はるか上空から降ってきた言葉は。
「おー、あんたらワシが見えるんか? こりゃ珍しいのぅ」
予想外もいいところだった。
…は?
「栗拾いかーの、娘っこ」
のっぺりとして所々が苔むした黄色い肌。
人間をデフォルメしたクッキーのような、丸っこい形状。
なんとも愛らしいつぶらな瞳。
これが、大妖怪だいだらぼっち。
『かわいいです』
「Fさん、冷静ですね…」
全くだ。
しかし、確かにぬいぐるみのような愛らしさは否定できない。
「おらぁ、恥ずかしながらここらの山の長をやってるでいだらぼっちってもんだ。見たとこここらのもんじゃあねぇみてぇだが、おめぇらはなんでこんな山中に来てんだ?」
ある意味厄介なことに、人…もとい、妖怪間違いではなかったらしい。
どこともつかない上に言葉ごとに微妙に変化する奇妙な訛りは、元々日本語を使っていたわけではない私にとって非常に聞き捕りにくいものであったが、そこには朴訥ながらも私にもわかる誠意があった。
正直なところ、今のところではとても悪には…
いや、酷い目にあわされた相手だ、記憶に色眼鏡がかかっていた可能性もある。
人畜無害な羊の皮を被った、狡猾な狼なのかもしれない。
しかし、名乗られれば答えぬ訳にもいくまいか。
私はスノリ。未熟ではあるが、魔術を扱う者だ。
依頼されて、彼女らのとある事件の犯人探しの任を受け持っている。
さすがに一から十まで素直に話すのはまずい。一応ではあるが、意図的に嘘はつかないまでも不明瞭な返答を返す。
「ヴェランドさんに委託した、白瀬です」
『同じく。Fと呼んでください』
私に続いて白瀬が会釈し、Fも挨拶を書いた紙を掲げる。
いやまてF、そのサイズの文字を、この巨漢が読めるのか?
…向こうも頷いているので、読めているわけでだろうが。
「久々におらが見えるちっこいのを見たけど、それよりちっこいののくせに驚いて逃げねぇのに驚いてーよ」
それはどうも…
「しかも術士なんて、何百年ぶりだかなぁ? だっはっはっはっぁ!」
気さくなのも、単に豪放磊落な気質によるものだろう。
話し声でさえ深山まで轟くような衝撃を伴うにも関わらず、そこに悪意は欠片も感じられない。
「…本当に、彼がそのでいだらぼっちなんでしょうか?」
私も、違うのではないかと思い始めてきた。
当人の言葉通り、彼は霊的な眼力を伴ってのみしか感知できない存在なのだろう。そうでなければこんな大山に等しい体で、人口衛星など優れた情報収集能力を持つ近代社会において存在を悟られずにいることなど不可能だ。
それを差し置いても、こんな騒音の塊のような巨体にも関わらず、大なり小なり霊的な視力を持つはずの野生動物が騒ぎもしないのは、この存在に害意がないことを理解しているからかも知れない。
ともかく、本当にこの巨人は悪党なのだろうか。
記憶の曖昧さというブラフを差し置いても、明らかにおかしい。いくらなんでも聞かされていた話と違い過ぎる。
これではむしろ怪しいのは…
「そぅそぅ、栗拾いもえぇが、雪女には気をつけぇよ」
雪…女。
「雪女ですか?」
『日本における雪の妖怪の代表格。話によって老婆か若い娘かが違っており、その性質にも差がある』
ちなみにこのFのセリフは、先ほど使った紙をそのまま出しただけである。
よく見るとリサイクルマークが入っており、実はエコロジストのようだ。
閑話休題。
「おぉ、おめぇよく知ってんなぁ。元々おらぁそいつを捕まぇえために来たよ」
捕まえに来た。
正誤の問題を含め、どう話を振るべきか思案していたところに、向こうから話を振ってくれるとは。
午睡の間に兎を得たような気分だ。
…その話、詳しく聞かせていただけないだろうか。
「ああ、かまわねぇよ。ゆーても難しぃこってもねぇが。そいつ、こないだここらの山にやって来たんだが、山の妖怪をたぶらかしたり、動物をだまくらかしたりしては食いもんや宝もんを盗ってくんだ」
…
……
ほぉ、雪女が。
「悪賢い上にどうもすばしっこーて、未だに捕まらねぇ」
ほぉほぉ、捕まってないのか。
「外見がなまじめんこいもんで、捕まえるつーて勇んでった山の力自慢らも皆々、口八丁の泣き落としで言い包められてけぇってきただ」
ほぉほぉほぉ、泣き落としで。
額に冷や汗と血管が浮き上がるのが、鏡を見たように容易にわかった。
後ろの二人の目配せも、同様の結論に達したが故に違いないだろう。
『まさか、先ほどの説明は』
ささめ、どういうことか説明…
口を開き、振り返った視線の先には。
姿が消せないので栗を担いで逃げ去ろうとしている、再びほっかむりをした細雪。
「…ささめさん」
『…ささめさん』
…ささめ。
これでまだ現状が掴めないなら、理解力がかなり欠如した人間だと断言しても問題ないだろう。
確証に近いジト目の視線に気づき、ささめは引きつった笑顔を浮かべてゆっくりと振り返る。
「そう、この娘っこがその雪女、ささめだぁよ」
でいだらぼっちが指差さすまでもなく、この状況でもはや疑うべきことなど存在しうるだろうか。
とんだ役者だ。
結局のところ、変に迷う必要などなかったわけだ。
「えと…これは、その…」
まさか、すっかり騙されていたとは。
…まぁ、冷静に考えれば、あの状況で騙された私達に問題があるような気もするが…
それは言わないこととする。
…うん。
言わないでくれ、頼む…
「ほら、よく言うじゃない…ほら!」
しどろもどろな返答を意に介さず、一歩一歩じりじりと間合いをつめる。
…ほら、なんだ?
「ちょっとした出来心!」
何かが、頭の中で切れた音がした。
真っ白になる頭。
鮮明な視界。
握りしめた鋼の感触だけが、現実感を持っていた。
体は自然と修練通りの動きをとり、刀身の、そして靴の装飾のルーン文字を撫でる。
呼応するように靴が、刀身が輝く。
山を踏み砕かんばかりに地面を蹴る。
靴のルーンにより強化された脚力は、まさに爆発的な速度で間合いを食い潰し。
爛々と赫怒の光を湛えた刃は、天を突かんばかりに唐竹に振りかぶられ。
『スノリさん』
「そりゃーちぃと…」
「やりすぎでは…」
そのような、計画的な出来心が、どこにある!!!
かくして。
再び秋の山に、より長い長い悲鳴が響き渡った。
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