シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

あるわけないでしょ?

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匿名ユーザー

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 あるわけないでしょ? 作者:せる

「往生際が悪いと、思いませんか」
「アンタみたいな天然培養にだけは言われたくないんだけど」
 本当に、アンタにだけは言われたくない。この葛藤を理解できない人外さまには。
「確かに私には躊躇なんてありませんが、貴女だってここに来た以上はそういうことなんでしょう?」
「そもそも私が渡すような価値のあるヤツなんて、いない気がするのよね」
「らしくないですね。本当にそう思うなら、その手にある代物はなんですか」
「ぅ」
 こいつの言葉はいつだって正しい。事ここに至ってやっぱりやめたなんて、確かにわたしにしては似つかわしくない。
 けど、ねぇ、いくら臆病なのが合わないといっても、開き直って素直になるのはそれはそれでおかしいでしょうが。
 何たって明日は一年三六五日の中で、三番目くらいには好きじゃないイベントデーなんだから。
「お菓子業界の陰謀如きに恐れをなすとは、とてもあの美樹本春奈とは思えませんね」
 全く情けない、と普段の調子より不機嫌な口調で独白する女。
 当然わたし――美樹本春奈にこんな口を訊けるのは、柚木一葉という似非吸血鬼以外ありえない。
 ならば、天敵相手に何故言われ放題のまま黙っているのかと言えば、それは。
「ま、この私に教えを請いに来た、その判断は評価しますが。貴女の推測通り、最近その手のレシピは厭になるほど混ざってきてますので」
 正直食傷気味ですけどと呆れたように付け足し、一葉は不意に笑みを浮かべた。
「貴女が参加するとは思いませんでしたね、昨年までの無関心はどうしたのです?」
「……わたしにだって、事情くらいあるわけ。あんたが思ってる程色気のあることじゃない」
「それはそれは」
 何がそれはそれはだと声には出さず、代わりにカレンダーに記された忌々しいその数字を睨みつけた。
 二月十四日、俗に言うバレンタインデーという馬鹿馬鹿しい祭典。
 その身の毛もよだつ様な甘ったるしい響きが、もう明日に迫っているのだった。

「美樹本春奈、俺と付き合ってくれ!」
 ――なんだコイツは。
 意味が分からない中いきなり抱きつかれ、吃驚して弾き飛ばしてしまった。
 パチンというささやかな音は、床に人が倒れた衝撃によって掻き消される。
 結果残るのは上級生らしい男が大の字で伸びていて、その前にわたしがいるという事実だけなのであった。
 周囲は何が起こったのか分からないという表情で、わたしと床の変質者を見比べている。
 はたから見ると、たぶん殴り倒したようにしか見えないだろう。
 そのような芸当ができるか否かという事実より、すると思うかどうかという他人の幻想がこの場合は重要だ。
 まあ、別に誰にでも乱暴するような人間とは思われていないはずだけど――、
「いくらなんでも、いきなり殴らなくてもいいんじゃない?」
 ――訂正、どうやら思われているらしい。視線を周囲に向けると、大体分かってたけど皆一歩退きやがった。
 けどね、アンタは分かってて言ってるでしょ。
「ねぇ守屋くん。あんまり適当ばっかり囀ってると、そこの大きなお友達と添い寝することになるけど?」
「冗談です、冗談ですからその構えやめて下さい」
 ただ親指と中指を合わせるだけでこの反応。予想していたけど、バレているらしい。ため息を吐きながら、ゆっくりと指を解いた。
 守屋夢人は、良く分からない縁で出会った人間の一人だ。
 殆ど無関係に近かったが、どうにもチラチラと接触があるうちに、顔を合わせれば挨拶くらいはするようになった。向こう逃げるけどね。
 さてどうしたものか、と軽く思案に入ったその時、
「とうっ」
「きゃあ!?」
 伸びていたはずの大きなお友達……いきなり人に訳のわからないことを叫んだ上級生が、突然跳ね起きた。
 お陰で思わず恥ずかしい声が出てしまった。本当に、なんだコイツは。
「あれ、俺なにしてたんだっけ。ハッ、美樹本春奈!? まさか朝一番に君と出会えるとは神の奇跡か。記念に俺と付き合ってくれ!」
 さきほどのやり取りを焼き戻すように抱きついてくる変質者。
 伸びてくる腕を右手で掴み、軌道を逸らせながら左方向へその場で回転。相手が踏み込んだゆえに懐に潜ったわたしは、遠心力をフルに利用して鳩尾に左肘を叩き込んだ。
 ふう、と上手く決まった技に満足して手を払う。異能などに頼らない、これが前衛的美少女としての本懐だろう。
 ま、実際殴り倒すくらいは訳ないのだった。
「ぐふ」
「うわ……」
 その場で蹲る変質者と、口元に手を当てて失礼な音をもらす同級生。
 周囲の見物人はいつの間にかいなくなっていて、廊下にはわたしを含めたその三人しかいなかった。
 またやっちまった、なんて反省。これでもまだ立ち上がる男を見る。
「さ、流石、俺が惚れた女、だ」
「いきなり何ですかっていうか、アンタ誰? それ以上やると救急車呼びますよ?」
「どういう意味だよ……」
 守屋の呟きは半ば無視しながら、切実な呼吸を繰り返している上級生の言葉を待つ。
 本気で忌避の色を浮かべていることに気付いたのか、彼は少し正気の戻ったような顔で、
「む、そうか、悪かった。突然すぎたな、うん。俺は見ての通り三年の布施稔だ」
 三年なのは確かに見て分かるが、その名前にも何となく訊き覚えがあった気がした。
「ああ、アンタがあの」
「……知ってるわけ?」
 面倒臭がりっぽい守屋が知っているということは、外からでも情報が入ってくる類の人間か。
 無言で続きを促すと、彼は一つため息を吐いて解説してくれた。
「有名っつーか悪名っつーか。南高最強の勘違い馬鹿って感じで、わりと」
「なるほど」
 常人には聞こえない程小さな声での会話、しかし。
「そうその通り、霧生ヶ谷全校で最強の男とは俺のことだ」
「……さいですか」
 半端に聞き取っているあたり、常人ではないのかもしれない。都合の良い単語のみらしいが。
「で、その有名人さんが一体わたしに何の用なのよ?」
「いきなりタメ語かよ。っていうか君の方が有名だと思うけど」
 ひき潰すわよ、という念を向けると明後日の方向に視線を逸らした。受信機能でもついているのかも。
「フ、そんな事決まっているだろう。明日はバレンタインじゃないか」
 いや理由になってないし。もしかしてそれ、チョコレート寄越せっていう遠回りな意思表示?
「チョコレート寄越せ、ついでに俺の彼女になれ」
 遠回りどころじゃなかった。
「――はぁ」
 確かにこれは、有名にもなるだろう。なまじ外見は悪くない上に、何か邪気も希薄だし。
 勘違いしてしまう子もいるかもしれないが、何でその矛先がわたしに向いてくるのだろうか。
 考える。仮にも上級生、三度目のノックアウトはアリだとしても。
 なにやら言い募ってくる布施をいなしながら、わたしは慎重に思考を進めた。
 そう、ぶっ飛ばすのはアリだろう。面倒なことになると思うけど、たぶん分かりやすい選択だ。
 問題は、果たして効果があるか、という一点。
 目前でぴんしゃんしている男は、一度は衝撃波をまともに浴びて、その後カウンターの肘鉄を叩き込まれているのである。
 行動不能にしようとしたら、それこそ教師陣が駆けつけてくるくらいボコボコにしなければならないかもしれないのだ。
「あれ、それって問題になるかしら?」
「……何か知らないけど、絶対にやめた方が良いんじゃないかなぁ、ソレ」
 横からなにやら零している守屋を一瞬睥睨し、確かにやめた方が良いかも、とか思い直した。停学はちょっと拙そうだし。
 けれど残る方法といったら後は……。
 そこで、酷く古典的な方法を思いついた。
「あー、布施先輩でしたっけ、どっちもお断りします」
「何故だッ、美樹本春奈! 納得できるように説明しろ!」
(ウザイから、の一言で納得する人間じゃ、ないでしょうね……)
 半端な言い訳じゃ、きっとこの勘違いした脳には届くまい。わたしはひとつため息をついて、隣でコッソリ逃げようとしていた守屋夢人の腕を取った。
 ソレを見て劇的に表情を変える布施。表情というか全身を使って驚きを表現し、それだけでは飽き足らぬとでもいうように、
「ま、まさか!」
 察しが良くて助かる。正直古典も古典、おまけに発展の仕様もないダミーなわけだけど。
「あの、美樹本さん」
「黙りなさい」
「聞きたくないけど、どういうつもり?」
「黙れ」
 小さな声で問いかけてくる守屋に二度同じ言葉を返し、極小の声音でわたしは言った。
「……言っとくけど。夢だろうとなんだろうと、アンタたちがわたしの着替えのぞいたってことはちゃんと覚えてんのよ。抵抗するようなら分子結合レベルで解体してやるわ」
 引きつった顔で目を逸らした彼を確認し、わたしは極めて人工的な笑顔を浮かべた。
「こういうことですけど。彼氏いるのに、チョコレートなんて上げられるわけないでしょ?」

「古典にも程がありますね」
「うっさいわよ」
 最後まで黙って聞いていた一葉は、心底呆れたとでも言いたげにそんな言葉を吐いた。
「とりあえず、嘘ってバレないように見せかけだけでも繕っておく必要があるわけ。ああいう馬鹿は、上手く騙さないと面倒なのよ」
「ま、そういう事にしておきましょう。巻き込まれた守屋さんにはご愁傷様としか言えませんが」
 そういう事以外に一体何があるのだ、とはあえて言わなかった。代わりに一度その涼しい顔を睨みつける。
 すると彼女は、しかし、とわりと困ったような表情を浮かべた。
「あれだけ材料を持ち寄って何人分作る気かと思えば、成功例が一つとは……ほとほと貴女の不器用さには感心しますよ」
「くっ」
 あえて言及は避けたというのに、人が気にしていることをズバズバ言う女だ。
 この点を突っ込まれるとあの話題になるから、何とか話題を逸らさなければならないのだが……。
「――ソレ、本当に守屋さんに上げるつもりですか?」
 どうやら、遅かったようだ。
「え、ええ、そうよ。当たり前じゃない、他に誰がいるっていうのよ?」
「はぁ……」
 流石に自分も誤魔化せない台詞では、一葉が納得するはずもない。彼女はこれ見よがしに大きくため息を吐く。
 言って良いですか? なんて言葉が聞こえたけど、聞きたくないから返事はしない。どうせ、止めたって言うのだろうし。
「この、ツンデレめ」
 あーあー、きーこーえーなーいー。

 ***

「守屋くん、ちょっといいかしら?」
「全然良くないけど」
「それは残念。観念しなさい、はいこれ」
「……マジ勘弁してほしいんだけどね」
 受け取りながら守屋は頭痛を堪えるようにそう言った。けれどそれはこちらの台詞だ。
 まあ、原因はこちらなのだけど、とりあえず今日だけは合わせて貰わなければ困る。
 なんたって、教室の入り口に場違いな三年生が陣取ってこっちを見ているのだから。
「あーどうしよ、言い訳面倒だなぁ」
 彼女でもいるのか、はたまた片思いか。どちらにせよ、噂にでもなればマイナス効果なのは承知している。
「ま、ソレ見せれば大丈夫じゃないの」
「え?」
 わたしの言葉に、彼はその場で包みを開けた。一応ラッピングで偽装してあるけど、中身さえあの先輩に見られなければ問題はない。
「……チロルチョコ?」
「十分でしょう。手作りなんて渡したらソレこそ後が面倒じゃないの」
 いやそうなんだけど、というあいまいな表情で彼は頷いた。
「うれしいやらかなしいやら。でも十円でここまで安堵したのは初めてかも」
 一度言葉を切った彼は、監視者に見つからないよう早々に物を閉まった後、酷く意地悪な表情を浮かべて言った。
「本命は、どこにあるわけ?」
 指を弾いてやろうか、と思ったけど、寸でのところでわたしは抑えた。代わりに舌打ちを一つ鳴らす。
「ハッ、そんなのあるわけないでしょ?」

 ***

 さて、柚木一葉の教えを元に製作された唯一の完成例は、一体どこに行ったのだろうか。
 その日の放課後、何故か人外魔境のうどん屋へと入る美樹本春奈を見たという生徒か、数人いたとかいないとか。
 しかしそれは、全く別の物語なのだった。

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