シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

魔法係長・桜井秀子 出張爆闘編

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魔法係長・桜井秀子 出張爆闘編 作者:冴木

桜井秀子は、魔法少女である。得体の知れないアイテムを振るい、箒に跨り空を飛び、普段は正体を隠して一般人として暮らしている『アレ』だ。
 ただ、彼女が他と違うのは、魔銃トカレフで敵を撃ち、八つの宝玉で空を飛び、普段は婚期を逃しつつある三十四歳のキャリアウーマンであるということであった。これは、そんな彼女……『魔法係長・桜井秀子』のお話。



秀子は、自分のデスクの上でため息をついていた。
彼女は、文房具の製作販売を手がけている『六道商事』の企画課の係長である。当然管理職であるので、色々と気苦労が多い。仕事に打ち込みすぎるあまり、とうとう三十路を過ぎてしまった。そんな中、彼女はひょんな事から『日本魔法少女協会』にスカウトされ、魔法少女になることになったのだ。
魔法少女になる条件はただ一つである。『処女であること』。はっきり言って失礼極まりない。他にも適正などの条件も含むが、大前提がこの条件なのだから困る。だが、秀子はそんな非日常に憧れを抱いていた。そうでなければ、何が悲しくて銃を持ってオレンジ色のフリフリなドレスを着なければいけないのか。いつ捕まるのか分かったものではない。
とまぁ、彼女はそんな調子で悪い魔術師や化け物、はたまたクトゥルー眷属邪神群などを駆逐している。魔法少女になる前の彼女の問題は、これで解消されたはずだった。
その日がくるまでは。




「桜井君。ちょっといいかね」
その日は花の金曜日(言い方が古いかもしれないが)だったので、ちょっと良い物でも食べて帰ろうと思ったのだが、部長の雰囲気からそうもいかなくなった。
「……実はね、君に重要な話があるんだが……」
「何でしょうか? 」
「実は、霧生ヶ谷支店のほうの課長のポストが一時的に空いてね……。単なる病気だから半年ほどで復帰できるんだが、開けっ放しもよくない。かといって、あっちの支店も人員に限りがあるみたいなんだ。君は実力もあるし、例のプロジェクトも成功させた。私も、そろそろ昇進を考えている」
「はぁ」
「まぁ、つまり栄転だな。あっちの課長が復帰したら、君もこっちに戻って昇進。どうだ? 悪くない条件だろう? 」
出張。会社員だから仕方が無いのだが、それにしても昇進とは。秀子は予想外の展開にただ驚くしかなかったが、驚いてばかりもいられないようだ。未知なる土地でも、仕事は仕事。会社員であり雇用者である秀子には、逃れえぬ宿命であった。



説明のとおり、秀子は魔法少女である。
魔法少女にも上部組織が存在する。それが日本魔法少女協会である。この組織は、秀子のような魔力を持ち、使役できる人間をスカウトし、それのサポート・給与の支払いなどを行っている。秀子の担当者は酒木原という太った男で、何処か人に『ノー』と言わせないような雰囲気を作り出す男である。要するに、自分のペースに巻き込むのが上手いのだ。
寒空の下、ホットコーヒーを飲み終わってゴミ箱に捨て、手馴れた動作で携帯電話を取り出し、操作する。
三回コールがならないうちに、酒木原が電話に出た。
「桜井さんですか。いつもお世話になっております」
「こちらこそ。……あの、会社のほうで困った事が起こったんですけど……」
「おやおや、ずいぶんとぶしつけですね。どうかなされましたか? 」
「実は、半年ほど出張する事になったんですよ」
「ほう。それはそれは。安心してください。協会は日本全国にサポートスタッフがいますし、私も出来る限り対応していきますから。例え何処であろうと大丈夫ですよ。……それで、一体どちらに出張なされるんです? 」
「霧生ヶ谷ってところなんですけど……」
なぜか、酒木原が沈黙した。何か考え事をしているのかとも思ったが、酒木原はその道のプロである。サポートを行う側の人間の沈黙ほど、される側の人間が不安に駆られるものだと知らないわけが無い。
「すいません、ちょっと考え事をしてしまいまして」
「はぁ」
「霧生ヶ谷となると、申し訳ないのですが協会は手出し出来ません」
「ええ!? 」
秀子は思わず持っていた携帯を落としそうになってしまった。傍から見れば、それはそれはマヌケな女の顔があったことだろう。
「桜井さん。あなたのアイテムのほとんどが、魔力によって力を発揮するもの、と言うのは初めに説明しましたよね? 」
「それはまぁ……」
「霧生ヶ谷には、戦時中の魔道研究の名残として、魔力の源流……つまり魔力を構成する『陰霊子・陽霊子』を制御するアンテナが設置されています」
正直意味が分からないが、とりあえず「はぁ」と頷いておいた。
「……まぁ、あんまり詳しく説明しても仕方ないですね。はっきり言いましょう。桜井さんの持つアイテムで、宝玉・魔道戦闘プログラム・魔銃グロッグが使えなくなります」
宝玉とは、魔法少女協会が空を飛ぶアイテムとして支給しているもので、全部で七つある。魔法少女といえば箒だが、昔それに乗った事で痔になり、戦線離脱を余儀なくされた魔法少女が数多居たらしい。そして、魔道戦闘プログラムとは、魔銃グロッグに仕込まれているもので、これが発動すると、その状況において最適な戦闘行動を行うことが出来る。魔銃グロッグは、魔銃トカレフと併用する事で、伝説の超実践型近代格闘術『ガン・カタ』を使用するために必要なものだ。
どれも、秀子の魔法少女としての戦闘能力を上げるために一役も二役も買っている。それらがほとんど使えなくなるとは……。
「変身や魔銃トカレフは大丈夫なんですか? 」
「ええ。変身は異空間に呪文を働きかけてコスチュームを呼び出す魔術ですし、魔銃トカレフはあくまでも魔力を撃ち出す媒介物ですからね。魔銃グロッグのように魔道戦闘プログラムも仕込まれていませんから、アンテナの影響はほぼ受けません。 ……それに」
「それに? 」
「多分、こちらのように化け物は出てきませんよ。 ……『おかしな』存在は呼吸するくらいの頻度で出会うでしょうが。そうそう、先程も言いましたが、霧生ヶ谷に関しては、協会は完全に『ノータッチ』です。特に指令もしません。桜井さんは、正直働きすぎですよ。ちょっとくらい、骨を休めてもバチはあたらないんじゃないですか? 」
酒木原は、白衣の女性に出会ったら、特に気をつけたほうがいいと言い残し電話を切った。後には、秀子だけが取り残された。風が冷たい。コートを羽織りなおし、やはり冷たい公園のベンチを後にした。



霧生ヶ谷は、関東地方の隣にある某県の政令指定都市である。
峠を越える電車に揺られおよそ四時間。秀子はようやく霧生ヶ谷市にやってきた。なるほど、駅から見える大きなビルのてっぺんに、へんてこな形のアンテナが設置してある。あれが酒木原が言っていたアンテナなのだろう。
「しかしまぁ、結構のどかな街ね」
都市としての喧騒は確かにあるが、秀子が働いていた東京より遥かにアットホームな雰囲気が漂っていた。駅構内の土産店には、『モロモロせんべい』やら『モログルミ』など、癒し系デザインのナマズ(?)のキャラクターがデザインされたグッズが多数置かれている。
「ふぅん……可愛いわね…… 」
三十路は過ぎたといっても、女性には変わりない。やはりこういう可愛いキャラクターが好きなのだ。 ……が、いつもは部下に厳しい事で知られている秀子が、こんなものを持っていたらどう思われるのだろうか。
( ……ガラじゃない……か)
周りを見回しつつ、秀子はさっさとその場を立ち去る事にした。




バスに乗車し、とりあえず今晩過ごすホテルを目指す。冬であるせいもあるのだろう。いつの間にか回りは暗くなっていた。
『次はー平松町商店街―平松町商店街前ー』
バスのアナウンスが告げる。
「えっ!? 嘘、バス間違えた……! 」
あわててアラームのボタンを鳴らし、ボストンバックを抱えて降りた。ノーフレームのメガネがずり落ち、誰かが見ていればくすくす笑ったことだろう。
だが、誰も居ない。
時計を見ると、既に十時を回っていた。人影は……いない。というより、見えない。五メートル先も見えないような霧が包んでいたのだ。
「何これ…… 」
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
声がした。カン高い笑い声だった。明らかに人の声ではない。化け物が人の声を真似している。そんな感じだ。秀子はこう見えても、それなりに化け物の事は知っているのだ。
「…………! 『変身』! 」
まばゆい光が秀子を包み……いや、包んだと同時に秀子は変身を終えていた。魔法少女がこうして高速で変身を終えるのは、敵の攻撃を受けないためと、魔法少女への配慮である。自分が数十秒のあいだ全裸でいられる事に耐えられるのは、変態ぐらいしかいないだろう。
こうして、オレンジを基調としたフリフリのドレスを着た『魔法係長・桜井秀子』が誕生するのである!
「来なさい、化け物! 」
「ダ・メ・じゃ・なーーーい!!! 」
奇声と共に濃霧の中から現れたのは、小柄な老人であった。白髪の頭ははげ散らかっており、なぜか裸足。しかし、その眼は明らかに常人では考えられない狂気を孕んでいた。
「来なさい。魔法係長を舐めんじゃないわよ! 」
ポケットから取り出し足るは、魔法少女の武器である『魔銃トカレフ』である。一般社会では(と言っても裏の世界のみだが)、悪銃と名高いものであるが、これは全く違う。形状がトカレフなだけで、構造も素材も全く別物だ。そもそも、協会に所属する魔法少女にとっては、武器は魔力を込める媒体としての道具でしかない。
「ヒヒヒヒ! 」
常人を遥かに超えた速さ、跳躍力で電柱を蹴り、飛び回る。やはりただの老人ではない。正真正銘の──化け物だ。
「ヒヒィ! 」
構えても捕らえられない。眼で追っても追いつけない。秀子が戦った化け物はたくさんいるが、よくよく考えたら不定形のなにやらよく分からない大きな化け物ばかりで、魔術師や人間型の化け物はほとんどいなかったのだ。
「もう! どうなってんのよ! 」
トカレフから魔力を固めて──撃ち出す。当たらない。当たらないのだ──!
「ダメダメダメッ! 」
老人は何が駄目なのか分からないがそう絶叫し、一瞬の速さで飛び掛ってきた。その手は──ドレスの襟首を掴んでいる!
「このっ! 」
トリガーを引く。撃ちだす。撃つ。絞る。
しかし魔力が上手く込められない。当たっても、ほとんどダメージが無いのが分かる。老人の口が、三日月形に裂けてニヤリと笑っている。いかにも余裕といった感じだ。次の瞬間、体が浮いた。カンタンな話だ。投げられたのだ。コンクリートとのキスは避けられたものの、体はあちこち痛む。老人は相変わらず狂気的なエミを浮かべるばかりだ。
「──このっ……ニタニタニタニタ! 笑ってんじゃあないわよッ! 」
トカレフから怒りの閃光が発射される。怒号がそのままエネルギーとして放出されたが如く、光の速さで老人を穿ち、そのまま光となった。
「何……? やったの……? 」
気持ち悪い。
解決したのか分からない。老人は本当に光となったのか?
霧は晴れていたが、秀子の心に代わりに霧がかかったようだった。
霧生ヶ谷。魔法少女には、住みにくい街なのかもしれない。
とりあえず、秀子は変身を解除し、ボストンバックと共にその場を後にした。

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