意味が無いじゃないですか」
「ふふっ。まあ焦らない事ね。いい事?恋愛で一番大事なのは、素直に相手と向き合うことよ」
「素直、ですか」
「そう。かっこつけてうわべだけ取り繕って付き合ったってそのうちボロが出るもんよ。ま、それも経験のうちだとは思うけど。私から言えるのはそれだけね。」
「それだけ、、、ですか。」
「そ。このあとどうするかは、あなた次第よ。さあ、今日はもう帰ることにしましょ。いい若い女が、こんなちんけな会社のOLで終わったんじゃもったいないわよ」
「あ、あの、あなたはこの会社の社員じゃないんですか?」
「社員なわけないじゃない。私は恋愛相談員なんだから」
「れ、恋愛相談員?そんな仕事、あったんだ」
「じゃ、もう切るから、あなたもさっさと帰んなさいよ」
「は、はい。ありがとうございました!なんか、話してるうちに、ちょっと気持ちが楽になりました!」
「ふふ。じゃあね。お嬢さん」
プツ。

 ふうっと息を吐きながら受話器を置いたその時。
 プルルルルルル!プルルルウルル!
 突然私の携帯電話の呼び出し音が鳴り響き、私は飛び上がらんばかりに驚いてしまった。携帯電話を開けてみると発信者は・・・タカシ。半信半疑のまま電話に出た。
「ユキエ・・・さん。久しぶり、タカシです。」
「タカシ・・・久しぶりね。」
「あの、今、俺の電話にかけてくれたよね?君からの着信があったからさ・・・」
「え?そのはずは・・・」
「いや、いいんだ。間違いでも。俺、君からの着信履歴見て、嬉しくなっちゃって。それで、その・・・あの時のこと、ちゃんと謝んなきゃって、思って。ほら、俺って、自分勝手で、優柔不断で、だらしなくって・・・」
「そ、そんな。あの時は、私の方こそ・・・」

「ごめん!」「ごめんなさい!」
 私たち二人は同時に謝っていた。そして思わず二人でふき出してしまっていた。

「ねえ、今から会えない?久しぶりに食事でもどうかなって思ってさ」
「いいわ。すぐ行く!場所はいつものレストランで・・・」

 私はすぐさま荷物をまとめると、オフィスの照明を消して走り出していた。


 その後、私とタカシの仲は信じられないくらいとんとん拍子に進み、三ヵ月後には夢にまで見た寿退社することになった。
 明日、会社を去るという日、私はわざと遅くまで居残り、夜八時にまた内線十番にかけてみた。あのミワアキヒロ似な「恋愛相談員」の人に、一言お礼が言いたかったからだ。だけど。待っていたのは発信音の後の沈黙だけ。もしかしたらあの人は、恋愛に悩んでいる人にしか、出てくれないのかもしれない。

 ありがとう。私の恋愛相談員。

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